手のひら
シャッターが下りていた。
ここは確か入り口だった筈だ。しかも中にはまだスタッフも大泉達も居て、
レコーディングしている筈なのに。
俺ら、ここで待ち合わせしてるっつーのに。
俺と音尾だけ締め出しかい!
「いやーマジかよ。どうする? シゲ〜…」
隣の音尾が情けない声で呟いてる。
「取り敢えず…携帯かけてみっか。」
二人して速攻で電話してみました、はい。でも二人っとも出やがらねえ。何してんのよアイツら。
呑気に中で待ってんのか? ったく。
メールなら気付いて貰えるかと、今度は必死でメール攻撃だ。
『俺らは今入り口が閉まってるので中に入れません。シャッター下りてます。早く開けてくれ。』
ま、大体こんな感じの文章を打ってから、二人してシャッターの前にしゃがみ込んだ。
でもこの光景ってさ、いい大人がやるこっちゃねえよな。
だってどう考えたってススキノや狸小路でしゃがみ込んで雑談してる若い奴らと同じ格好じゃん……。
「暇だな。」
俺がぶっきらぼうに言う。
「…だね。」
音尾も合わせてぶっきらぼう。
暫く二人してぼーっとしていたが、俺はふと名案を思いついた。
「歌でも歌うべ、音尾。どうせ俺らも明日レコーディングだし、ここで練習してるべ。
歌ってたら中の人間が気付いてくれるかもしれねーしさ。」
「よっしゃ、歌うべー!」
音尾もちょっと乗り気。
んで二人してご近所の迷惑にならない程度の声で歌ってみたりして。
しかし懐かしいな〜、これ。大泉のあの出鱈目な曲がよもやレコーディングまでされちゃうとは。
うちの事務所、ある意味凄いわ。
ひとしきり歌っていても中の人間が気付いてくれてる気配はない。もう一度大泉に
メールして見るも、やっぱり返事はなしのつぶて。
しかもよく考えたらここってスタジオなんだから、防音しっかりしてるんだよな。
聞こえるわけ……ないよな。
「音尾、ここ移動しない? 流石に深夜こんなとこで歌ってたらご近所さんに迷惑かもしれないわ。」
俺がそう言って立ち上がると、音尾も立ち上がってケツをぱんぱんと軽く払った。
「何処行く〜? こんな夜中に、しかもここ住宅街だから何にも無いよ、時間つぶせるとこ。」
音尾がきょろきょろと辺りを見回している。
俺はもう既にめぼしい場所を見つけていたので音尾をちょいちょいと手招きして歩きだした。
そこはスタジオのすぐ目の前の歩道橋だ。
ここなら歌を歌ってても多少騒いでも車の走行音で誤魔化されるし。
そんなわけでここでも二人で歌を歌って暇を潰してみても、やっぱり俺らの携帯は
ウンともスンとも鳴りりゃしねえ。
……いやー、何考えてるよ…大泉洋。いいのか? 本当にいいのか?
この俺をこんなにもほったらかしにしておいて、お前それで許されると思ってるんだな!?
流石に自分でもワケがわからん事を思いつつ、またメール。早く気づけよなー…まったく。
ひとしきり歌って飽きてしまった俺はその場にしゃがみ込んで、隙間から見える車達を
なんとなくぼーっと見ていた。音尾も同じなのか同じくぼーっとしゃがみ込んでいたが、
突然すっくと立ち上がった。
「そろそろあっち行かない? もうそろそろあの二人も気付いてくれるんじゃない?」
音尾はへらっと笑いかけてきた。
「ん…俺まだいい。ここにいるわ。」
何となく動きたくなくなって、俺はちらっと音尾を見ただけでまたすぐ視線を行き交う車達に戻す。
「じゃ、ちょっと様子見てくるね。」
言うが早いか音尾はくるりと背を向けて小走りで階段まで行くと、タンタンと
小気味いい音をさせて下りていった。
俺はただ何をするんでもなく夜の風景を見ていた。
こうやって下を走っていく車達を見ていると、まるで自分がここに存在していないような気分になってくる。
いや、どっちかっつーと半透明な存在って感じかな。
おお、きっと俺は妖精なんだな、今。
この場所を行き交う人や車達をそっと見守る歩道橋の妖精だ。
―――こんなこと考えたら自分で可笑しくなって一人笑いしちゃったよ。
何だよ俺、大泉じゃ有るまいし。
でもまあ面白いからこれもメールしちまえ!
やや暫くそんな感じでしゃがみ込んでいたら、遠くから誰かが俺を呼んでいる。
だんだん近付いてくる。聞き慣れた声が。
でも返事なんかしてやんねえ。少しは反省しやがれ、バカ泉。
バタバタと階段を駆け昇る音。そして近付いてくる声。
「悪ぃ、しげっ! 今メール見た。」
ドタバタと凄い勢いで走って、大泉もその場にしゃがみ込んだ。「思いっきり全力疾走してきました!」
みたいに息を切らしちっゃてまあ。
「………何時間待たしてくれるんですか〜、大泉さんってば。」
べつにそんなに怒ってる訳じゃねえけど一応ポーズなんで、口を尖らせてぶっきらぼうに呟いてみた。
「ゴメンって! 機嫌直して行くべ、ほら。」
大泉は苦笑しながら俺の顔を覗き込んできて、額を指でつついてきた。
「やだ。行かねえ。」
「俺、妖精だからここ動けないんだよねー。だからここで車を見守ってるのさ。
あんたら勝手に何処でも行けばー。」
我ながらガキ臭いと思うね。でも大泉なら大丈夫なの知ってるから、俺。ちゃーんとのってくれるから。
「歩道橋の?」
案の定大泉は目を生き生きと輝かせて聞いてくる。お前のそう言うとこ…好きだね、俺は。
「そ。だから動けないの。解る?」
ここまで言って、流石に耐えきれなくなってきた。駄目だ、吹き出しそうだべや。
「お前はもののけか!」
いつもの口調でそう言ったかと思うと、俺の腕を強引に引っ張って立ち上がらせた。
仕方がないから渋々立ち上がる素振りをする。
でも駄目だ。もう限界。笑いが止まらねえって、俺。
「あーはいはい。いいから行くべ、妖精さん。」
大泉も笑いながら俺の目の前に右手を差し出してきた。せっかくだからその手のひらの上に
手をのっけてやったら、きゅっと手を握り締めてきた。相変わらずスキンシップ好きだよね、あんた。
そうしたらいきなりそのまま頬にキスなんかしてきやがって。
………恥ずかしいヤツ。すぐそこでモリの声、聞こえるんですけど。
見付かったらどうする気だよ、このバカが。
なんて思ってる俺を後目に大泉は繋いだままの手をぶんぶん振り回して歩きだした。
大泉が楽しそうにNACS☆ハリケーンを歌いだすから、つられて俺も歌ってみる。
いいおっさん二人が手を繋いで訳のわからん歌を歌ってるっつーのは一体どんな光景なんだ、これ。
でも何となく気持ちが良いのでそのまま歌いながら階段の所まで行くと、
ぜいぜい言いながらモリが丁度上がってきたところだ。
「シーゲー、こんなとこで一人で何してんのよ。心配かけんなやー。」
モリがそう呟いてから俺ら二人をしげしげと見ると、顔をくしゃっとさせて笑っていた。
「まーったく。お前等いっつも仲いいよなあ。たまには俺らも混ぜれや、FAN TANさんよー!」
無邪気に羨ましげなモリの後ろで、困った顔をした音尾が苦笑いして立っている。
で、俺と大泉は何となくその状態で声高らかに歌い続けていた。
だってさ、こんな雰囲気も………なんかいいじゃん。
大泉の大きな手が益々俺の手をきつく握り締めてくるから、今結構幸せな気分なんだよね、俺。