女性のための風俗から男性向けの風俗ギャルまで自分の体を使って実体験してみるこれは女性の側からの男性社会に対するアンチテーゼこれまで男たちが漠然と考えていた女性観が覆されるときがやってきたのだ
通常、人はS(サディスティック)とM(マゾヒスティック)の両方の要素を持ち合わせているという。どちらかの要素しか持ち合わせていない(厳密にはセックス感において一方の要素のみを極端に持ち合わせており、その要素がセックスに至る行動からセックス自体に至るまで色濃く反映されている)人間というのは、変態らしい。ならば、女王様と奴隷は変態どうし。SMプレイというのもやっぱり変態の道楽なのかしらん…?。そんな事をぼんやりと考えたりする事はあっても、SMは私自身にとって、遠い世界のことのように思えてた。超えれば戻ってこれなくなる一線の遥か向こうにあるものだと思っていた。
そんな私に編集長から、東京の六本木に新しいSMクラブがオープンしたので体験取材をして来い、との“業務命令”が下った。「う〜ん、お前はどう見てもMだよなぁ……よし、頑張って“チャーシュー縛り”されて来い!」。げっ。縛られるのか。実をいうと以前つき合っていた男とセックスするときに、たまに両手を手ぬぐいで縛られることがあった。感じような、感じないような……、なんとも妙な気分だったが、まんざらでもなかったような気もする。「もしかしたら、私ってMかも」そんなことを考えつつ、六本木のSMクラブに電話した。アルバイトをしたい、と告げるとすぐに面接となった。
待ち合わせは六本木のアマンドの前。ドキドキしながら待っていると小柄でイガグリ頭の30代くらいの男がジーンズのポケットに手を突っ込みながらやってきた。「事務所はすぐこの近くですのでご案内いたします」そこから5分程歩いたマンションりの一室が事務所だった。入ると、大小のダンポールが無造作に置かれていた。「まだオープンして間もないので片付いていないんです。どうぞ座ってください」イガグリ頭のその男は山本(仮名)さんといい、有名SM専門誌でもたびたびM男としてグラビアに登場していたほどの、“その世界”ではけっこう有名な人だった。編集長の期待どおり私は“M女”として登場することになった。「まず、このカルテに連絡先と生年月日、あとスリーサイズを記入して下さい。それから初心者ってことですのでこの表に○×をつけて下さい」表にはSMに関するありとあらゆるプレイの内容が記載されていて、できるなら○、できない場合には×をつけるように、とのことだった。
室内プレイ、野外プレイ?「野外プレイは、山の中とか、雪の中で木に吊るされたりするんです。あ、滝に打たれながらというのもたまにありますけれど…」縛り、蝋燭(ロウソク)、吊るし、アナルバイブ、飲尿、しょ、食糞?。食糞は、いわゆる黄金のこと。つまり、うんちを食べちゃうんだよなー。できるわけないよなー。乳首貫通。文字通り、乳首に針を突き刺してしまうことだ。ばい菌入ったらどうするのよーっ!「大丈夫、大丈夫。乳首貫通プレイのにときは、ご主人には抗生物質持参を義務づけているから」山本さんはは人なつっこい笑顔を浮かべながらいう。「あ…そうですか(顔がひきつる)。でも、やっぱり遠慮しておきます。あとお尻は苦手なんで、アナルバイブもちょっと……」彼氏にアナルセックスを試されて、切れ痔になった苦い経験があった。「困りますねー。アナルバイブは、基本中の基本ですから…」「は、はあ……」「馴れれば平気、平気。それにうちに登録しているご主人様は紳士ばかりだから、やさしく虐(いじ)めてくれるし、痛くしませんよ」。やさしく、虐める?そんなもんなのか。恐る恐る○をつける。浣腸?「できないです!とんでもないっ!」浣腸だなん て小学校低学年以来だ。注射器のでっかいのをお尻にブスリとやられ、しばらくするとお腹がめちゃくちゃ痛くなってトイレに駆け込み、冷や汗を額ににじませながら、火のついたお尻の穴から大洪水…。私の脳裏に幼い日の甘く苦い(?)思い出が蘇ってくる。しかも今回は、その情けない姿をご主人様に見られるのか…。「大丈夫。浣腸されたらトイレに駆け込んでいいから」はあ。そんなものなのか。半信半疑で○をつけてしまった。
源氏名は“瑞希”に決まった。ギャラは事務所と折半。例えばSコースの場合(お客さんがご主人様、女の子はM女)90分、110分、130分と分かれ、お客さんはそれぞれ、3万5000円、5万円を支払う。女の子は、その半分を報酬としてもらう仕組みになっていた。Mコースの場合(お客さんがM男、女の子が女王様)は、コース料金はSコースよりそれぞれ5000円安く、女の子の取り分はSコースより、1万円安かった。つまり。M女のほうが儲かるわけだ。そりゃ、そーだよ。縛られたり、鞭打たれたり、ローソク垂らされたり…、痛い目に遭うんだもん。と、いうとはそれだけ危険も伴うということだった。その後、アルバム用の写真を撮り、その日の面接は終わった。