早朝。ぱっちり目を覚ましたソロは、一瞬自分が居る場所に途惑った。
見慣れぬ場所。だが隣に眠るクリフトの姿に、状況を思い出す。
深く眠っている横顔を眺めながら、ソロはそっと息を吐いた。
眠る前と今と、特に変わった様子はない事にホッとする。
ソロは着替えを先に済ませてしまおうと、静かに部屋を出た。
脱衣所へ向かったソロは、無事に服を取り戻した。
着替えを済ませて部屋に戻る途中で、知った気配を覚えて戸口へ向かう。
「おはよ、ピサロ。早いね…」
ガラッと引き戸を開けたソロが、やって来た彼へ声を掛けた。
「ああ、おはようソロ。」
「なんで正面から来なかったの?」
「ドランの案内に従ったら、こちらだっただけだ…」
てくてく歩きながら、他愛のない会話を交わすうちに、布団が敷かれた広間へ到着する。
クリフトはまだ眠っているようだった。
「…昨晩は遅くまで話していたの?」
先に眠ってしまったソロが、ピサロへ訊ねる。 暇→いとま
「いや…私もすぐに暇したぞ。…疲れているからではないか?」
普段ソロよりも早起きなクリフトに、様子を窺いながらピサロが返した。
「…そうなのかなあ…」
ぽすん‥と座布団へ座り込んで、ソロがじっとクリフトを見つめる。
昨日あの川辺の小屋で彼を見た時よりは、ずっと顔色は良くなっているけれど。気配の弱さはそのままだ。
不安顔のソロに声を掛けようとピサロが口を開いたのと同時に、正面玄関が開く音が届いた。
「…竜の神かな?」
「そのようだな…」
音の方へ振り返った2人が顔を見合わせ確認しあう。
しばらくすると、訪問者がこちらへやって来た。
「2人とも早かったな…」
「おはようございます…」
「おはよう。昨晩はよく眠れたかね?」
居住まいを正して挨拶するソロに、神が柔らかく返す。
「はい、おかげさまで…」
「クリフトは…まだ眠っているようだな。」
布団へ目を向けた神がそう呟くと、2人をソファーセットへ促した。
「…彼が目を覚ますまで、あちらへ移ろう。話もあるしな…」

「それで…話って?」
ソファー席へ座ると、いつの間にかやって来ていた給仕が飲み物を並べて退出した。
その後ろ姿を見送った後、ソロが向かい席に座る神へ訊ねた。
「ああ…」
竜の神は、今後についての可能性を2つ、両者に語って聞かせた。
クリフトが出す答えによって、考えられるこれからについて。
地上へ戻った時に残されている時間は、思っていた以上に短くて。ソロは真っ青な顔で、クリフトが眠る方へ目を向けた。
「…そこまで逼迫していたなんて…」
天界に移動して、随分落ち着いた様子だったので、それ程とは考えてなかった。
「こちらへ残る選択をすれば、ソレは改善するのだろう?」
「ああ。だが、時間は必要だ。」
魔王の問いかけに答えて、神が固い表情のソロを見る。
「だからその時は…」
言い掛けた神が、言葉を止めて広間の奥を見つめ立ち上がった。
視線の向かう先は1つしかない。ソロ達も続いて席を立つ。

「…おはようございます。皆さんお揃いだったんですね…」
ゆっくり上体を起こしたクリフトが、やって来た顔ぶれにふわりと笑んだ。
「おはよ、クリフト。横になったままでも良いんだよ?」
「ふふ…大丈夫ですよ。」
体調を気遣うソロを安心させるよう微笑むクリフトに、布団脇に座ったソロが、枕元の盆にあった水をグラスに移して差し出す。
「ありがとうございます…」
そう言って受け取ると、コクコク半分程飲み干した。
ソロの斜め後方にピサロが胡座を掻くよう座って、ソロの隣‥座布団の上に神が座り込む。
3人が着席すると、しばらく沈黙が降りた。
「…それで。答えは出たのかね?」
コップの水を見つめたまま言葉を探す風なクリフトに、神が切り出した。
弾かれたように視線を移して、また手元へ戻す。
「…はい。ここに…残ろうと思います。」
ふーっと長い息を吐ききって。クリフトは竜の神をまっすぐ見つめ答えた。
「そうか…」
ホッと安堵の瞳が浮かんだのは一瞬で。正面から神を見つめていたクリフトだけが、それに気付いた。
「それじゃ…クリフト、元気になれるんだね?」
じっとクリフトを見つめていたソロが、やはり安堵したよう表情を崩す。
「よかった…本当に…よかった…っ…!」
ぽろぽろ泣きじゃくる彼の頭に、後方から伸びた手が降りて撫ぜた。
少し複雑な微笑を浮かべるクリフトに、事情を察しているようなピサロが頷く。
「ソロには幾つか頼みたい事があるのですが…」
コップを盆へ戻すと、クリフトが気持ちを切り替え話し出した。
1つは村の人間への報告について。そしてもう1つ…
「…え? 一ヶ月間、見舞い禁止?」
毎日でも顔を出したかったソロは、本人に駄目出し食らって、ぽかんと返した。
「治療にどれ程時間が必要か分かりませんが。
 こちらでの生活が落ち着くだろう頃まで、待っていて下さいませんか?」
「そうだな。身体を癒す為にも、新たな環境に馴染む為にも、時間は必要だろう…」
「…元気になったら、会いに来ても良い?」
ソロに言い聞かせるようなピサロの言葉をどうにか飲み込んで、遠慮がちに訊ねた。
「ええ。」
「…分かった。…竜の神、クリフトの事お願いします…」
コクンと了承したソロが、隣でやり取りを見守っていた神へ向き直ると、丁寧に頭を下げた。
「ああ。彼の事は責任持って預かろう…」
竜の神の答えに満足顔を浮かべるソロに、ピサロが暇を促す。
「我らが居ては治療も始められないだろう? 帰るぞ。」
「あ…うん。クリフト、何かあったら連絡してね。無理しないで、ちゃんと身体労ってね?」

後ろ髪引かれつつも退出した2人の気配が天界から離れて行くと、竜の神が動いた。
「では、我らも場を移すとしよう…」
そう言って膝を移動した神が、クリフトを抱え上げる。
「えっ…ちょ…。自分で歩けますよ…?」
するっと所謂お姫様抱っこをされてしまった彼が、慌てふためいた。
「私室までは距離があるからな。無理せぬ方が良い…」
「でも…竜の神にこんな…」
申し訳ないとおろおろする彼に、神が口元に笑みを刷く。
「…2度目だ。」
「え…?」
「こうしてお前を運ぶのは、2度目なんだが…」
そう明かされて、クリフトは考えるのを放棄してた一件を思い出した。
旅をしていた頃。エンドールの酒場で、竜の神と何故か酒を飲み交わした晩があった。
そして目覚めた時、自分は天空城の客間で寝かされていた。
「思い出したか?」
微妙な顔つきで固まった彼に、にやりと訊ねる。
「…酔いつぶれてたんですから、記憶に残ってはいませんよ。」
「そうか…。我に管を巻いた挙げ句、酔いつぶれた人間‥というのが新鮮だったのだが。
 覚えておらぬか…」
ガッカリといった体でこぼす神だが、それがからかいなのだと伝わって、身体から力が抜けた。
「…実は、割と良い性格してますよね?」
「無駄に長く生きているからな。色々使い分けに磨きが掛かっただけだ。」
「成る程…」
使い分けという単語に納得して、クリフトが頷く。
そんな会話を交わしているうちに、竜の神の私室へ入り、寝室へと到着を果たした。
そっと下ろされたのは、ベッドの上。
主寝室の豪華なベッドに寝かされて、クリフトが息を呑む。
「最終確認だ。本当に…良いのだな?」
「…ええ。ただ…出来れば湯浴みを済ませてからの方が…」
臥せっていたので、身体をさっぱりさせたいと思うクリフトが申し出た。
「ああ…ならば…」
竜の神は彼の懸念に頷くと、スッと手のひらを彼に向けた。
聞いた事のない言葉が紡がれて、クリフトの全身が淡い光に包まれる。
次の瞬間、すうっと身体のベタつきが消えた。
「…今の、魔法ですか?」
「ああ。洗浄魔法だ。」
「聞いた事のない言語でしたが…」
「古竜語だからな。」
眉を開いて、興味深げに訊ねて来る彼に、神が苦笑する。
「儀式を始めても構わないかね…?」
「…あ、はい…」
「そう構えずとも、伴侶の儀は人間の行為とは異なるものだ。」
「そう…なんですか?」
「まあ。肌を合わせる必要があるから、服は排除させて貰うが…」
ホッとした様子の彼にそう続けて、竜の神がクリフトに触れた。
ビックリと跳ねた躯に手を滑らせて、前身頃の合わせを留める紐を解く。紐が全て解かれると、左右に開かれた。
「あの…自分で脱げますけど…」
どこか愉しげな神に、状況が居たたまれないクリフトが申し出る。
「そうか…。ならば、任せよう…」
竜の神はあっさり引くと、ベッドを離れ小瓶が並んだチェストへ向かった。
そんな彼の背中を目で追いながら、クリフトが身体を起こす。
気恥ずかしい思いを抱きつつも、迷っていても仕方ない。彼は無心を意識して、身につけていた衣服を取り去った。
戻って来た神は、上着で下腹部を覆っているクリフトの隣に腰掛けると、持ってきた器を差し出す。
「互いに飲み交わす事で、同調を容易くする。
 伴侶の儀とは、我の生命力を分け与え、同じ時間を過ごせるよう命を繋ぐ儀式。
 長命の竜種に伝わる、生涯に一度きりの秘術…」
乳白色のガラスのような器には、透明なのに、時折光が乱舞する不可思議な液体が揺れていた。
「含むのは一口で構わぬ…」
渡された器を無言で見つめるクリフトに、そう言葉をかけると、彼はこくんと頷いて、徐に口元へ寄せた。
口当たりの柔らかな、酒にも似た味わいの液体が喉を通り過ぎる。
クリフトが一口飲むのを確認した神が、彼から器を受け取り、同じく一口飲んだ。そして、残った液体を全て口に含むと、液体が空になった器がパリンと弾け消滅する。そんな光景に目を丸くしたクリフトの顎を、神の手が持ち上げる。
「ふ…ん‥‥」
次の間には唇が寄せられて。彼の口内に先程の液体が送られた。
酷く熱い液体は、酒精もパワーアップしたかのように、喉から胃に熱をもたらしていく。
「は…ぁ…っ…」
唇が解放されると、口内に溜まった熱を吐き出すよう吐息がこぼれた。
ゆっくりベットに身を沈める彼は、着ていた衣装をするりと落とした神の姿が光に包まれていくのを見た。
そして自身もベッドへ身を乗り上げる頃には、その光は細い糸のように伸びて、組み敷くクリフトを包むよう広がり始めた。
その光は、彼の涸れかけていた生命の源を満たしてゆく。そうして、器を満たすと次の段階へ移行する。
不意に足を開かれ、クリフトがびっくりしたよう神へ目を移した。惑う瞳を寄せる彼に、苦笑浮かべる神。
「大丈夫だ…」
伸び上がって彼の耳元に唇を寄せた神が囁きかける。
そんな言葉の後に、開かれた隧道を集束した光が貫いた。
質量がある訳ではないが、何かに貫かれている感覚に、クリフトが身体を跳ねさせる。その圧倒的な流れを受けた衝撃からか、クリフトは意識を手放した。
彼の身体が弛緩したのを見て、気を失った事に気付いた竜の神だったが。
それも折り込み済みと、儀式を続行する。
再び古語を呟くと指先に光が点り、横たわる彼の腹部に六芒星を刻むよう動かした。
その中心に光を残し、詠唱を始める。
その詠唱に呼応するように、彼を貫いていた光が解かれ、その全身へ細かい粒子が降り注ぐ。
その光はクリフトの身体に触れると融けるよう消えていった。
詠唱が一旦途切れ、短い言葉が紡がれる。
すると彼の全身を包むような魔法陣が出現し、その中心に先程刻んだ六芒星が合わさった。
竜の神は深呼吸をすると、詠唱を再開する。
単語を区切るごとに、六芒星の頂点にロウソクの炎のように揺らめく明かりが点ってゆく。
6つ全てに色違いの炎が点る頃には、神も全身汗を滲ませていた。
もう一度大きく息を吐ききって、呼吸を整える。
そうして短い声を発すると、炎が中心の光に向かって渦巻き始めた。
虹色の光はやがて球体を形作ると、液体となってクリフトの臍へ落ちて吸い込まれていく。
それを見届けて、神が魔法陣の中心に手を翳し、魔法陣ごとクリフトへ押しつけた。
短い言葉を発して、拳を握ると魔法陣が消えていく。
疲労が窺える顔つきで、神は眠り続けるクリフトを眺めた。
ほんのり桜色をした肌は、生気のない状態から脱した事を物語っていて。伴侶の儀の成った事を告げている。
「ふう…。思っていた以上に持って行かれたが。
 とりあえず、危機は脱せられたようだな…」
そう独りごちて。額に貼り付いた髪を掻き上げて、眠るクリフトの顔を覗くよう、頬へ手を伸ばす。
儀式の最中は気付かなかったが、改めて窺うと、涙の後が残っていた。
「…ゆっくり休むと良い。愚痴でも苦情でも、存分に申し立てて良いぞ…」
彼に残されていた時間があまりに短くて。決断を急がせてしまったのを申し訳なく思う神が、そっと語りかけて。寝室を後にした。







          


e[NȂECir Yahoo yV LINEf[^[Ōz500~`I
z[y[W ̃NWbgJ[h COiq@COsیI COze