「‥これで全部回ったのかな?」
メモをチェックしながら、ソロが確認するよう話す。
「そうですね。‥全部終了ですね。」
そのメモを覗き込んだクリフトが、そう返すと笑んだ。
結局トータル3日間。彼らは自分達の担当した町をようやく回り終えた。
メモを眺める2人の傍らで、ピサロがひっそり嘆息する。
この3日、朝から夕刻まで幾つもの町へと移動三昧。地道な情報収集活動は、気疲ればか
りで、魔王には退屈なものであった。
「結構早く終わっちゃったね。」
う〜んと伸びをしながら、ソロがやれやれと吐息を吐く。
「そうですね。今夜はミーティングなしですから、時間出来てしまいましたね。」
「マーニャ達は今晩モンバーバラに泊まるんでしょ? オレ達も急いでエンドールに戻ら
なくてもいいね。晩ご飯にはまだ早いから‥あそこ行こうよ。」
ソロがワクワクとクリフトを誘った。怪訝な顔で様子を見守る魔王に、ソロが次いで声を
かける。
「ピサロも付き合う? 趣味じゃなさそうだけどさ。」
そんな言葉で連れて来られた場所は、アイスクリーム店だった。
色とりどりのアイスが並んだショーケースの前で、ソロが嬉々と注文していく。
「今日はあまり悩まないのですね?」
隣でクリフトが笑いかけると、ソロが「前から決めていた」と微笑んだ。
どうやら以前に来た時に食べそこなった気になるアイスらしい。
「クリフトは?」
「え‥っと、そうですね‥‥‥では、ダージリンで。」
「ピサロは‥?」
後ろに興味なさげに佇む彼に、ソロが念のため‥と声をかけた。
「‥私はいい。」
「そう‥? 美味しいのにな…」
ぽつん‥こぼして、ソロは自分が頼んだトリプルアイスを受け取った。
すぐ前の公園で。ベンチに腰掛けた2人が早速アイスを口にする。
ピサロはベンチ脇の樹木にもたれ掛かり、その光景を見守った。
にこにこ顔で、甘そうなアイスをほおばっているソロ。どうやらそれ程甘いモノが得意で
はなさそうだが、付き合う神官。
この数日、一緒に行動していて、ピサロはこれまで知らずにいたソロの姿を幾つも発見し
た。1つは‥難しそうな相手との交渉を意外にも巧くまとめる手腕。公私を自分なりにつ
けているのか、甘えた姿はそうした時には一切見受けられなかった。
そして。一見甘やかすだけの存在かと思われた神官は、時折無軌道な行動をするソロを上
手に嗜めた。その扱いぶりは、腹心の部下を彷彿させる。
そう言えば、アドンもソロの扱いを己より心得ていた。
港町を散策し、少し早めの夕食を済ませた3人は、陽の落ちた港道を歩いていた。
街灯が点火り陽気な笑い声が騒めく、港町特有の空気の中で。腕っ節に自信ありそうな男
達が前方から横に広がって歩いて来る。
ピサロとクリフトはさりげなくソロを庇うように立ち男達をやり過ごそうとしたが、男は
ふと目に飛び込んだ整った顔を興味深げに眺め、足を止めた。
「へえ〜。この辺じゃみかけねー顔だが。随分きれいな兄ちゃんだな。」
銀髪長身の美丈夫を繁々眺め、男が嘲う。
「ピサロ。相手しないで、行こう!?」
剣呑な顔付きを向ける魔王に気づいたソロが、腕を引き、慌てて声をかけた。
「おや‥これは随分可愛い娘だな。よくみりゃこっちの兄さんもきれいだし。」
「それはどうも。けれど、余り馴れ馴れしくこの子に触れないで下さいね?」
にこにこと答えながら、ソロへ伸ばされかけた男の腕をクリフトが止めた。同時にピサロ
がソロを自分へと抱き寄せる。
「この私に絡んで来るとは‥人間とは、余程愚かなようだ‥」
魔王は冷笑を浮かべ、鋭く尖った爪を男の喉笛にひたりと当てた。
紅の双眸が冷たい光を宿す。彼らを囲むよう集まっていた男達は、爪の宛てがわれた男を
残し一斉に後退った。独り残された男の目はすっかり怯えに染まっている。
フ‥と口角を上げ、魔王はその爪を引いた。
男が情けなくその場にへたり込む。
「…行くぞ。」
そう告げて、ピサロは再び歩き始めた。ソロをしっかり抱きこんだまま‥
「ち‥ちょっと、ピサロ。」
ずんずん歩くピサロに、ソロが不服の声を上げた。もう男達の姿はない。だから離して欲
しいと訴えながら。
「おい、神官。移動するぞ。」
人気のない場所で立ち止まったピサロが、それを無視し、不機嫌さを残した声音で話す。
クリフトが側へと立つと、ピサロは移動呪文を唱えた。
「ピサロ‥。ここ‥‥‥」
何度か訪れた事のある別荘…港を一望出来る場所にひっそり建つその建物に、ソロが目を
丸くした。
「来た事があるんですか?」
「あ‥うん…まあ。」
「行くぞ。」
ちょっと罰が悪そうなソロと察した様子で微笑む神官に声をかけ、魔王が扉を開けた。
広い居間に明かりを灯し、3人がソファへと並んで腰掛ける。
テーブルにはワインボトルとグラスが3つ並べられていた。
着いて早々、手慣れた様子で隣の部屋から見繕って来たピサロが用意したのだ。
くい‥とワインを煽ったピサロが、一気にそれを飲み干す。
「‥どうした? 貴様もそれなら口に合うだろう?」
躊躇うソロにピサロが話しかける。ソロがクリフトへ目をやると、「頂きましょうか」と
自分の前にあるグラスを手に取った。
「ああ‥確かに。これならソロも気に入りますよ。」
一口含んだクリフトが、そうソロにも勧めた。
じゃあ‥と手にしたソロがゆっくりワインを口に含む。
「あ‥美味しい。」
コクコク‥とソロがグラスを傾けた。
「…でも。勝手に飲んじゃって大丈夫?」
「問題ない。私が揃えた物だからな。」
「え!? ここって‥ピサロの持ち物だったの?」
「いや。誰も使わぬようだから、有効利用させて貰ってるだけだ。」
「‥まあ。こういった別荘地に足を運ぶ人間はいないでしょうね。結界外ですし。」
「あ、そっか。物騒だもんね。確かに。」
コクコクとソロがワインを飲み干した。
「お代わり貰っていい?」
ソロがグラスを差し出すと、ボトルを手に取ったピサロが注いだ。
「ありがと。」
ワインが気に入ったのか、ソロがまたコクコク口をつける。
「ソロ、結構アルコール高いお酒ですから、ペース落とした方がいいですよ?」
心配そうに、クリフトが声をかけた。
「うん、大丈夫。クリフトも飲も?」
そう笑いかけると、ピサロからボトルを奪い、ソロがクリフトのグラスへワインを注いだ。
「‥ソロ。私にも貰おうか。」
グラスを空にした魔王が次は‥とばかりにグラスを差し出す。
うん…と素直に注いでやると、自分のグラスにも注ぎ足した。
ボトルを置いてチビ‥と煽ると、ソロがほう‥と吐息をつく。
「あの‥ね。さっきは2人とも‥ありがと。庇ってくれて…嬉しかったよ。
オレ…ああゆーの苦手で。…そりゃ、戦ったら負けないけど。人間相手って、どう加減
すればいいのか、よく解んないし…」
「加減など必要なかろう。」
「そんなコト…。ああでも、さっきは手出ししないで収めてくれて、ありがとピサロ。」
「礼なら‥別の形で欲しいのだがな。」
「え‥?」
「そっちの神官に、いつもやってるだろう? 毎朝・毎晩‥‥‥」
苦々しく言う魔王を、ソロが唖然と見つめる。隣のクリフトはクスクス笑いを堪えていた。
「あ‥えっと。」
[おはよう]と[おやすみ]に繰り返されるのはハグとたまに加わるキス。
そう言えば、あの晩以降ピサロはそれについては静観決め込んでいる。それでもやっぱり
気に掛かってたのか…ソロは顔を赤らめ逡巡した。
コクン‥とグラスを傾け、喉を潤す。
「‥だって。‥‥変‥だもん。」
「変…?」
「‥わかんないもん。」
俯くソロをクリフトが抱き寄せた。
「どう解らないのです、ソロは‥?」
「…みんな。」
「それは‥困りましたね。」
クリフトは苦笑すると、彼の頭をあやすように撫ぜた手を肩に下ろした。
横目で魔王が面白くなさそうに睨んでいる。
ソロは躰を起こすと、ワインを一口含んだ。
「…うん、困ったの。」
コクコク‥とグラスを煽り、空にした後テーブルへ置く。
ソロは上目遣いに魔王を見た。
「‥私に触れるのは…嫌‥か?」
静かに訊ねられて、ソロが小さく首を振る。
「では…何がお前の瞳を曇らせる? 私は‥どうすれば、いい‥?」
彼の頬に手を当て上向かせると、魔王が惑いを吐露した。
常とは違う、自信が揺らいだ様子を見せるピサロ。
紅の双眸が細められると、ソロがふわりと微笑んだ。
唇を寄せ、そのまま口接ける。しっとり重なったかと思うと、それはすぐ離れていった。
「ソロ…」
「ないしょ。」
そう言ってにんまり笑うと、ソロはそのまますうっと寝入ってしまった。
カクン‥と崩れる躰を抱き止め、魔王が自分の肩に寄りかからせる。
「‥‥酔ってましたね。あれは…」
途中からなんとなく感じてたクリフトが、やっぱり‥と嘆息した。
「‥どこからだ?」
苦々しくピサロが訊ねる。
「う〜ん‥困ってた頃には‥多分。ソロは酔ってくると口調が幼くなるんですよね。」
はあ‥と深い吐息を落としながら、ピサロはグラスを煽った。
一気に空にするとボトルに手を伸ばしグラスに注ぐ。ほんの一口程しか残ってなかったら
しい。こちらも空にした魔王は、舌打ちすると神官を睨みつけた。
「‥おい。隣室にある酒、適当に取って来い。」
「私がですか? …ま、いいですけどね。」
ソロを離したくない様子の魔王に苦笑し、クリフトが席を立った。
「‥‥‥‥」
柔らかな息を吐くソロの翠髪を梳り、ピサロが嘆息する。
さらさらと指を滑る感触は、以前と変わらない。
けれど…
「本当に適当に選んで来ましたよ。」
隣室から戻って来たクリフトが、そう声をかけ元の場所へ腰掛けた。
「はい‥どうぞ。」
新しく持って来たグラスに酒を注ぎ、魔王へと差し出す。自分もグラスへ注ぐと、早速そ
れを煽った。
「…そうしていると、つい数日前まで人間を滅ぼそうとしてた方には見えませんね。」
束の間の沈黙を破って、クリフトが苦笑した。
「‥‥‥。」
「今頃天界で、竜の神はどんな顔を浮かべてるのやら‥」
「竜の神だと? …ああ、それでなのだな。」
ソロに刻んだ陣が消えているのは、再会してすぐに気がついていたピサロだったが。
それを解いたのが神だとは、考え及ばずにいた。
「竜の神とは面識があるんですか?」
「‥あれは地上に介入せぬからな。話を聞いているだけだ。」
「ああ‥そういえば、竜の神もそんな事仰しゃってましたね。」
「神の話などどうでもいい。‥神官、貴様に解るなら話せ。」
「何をです?」
「ソロの‥不安定の原因だ。躰の変調だけではあるまい?」
余裕ありげな返答に、苦々しく魔王が問うた。
「ああ‥言ってませんでした? そうですね…
2割が魔界でのアクシデントで。1割が背が原因‥といった所ですかね。
残りは‥あなたにあるんじゃないですか?」
にっこりきっぱりと、クリフトが言い切った。
「まあ‥この際ですから。はっきり伝えて置きますけど。
あなたと別れてからのソロ、それはもう大変でした。‥その辺はお解りになってます?」
詰め寄られて、魔王がグッと言葉に詰まる。
「…特に。ロザリーさん絡みの件が、打撃だったようでね。
その辺を未だに引きずっているのでしょう。
進化の秘法を食い止めたのは、ロザリーさんの想い‥のようでしたからね。
絆の深さ、パーティ一同拝見させて頂きましたよ。」
淡々と語る口調はどこか刺を孕んでいた。
「彼女は‥大切な娘だが。これとは違う。」
スウスウ眠るソロの髪を撫ぜ、ピサロがこぼした。
「例えそれが親愛の情でも、愛されている彼女と、欲望のはけ口だった自分と…きっと
そう思ってますよ、ソロはね。」
「…貴様も同意見という訳か?」
「まさか。そうでしたら、そんな風にあなたに預けてませんよ。
触らせませんから、絶対。」
にっこり笑うと、クリフトがソロの様子を覗った。安らいだ寝顔に瞳を眇め微笑む。
「貴様は先日、ソロを渡さぬと言ったが‥こうして触れるのは止めぬな‥」
不可解だと魔王が眉を顰めた。
「むやみに自分を貶めて苦しんで欲しくはないですからね。その為にも‥あなたの真実の
想いは知るべきですから。」
「…それでも、これは貴様を選ぶと?」
「‥あなたの想いを知ったら、戻って来るとお思いですか? ソロは手強いですよ?」
微妙に不穏な空気が漂う。静かに探り合うよう視線が交わされると、ソロが身動いだ。
ぽやん‥と目を覚ましたソロが、ピサロとクリフトへ目を止める。
「‥あ。ずる〜い。2人して違うの飲んでる!」
魔王のグラスに入った琥珀の液体を指し、ソロがぷうっと膨れた。
ソロはバッと眼前のグラスを奪うと、コクンと口をつける。
あ‥と言う間もなく、彼の喉を通った液体をピサロとクリフトが見守った。
「辛〜い‥」
美味しくない…と思いきり顔を顰め、ソロが乱暴にグラスを突っ返した。
「先程のワインはもう空けてしまったんですよ。これはブランデーで…」
「オレの‥もうないの?」
クリフトが説明すると、途端ソロが眉を下げた。うるうると瞳まで潤ませている。
どうやらまだ、酔いは冷めていないらしい…
「‥今夜は随分飲んでますからね。これ以上は明日辛くなるだけですよ?」
「…つまんない。ズルイな。2人で仲良くお酒飲んで、おしゃべりしてたんだ。」
「…仲良くだと? 神官とか?」
うんざりと吐く魔王に、クリフトが苦笑する。
「‥まあ、仲良く‥かどうか不明ですけど。話はしてましたよ。ソロの事をいろいろね。」
そう言うと、クリフトがソロを抱き寄せた。
「オレのコト‥?」
「そう。ソロは酔うと可愛くなるんですよ‥とか。」
背中から覆うよう抱き込んだクリフトが、顔を横向け覗き込んでくるソロに口接ける。
一瞬びっくりしたソロだったが、すぐに瞳を閉ざしそれに応え始めた。
「‥‥‥‥おいっ」
やたらと長い口接けに、声を尖らせた魔王が吠える。
「いい度胸だな、神官。」
ギリっと歯噛みしながら、面白くなさそうにピサロが唸った。
唇を解放されたソロは、すっかり息が上がった様子で彼に寄りかかっている。
「‥どうしてピサロ、怒ってるの?」
「仲間外れにしちゃいましたから。妬いてるのかも知れませんね?」
クスっとソロの耳元でクリフトが吹き込む。怪訝そうにそれを眺めていると、ソロが手を
差し伸べた。
「じゃ‥ピサロも、いいよ?」
両腕を魔王の首に絡め、ソロがふわっと微笑む。
「‥知らんぞ。」
クリフトを一瞥し呻いた後、ピサロがソロに口接けた。
「‥ん‥ふ…ぁ‥‥ピ‥サロ‥‥」
深い接吻を享受しながら、甘い吐息をぽろぽろとこぼしてゆく。
やがて離れた唇が名残の銀糸で2人を繋ぐのをぼんやり眺め、ソロは奥深く灯る熱を思っ
た。情に潤んだ眸で凝視められ、ピサロが彼を抱き上げ立ち上がる。
「ピサロ…?」
「寝室へ行く。」
そう答え足を踏み出すと、ソロが身動いだ。
「‥クリフトは?」
「何…?」
「クリフトが居なきゃ‥嫌だ…!」
「何だと‥!?」
「嫌だもん!」
言うと、ソロが思いきりピサロを跳ね退けた。
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