バトランドの城下町。
イムルからこの国へやって来た一行は、着いたのが夕刻だったコトもあり、城へは明日赴
くコトに決め、早目に夕食を済ますと、そのまま飲み会に突入していた。
普段は酒を遠慮してしまうソロも、今日一日誰の目からも明らかに様子がおかしかった
コトも手伝って、アルコールを注文するマーニャ達の席から立とうとはしなかった。
丸いテーブルに着くのは、マーニャ・ソロ・アリーナ・ミネア。
少し離れた同様の丸テーブルで、残る男性陣が食事を取っていた。
「ソロは甘い方がいいんでしょう? これオススメだから飲んでみなよ。」
早速運ばれて来たカクテルグラスを彼に手渡しながら、マーニャがにっこり微笑んだ。
ソロがアルコールに弱いコトを知る彼女が選んだモノなので、それ程度数も強くはない。
淡いピンクの飲み物の中には、真っ赤なさくらんぼが彩りに添えられていた。
「あ‥本当。美味しいや、これ。」
コクコクとソロが飲み物を口に運ぶ。
アリーナ・マーニャも一緒に運ばれて来たそれぞれの飲み物をぐいっと煽った。
少し遅れてミネアが頼んだグラスが届く。甘い香りの飲み物に、ソロの視線が注がれた。
「へえ〜。なんだかそれも美味しそうだね。」
「なんならソロも次に頼む? 薄く作って貰いましょうか?」
「ええ〜? ミネアまでそんなコト言うの? オレだって少しくらい飲めるんだから!」
「分かった分かったわよ。ちゃんと同じの頼んで上げるから、あんまりピッチ上げない
のよ?」
マーニャが宥めるように割って入ると、ソロは渋々頷いた。
「今日は荒れてるわね、ソロ。」
吐息混じりにアリーナが呟く。
「別に。そんなコトないよ。いつもとおんなじだもんっ。」
…どう見ても、そうは思えないのだが。今は何を言っても無駄だろうと、彼女たちは口を
噤んだ。
やがて届けられた2杯目の飲み物。ソロはコクコクと口に含むと、「美味しい〜」とにぱっ
と笑った。マーニャが注文する時、こっそりアルコールを抑えるように頼んでいたのは、
当然ソロには内緒だ。
「これってさ。コーヒーミルクみたいだね。
オレ、コーヒー苦手だけど、こんだけ甘かったら好きかもv」
「ソロって甘いモノ好きよね〜。ケーキなんか、あたしの倍は平らげちゃうもの。」
「へへ〜。いろんな町へ行って、楽しみって言ったら、美味しい食べ物に出会うコトだろ
? ケーキってさ。村でも時々シンシアや母さんが作ってくれたけど。本当、いろ〜ん
なのがあったんだねえ‥。」
「そうね。私もお城に居た頃は、いろいろなおやつ食べていたけどさ。世の中には、本当
にいろんな食べ物があるんだな‥って、しみじみ感じたもの。」
アリーナがお代わりを頼むと、ソロも便乗して次を頼んだ。迂闊にもミネアもマーニャも
それを聞き逃してしまっていたので、届けられたのは、ちょっと強めの甘いカクテル。
届いたそれを美味しそうに飲むアリーナに倣って、ソロもコクンと口に含んだ。
淡いオレンジ色のカクテルは、さわやかな甘さで飲み心地はよかったが、喉を通ると、か
あーっと熱く胃に落ちてゆく。
(ちょっと強いかも…)
そう思ったソロだったが、とことん飲みたい気分だったソロはくいっとそれを煽った。
なんとなく、視界が揺れる気がする。
「ソロ…大丈夫?」
隣に座るアリーナが、目をとろんとさせた彼を気遣うよう声をかけた。
「うん‥へ〜き。これ、美味し〜ねv」
「ソロ。あんたってば、何飲んだの?」
酔いが回って来てる様子の彼に、マーニャが訊ねた。
「私と同じの頼んだんだけど…。」
遠慮がちにアリーナが説明した。まだ残っていたソレを一口口に含み、深〜く嘆息する。
「…本当。ソロってアルコール弱いのね‥」
やれやれ‥といった面持ちでマーニャが肩を竦めた。
ソロがもう1杯‥とウエイターに声をかけようと振り返る。
ふと視界に飛び込んで来たのは、困ったように微笑んだクリフトの姿だった。
「あ‥。クリフトも一緒に飲む?」
ソロがにっこりと微笑んで返す。
「それ以上は明日辛くなるだけですよ。二日酔いは懲りたのでしょう?」
穏やかに諭すように語りかけるクリフトだが、そこには否とは言わせないだけの迫力も
含んでいた。
「姫様たちもあまり過ぎないよう、ほどほどになさって下さいね?」
そう念を押すと、クリフトはソロを立ち上がらせた。
まだ部屋へは戻らない…と駄々をこねるソロを、クリフトは外へ誘い出した。
しばらく夜風に当たれば酔いも醒めるだろうし、眠気の方が勝ってくるかも知れない。
2人はぽくぽくと城下町を歩き、木立の間に備え付けられたベンチを見つけると、そこへ
腰を落ち着けた。
「…オレ、もっと飲んでいたかったのにな‥」
ぽつり‥とソロが不満そうに呟いた。
そんな彼にひっそり嘆息しながら、クリフトが冷えたビンを差し出す。
「レモネードですよ。これなら、いくらでもどうぞ?」
子供扱いされてると感じたソロがぷうっと頬を膨らませたが、喉の渇きを覚えてたのも
確かだったので、遠慮なく受け取った。
「晴れない気持ちを紛らわさせたいのも理解できますが。少しは自身を労ってあげないと。
きっとあのお護りは、そんなあなたを心配して、姿を現したのではありませんか?」
今朝早く、他のメンバーに内緒でソロの村へ訪れたソロとクリフト。
そこで。ソロはシンシアがとっても大切にしていたお護りを見つけた。
「…シンシアは。オレの身代わりになって‥殺されたんだ。オレさえ居なかったら‥
それなのに‥‥‥‥。」
ソロはいたたまれない表情のまま、唇を噛み締めた。
「‥‥‥それでも。シンシアは、オレを許してくれるんだろうか…?」
いつのまにか、仇敵であるはずの彼を想ってしまった自分を――――
「あなたの手に今それが在るコトが、その証だと思いますよ?」
「クリフト…」
ソロはぽろぽろと涙をこぼした。
昨夜から、涙腺が壊れてしまったように、涙が止まらない。
「ごめ…オレ、なんか…泣いてばっかりで‥‥‥」
ピサロに大切な女性が居たコトがショックなのか。
彼が人間全てを滅ぼそうと企てる[あきらかな敵]と判明したコトがショックなのか。
ソロには解らなかった。
「…そろそろ戻りましょうか?」
ようやく落ち着いた様子の彼に、クリフトが促した。
コクリ‥と頷いて答えたソロが、ベンチから立ち上がる。
宿へ向かって歩きだした2人だったが…ソロが突然歩みを止めた。
小刻みに身体を震わせるソロ。訝しむように、クリフトがその様子を見守った。
「…あの‥ね。先に‥帰っててくれる? オレ…ちょっと、出て来る…から‥‥‥」
「ソロ…」
途惑いを露に途切れがちに語る彼を、クリフトが不審そうに見つめた。
「…気が進まないのなら、今夜は戻られてはいかがです?」
ソロは小さく首を振ると、「大丈夫」と微笑を作った。
「‥本当ですか?」
目線を同じにしたクリフトが、真剣な瞳でもう一度訊ねた。
コクン‥と頷いて返すソロ。
クリフトは小さく嘆息すると、彼を残し宿への道を歩き始めた。
彼が宿の扉をくぐるのを確認すると、ソロはカツカツとひそやかに響く靴音とは反対に
歩き出した。
カツカツカツ…
足音は遠ざかる彼の歩幅よりずっと広く、その距離はグングンと縮まってゆく。
やがて。街の大通りから外れた路地で、追いつかれてしまったソロの肩口を、大きな手が
掴んだ。
「何故逃げる?」
低く不機嫌な声がひっそりと響く。
「別に‥。いいだろ。今日は、あんたに会いたくなかったんだから!」
「ほお…」
低い声音が更に低められた。
黒ずくめの男はそのまま彼の腕を掴んだまま、移動呪文を唱えた。
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