「さあどうぞ。世界樹の滴ですわ。」

「ありがとう。」

差し出された小さなボトルを受け取って、ソロはにっこり礼を述べた。



ここは天空城。

邪神官との戦いを前に、メンバーはその準備を整える事となった。

ソロは先日の戦いで使ってしまった[世界樹の滴]の補充に、この天空城へとやって来た。

「さ、これで用も済んだし。帰ろうか。」

くるっと踵を返したソロが、傍らに立つクリフトに声をかけつつスタスタ歩く。

天界に長居をしたくないソロの気持ちが滲み出る様子に、クリフトがこっそり笑って。

「…顔を出さなくとも良いのですか?」

一応と、クリフトはソロへ問いかけた。

「いいの! ‥オレ、怒ってるんだもん。」

プンとむくれた顔を浮かべて、ソロが即答する。そのまま足早に長い回廊を進むと、

バタバタ駆け寄って来た兵士が、ソロとクリフトを呼び止めた。

「あ‥あの、勇者さま。竜の神様があなた方をお連れするようにと‥」

「‥今日は、コレ貰いに寄っただけだから。すぐ帰らないと…」

「勇者一行に渡したいものがあるとの仰せでしたので…

 ほんの少々、お時間頂けないでしょうか?」

渋い顔のソロに、兵士が縋るような瞳で言い募る。

「ソロ。例の件はひとまず脇に置いて。竜の神の元へ参りましょう。」

口を結んで考え込むソロの頭に手を置いて、クリフトがにっこり促した。



「よく来てくれたな。」

竜の神の私室。

部屋の奥に配されたソファの前で、竜の神が2人を迎えた。

「‥別に。来たくなかったけど。」

ぷい‥と顔を横向けて、ムッスリとソロが吐き捨てる。

「ソロ。‥あ、えっと‥申し訳ありません。」

「‥いや。構わんよ。

 お前達を招いたのは、これを渡して置きたかったのと、ソロの持つ天空の剣の清めをな、

 もう一度行おうと思ったのだ。大分酷使して居るようだからな。」

焦るクリフトに微苦笑した神が、ソファへ腰掛けるよう促すと、彼らが席へ着くのを待って、

用件を切り出した。

コトンとテーブルに置かれた小瓶が3つ。2人の前へと差し出される。

ソロとクリフトは互いに顔を見合わせて、前方のソファへ座る神を覗った。

「奴との決戦の時が迫って居るのだろう? ‥瑣末な事しかしてやれぬが…」

「いいえ。大変有り難いと思っています。魔法の聖水も、所持していたものを使い果たし

 てしまってたので。‥最近は入手も難しくなっていましたし。ね、ソロ?」

「あ‥うん。本当に助かるよ。‥ありがとう…」

そう言って、ソロは脇に立て掛けてあった天空の剣を神へ渡した。

「‥よろしくお願いします。」

小さな声で、ソロは竜の神に頭を下げた。日記の事を思い出すと、蟠りを感じたが、戦闘

準備を入念にする事を優先させて。ソロは剣を神に預けた。



「いろいろとありがとうございました。」

天空の剣を清浄化して貰ったソロが、深々と頭を下げた。

「苦しい戦いになるだろうが。ソロ、お前が率いて来たパーティならば奇跡を起こしてく

 れるだろう。吉報を待って居るぞ。」

「…善処します。」

苦いものを堪えるような表情を浮かべたソロだったが、静かにそう紡いで頭を下げた。

傍らに立つクリフトも同様に頭を下げて、2人は竜の神の部屋を退出した。





寄りたい場所がある‥そう断ったソロが、天空城から移動呪文でやって来たのは、彼の故

郷だった。

荒れ地に着地したクリフトが、その広がる風景を意外そうに眺め、隣に佇むソロを覗う。

今にも泣き出しそうな空は重い雲が垂れ込めて、湿った風が吹き抜ける。

ソロはゆっくり歩を進めると、村の中心だったろう広場の前で足を止めた。

「‥オレ‥皆が望んだ『勇者』には、なれなかったかも知れないけど。でも…

 世界の暗雲を晴らす為に‥精一杯やって見る。次に来る時は、いい報告が出来るように

 どうか見守っていてね。」

ぽつぽつと語りかけるように、ソロは静かに言葉を紡いだ。それから祈るように瞑目する。

しばらくそうしてると、雨粒がぱらぱら降り注ぎ始めた。

雨は次第に勢いを況して、クリフトは鈍色の空を仰ぎ見た後、動く気配のない翠髪の背中

を眺め、小さく吐息をついた。

「‥ソロ。あまり雨に当たると風邪引きますから、そろそろ‥」

ぽむ‥と肩に手を乗せて、クリフトが遠慮がちに声を掛ける。

「え‥? 雨…?」

ふと空を見上げて、落ちて来る雨粒を受けるよう手のひらを差し出して、ああ本当だ‥と

呑気にソロが応える。

「ごめん‥オレ、全然気づかなかった。…なんか、ずぶ濡れだね、オレ達。」

すっかり濡れ鼠となったクリフトを見たソロが、自らの身も顧みて微苦笑浮かべた。

「そうなんですよ。折角の語らいに水を差したくはなかったのですが‥」

思ったより明るい表情のソロに内心安堵したクリフトが肩を竦め、おどけた調子で返す。

「ふふふ‥天気に邪魔されちゃったかな。でもうん、大丈夫。すっきりしたから。」

本物の水に邪魔されちゃったね‥と、ソロはクスクス笑ってクリフトの脇に立った。

「皆に見られない内に帰らないとヤバいかもね。」

スッと彼の腕に手を回したソロが、悪戯発覚を恐れる子供のように話す。

「そうですね。…もう、良いんですか?」

「‥うん。ちゃんと伝えたい事は話したから。…戻ろうか。」

後半気遣う声で訊ねられ、ほんの少し切ない微笑になったソロだったが、一呼吸置いて移

動呪文を唱えた。



今回拠点としているアネイルの町に着いたソロとクリフトは、まっすぐ宿の部屋へ直行し、

室内に滑り込むと、同時にほお‥と吐息を落とした。

「誰にも会わなかったね。‥オレ達が最初なのかな? 帰って来たの。」

「そのようですね。‥ピサロさんもまだみたいですし。」

キョロ…と室内に視線を巡らせて、クリフトがホッと微笑む。

「うん、まだみたい。良かった。さっさと濡れた服着替えてしまわないと‥またお小言言

 われそうだ。」

「着替えもそうですけど。湯船に浸かって、しっかり身体温めた方が良いですね。」

「‥あ、そうか。この部屋温泉付きだったんだ。じゃ、クリフトも一緒に浸かろう?

 結構ずぶ濡れになったもの。冷えたでしょう?」

「そうでもありませんけど‥。でも、折角の温泉ですしね。のんびり過ごしましょうか。」



「はあ‥やっぱり、温泉ていいよね〜。」

軽く汚れを落としたソロは、ゆったりとした岩風呂に浸かった。手足をう〜んと伸ばして、

ほっこり笑むと、クリフトも続いてやって来る。

「そうですね。こんな昼間から、こうしてのんびり過ごしてるなんて、贅沢ですよね‥」

「ふふ‥そうだね。まだ皆用事終わらずにいるみたいなのに。

 オレ達だけ呑気に風呂入ってるなんて。ちょっと申し訳ないよね。」

「‥まあでも。雨に打たれたまま放っておいたとなったら、私が皆さんに叱責受けますし。

 最初から、ソロが一番早く帰れるようにと、役割分担したのは、あなたの体調を慮って

 でもあったのですから‥」

ソロの隣に並んで座ったクリフトが、そっと彼の頭を撫ぜた。

「思ったより天界で時間食っちゃったし、寄り道もしたし‥?

 それでも一番に帰れてるなんて。皆甘やかし過ぎじゃないかなあ?」

「用件は確かに早く済みましたが。ソロが一番苦手な場所へ向かった訳ですし。実際相当

 気疲れしてたんじゃありませんか?」

「‥うん。まあ…。どうしてもさ、疲れるんだよね、天空城って。」

指で湯を弾きながら、そう本音を吐露し嘆息する。

「ソロは竜の神より天空人の方が苦手なんですよね。今日つくづく思いましたよ。」

「え‥そう? でもオレ‥竜の神の前じゃ、大抵不機嫌顔してる気がするけど。」

「そうかも知れませんけど。それだけ素直に感情ぶつけているというのは、気を許してい

 る証拠でしょう?」

「そう‥かなあ…?」

ふ‥とソロが思い浮かべたのは、ピサロの顔だった。まだ出会って間もない頃。

夜の訪いに慣れずにいた頃の、酷く気を張っていた自分の姿…。

「どうしました?」

「‥あ、うん。ちょっと思い出しちゃったんだ。…その、ピサロの事、まだよく知らな

 かった頃をさ。あの頃は‥あいつが何を考えてるのか、全然判らなかったし。

 オレもどうしていいのか判らなくて。酷く消耗してたな‥って。」

「確かに‥ソロは随分翻弄されてましたねえ、あの方には。」

微苦笑するソロにクリフトがしみじみと同意を示す。

「うん。でも‥クリフトがいっぱい助けてくれた。本当に沢山。…ありがとね。」

湯船の中で手を握って、ソロがそっと肩を寄せた。




「今日ね、帰りに寄り道したのはね。父さんや母さん、シンシアに村長‥皆にも、ちゃん

 と伝えたかったからなんだ。‥前に立ち寄った時は、オレぐちゃぐちゃだったから。

 心配させてたろうな‥ってのも、あるんだけど。

 決戦の前にね、きちんと報告したかったの。今のオレの気持ちを‥さ。」

風呂から上がって部屋に戻ると、ベッド端に腰掛け濡れた髪を拭ってくれているクリフト

に、ソロが語り始めた。

「皆が望んだ勇者にはなれなかったかも知れないけどさ。それでも‥オレの持ってる力総

 て出し切って、この暗雲を晴らします…って。皆の仇討てないけど‥それが叶ったら…

 村に帰っても、いいかな‥って。」

「ソロ…」

「だって‥オレの故郷は、あそこだもん。

 ‥クリフトだって、サントハイムに帰るでしょう?」

「それは‥はあ、一度は帰らないといけませんが。でもソロ…」

心配そうに顔を覗き込むクリフトに、ソロが明るく微笑む。

「いいんだよ、それで。‥落ち着いたら、また会えるでしょう? 旅が終わってもさ。」

「ええ。国が落ち着いたら、暇を申し出るつもりですが。ソロ、私はあなたに…」

言いかけた彼の言葉を遮るように、ソロがクリフトの唇に立てた指を押し当てる。

「オレだったら大丈夫だよ。本当にね。譬え一人で過ごす事になっても。でも‥本当に独

 りじゃないって、判ったもの。だからね、大丈夫。…本当だよ?」

案じるような眼差しに、少し困ったように微笑んで、ソロが念を押した。


          





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