この春で入社して3年目、俺にもやっと部下というものができた。
 俺の初めての部下。高村和泉という。
 入社してくる前から、すげぇ美人だという噂を聞いていたが……男だった。
 でも、確かに美人。ひげ生えるのか?と思うくらいすべっすべっの肌に、潤んだような大きな目。黒い髪はきれいなストレート。骨格からして華奢で、指先はすんなり細くて……背はちょいと小さめ。
 まあ、少女漫画にでてくるような男ってホントにいるのねぇという感じだ。
 話してみると、いたって性格のいい、フツーの…いや、よくできた男だ。こんな部下でラッキーと思ったもんだ。まじめで仕事はていねい、それでいて何事もテキパキしてる。性格も優しくて、一緒に仕事してると楽しかった。
 お盆前。夏期休暇を目前に、俺たちは一つデカい契約をまとめることができた。
 「ありがとう! 高村がしっかり資料をまとめておいてくれたからだよ!」
 「いえ、僕もいい勉強になりました。矢口さんこそ、お疲れ様でした」
 これまでの俺だったらこんな優等生の後輩なんて、嫌味にしか思えなかったものだが、高村に笑顔で言われるとなんだか本気で嬉しくなってしまう。
 先方から契約書を受け取った日、打ち上げもかねて俺は高村を飲みに誘った。飲むとほんのりとキレイな桜色になる彼はちょっとなまめかしくてドキドキさせられる……って、おい待て、いくら美人でも相手は男だ。
 二軒目の店で、突然に彼は腹が痛そうな様子を見せだした。
 慌てながらも俺は「大丈夫です」という彼を押し切って、ヤツのアパートまで送ってやった。
 「すみません、そこの引き出しに薬が入ってるんで……」
 言われるままに、探してみると、あったあった。薬。大学病院の薬袋。
 「?」
 袋の表書きに何気なく目をやって、俺は不思議なことに気がついた。“婦人科”に○がついていた。
 その薬のもらい手は、戸惑っている俺どころか服に気遣う余裕もないのか、背広を脱ぎ捨て、ワイシャツとトランクスという姿で、パイプベッドの上にじぃっと縮こまっていた。
 「……大丈夫?」
 「え、ええ……いつものことなんで」
 俺の心配に無理に笑って答える彼は、「婦人科」の薬を、水で一気に流し込んだ。
 
 帰り道。あのワイシャツ&トランクスという姿がミョーに頭の中に残ってる。
 そして、婦人科からもらってるらしい薬。
 まさか……まさか、ヤツは女?!
 和泉、という名前は女でもおかしくない。名前だけ聞いたときは女かと思った。
 オナベとかトランスジェンダーとか、女が男になることはあるご時世だ。
 女なのかな……だとしたら、何で男の格好してるのかな……心は男なのかな……いつから男の格好をしてるのかな……。
 自分のアパートに帰ってから、俺は女子高校生やOLの格好をした和泉を想像して、一人でもだえていた。

 次の日、和泉は欠勤した。
 腹痛が原因のはずなのだが、病気といわず、ただ「私用のため」と有給休暇を使っている。
 気になった俺は社員の有休取得確認用の帳面を見て、和泉が月に1〜2日同じような有休を取っていたことに気がついた。それもだいたい今ごろ……月の半ばごろ。
 和泉が出勤してきた日、俺は午後から浜松の営業所に出張だったので、早めに会社にきて出張先に持って行く資料を荷物に詰めていた。
 始業ギリギリにやってきた和泉はこころなしかやつれてみえた。
 「大丈夫か?」
 「はい、もう平気です」
 「医者には行ったのか?」
 「大丈夫です、いつものことですから」
 そう普段どおりの笑顔でニッコと言われてしまうと俺としてはそれ以上のことは言えない。
 「いつもって……毎月休んでいるのも腹痛なのか?」
 「ええ、まあ……でも、きちんとお医者さんにもかかっていますからご心配なく」
 医者。俺はあの薬袋を思い出す。
 医者って……婦人科か?
 「何なんだよ〜、俺はお前が心配なんだよ〜あの腹痛、すげぇ痛そうだったぞ?どういう病気なんだよ?」
 俺がたずねると、和泉は少し俯いて言った。
 「不治の病です」
 「不治の病って……」
 ガンか?それとも……最悪のことばかり考えてる様子が顔に出たのだろう。
 和泉は笑って手を振って言った。
 「生理痛ですよ」
 そして、逃げるようにコピー室の方へと行ってしまった。
 からかわれたのか?
 もうヒトツッコミ入れていきたいところだったが、いいかげん会社を出ないと予約している新幹線に間に合わない。俺は心残りなまま、出張へとでかけていった。

 出張先の安いビジネスホテル。
 商談も終わって地方の繁華街をまわる元気も財布の余裕も無く、そうそうに部屋へと戻ってきた。最低限の設備だけを整えた古いホテル。よくあるアダルトビデオのサービスも、いまどき有線じゃなくてコインビデオだ。
 誰が見たともしれぬ、古いビデオがキャビネットの中にこっそりと置いてある。
 ふと目にとまったタイトル。
 『桃色ナース婦人科検診』
 婦人科。婦人科。男にとって未知の領域だ。
 俺は思わず小銭をスロットに投げこみ、そのビデオをデッキへと挿しこんだ。
 診療時間が終わった後の婦人科という設定らしい。
 グラマーというより、ほっそりした少女体型が売りらしいショートカットの女優が、やたらスカート丈の短いナース姿で出てきた。
 『先生〜、あのぅ、私ぃ〜』
 わざとらしくモジモジとシモの相談をする彼女を、医者役の男がいやらしく診察していく。
 『う〜ん、これは内診しないとわからないから、内診台へあがって』
 そして場面は内診室。
 うーむ、これが話しに聞いていた内診台かとエロビデオを相手にしみじみ眺めやってしまう俺。
 床屋の椅子に似てるといえば似てるが……SMの道具に見えなくもない、この足乗せがすごい。アソコを見てもらうわけだからおっぴろげなければ話しにならないわけだが。モザイクがかかっているとはいえ、この台に乗ったら最後、アソコもさらに後ろの穴も丸見えになるのは理解が及ぶ。
 ―― まさか、ひょっとして和泉も……。
 俺の中に蘇る「和泉・女説」。
 女優がもっとグラマーでエロエロなタイプだったらよかったのに。
 ショートカットで、清純そうで、すらりとした子だからいけないんだぁ〜っと心の中でキャストのせいにしながら……俺の頭の中では、内診台でしどけない格好をさせられているのは和泉になっている。
 ―― バカ、部下(それも男)をオカズにするんじゃねーよ。
 理性のツッコミもはかなく、切ないまでにコチコチになってしまったムスコをなだめてやるべく、俺はトランクスの中に手をいれた。
 『あぁん……』
 かなり音量を下げても湿った音がスピーカーから漏れてくる。 
 『うーん、こっちも調べてみようか』
 ねちっこい調子の男の声。アップで細めのオモチャが現れて、モザイクの向こう側の……固く閉じられているはずの穴へとねじこまれていく。
 身体をふるわせてのけぞる白い首筋。
 快感に浮かされて潤んだようになっている黒目勝ちの瞳。
 和泉!
 あっけなく、ビデオの男優よりも早く、俺は自分の手の中で暴発させていた。

 出張土産は浜松名物「うなぎパイ」。
 「でたな、“夜のお菓子”」
 男ばかりの職場だと、ひとしきり下ネタに花が咲く。
 「ほい、高村のぶん」
 和泉のデスクに行くと、俺の妄想を煽るきれいな顔が花のようにほころんだ。
 「ごちそうさまです〜」
 うれしそうに細長いパイの包装をやぶりながら、和泉が言う。
 「そうそう、これ“真夜中のお菓子”ってバージョンもあるの知ってます?」
 「真夜中?」
 「ニンニク粉とかブランデーとか入ってるんですよ……うなぎ粉だけより効果あるんですかね?」
 そっち買ってこいよなー、と中年組から野次が入る。
 「すみませんねー、俺なんかそんなもん食ったら鼻血でそうだからなぁー」
 俺の答えに和泉がまた笑う。
 「先輩、そういうエネルギー、発散する相手いないんですか?」
 「うるせーよ」
 俺は思いきり、和泉の頭をこづいた。
 てめぇがオカズだなどとは口が裂けても言えない。言えるはずがない。
 その日、便所に行くと、先客で和泉がいた。
 気になって、つい隣りの便器に近づいて……視線を隠しの向こうへと送ってしまう。
 ヤツのきれいな手に阻まれて全部は確認しきれないがフツーだ……フツーの……。
 でも、アレって最近は手術でも造れるっていう話しだし……。
 「何ですか?うなぎパイの効果の検証ですかぁ?」
 俺の視線に気づいた和泉が苦笑する。
 「あ、ああ……でもこんなとこじゃしょうがないよな」
 阿呆なことを逡巡していたことをごまかすように言ってると、和泉の方がひょいと俺の股間を覗きこんだ。
 「先輩のほうこそどうです?効いてます?」
 からかうように言われて、遠慮無く見られて、俺の手の中でイチモツがぴくんとする。 
 バカっ、見られただけで反応してるんじゃねぇっ。
 「ど、どうだかなぁ……ははは」
 とうに出るものは出尽くしているのに、俺は動けなくなっていた。
 そんな俺を不思議そうに見ると和泉は先にトイレから出ていった。
 


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