LOVER 〜Present for me〜


◇1◇





 そろそろ、春が来る。
今年はまだ道も屋根の上も見渡す限り雪ばかりだけど、道ばたにうず高く積まれた雪山達も、どうにか少しずつその姿を小さくしている。
この雪が消える頃、毎年俺の誕生日訪れる。

 窓の外にちらちらと舞う雪を眺めながら、ふと書類作りの手を止めてそんな事をぼんやり考えていた。
「何やってんのよ大泉ぃ。ぼんやりしてっと怒られるんだぞ〜♪」
面白そうに背後から人の顔を覗き込んできたのは、只今幸せ満喫中の音尾だった。うちの課の安田主任に愛されまくって、今現在頭のてっぺんから真っ黄色の脳天気な花を咲かせている男だ。
「……うーるせぇぞ、サカナぁ。」
ぼそりと呟きながら、止めていた手をキーボードの上で動かして文字を打つ。
暫くカタカタと無機質な音を鳴らしながら、俺は最近ずっと一人で温めていた最高のプランを頭の中で思い描き、気が付けば一人でにやついていたらしい。
「なーにを一人で百面相やってるんですか〜? 気持ち悪いなぁ……。シゲが居たらまたどつかれるてるよ、大泉ってば。」
隣の音尾が呆れた口調で声をかける。
「ほっとけ。シゲは今日一日中外回りじゃ!」
今度は音尾がにやっと笑みを浮かべる。
「ああ……だから大泉さんってば、いまいちご機嫌斜めなんだね〜。」
ニヤニヤとしている音尾を一睨みしてから安田主任をちらりと盗み見ると……………一言も発せず、ただただ怖い顔で俺を睨んでいるじゃあないですか。
――――――音尾の守護霊だな、あんたは………――――――。


 「……温泉、行かない?」
裸のままシゲを後ろから抱きかかえて耳元で囁く。
此処はいつものシゲの部屋。
平日だというのに俺は仕事帰りに押しかけてきて、食事もそこそこにシゲを押し倒した。
だって今日一日、シゲがずっと傍に居なかったせいか無性に会いたくて。でもって会ったらやっぱり欲しくって。
今は一戦交えた後の一服の時間ってわけ。
ベッドの上に上半身を起こして紫煙を燻らすシゲが可愛くて、背中に抱きついてそのまま両腕を細い身体に巻き付けた。
ついさっきまで重ねていた肌がまだしっとりと汗ばんでいる。
「………何? 突然。」
呟きながら俺の方に体重をかけてもたれ掛かってくる。こんなさり気ない甘え方も可愛いから、相も変わらずときめきが止まらないんだわねー、俺。
「突然っちゅーか、ずっと考えてはいたんだわ。ほら、来月ってなんかあるべ。覚えてない?」
「……来月? 何か? って何よ、はっきり言えって。」
シゲはサイドテーブルの上の灰皿に手を伸ばし、吸っていた煙草をぎゅっと押し付けた。
「………言わんと解らんのか、お前は。」
抱き締める腕に少し力を篭める。多少の非難の意味をも込めて。
「…ばっ………このやろ、苦しいってバカこの……」
俺の方に顔を向けてバタバタ暴れながら腕から抜け出ようとする。いや、出さないけど。
「嘘! なまら嘘!! 解ってるからもうやめれ!」
シゲが降参って感じで両手を挙げた。
力を抜くとシゲは完全に俺に体重を預けながら非難の目線を送ってくる。
「……で、誕生日に温泉行きたいの? あんた。」
少し呆れた口調でそう言ってから、シゲは身体を半捻りさせて抱きついてきた。
「行きたいの。実はもう予約も入れちゃったんだけどね、昼間。」
抱き締めている身体をゆっくりまさぐりながら、そう囁いた。
「いいけど……あんまり高いとこだと俺、払えねーぞ。」
シゲは困った顔で笑いながら唇を軽く重ねてきた。
そんな姿も可愛くて、俺の息子が下半身で疼き始める。それを必死で宥めながら、耳元で更に囁く。
「大丈夫だって。言い出しっぺは俺だし、今回は俺が全部持つから行くべや……」
その言葉にシゲはとびきりの口付けで返事を寄越した。
………うーん…可愛い過ぎる!
この調子じゃやっぱりもう一戦……だな。



 四月二日、土曜日。今、俺達はシゲの運転する車で登別へ向かっている。
ここいらはやはり山深いねー、やっぱり。四月にはいると街中は随分と雪も少なくなってきて、所々春らしい趣を漂わせていたけど、この辺りはまだかなり雪が残っている。
あと一ヶ月くらいしたらこの辺りの桜並木はなまら綺麗なんだろうなー、なんて思いながら運転するシゲの横顔を眺めた。
相変わらずきりっと凛々しくて、でもってなまら綺麗。
この顔が数時間後には汗と涙で色っぽく乱れるんだよなあ…なんて事を想像したら、思わず生唾を呑み込んで凝視しまう。
「……もうすぐ着くからな。おとなしくしてろよ、大泉。この辺崖で危ないから、絶っ対! 手なんか出してくんじねーぞ! いいなッ?」
何やら勘付いたのか、シゲが前を見据えたまま牽制してくる。言われなくても、んな危ないことしやしねえっての。俺を何だと思ってるんだ、こいつは。
ムッとしながらペットボトルに手を伸ばして、ぐびりとお茶を一口。
「お、そろそろ着くな!」
途端にシゲの表情がぱっと明るくなる。
景色が急に開けると、如何にもといった感じの温泉街が視界に飛び込んできた。

 俺が予約した所は、普段なら敷居が高くて使わないような趣溢れる高級旅館だった。
歴史を感じさせるたたずまいと庭園が実に見事だ。あまりそんな事を気にしない俺達でも、中に入った途端思わず目を見張る。作りは結構古いが、贅を尽くしたと言う言葉がしっくりくる和の空間だった。
通された和室からの庭の眺望もなかなかだ。最初は感嘆の声をあげて窓の外や室内をあちこち眺めていたシゲだったが、ふと黙り込んでからこんな事を言ってきた。
「………なぁ。やっぱり俺も出すわ、宿代。せっかくお前の誕生日なのに、こんな高いところ出させんのはちょっと……」
さっきまでは無邪気に喜んでいたものの、流石に宿代全てが奢りということに多少の罪悪感を感じたらしい。
「いいっていいって、俺が来たくて来たんだし。それにお前が思うよりは高くないから、ここ。」
お茶菓子に手を伸ばしながらそう言うと、シゲも座卓の前に戻ってきて座椅子に腰をかけた。
立派な作りの急須から茶を注いで、これまた高そうな湯飲みを目の前に置いてやる。
「流石に和菓子も美味いわ、シゲ。俺、あんまり甘いもの得意じゃないけど…これは好きかも。」
シゲも目の前の菓子に手を伸ばして一口かぶりついた。
「あ。」
「な?」
そのまま暫く押し黙ったまま茶を啜る。
っちゅーか何となくお互い気恥ずかしい訳よ、正直なところ。
だって二人っきりでどっか旅行行くなんて滅多に無いし。いやーほれ、やっぱりどうしても緊張ってもんがあるじゃない。
けどいつまでも黙〜って茶を啜ってるのも……ねぇ。っちゅーか、正直なところ早いとこ温泉でまったりしつつ、シゲの綺麗な裸体を明るい中で眺めたいな〜って思ってんだけど、なかなか言い出せないのが不思議だなー。
今更照れを感じる関係でも無い筈なんやけど……。
なんて一人で悶々としていたら、シゲが湯飲みから口を離して話しかけてきた。
「まだ時間も早いし、地獄谷でも見に行こうや大泉!」
すっくと立ち上がったかと思うと、ハンガーにかけてあったジャケットを羽織りだす。
……いや、だから俺としては浴衣に着替えて露天風呂で……って。ま、いいか。
シゲが俺のジャケットを投げて寄越したのでそれを受け取り、さっと着込むとロビーに向かった。

 玄関で女将に道を教えて貰い、外に出る。
四月になったばかりのせいか、空からはまた雪がちらついている。 そんな中、ぶるっと身震いしながら肩を並べて歩き出した。
「いやー、こう硫黄くさいと温泉来た! って感じするなー…シゲ。」
「ほーんと。さっすが地獄谷、他の温泉街とはやっぱひと味違うわ。」
ぷらぷらと坂道を上っていくと、今までホテルや旅館の軒先が続いていた視界が急にぱっと開けて、いきなり別世界のような風景が広がる。
何というか…草木の全くないぶすぶすと燻る焼けた山々って感じで、この世のものとは思えん異質な空間だなあ、これは。
すぐ横の小山や道端のあちこちから蒸気があがり、山肌や道端は黄色みがかったり白っぽい色で染められている。
地獄谷とはよく言ったものだ、と二人して感心しきりで辺りを見て回った。
少し歩くと木で彫られた古ぼけた木の仏様が置いてあったり、何やら御利益があるらしい祠が安置してあったりと、なかなかに面白い。
気温が低いせいかもうもうと上がっている蒸気の間を色々と見て回り、そろそろ戻ろうかと歩いていると更に立て看板があった。
それを覗き込んだシゲが目を輝かせて俺の腕を引っ張っていく。
どうやらこのすぐ近くに温泉の湧いてる沼があるらしい。
「いいからもう帰ろうってー、シゲぇ…俺、そろそろ温泉入りてえっての!」
俺の訴えは全くシゲの耳には届いちゃいない。
「いいべや大泉! 歩いて十五分くらいなら、ちょっとくらい行ってみたって損しねえって!」
こういうとこ非っ常〜に強引なシゲは、俺をぐいぐい引っ張って山道へと引きずり込んでいく。
大体歩いて十五分ってそれ、夏場の道の話だろうが! この辺まだばりばりに雪道だっちゅーのに、なしてお前は子供みたいに喜んで登っていくよ!?
―――そんな事をさんざん喚いてみせたが、結局のところ勝てるわけもなく。仕方が無しにシゲの後ろについてその沼に向かった。
悔しいからシゲに手を繋がせて牽引させてみたけどな。
ま、いいべ。どうせこんな山ん中、俺らみたいな物好きもいるわけないから気兼ね無しで大っぴらに手を繋いでやる…!
 ぜいぜいと息を切らしながら足場の悪い雪道を登って、漸く視界の開けた場所に出た。
隣で感嘆の声をあげるシゲ。
成る程………これは面白いかも。
小さな展望台から見下ろすカルデラの小さな沼は、非常に不可思議な色を湛えながらもくもくと湯気を上げていた。
「……すっ………げー…………」
子供のようにはしゃぐシゲの隣りに立ち、しげしげと水面を見つめる。
とろりと濁った乳白色と淡い水色が混ざり合って、いかにもここに温泉湧いてます! って感じだ。
「なあ、これって落ちたら死ぬべか?」
シゲが恐る恐る聞いてきた。
火サスとかだったらさしずめここで突き落とされそうになって、すったもんだやりそうなところだけど、生憎そんな展開なんてあるわきゃーない。
「あー……死にゃあしねーべ。多分………」
自信がないから言葉を濁す。
「でも何となく溶けて死んじゃいそうだな…イメージ的にさ。」
そう付け足すと、シゲがぶるっと震えた。
「でもさ、大泉ぃ………下に船着き場あるよ。なんでだべ?」
「―――釣りでもするんか?」
真顔で答えると、シゲはその言葉に吹きだした。
「いや、無理。絶対無理だから、大泉!! 今日の晩飯かけてもいいわ!」
結局二人して口々に馬鹿なことをほざきながら、その場を後にする。
下りの雪道は気を抜くと滑り落ちていきそうなので、行きにもましてがっちりと手を握り合い、一歩一歩地面を踏みしめる。
静かな山道に、俺らのぎゃあぎゃあとうるさい喚き声だけが響いていた。


 宿に戻ってもまだ辺りは明る過ぎるほど明るい。
ちょっとした小登山で汗をかいたので、念願の温泉へと勇んで歩く。
まずは大浴場でさっと汗を流してから、続いて露天風呂へと繰り出した。
ここの名物の一つの庭園と温泉が組み合わされた豪華な石造りの風呂の中には、濁ったお湯がなみなみと湛えられていて、それだけでもの凄く贅沢な気分に浸れる。
ましてや俺の隣りには裸のシゲ。
よくある温泉番組に浸かる美女って雰囲気で、俺のシゲが湯に浸かっている。
なーまら色っぽい顔して。
っちゅーか、やけに艶めかしいんだって。
お湯から覗く肩口や首筋がやけに白くて………マジで生唾ゴクリものです、はい。
「うーん、やっぱ気持ちいい〜!」
人の気も知らんと、シゲは極楽気分で温泉を満喫していやがる。掌でお湯を掬ったり、辺りを見回して何やら浸ってみたりと、実にのびのび楽しんでいる。
こっちゃーふつふつと沸き上がる不埒な欲望を押さえるので手一杯で、そんなの楽しむ暇がねえぞおい!
これで辺りが暗くて誰も居ないってんなら、ちょっとだけでもエッチなこと出来ちゃうんやけどなー…生憎まだ日も暮れてねえし、悲しいことに俺らの他に年輩のおっさんも二人ほど一緒にご入浴中ときたら、いくら俺でも手を出すわけにはいかんわ。
 って悶々としてたら調子こいたシゲってば、お湯から思いっきり上半身を出して、庭の方に身を乗り出していた。
結構際どいところまで露わになった滑らかな白い肌が、更に俺を挑発するかのようだ。
………いやー、なんだ。失敗だったか? 温泉。


 「うーん、いい湯だった!」
シゲはすこぶる上機嫌。俺はただただ憔悴気味。
はつらつとして隣を歩く湯上がりの男を恨めしく思いながら、少し背中を丸めてとぼとぼと歩く。
「……ん? なした、大泉。」
ほっといてくれ、この悪魔。濡れ髪が更に挑発的だわ、くそったれが。
やっぱり悶々としながら部屋に戻る。
暫くテレビなんか見ながらだらだらしていると、夕食が運ばれてきた。これがまた山海の珍味って言葉がぴったりくる大っ変に豪華なお食事。
仲居に勧められるままシゲは地酒を、俺はあんまり酒が強くないのでビールを頼んだ。
「じゃ、一日早いけど……誕生日おめでとう! 大泉!!」
ビールのグラスと猪口でささやかな乾杯をする。目の前のシゲは悪戯を仕掛けているときの子供みたいな表情で、座卓の下から何かを取り出して、俺の目の前に差し出してきた。
淡い水色のリボンでラッピングされた包みだ。
「おめでと、大泉。薄給だから大したもんあげられないけど…俺の精一杯だから受け取ってくれ。」
嬉しさと驚きで咄嗟には言葉が出てこなくて、無言で受け取り……そのままアホ面で、包みを開けもせずに見つめていた。
「大泉、開けてみてよ。」
無邪気に微笑む笑顔が……神々しくさえ思える。包みを開ける手が微かに震えた。
ようやく包み紙を開くと、中の贈り物がそっと顔を覗かせる。
それは皮で出来たバングルとブレスレットの中間のようなものだ。中央がやや膨らんだ形の茶色いレザーに、鋲やターコイズが埋め込まれた手の込んだもので……実は前々から欲しいと思っていた物だった。
「うっわ……マジで?」
あからさまに狼狽する俺の前でシゲはしてやったりという顔をする。
「前、欲しがってたべや。」
そうなんだよ、俺、ずーっと欲しいと思ってたわけさ。だけどちょっとばかりお値段が張るから、いつか買おうと思ってたのに……お前ってば見てないようでさり気なく見てくれてたんだなー、俺のこと。
嬉しくて更に言葉が出なくなった俺の目の前で、愛しい愛しい男は更に駄目押しをしてくる。
「じゃじゃーーーーーん! 見ろ、これ。」
どこから取り出したのか、シゲの手の中にも同じ物が握られていた。いや、正確に言うと少しだけデザインの違う色違い。
「せっかくだからさー、お揃にしてみた。このくらいなら周りから見られても不自然じゃないかなーなんて。」
……………悶え死にさせる気ですか? この男は。
俺、もう鼻血で溺れ死んでも全然悔いないわ。
 そんなこんなで目の前の贅沢な料理そっちのけで俺はぽかんと口を開け、シゲは計画達成とばかりに満足な表情で猪口を呷りつつ、料理に手を伸ばしていた。
「そんなに喜んで貰えるとあげた甲斐あるけど…せっかくのご馳走が冷めちゃうぞ、お前。」
俺が相も変わらずアホ面をしてるので、流石にシゲは苦笑している。
いや、だけどさ……俺もう感動の涙で料理が見えねえんだわ。

 やや暫くの間感動の嵐になぶられつつ余韻に浸りきっていた俺だが、いい加減腹も空いたのでようやく現実に戻ることにした。
既にシゲは少し酔いがまわっているようだ。頬のほんのり桜色がもう色っぽいの何のって。
してまた浴衣の合わせ目からのぞく白い肌までがうっすらと染まって、どこをとっても極上の艶めかしさ。
これで次々に食事が運ばれてきていなかったら、俺は確実に途中で押し倒していたかもしらんなー。


 怒濤の夕餉も取り敢えず終わり、シゲはほろ酔い。俺は別の意味で酩酊状態。
シゲには酔い覚ましのジュースを手渡して、俺は欲望渦巻く頭をリフレッシュするべく、一人で温泉に浸かりに行くことにした。シゲは一緒に行きたがってたけど、今一緒に風呂入ったらまず間違いなく襲っちゃうしなー……。
 で、一人で夜の露天風呂に浸かる。
湯気のベールを纏った雪の庭園に灯りが柔らかいコントラストを作り上げて、幻想的な景色を作り上げている。
冷たい空気が頬に気持ちいい。
精一杯身体を伸ばしていっちょ準備運動とでもしようか…なんてうーんと伸びをする。
まだ夜は始まったばかり、これから始まる長くて熱い夜のことを考えて自然に口の端をほころばせていた。
近くにいたおっちゃんが怪訝な顔をしてこっちを見ているようだけど、そんなこたぁちーとも気にしませんて。
湯の中で思う存分身体を柔らかくして満足してから、脱衣所へ向かった。
たっぷり温まってほかほかの身体にさっぱりとした浴衣を纏い、男湯を出ようとしたところにシゲが入ってきた。
見れば酔いも覚めたのか、白い肌が更に眩しく輝いている。
「あれ、大泉……もうあがったの?」
無邪気なツラしてそんなこと聞いてくるなって……もっかい浴衣脱いじゃいそうだべや。
「んー…なまらあったまった。先、部屋行って待ってる。」
そう言いながらシゲの肩にポンと手を置いて小声で囁いた。
「のぼせんなよー。せっかくの夜が台無しだもんねー……」
シゲは途端にぱっと頬を赤くし、肩に置いた手を右手で払いのける。
「……うっさいわ!」
照れてぷいっと背中を向けながらも、払った右手を小さく振って合図するのがまたシゲらしい。
「じゃーねー、シゲー
俺もぴらぴらと手を振って上機嫌でその場を後にした。

 「ありゃ。」
部屋の真ん中にはいつの間にか布団が敷かれている。
上等なふかふかの布団が二組。勿論きっちりと感覚を空けて敷かれていた。
俺はそれをびしーっとくっつけて、一人不気味にほくそ笑んだ。
それから障子で仕切られたベランダに設えてある椅子に座り、自販機で買ってきたジュースを喉に流し込む。
そわそわしながらテレビをつけると、即座にバラエティ番組の賑やかな笑い声が飛び込んできたが、どうにも見る気にはなれなくてあちこちボタンを押してみた。
札幌とはチャンネルが違うので、どのボタンがどのチャンネルかがいまいち解らない。かといって部屋の隅に置いてある番組表でいちいち調べるも面倒で、なんとなくチャンネルを変えていると突然艶めかしい喘ぎ声がテレビから聞こえてきて、かなり焦った。
………所謂アダルトペイチャンネルの案内だなー、これは。結構綺麗なお嬢さんが逞しい男優さんに組み敷かれてじわじわと啼かされているところだ。シゲと付き合う前は俺もかなり見ていたけど、ここんとこさっぱりご無沙汰だったわ。
チャンネルを変えるかそれとも金を払って見続けるべきかと悩みながら、気になってついつい画面を見てしまう。
これはやはり男の性ってやつでしょう。
―――――しかしこの女優、誰かに似ているのは……気のせい?
 結局リモコンで選択して最初から見始めた。内容はありがちなエロビデオな訳だけど、どうしてもこの女優の顔が気になってしゃーないわけよ。
残っていたジュースをちびちび飲みながら画面を見ていると、シゲが部屋に帰ってきた。
「…………あーらま………何を楽しそうなもの、一人で見てんのよあんたは。」
ちょっとばかり不機嫌そうな声。
「いや、成り行きで……」
ばつが悪くて言葉を濁しながら、布団の上に移動してシゲを手招きで呼ぶ。
風呂上がりのシゲはまだ髪も濡れたままで、何ともいやらしい雰囲気を纏っているが、本人はちっとも気付いちゃいないらしい。
「なーによ、スケベ。」
半分軽蔑の視線で見つめるシゲの手首を掴んで半ば強引に布団の上に座らせ、後ろから羽交い締めで抱き締めた。
「いいから見てみれって。」
シゲはしぶしぶながらも画面を見つめた。丁度本格的な情事が始まり、綺麗なお嬢さんはお決まりのわざとらしい喘ぎ声をあげ始めている。
「なーシゲ………この女の子、誰かに似てない?」
「誰かって………何がよ……」
最初は訝しげに画面を見ていたシゲの顔が、徐々に困惑の表情に変わっていく。
「ん?………いや、お前………ちょっと待って。……いや、似てる……………かな………」
流石に困惑しているのか、どんどん声が小さくなる。
画面の中で男にいいように嬲られ、痴態に興じているお嬢さんは……今俺の腕の中にいる人間によく似ていた。他人の空似とは言い切れないくらい、本当によく似てる。
通った鼻筋や形のいい唇。切れ長の目の形や長い睫毛。髪は流石に少し明るめの茶色でふわふわした女の子らしい髪型だけど、最近シゲも髪を明るく染めたから、長ささえクリアすればかなりの激似度だと思う。
当然女優さんは華奢で折れそうな身体だし、シゲは立派な成人男性なので細いけどしっかりと筋肉も付いているから、体格は全くもって違う。
違うけど……何ちゅーか雰囲気までよく似てる。血を分けた姉か妹なんじゃーないか? と、思わせるくらいだ。
「な? ついつい見ちゃうべ?」
勝ち誇って言うと、シゲが何かもごもごと呟いた。
「いや………だけどさぁ…………」
続きの言葉を遮った。顔だけ此方に振り向かせて、唇を重ねる。
耐えに耐えていた欲望が堰を切ったように溢れ出してきて、そのまま少し乱暴に浴衣の上から身体を弄ぐりながら耳元で囁いた。
「同じこと……しよっか………」
シゲは抗わず、小さく頷いた。
浴衣の合わせ目から片手を入れ風呂上がりの上気した肌を弄ぐると、小さな吐息が漏れる。
もう片方の手を浴衣の裾から潜り込ませ、太股を撫で回す。腕の中の身体がぴくんと跳ねた。
相変わらず感度がいいわ、シゲ。
掌でゆるゆると撫でながらそっと脚の中心に触れると、下着の上からでも解るくらいにシゲのモノはしっとりと濡れていた。
「……気持ち、いい?」
目を固く閉じて悔しげに小さく頷く。
「じゃ、もっと気持ち良くしてやるから………自分で脱いでみせて、シゲ。」
シゲは暫く唇をきゅっと噛んで黙っていた。
「シゲぇ……」
指先で濡れた下着越しに硬くなりつつあるモノをつついたり撫で回すと、びくびくと身体を震わせて熱い吐息を吐く。
だけどすぐに唇をきゅっと噛んで耐える。こんな強情なところもたまらなく可愛くて、ついつい苛めたくなってしまう。
「せっかくの俺の誕生日なんだし……それにせっかくこんないい宿泊まってんだから、ちょっとぐらいサービスしてくれたっていいべや……」
―――いや〜、ずるいねー俺も。こんな事言ったらシゲが逆らえないの解ってて……でも言っちゃうんだけどさ。
案の定シゲは、その言葉を発すると閉じていた瞼をゆっくり開けて此方を見据えた。
泣きそう……シゲ。
「………じゃあ……解った。今日は何でもお前の言うこと聞いてやるよ………」
不貞腐れて口を尖らせながら、俺の手をほどいて身体ごと此方に向けてくる。
向かい合わせになったところで立ち膝になり、腰ひもに手を伸ばした。既に合わせ目ははだけて、かなり色っぽい状態になっちゃってる。
腰に巻き付けてあった紐をするすると解いてそれをぽんと投げ捨て、肩から浴衣をするりと滑り落として下着だけになる。
シゲの息子は下着の布地の上からでもはっきりと解るくらい、膨張していた。
「……いいこだね………おいで、シゲ。」
両手を大きく広げると、シゲは立ち膝のまま怖ず怖ずと近付いてきて縋り付いてきた。
そのままどちらからともなく唇を重ねる。舌を深く絡ませ合い、唾液を啜っては更に唇を求める。熱くて甘い極上のくちづけ。
シゲのさらさらの髪の中に手を入れながら、何度も同じように繰り返して唇を貪った。
やがて俺の唇がシゲの耳たぶに移動し、甘噛みを交ぜながら舌を這わせて舐る。
「…お…いず……み………」
シゲもまた俺の髪の中に指を差し入れては掻き上げ、耳や首筋に口付けをしてくる。
そんな姿はいつも以上に艶めかしかった。
―――でも、まだまだ乱れる姿を見せて欲しい。
今までさんざん舐め回していた耳元に、俺はそっと囁いてみた。
「………なあ、自分でイってみせて………」
流石にシゲの動きが止まり、そのまま無言でぎゅっと抱きついてくる。
「俺に見せて…………お前のオナニーしてるとこ………」
尚も囁いてから、縋り付いているシゲをちょっとばかり強引に引き剥がした。
目の前に座らせると、シゲは口をへの字にしていた。目にはありありと困惑の色を浮かべている。
「……大泉………マジで…?」
縋るような目つきがまた何ともしどけなくて、いやらしい雰囲気を醸し出している。
「マジで……お前のえっちなとこ、いっぱい見せて……」
シゲは耳まで赤くして黙り込んでるが、ぐいっと膝を開かせて全てをよく見える状態にしてから有無を言わせず右手首を掴む。そのまま下着の中に入れさせ、昂ぶっているモノを触らせてみた。
「……………」
無言のまま、シゲは屈辱の表情で自分自身を慰め始める。
「邪魔そうだから、取ってやるわ……」
わざとそう言って身に纏うなけなしの布地に顔を近付けると、シゲの動きが止まった。
「……何する……気よ………」
微かに震える声を聞きながら下着にそっと顔を寄せ、端の方の布を口に含んでしっかり噛むとゆっくり引きずり降ろしていく。
集まった血液で大きくなり始めているソレにひっかかったりしながらも、結構難なく剥ぎ取れてしまった。
「やりました、大泉選手! 見事、佐藤さんのぱんつを奪い取りました!!」
戦利品のように目の前で掲げると、あからさまに嫌な顔をしている。ま、当たり前か……。
 更に俺はいいことを思いついて、それを実行に移した。
いや、別に何てことはないことなんだけどねー。せっかく俺の誕生日なわけだし、目の前には最高のプレゼントがいて俺だけのためにいいもんを見してくれるってなら……ちょっとだけ装飾をしてやったっていいかな……なんて。
メシの時に貰った包み紙を飾っていたリボンを手元に引き寄せる。艶やかな光沢のある綺麗なサテン地の、水色のリボンだった。おあつらえ向きに意外と長さもある。
嫌がるシゲの首に綺麗に巻き付けて蝶々結びにすると、あ〜ら素敵。綺麗にリボンをかけられた、俺だけのプレゼントの出来上がり。
「……なっ……に…………考えて……………」
そう言いかけてから、シゲは恥ずかしさのあまり口をつぐんだ。

 シゲの手の中でどんどんソレは堆積を増してくる。充血し、筋を引きつらせて苦しげに立ち上がりながら、透明な蜜を零していた。
その体液が指にまとわりつき、くちゅくちゅといやらしい音が耳に心地いい。
最早画面の中の痴態なんて目じゃないね。俺の前にこんなにもいやらしい格好のシゲが、自分で自分のモノを弄くって感じてるってーのに。
息を乱し、頬を紅潮させて一心不乱に自分を慰めているシゲは、とてつもなく淫らだ。
してまた、限りなく綺麗だ。
艶めかしい顔で俺を見つめ、今にも達しそうになっている。
「……イき……そう…………」
震えながら訴える唇に軽い口付けをしてやる。
「もうちょっと……我慢出来っか?」
そのまま両脚の中心に顔を埋め、今にも爆発しそうなシゲの息子に唇を寄せる。たらたらと愛液を滴らせている先端を舌先で舐め回すと、頭の上で甘い甘い吐息が漏れた。
あまり焦らしてやるのも可哀相なので、舌を絡ませながら頬張り、何度か上下させる。
「………っ……………う……………く…ッ………………」
ビクビクと震えたかと思うとさっと身体を強張らせ、シゲは俺の口の中で果てた。








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