歩道橋の妖精


 「んじゃあさ、俺と音尾は後から行くから!」
朝、事務所で顔を合わせたしげはそう言って手を振った。
今日は久々にモリや音尾も一緒に四人で飲むべやって事になってる。
なんで安田がいねーかっちゅーと…この飲み会は作戦会議でもあるのであいつ
にゃあ知らせられん訳だ。
ま、結婚祝いもあげてない俺らが『いい加減出産祝いくらいはちゃんとやるべ〜』
って話でまとまったんだな。
俺としてはしげと二人っきりでどっか雰囲気のいいところにでも行きたいところだが、
ひっさびさに男四人でバカ面下げて飲むのも楽しいからまぁそれはいいとして。

ところで、しげと音尾がまだ来ねえなあ。なしたんだ? しげ。


 俺とモリは今、スタジオにいる。
夏のイベントでご披露するあの名曲を華々しく復活させるべく、レコーディングの真っ最中だ。
後から行くからと言っていた二人が来ないまま、飲みに行く予定の時間はどんどん
近付いていたけど…まだ歌入れは終わってないしまーいいか、なんて感じでのほほんとしていた。
散々歌ってやっと何とかOKが出たところでブースから出てモリと二人して辺りを見回したが、
やっぱりアイツら来ていやがらねえし。
大体しげは遅刻多すぎだよなー。って、俺に言われたくはないか。
それにしてもアイツはルーズだわ、まったく。
そんな事を思いながら放置してあった携帯を無造作に尻ポケットに突っ込んで、
飲み物を買いに廊下に出た。
自販機でミネラルウォーターを買い、勢い良くキャップを捻ったところで後ろから
モリの雄叫びが聞こえた。
「おおいずみいぃーーーーー!」
今の今まであんだけ歌っていたっちゅーのにリーダーのでかい声は全然衰えるって言葉を知らない。
いや、むしろ発声練習代わりになったのか、かえってさっきより五月蝿いくらいだねー。
「……何よあんた。ちょっとうっさいわー。」
思いっきり怪訝な顔をして振り返ったら、モリが携帯片手にバタバタと走って近付いてくる。
「お前、携帯は?」
「あ? 持ってるけど……なした? アイツら遅れるって?」
言われて慌てて尻に手をやり、ポケットから携帯を取り出す。
パッと光った液晶画面には……数件の着信履歴&メール。しかも全部、しげ。
焦って中身を確認しようとしたところでモリが大声をあげた。
「やっべえ……、音尾とシゲが外で待ってるわ……」
そう言ったが早いかあっと言う間に入り口の所まで走っていきやがった。
取り敢えず俺も向かいながらメールを読んでみる。
……やっべえ。俺ら一時間も前からあの二人を外に閉め出して呑気に歌なんぞ歌ってたらしい。
いくら今寒い季節じゃないからって、これはちょっとあんまりだ。
更に他のメールも見てみる。時間ごとに分かれて送られてきたそれらには
二人がシヤッターの前でしゃがみ込んでいたり、歩道橋の上で二人して歌ったりしている様子が
簡潔に記されている。
しかも最後のメールの件名は『俺は歩道橋の妖精かっ!』って。
――――何だこれは。っちゅーかそんな妖精、いっこも聞いたことねえ。
半笑いのまま小走りでモリの後について行き、入り口の前に立つと………まぁ見事なまでに
シャッター下りてる。
こりゃー入れるわけないわな。
モリと二人してシャッターをよいしょと持ち上げたら、居ましたよ、そこに。
憤怒の形相の不動明王か白龍神社の狛犬か? っちゅー感じでぬーっと立ってるおサカナさんが。
「……殺す気か? 君らは僕達を!」
音尾が素晴らしい仏頂面で怒ってる。でも居るはずのもう一人は、居ない。
「しげはー?」
隠れて脅かそうとでもしてんのかと思って辺りを見回しながら聞いてみたら、
音尾がぶっきらぼうに答えてくれた。
「アイツまだ歩道橋にいる。」
「まだいんの? 何で?」
モリがきょとんとしているうちに、俺は居ても立っても居られなくなって気が付いたら
歩道橋に向かって一直線だった。
「しげー!」
呼んでも返事がない。
「しーげー!!」
何度も叫びながら歩道橋を凄い勢いで駆け昇った。俺の遙か下でモリと音尾も
しげの名を呼びながらこっちに向かっている。
全速力で全段登り切って左に曲がる。
辺りの外灯にぼんやりと照らし出されているしげは、歩道橋の丁度真ん中辺りにしゃがみ込んでいた。
何とも言えない表情で下を行き交う車達をぼーっと見つめている。
正直、本当に素直にヤツを可愛いと思ったよ。
何するんでもなく、ぼんやりと車のライトを見つめ続ける横顔が、本当に幼くて。
「悪ぃ、しげっ! 今メール見た。」
バタバタと走って近付き、俺もその場にしゃがみ込む。流石に全力で一気に階段を駆け上がったら
ちょっとばかり息を切らし気味だけどな。
「………何時間待たしてくれるんですか〜、大泉さんってば。」
口を尖らせてぶっきらぼうに呟く。しかも目は車を追ったままだし。
「ゴメンって! 機嫌直して行くべ、ほら。」
膝を抱えてしゃがみ込んでるしげの額をそっとつつく。
「やだ。行かねえ。」
しげはぷいっと顔を背けた。
「俺、妖精だからここ動けないんだよねー。だからここで車を見守ってるのさ。
あんたら勝手に何処でも行けばー。」
お子ちゃま見たいな拗ね方しやがってまぁ。
「歩道橋の?」
「そ。だから動けないの。解る?」
本気で怒ってるわけじゃないから、今にも吹き出しそうな顔してるよ、しげ。
「お前はもののけか!」
そう言ってしげの二の腕を強引に引っ張り寄せ、立ち上がる。しげも渋々立ち上がった。
しかも堪えきれんくなったのかぶっと吹きだして大笑いしてやがる。
「あーはいはい。いいから行くべ、妖精さん。」
しげの前に右手を差し出した。しげは笑いながら俺の掌の上に自分の手をのっけてくれた。
そのままきゅっと手を握り締めてまだ笑ってるしげのほっぺに軽くキッスしてから、
俺は繋いだ手をぶんぶん振り回して歩きだした。隣でしげも歩きだす。
二人してあの名曲を声高らかに歌い上げながら階段の所まで行くと、ぜいぜい言いながら
モリが丁度上がってきたところだ。
「シーゲー、こんなとこで一人で何してんのよ。心配かけんなやー。」
モリがそう呟いてから俺ら二人をしげしげと見ると、顔をくしゃっとさせて笑っていた。
「まーったく。お前等いっつも仲いいよなあ。たまには俺らも混ぜれや、FAN TANさんよー!」
俺らの関係を何にも知らないモリの後ろで、全部知ってる音尾が苦笑いして立っている。
で、俺としげは照れ隠しのせいか益々繋いだ手をぶん廻して、にこやかにNACS☆ハリケーンを歌っていた。


俺の妖精にはふんわりした羽根も、柔らかな手のひらも無い。
儚げで清楚なイメージも何にも無くて、どっちかと言ったら悪魔に近い部類かもしれん。
でも時々なーまら可愛らしくて、愛しくて、守ってやりたくなる。
一緒に共有できる時間が最高に楽しくて優しい時間になるから。
傍にいるだけでどんなことも乗り越えていけるから。

俺はこの妖精をいつまでも抱き締めていよう………。



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