LOOSER 〜時空(とき)の彼方に〜



◇其の弐◇




 時は旧暦で五月の初めになっていた。
二十日間近くの二股口での攻防の後一時退却を余儀なくされた土方達は、五稜郭内にて榎本らと軍議の後再び出陣し、弁天台場に赴いた。
頑強な要塞であった弁天台場での奮闘の末、なんとか五稜郭へ戻ったその日。
夕闇が訪れた頃、土方は何も言わずにシゲを馬の後ろへと乗せ、湯ノ川へと駆けた。目立たないようにひっそりと佇む本当に小さな温泉宿の裏口に馬を繋ぎ、シゲは馬から下ろされる。
混乱するシゲを宿の主に預けた土方は、再び馬に乗り何処かへと走り去っていった。
…………あまりにも呆気なく、何の言葉もなく馬に飛び乗った土方の背中が、次第に遠くなってゆく。
こんな別れのまま、この夢から覚めてしまうのは甚だ納得がいかない。だがそうはいっても、今の彼に抗う手だては何も無いのだ。
 何かの抜け殻のように茫然と佇んでいたシゲは、主に案内されるままふらふらと歩いていた。通された部屋は小さな離れで、官軍からの目を誤魔化すには充分そうに見える。
土方から事情を聞いているのか、主人は何も言わずに一杯の茶と小さな饅頭を勧めた後、ほんの少し生気を取り戻したシゲをやんわりと湯に誘った。
こんな時に風呂なんか入っていられるかよ………と思うが、別段何をすることもない。
もう銃の手入れも薬の用意も土方の世話も、何も彼もしなくて良いのだから。
 案内された湯は、小さいながらも風情があった。黒く変色した木の浴槽の中には、透明に近い湯がなみなみと湛えられている。
考えてみれば入浴など随分としていなかった。戦闘に明け暮れ、土にまみれて胸壁の中を這いずり回っていた為、シゲの身体も顔も随分と真っ黒に汚れている。
投げやりな気分ではあるが、仕方なく身体を洗い出す。面白いように汚れが落ちていった。湯に浸した手拭いで身体を擦るたび、肌の色がみるみる白くなるのが解る。
桶で湯をすくい何度か身体にかけると、身体が少し軽くなったような気がして、シゲは小さな溜息を漏らしながら湯船に浸かった。
身体には無数の細かい傷が付いているのか、そんなに熱くはない筈の湯がピリピリと肌に滲みる。
はあっと息を吐き、少し身体を伸ばしてみた。縁に後頭部を持たれかけて後ろに反り返り、黒くすすけた天井を見上げると、水滴がひとしずく、音も立てずに頬に落ちてきた。
――――まるで……涙………みたいだね、これ――――
じわりと何かの感情が胸の奥から去来してくる。あんなにも呆気なく立ち去られ、最後の言葉すら無かった。
この一年の間、一日のほぼ大半を傍で過ごしていた二人だった。何処へ行くのにもほぼ必ず同行し、土方のことなら大半のことが解るようになっていたシゲにとって、今回の置き去りはあまりにも唐突でショックを隠せなかった。
頬をゆっくりと伝う雫がただの水滴なのか自分の涙なのか、それすら解らなくなってそっと目を閉じた。
暫くぼんやりと目を瞑っていると、脱衣所からがたがたと音が漏れ、やがてガラガラと入り口の引き戸が開けられる。他の湯治客が入ってきたようだった。
こんな戦乱の中で呑気に温泉に浸かる人間もいるのかと半ば呆れつつも、治療のために湯に浸からねばならない人もいるのだろうとすぐに思い直し、そのままの姿勢で目を瞑っていた。
入ってきた人間は挨拶をすることもなく、さっさとかけ湯をしだした。ざざぁっと湯の流れる音が、少しだけ耳に心地いい。
やや暫くして、不意に声をかけられた。
「―――随分と色白になったもんじゃないか。」
その声にはっとして慌てて目を開ける。だがあまりの衝撃に目を開けたものの一瞬どうして良いか解らず、のけぞり返ったままで天井を見つめていた。
「どうした。」
上から顔をひょいと覗かれる。
まずしっかりとした顎から鼻へ、そしてくっきりとした瞼に、いたずら味を帯びた二つの眼。いつもとは全く逆さの面相で、土方の顔が視界に飛び込んできた。
「ひっ………ひじ……ッ…………」
慌てて身体を起こし土方の方に向き直ると、腰に手拭いを巻いただけの土方がしゃがみ込んでニヤニヤと笑っている。
「遅くなってすまなかったな。今、ひとっ走りして話は付けてきた。明日の朝出港する船に、お前を乗せて貰えるように手配してきた。」
「なんでそんな………勝手な事………」
土方はちらりとシゲを見遣ってからくるりと背を向け、腰の手拭いを手に取って身体を洗い始める
「おお…凄いなあこりゃ。暫く行水なんぞも出来なかったから、真っ黒だ。」
「誰もそんなことは聞いてません! どうしてあなたはいっつもそうやって……」
言いかけた言葉が途切れた。その先が喉から出てこないのだ。
「勝手なものか。ちゃーんとお前には言ってあっただろ。ま、敵さんがあんまりにもせっかちに攻めてくるから、お前を船に乗せる暇が無くて暫く心配かけちまったのは謝るが。」
振り向きもせずに黙々と身体を洗っている。
シゲは些か憮然としながら立ち上がり、湯船から上がった。無言で土方の背後に近付き、自分の持ってきた手拭いで、おもむろに土方の背中を流し始める。
「……ああ、すまない。」
そんな言葉にも返事をせず、シゲはただ黙々と背中を洗う。
土方の引き締まった背中にはやはり無数の傷跡があった。京都から今までの約六年、常に死と隣り合わせだった男の生き様を無言で表しているような背中だった。
淡々と洗い、桶一杯に湯を溜めて身体にかけると、やはり随分と白くなった肌が覗いた。
「土方さんだって随分と……色白になったじゃないですか。」
そう言って、シゲはくすりと笑った。
何にせよ無言での決別ではなかったことに、少し安堵したからの笑顔だった。


 脱衣所にはきれいに畳まれた浴衣が二つ、置いてあった。恐らく宿の主が用意していってくれたものと思われる。このところずっと洋装でいた彼らにとって、こざっぱりとした和服の手触りは随分と懐かしく感じられた。
浴衣を来た土方は、京の都を隊服で精力的に駆け回っていた時の事を、シゲに思い起こさせてくれた。鬼副長と呼ばれ、坂本龍馬にすら身をやつして隊のために裏で奔走していた、あの時の彼を。
 離れに戻るとささやかながら夕餉の膳を用意がしてあり、思わずシゲは感嘆の声を漏らす。それは久し振りに見る人間らしい食事の支度だった。
普段質素な兵糧ばかりだった二人にとって、前浜で上がった新鮮な海産物は何よりのご馳走に感じられる。
 食事が進むにつれ、シゲは徐々にあることが気になりだしていた。今、土方は目の前で浴衣を着て箸を動かしているが、食事が済んでしまえばさっさと着替えて、五稜郭へと戻ってしまうのかどうかが。
今まで同じ室内でほぼずっと一緒に過ごし、寝食を共にしてきた土方の傍にはもう居られないのかと思うと、たまらなく寂しさが込み上げてくる。
いっそ率直に聞いてみようかとも思ったが、その事を言葉にすることも何やら切なくて……問いただしたい気持ちをぐっと堪え、言葉を喉の奥に押し込んだ。
 だが予想外なことに、食事を終えた土方は何をするでもなく縁側近くにどさりと座り、ほんの少し開けた障子の隙間から月を見上げていた。
外からは潮騒が一定のリズムを保って響いてくる。耳障りなほどに大きくもなく、耳を澄まさねばならぬほど微かでもない、何とも心地の良い響きだ。
「鉄之助。」
土方が近くにあった盆を手繰り寄せながら呼んだ。
「一献……どうだ? 折角の最後の夜、中秋の名月にはほど遠いがひとつ月見酒といこう。」
徳利から猪口に注がれたのはやや不透明な酒だった。どぶろくか、おり酒のようだ。
「私は酒は………」
そう言いかけたところで強引に猪口を差し出され、有無を言わさず手渡された。
シゲは酒は嫌いな質ではない。だがこの世界に来てからというもの、酒などたしなむ暇は殆ど無かった。ましてや今は酒など飲む気分ではない。
「遠慮ならしなくて良い。今宵は別れの杯を交わそうではないか。市村鉄之助が土方歳三から旅立つ日だ。」
優しい目でそんなことを言われて、シゲは思わず猪口を手から滑り落とした。
「……旅立つなど………したくありません! 私は最後の瞬間まで、貴方にお供したいのに……」
つっかえていたものが込み上げてきて、シゲは思わずしゃくり上げそうになり慌てて俯く。土方はそっとそんなシゲを引き寄せ、両方の肩を大きな掌で掴んだ。
「……もうお前を二度と、死なすわけにはいかないのだ………頼むから駄々をこねてくれるな………」
はっとしてシゲが顔を上げると、目前の土方の顔が何とも言えない切なさを浮かべていた。
「二度とって………土方さん、貴方…………」
それだけしか言えずに土方を見つめる。すぐ目の前にあるその顔には、見覚えがあった。
――――池田屋で斬り捨てられる瞬間、ほんの一瞬浮かんで消えた…あの時の表情だった――――
「解っていた……解っていたさ、お前が山南だと。お前の目は、あの時となんにも変わっちゃいないもの。」
「……嘘、ですって………………そんな……馬鹿な……」
シゲは茫然と土方を見つめた。自分の肩を強く握り締めているこの男の言葉が咄嗟には信じられなくて。
「最初はただ……似ているだけだと思っていた。山南とは声も姿も違う―――何よりあの男はこの私が確かに斬ったのだ。長州方と内通していた不逞の隊士だと信じて、疑うこともなく。」
土方の指が肩にぎりりと食い込み、そのままぐいっと引き寄せられた。
シゲの顔が土方の胸板に押しあてられ、肩を掴んでいた力強い手はいつの間にかその背中に廻されている。
シゲは強くしっかりと抱きしめられていた。
「だがなぁ鉄之助。それからずっと…彼奴がしきりに語っていた百五十年後のこの日の本の国が、気になって仕方なかった。だから……」
「だから………まさか………あの薬を………」
「ああそうだ。あれは私の生家に口伝で伝わる秘薬だった。あの薬を使って、私は会津を出立する前の夜、お前が言う未来とやらの世界を旅してきた。一夜の戯(ざ)れた夢として。」
シゲは必死で記憶を思い返す。確か狸小路で出会った黒ずくめの不思議な男。薄汚れた古くさい身なりをしたあの男は、確かにシゲを狙い澄まして声をかけてきた。そして半ば強引にあれを手渡して消えていったのだった。
「だって、嘘………そんな………」
声がうわずった。何を言っていいのか解らなくて、ただ抱きしめられながら困惑するばかりだ。
「……お前が私の目の前を通り過ぎようとした時、何故だか私にはすぐに解った。お前が恐らく山南なのだと。だから、あれを渡した。必ず十五包みを飲むように……何度も何度も念を入れて言い含めてな。」
信じられない言葉が幾つもシゲを襲ってくる。だがよく考えれば、あの大江での土方の言葉も頷けるものがあった。あの時から土方はシゲに事実を告白する機会を待っていたに違いない。
「……だが………私の行為は間違っていた。お前にあの時、あの薬さえ渡さなければ……私は…………」
土方の声がシゲの頭上で震えを帯びていた。
「……お前を斬らずに済んだものを………」
背中に廻されていた指にぎゅっと力が籠もった。声と同じように、その指も微かに震えている。
「本当にお前には……申し訳ないと思っている。折角生きてこうしていられるのならば、もう二度と断末魔の苦しみなど味わわせたくないのだ、どうか解ってくれ………」
指先の震えは今や土方の身体全体へと移っていた。
 得体の知れないものに怯えるかのように震えている土方の気持ちが、シゲには痛いほど解った。得体の知れないものとは即ち、『死』だ。成り行きとは言え自らの手で死の恐怖を与え、今また勝ち目のない戦において何処で命を落とすやもしれない。もう絶対にそんな苦しみを与えたくないと…土方は思っていてくれていたのだ。

鬼と呼ばれた男の、痛いほどの優しさだった。
本当はとても優しい人間だった。
だが新選組という隊を纏めるためにあえて自ら泥を被り、心を鬼にして全力でこの動乱期を走り続けてきたのだ。

「―――解りました。」
シゲは静かにそう答えた。
「私の為にそんなにも心を煩わせてしまって………本当に申し訳ありません。」
シゲは尚も微かに震える土方の背中にそっと手を廻した。その震えを止めようと、しっかりと抱き留める。
「だからもう………そんなに泣かないで、土方さん。私は……自分の意志でこの世界に来たんです。自ら望んで貴方の傍に仕えていたんですから……」
土方の顔を見上げたシゲの顔に、一雫の涙がぽたりと落ちて、音もなく頬を伝い落ちる。
「ああほら、駄目ですってそんな顔しちゃ。貴方は全然悪くなんかありません。だからもう自分を責めないで下さいよ……」
土方の背に廻していた手をそっと伸ばし、頬に残る一筋の涙の跡を指先で拭ってやる。土方は茫然とした顔で為すがままになっていた。
「…凄く楽しかったです。そりゃあ俊太郎の死や、近藤さんや沖田くん…いや、沖田さんの死は辛かったけど………でも、何て言ったらいいのか解んないけど、俺……」
思わず鉄之助の言葉遣いを忘れて自分の言葉で喋りかけ、慌てて口を噤み黙り込んだ。どうしていもその続きが言えなかった。言うとシゲまで泣いてしまいそうで、ぐっと重い塊を喉の奥に呑み込んで耐える。
そんな様子を見た土方は次の瞬間、全くの予想外の行動に出ていた。背中に廻していた手を再びシゲの肩に置き、ゆっくり自分の顔をシゲの顔に近付けてそっと唇を重ねてくる。
暖かい唇が遠慮がちに合わせられた。
咄嗟にどうして良いか解らずに、シゲは為すがままその行為を受け入れてしまっている。普段なら慌てて身を捩り相手を振り払ってしまうのであろうが、今は逃げるという事を忘れていた。
何度も繰り返し、土方の唇がシゲの唇と重なる。啄むように合わせては少し離れ、また近付く。そんなことを暫くの間繰り返してから、唇はゆっくり離れていった。
「……すまぬ……」
困ったようよ耳元で呟かれ、シゲは合わせられていた口許を指先に触れてみる。そこにはまだ土方の柔らかな温もりが残っていた。
 まかり間違っても男に興味など無かった。たとえどんな仲の良い友人であったとしても、こんな状況でこんな形で口付けされたら、多分シゲは気持ちが悪いと大騒ぎしていた筈だった。
この幕末に来てからも、男色の趣味の者には何度となく迫られてもいた。だが勿論のこと心が動く筈もなく、全てきっちりとお断りしてきていたというのに。
土方の行為に抗えない自分が今ここにいる。
いや、抗えないのではなく……抗う気が起きないといった方が、自分の気持ちには近い。
咄嗟のことに驚きこそすれ、嫌悪の感情は生まれては来なかった。そしてそれが一体どういうことなのかを……シゲが薄々勘付き始めていた。自分の心の奥底に潜んでいた感情に。
「すまぬ、鉄之助……」
謝罪の言葉とは裏腹に、シゲは再び土方の胸に顔を押しあてられて抱きしめられていた。
「どうか今宵一夜だけ…………お前を私にくれまいか。」
その声は震えていた。
「白状しよう。私はお前を………お前が鉄之助であろうと山南であろうと、最早そんなことはどうでもいい。ただ、好きだった。お前のその心根に……いつも恋い焦がれていた。」
土方の胸に密着していたシゲの耳には、高らかに脈を打ち続ける鼓動が響いてくる。それはとても激しく情熱的なリズムを刻み、狂わんばかりに熱い血を巡らせている。

もう逃れることなど出来ようもなかった。

自らの鼓動も土方の心拍に呼応するかのように高まっている。
自分が今何を望み何を欲しているのかを、心より先に身体が知っていたのかもしれなかった。


 口付けを受けながら髪の中に指を差し入れられて、何度も梳かれた。土方の長くて華奢な指先が愛しげにシゲの髪の中を彷徨う。
柔らかな唇がゆっくりとシゲの唇を貪っていた。舌がそっと這い、やがて薄く開かれた口腔内へと遠慮がちに差し入れられた。歯列をなぞりながらシゲの舌に辿り着いたそれは、まるでそれ自体が生き物であるかのように絡み付いてくる。
こんな口付けは初めてだった。
自慢ではないが女に不自由などしたこともなく、何も彼もに正直なところ慣れきっていた。だが今は違う。
優しく貪られるたびに、身体中に痺れのような感覚が広がっていく。奥底から泉のように湧き溢れてくる感情は、今まで得ようとしても得られずにいたものに違いなかった。
「鉄之助………大丈夫か?」
茫然としていたシゲに、土方は耳元で囁いてきた。シゲは微かに頷いてから土方を見上げてみる。顔のすぐ近くには穏やかな笑みがあった。至近距離で土方を見てしまうと、思わず顔が火照っているような気がしてならない。
土方の目には妙な色気があって……まるでその瞳に吸い込まれてしまいそうな錯覚さえ覚える。
「そうか。」
土方は小さく呟いてから、今度は首筋に唇を押しあててきた。流石にそんな経験は無くて、シゲは思わずピクンと身を竦める。唇はちゅっと小さな音を立てて鎖骨のすぐ上の肌を吸っていた。
「ひじ……っ…………」
小さな疼きに戸惑うシゲだったが、唇の愛撫は続けられた。
やがて口付けだけでは飽き足らなくなったのか、ねっとりとした舌が肌の上を這い始める。濡れた舌先に舐め回されるだけで、肌がどうしようもなく粟立った。
髪の中に差し入れられていた指がするすると滑り落ち、浴衣の上からシゲの身体をまさぐっていた。肩や背中を撫でさすりながら、そこに肉体が有るのだという事を確かめようとしてくる。
触れられるたびに身体が熱くなるものなのだと、シゲはぼんやりと考えていた。上半身への僅かな摩擦が、愛しい気持ちに拍車をかけるのか、さわさわと衣擦れの音が響くたびに感情が高まり、涙が溢れそうになる。
 右手の指先が浴衣の胸元から滑り込み、直接肌に触れた途端シゲはビクッと身体を震わせた。土方の指はひやりと冷たくて……随分と緊張していることを感じさせた。
冷たい指先が胸元を撫で回し、やがてお目当てのものにそっと触れてきた。指の腹でそっと触れられただけでシゲは小さな吐息を漏らしてしまっていた。
「ひじか……たさ………っ………そこ……………や…………」
やんわりとではあるが執拗に指先で弄くられ、胸元の突起は硬さを帯びている。触れられるたびに身体の奥から得体の知れない疼きが身をもたげてきて、シゲは必死で土方を引き剥がそうとその二の腕にしがみつき抗ってみるのだが、目の前の身体は頑として動かない。それどころか左手でぐいっとを襟を引っ張られ、緩んだ浴衣が肩から半分だけ滑り落とされた。背後に行灯の明かり、そしてすぐ横の障子の隙間からは薄青い月の光が射し込み、露わになったシゲの身体をうっすらと闇に浮き上がらせている。土方は暫し見とれて動きを止めた。
「……さっき湯で見ても思ったが、お前の肌は随分と白いな。艶めかしくて、綺麗な肌だ………」
そんな言葉に恥ずかしさを煽られて身体を強張らせるが、土方は何とも艶やかな笑みを浮かべて胸元に顔を寄せていた。
しっとりと濡れた柔らかいものが、先程とは反対側の胸元の蕾に触れる。尖らせた先端で愛しげにつついたり舐め回したり、口に含んで軽く歯を立てた。
ぴちゃぴちゃと淫らな音を立てられて胸元を刺激され、シゲはどうすることも出来ずに土方の浴衣をきつく握り締めて愛撫に耐えていた。
両方の蕾は硬く凝っていた。今まで与えられることのなかった刺激を受け、うっすらと赤く色付いている。
「土方さ…ぁ……ん…っ…………」
押し寄せてくる疼きに身を震わせ、シゲは必死で名を呼んだ。どうして良いか解らずに。
その言葉に土方の顔が胸元から離れてほんの少し安堵したが、どこか頭に隅には続きの刺激を欲してもいて、困惑の表情を浮かべてしまう。
そんな気持ちを解っているのか、土方は一度唇に軽い口付けをすると、耳元で囁いた。
「大丈夫だから………もう少し脚を開いて………」
言うと同時に膝を掴まれて開かされた。畳を擦る摩擦音がして、シゲの両脚は土方の前である程度の空間を抱え込むことになっていた。
シゲの耳朶を甘噛みしながら、器用そうな手がするりとその空間に滑り降りた。そして浴衣の隙間から中へと差し込まれていた。
「あの…っ…………そこ…ッ…………そこは……………」
びくりと身体を強張らせたシゲの身体の中心にあるモノを、土方は右手でゆるゆるとさする。それは先程の愛撫にきっちりと呼応して、充血し始めていた。
「やだ………や………っ……………そんなことは………………」
必死で言葉を綴ろうとするが、なかなか上手く言葉が繋がらない。
「どうして触ってはいけない? お前の身体がこんなに感じていてくれているのに……」
指で先端を撫でると、先割れの部分からじわりと液が染み出てきた。まるで透明な蜜のように。
その蜜を指先に絡み付かせ、手の中のモノにまとわりつかせながら淫らな音をたてて緩やかに刺激を与えてくる。
くちゅ… くちゅ… と、水音を響かせられ、シゲは土方の手の中でますます昂ぶりを示してしまっていた。
 怒張し、天を仰ぐようにそそるシゲの分身を、土方は丁寧に愛撫し続けていた。シゲの息は荒く、与えられ続ける刺激に身体を小刻みに震わせている。
イかないように必死で耐えていた。だが声を噛み殺し、涙目で快楽を押さえ込もうと足掻く姿は、かえって逆効果だったらしく、土方は口許に笑みを浮かべたままで次の行動に及んできた。
首筋や胸元に口付けを繰り返していた顔が、ふっとシゲから離れる。そしてその場にかしずくようにして、手の中で弄んでいるモノに近付けた。
「嘘…ッ……いや、それは……ちょ……っ………いや……あ………………」
蜜でぬらりと光るそれの先端に唇を押し当ててから、尖らせた舌先でちろちろと少しずつ舐め回していく。
唾液で潤っている舌と蜜が絡まり混じり合う音が、潮騒だけが微かに聞こえてくる室内に甘く響いていたが、やがてシゲの切ない吐息が切れ切れに混じるようになっていた。
くちゅ… という音と共に口に含まれ、顔を上下されるたびに何とも言えないいやらしい音が両脚の間から漏れてくる。勇気を振り絞って下を見てみれば、そこには自分のいきり勃ったモノをその口に頬張る土方がいた。
今まで体験したどんなフェラチオよりも、それは淫靡な匂いに満ちていた。
あまりのことに耐え切れそうにない。自然に腰が浮き、がくがくと震えてしまう。
 小さな声を上げて、シゲが身体を反り返らせていた。びくびくと小刻みに震え、身体の奥に溜め込まれていた白い精を吐き出したのだ。
土方は口の端からその液体を滴らせながら、夢見心地の瞳をシゲに向けていた。



 久し振りの射精だったせいか、シゲは畳の上に崩れ落ちていた。頬をほんのりと昂揚させ、快楽の余韻に浸っている。
そんな様子を微笑ましく見遣りながら、土方は唇に口付けを一つ落としてから、音もなく立ち上がった。
部屋の隅に無造作に積み上げられていた敷き布団を両手で抱えると、部屋の中心に運んでからどさりと下ろし、それを丁寧に敷き始める。
虚ろな瞳でその光景を見ていたシゲの傍に近寄ると、力の抜けた身体を抱き上げてその布団の上に下ろした。
「もう少し……我慢は出来るか?」
優しく囁く言葉は、仄かな甘さを感じさせる。
「我慢なんて………してません。本当に嫌なら、たとえ相手が土方さんだって私は蹴っ飛ばして逃げます。」
言ってしまってから、シゲは顔をさっと赤らめた。
「………そうか。」
本当に嬉しそうな顔をして、土方はもう一度シゲに口付けた。今度は少しいやらしく、貪るかのように。
やや暫く唇を重ね合ってから、土方はついと立ち上がった。そのまま部屋の隅に行き、少しの間しゃがんでからまた戻ってきて、布団の上に向かい合って座る。
「鉄之助……」
囁くように名を呼んでくる。シゲも小さな声で、はいと返事をした。
「今宵この時だけ、お前の全てを私に預けてくれるな……」
長い指を持つ手で前髪を掻き上げられ、額に口付けをされる。
「心得ております……」
男に抱かれるなど、考えもしなかった事だった。ましてや自分を斬り捨てた、土方歳三になど。
だが現実は時として自分でも信じられないような展開を呼び寄せるものだ。今、自分はこうして土方の前に座り、その身体を開こうとしている。
経験したことのない行為に多少の不安を感じるのは否めないが、なによりも怖さに勝るシゲ自身の気持ちが高ぶっていた。
自分がいつから土方を好きだったのかは、もう今となっては解らないけれど―――――――。





◆小説◆  ◆戻る◆  ◆続く◆






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