魔物の城に向かう前に、装備を整えようと、天空の鎧に続きメタルキングの剣を入手した
一行は、ミントスへとやって来ていた。
ここで準備を整え、いよいよ魔物の城があると噂される島へ向かうのだ。
「‥じゃあ、船の方の準備が整い次第出発だね。」
港で荷の点検を行っていたトルネコに、ソロが確認を取った。
「そうですね。久々の寄港ですから。傷んだ場所の修復も万全にして置こうと思いまして。
かなり危険な島‥らしいですからね。一応準備万端整えて臨んだ方がいいでしょう。」
「そうだね‥。じゃ、船の方は任せて大丈夫?」
「はい。お任せ下さい。みなさんはこの機会に少し骨休めして下さい。
洞窟続きでしたしね。」
「ありがとう。じゃ、みんなにも伝えておくね。」
港に残ったトルネコにそう声をかけると、オレは一足先に用件を済ませていたクリフトの
方へ駆け寄った。
…あの日。
側に居てくれる‥といったクリフトは、本当にそれを実行するよう、ちょっとした時間を
オレにくれた。それがなんだか心地よく、くすぐったい。
「ふふ‥」
「どうしたんですか?」
港からの帰り道、宿への道程なんて大した距離じゃないんだけど。待っててくれたのが、
なんだか嬉しい。自然と綻ぶ顔に、隣を歩くクリフトが微笑み返してくれた。
「先に宿へ戻っててくれても大丈夫だったのに。」
「久しぶりの町ですからね。またソロが、理想の人探しとやらを始めては危ないかなと。」
「‥あ、そうか。」
クリフトの言葉に、思い出したようぽんと手を打つソロ。
「こらこら‥。やっぱりまだ、それ続行するつもりだったんですね。」
「んーだって‥。そしたら‥あいつももう、本当に来なくなると思うから。だってあいつ
‥いっつも煩く言ってたからさ。オレに‥その、浮気するな‥みたいな事をさ。」
「‥‥‥。ソロ、ちょっと寄り道して行きましょうか。」
クリフトはそう言うと、少し先に見えたカフェへオレを誘った。
店の奥まったテーブル席に落ち着くと、オレは特製ケーキセットを、クリフトはコーヒー
をそれぞれ頼んだ。
店内には数グループの客がいたが、光がどっと入り込むガラス越しに陣取っている人達ば
かりだったので、奥の方は意外に静かな空間となっていた。
「…ソロは、確か相手に気持ちがないから辛い‥と話してましたよね?」
「…うん。」
「けれど、どうやら話を聞いてると、彼は随分独占欲が強いようだ。」
「うん‥そう思う。」
「…私には、彼は十分ソロに執着してるように映るんですけど。彼もちゃんとあなたの事
‥想っているのではありませんか?」
「そんな事ない。だって‥あいつには、ちゃんと大事にしてる女性が居るんだ。
…その人の為になら、多分あいつは‥‥‥」
今にも声が悸えそうなか細さで、ソロが俯きながら話す。
「お待たせいたしました。」
会話の合間に、店員がケーキセットとコーヒーをテーブルへ手際よく並べた。
ソロは自分の前に並べ置かれたケーキの飾りに使われてる赤い野苺をしばらく見つめ、
ふと視線を反らせた。
クリフトはそんな彼の様子を黙って見守っていたが、やがてゆっくりした動作でカップを
口に運ぶと、一口喉を潤し、切り出した。
「‥私には大切な姫君がいて、彼女の為になら命を張る事すら厭わないでしょう。」
ソロはゆっくりと顔を上げると、クリフトの言葉に耳を傾けた。
「それは‥恐らくずっと変わらないと思います。けれど…
ソロ、私はあなたの為にも、喜んで盾となれますよ。」
「…え。」
「勇者‥だからではありませんよ? それだけ大切だという事です。」
「クリフト…」
「彼女とあなたと‥想いは違いますけど。それでも…大切に思う気持ちに嘘はありません。
…その彼が、どういった感情をその女性に向けているかは解りませんが。
それでも‥その女性の存在と、あなたへの気持ちは別物‥と考えられるのではありませ
んか?」
「…あいつは。彼女の事は‥家族みたいだって…。
確かに、彼女とはオレみたいな関係じゃないかも知れない。でも…
それでも、あいつがオレを思う訳‥ない。」
「彼は‥あなたが勇者だと、知っているのですか?」
こくん‥とソロが小さく頷いた。
「‥ならばやはり、その彼にとっても、ソロは特別なのではないでしょうか?」
「どうして?」
「例えソロが彼に危害を加えないと理解していても、勇者一行と迂闊に接触するような事、
普通は選択しませんよ。下手をすれば裏切り者‥と断じられてしまいかねないでしょう
? 我らに見つかるのも、仲間に見られるのも、どちらも具合が悪い。」
「…そっか。あいつも‥仲間には知られたくなかったのか。」
だから…いつも闇に紛れるよう訪ってたのか。ソロが得心したよう呟いた。
「それでも‥あなたの元へやって来ていた。それがなにより確かな証ではないですか?」
「クリフト‥。…そうなの‥かな? 少しは‥想って‥くれてるのかな?」
ぼんやりと、ソロは手をつけないまま置かれた眼前のケーキに目をやった。赤い苺が紅の
瞳を思い出させ、数少ない彼の柔らかな眼差しに変換される。
「…それでも。譬えそれが本当だとしても。オレは‥もうあいつとは‥‥‥」
逢ってはいけない…そう、ソロは判断していた。
これ以上、気持ちが揺らがないように。
ソロはザクっとフォークを突き立てると、苺の部分をパックンほお張った。
その晩。報告会を済ませた後、ささやかな宴会が宿の食堂で始まった。
一区切りが着いた時、マーニャがクリフトを誘って席を離れてしまったので、ソロは隣の
席に移動してきたアリーナと乾杯し、他愛のない会話を交わし過ごしていた。
「…ね、そう思わない?」
先日の滝の流れる洞窟での戦闘場面をワクワク思い出しながら、アリーナが同意を求めた。
「そう‥? オレは結構疲れたけどな。あそこの魔物は。どっから現れるか解んないし。」
「あらあ。それがまたいいんじゃない! 試合の時みたいな緊張感があってさ。」
苦く笑うソロに、心外そうな声音で返すアリーナ。
「アリーナは本当に戦うの好きだよね。」
「ええ。だから今の旅は、大変だけど充実してるのも確かね。…まあ、気楽なだけじゃな
いけどさ‥。」
「そうだね‥。」
遠い瞳で空になったグラスを見つめ話す彼女に、ソロも瞳を伏せ答えた。
頼んだお代わりのグラスが届くと、アリーナはコクコクとフルーツのカクテルを口に含ん
だ。
「あ、これ美味しい。」
「‥本当だ。美味しーね。」
果物の甘さがほどよい口当たりとなっている。アリーナを真似て、ソロもコクコク飲み進
めた。
「…あのさ、アリーナ。」
グラスを半分程空けると、ソロが少々遠慮がちに声をかけた。
「アリーナって‥どんな人が好きなの?」
「そりゃもちろん、強い人ね。私よりずっと強い人。」
「格闘家‥ってコト?」
「そうかな。…でもなんで?」
早々に空にしたアリーナは、同じものをお代わりに頼むと、不思議そうにソロを見た。
見つめられたソロが残っていたカクテルを飲み干し、曖昧に微笑むと、やって来たウエイ
ターに同じものを頼む。
待ってる間、目の前に置かれたカナッペを口に運び2つ程平らげると、野菜スティックを
ぽりぽり食べてる彼女をチラっと覗う。気配に気づいたのか、ばっちり目が合い、彼女が
にっこり微笑んだ。
「‥でもね、本当は。まだそういうのって、興味ないんだ。全然。」
「え…そうなの?」
「うん、そう。強くなるコトの方が楽しいもの、今は。」
「ふうん‥。」
「ソロは? どんな人が好きなの?」
「え…オレは‥。えっと‥優しい人…かなあ?」
自分が同じ質問を返されると思ってもみなかったソロは、内心ドギマギしながら、どうに
か当たり障りないよう答えた。
到着したお代わりのグラスを早速口に運び、気を落ち着けるようコクコク煽る。
「でもさ。旅の間は見つけられないわよね。移動ばっかりだし。」
そんな彼の動揺にこれっぽちも気づかないアリーナは、そう話を結ぶと、これから乗り込
む島の話題に切り替えた。
「あら‥クリフトにマーニャ。どこ行ってたのお?」
宴会に突入した途端席を外してしまっていた2人が戻ると、少々酔いが回った様子のアリ
ーナが、のんびりした口調で訊ねた。
「あ‥本当だ、クリフトだ〜。お帰り〜。」
すっかり出来上がった様子のソロがとろんと微笑んで迎えた。
「姫様‥ソロ。2人とも随分召し上がったみたいですね…。」
やれやれ‥と肩を竦めて返すクリフトが、ソロに服の裾を引かれる形で彼の隣に腰掛けた。
「本当。アリーナとソロだけじゃ、歯止め効かないのねえ…。」
いつもならストッパーになってくれるはずの妹は、今夜はライアンと話を弾ませているよ
うで。大きなテーブルだったせいか、珍しく個別に盛り上がってる場を見回し、マーニャ
がひっそり嘆息した。
「…うう、頭痛い‥。」
翌日。すっかり陽が昇ってから目を覚ましたソロは、ゆっくり身体を起こすと、ガンガン
と走る頭の痛みに顔を顰めた。
「昨夜飲み過ぎるからですよ。」
窘めるよう声をかけたクリフトが、水と薬を差し出した。
「二日酔いの薬です。今日は珍しく姫様も残っていたようで。2人とも一体どれだけ飲ん
だんですか?」
「う〜ん、解んない‥。途中から記憶ないや…」
困ったように話しかけるクリフトに、考え込んだソロが返した。
「まあ‥今日は特に予定もありませんし。宿でのんびり過ごしたらいかがですか?」
気分が悪そうな彼にそう提案すると、ソロはクリフトをじっと窺った。
「クリフトは‥? どうするの?」
「荷物の整理をしたいので、宿にいますよ。」
「そう‥。」
「朝食は食べられそうですか?」
彼がどこか安心したように微笑むのを見たクリフトが、目を細めると柔らかく訊ねた。
「うん‥平気。」
「では‥用意が出来たら下へ降りましょう。」
夕方になる頃には、ソロもすっかり体調が戻っていた。
1日宿で過ごしている事に退屈してしまったソロは、クリフトを誘い散歩へと出掛けた。
「…そういえばさ。クリフトとはこの町で会ったんだよね。」
ぽくぽくと通りを歩きながら、思い出したようソロが話し出した。
「ミントスに着いてすぐにさ、ブライに出会って。臥せってるクリフトの為にアリーナが
薬を取りに向かったけど、心配だって…すごい急かされて、ソレッタ向かったんだよ。」
「あの時は本当にご面倒おかけしました。」
「ううん。もともとオレ達サントハイムのお姫様一行に用があったから。
それにさ。その時だけじゃん。そういうのって。オレの方がずっと面倒かけちゃってる
よね。」
「クス‥それは確かに。」
明るく笑う彼に意味ありげに笑んで返すと、ソロが慌てた様子でクリフトの腕を掴んだ。
「も‥もしかして。昨夜もなんかした? オレ、なんにも覚えてないけど。」
「それはもう‥。ソロは酔いが回ると無防備さが増すようですから、本当気をつけなくて
はいけませんよ?」
「え? え? オレ‥何したの?」
「さあ‥。流石に往来ではちょっと…」
勿体つけられて、ソロはさーっと青ざめた。
「クスクス‥冗談ですよ。たいした事じゃありません。」
なにを想像したんですか…そう声をかけながら、クリフトが彼の頭を撫ぜた。
「ほ‥本当に?」
それでも自分の行動が掴めなくて、ソロが不安げに彼を仰ぎ見る。
「そんなに心配なら、今後は酒に飲まれないよう注意しなくては。いいですか?」
「う…ん。気をつける。」
神妙な顔で頷くソロに、クリフトがふわりと笑う。クルクルと表情を変える彼が愛らしく
て、クリフトはそっと彼の肩を抱き、耳元に唇を寄せた。
「可愛いですね、ソロは。」
耳元で囁かれ、ソロがかあっと頬を染める。
「や‥やだなあ、クリフトってば。また冗談‥」
「‥そう見えますか?」
優しい眼差しに見つめられて、ソロは吸い込まれるよう、空色の瞳を覗き込んだ。
どきどきどき…
「そ‥そろそろ宿に戻ろうか。オレ、喉渇いちゃった。」
パッと身を翻したソロが彼の腕から離れ、小走りし、距離を取った。
心臓の音が跳ね上がったコト、知られたかも知れない…そう思うと、どんな顔をすれば
いいか分からなくなる。
瞳を泳がせたソロがふと彼へ目線を送ると、暖かな笑みが返ってきた。
なんとなく安心したソロは、結局少し遅れてやって来たクリフトと並んで、帰路に着いた
のだった。
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