12月24日 PM10:48
俺が盆を持って応接コーナーに戻ると、新見さんはようやく藤堂さんのことを俺に紹介してくれた。
「彼、僕の高校の同級生の藤堂」
そして、藤堂さんには。
「職場の後輩で、今のツレの早川くん」
「……新見さんっ?!」
俺らのあまり一般的ではないおつきあいをあっさりと昔の友人に告げる新見さんに俺が仰天してると。
「あ、あせることないない。藤堂は、僕の昔のツレだから」
「えっ」
「……ハルミ、今の男にさらっと昔の男を紹介するもんじゃないと思うが」
藤堂さんの方から、冷静なツッコミが入った。意外とイイ人のようだ。
そんな普通じゃない俺たちの会話に、思いつめた表情で清田くんが割り込んできた。
「藤堂さん。あの“伝説のハルミさん”って、この新見さんのことッスか?」
ここで聞かずにいられないとは、彼にとってはよほど衝撃的なことなんだろう。
「そうだ。誰も女だとは言ってないはずだが?」
「え、俺は“この世の人とは思えぬ絶世の美少女だった”と聞いていましたが……」
うーむ。たった20年弱で、伝説はだいぶ事実からずれてしまっているらしい。
「しかし、新見さんが暴走族に入っていたなんて想像つかないな……」
俺がボソッとそんな風にもらすと、新見さんがお茶をすすりながら藤堂さんに話をふった。
「塾の送り迎えを藤堂にしてもらってたら、いつのまにかそういうことになってたんだよね?」
「族車をシラッと足にしてたお前の神経の方が普通じゃなかったと思うがな」
イチゴタルトを手にした藤堂さんの顔は、新見さんへの返事とともに昔を懐かしむ大人独特の表情になる。
「そう言えば、塾の帰りに戦争がおっぱじまったこともあったっけね」
「あれはお前。俺が『これから喧嘩しにいく』っつってんのに、お前が勝手についてきたんだったろうが」
「そうだったっけ……?」
藤堂さんの説明によると、『雷神愚』が某が崎統一を成した対『鬼畜同盟』戦争の際に、塾帰りの新見さんは、興味本位で藤堂さんについて行って、そのおかげで初代マスコットと認知されてしまったのだそうな。
「で、僕も最初はちょっと面白くて集会とかにも顔を出していたんだけどね。受験で忙しくなってきたから失礼したってわけ」
「それでもよ、俺が“雷神愚”をのし上がらせたときにハルミが力になってくれたのは確かだから……ま、今でも俺がコイツを助けられることがあれば助けるつもりなんだ」
う、カッコいい……けど、そういう理由で寒い中呼び出された後輩はかわいそうだなぁ。
「そういえば、何で清田くんがココに?」
どうも今回の件ではいいように使われているように見える若い総長に俺が話をふると。
「あ、俺んち、工務店なんで。ヒューズなんかは家に揃ってますし……まさか、藤堂さんに覚えられているとは思っていませんでしたが」
「そうか。人使い荒いOBを持つと大変だねえ」
人使いの荒い所長と副所長という上司を抱えている俺がつい同情的に言うと、清田くんはブンブンと首をふって、目を輝かせて言い切った。
「いいえっ! 藤堂さんに声かけてもらえるなんて光栄ッス!
それにまさか、伝説のハルミさんにもお会いできるなんて」
……彼は、次に仲間に会ったら、話すのだろうか。『ハルミさんは男だった』と。
12月25日 AM0:45
その後もしばらく藤堂さんには色々と昔の新見さんの話も聞かせてもらったが、話を聞くうちに嫉妬よりも“同じ困難を知る同志”というような連帯感を感じてしまった俺は人がよすぎるだろうか。
いや、多分。藤堂さんも同じようなシンパシーを感じてくれていたのだと思う。
「早川くん。……がんばれ」
藤堂さんは帰り際に、やたらと含むところのある伝え方で、そんな風に言ってくれた。
何をがんばれ、っていうのかよくわかるような、わからないような。
あの人も惚れた弱みで新見さんには、高校時代にだいぶふりまわされたんだろう。
一緒に帰って行った藤堂さんと清田くんを、新見さんと公園の駐車場まで送りに行って。事務所に戻る途中に新見さんがポツリと言った。
「昔の男を呼び出すなんて、悪いことしましたね」
「誰に?」
「……早川くんに」
「俺は、別に……」
むしろ新見さんの過去を知ることができてちょっと得した気分です、と笑うと。
「僕ね、早川くんのそういうところ好きだな」
あああ〜……なんか、なんかそう言ってもらえるだけで俺はやっぱり幸せ。
ほわん、と甘い気分になって夜道でそっと新見さんの手を握ってみた。
新見さんはそのまま手をつないでくれた。
そうして、ほんのちょっとの短すぎる道のりを歩いて事務所に帰って。
時計を見てみれば。
「げっ!!! もう1:00ですよっ、新見さんっ」
「うーむ、思いのほか話し込んでしまったね」
俺たちは慌てて手を離し、それぞれの席についた。
「ここで書類を遅らせちゃ、公園事務所の恥。気合いれていくよ」
「……新見さん、なんかヤンキーモードになっていませんか?」
「はいはい、もう黙って仕事する!」
「ウッス!」
俺もヤンキーのように答えてやり。
俺たちはもうただひたすら暴走行為に近い勢いで書類を片付け始めた。
12月25日 AM4:54
そんなこんなで、結局。電気トラブルと思わぬ来客のおかげで俺と新見さんの仕事は夜明け前までかかってしまった。
こんな無茶苦茶なクリスマスイブになるなんて、思ってもなかったよ。
徹夜仕事をしたとき独特の虚脱感とも充実感とも判別しがたい感覚に襲われながら、俺はぼんやりと自分の席から出来上がった書類の上に顎をのせて、事務所の時計を眺めていた。
「もう、5時近いんですね」
まだ日は昇ってこないけれど、もう夜ではない。
そして、あと3時間もすれば所長が来る。
俺はかなり気だるい気分で、新見さんの方を見もせずに尋ねてみた。
「新見さんは、今日の仕事はどうします?」
「もちろん、風邪という名目で有給休暇をとるつもり」
いつのまにか、俺の傍らに立った新見さんは少し体を折って俺の顔を間近に覗き込んで言う。
「で、早川くんの部屋で所長のプレゼント、使わせてもらおうと思うんだけど?」
新見さんのどこか色っぽい笑顔と意味深なセリフは、俺の深夜残業の疲労感も吹き飛ばした。思わず背筋をただす俺。俺のムスコまで直立しそうだ。
新見さんと〜…クリスマスエッチ……!
「だったら、今からでも……」
まだ暗いし。夜は終わっていませんからっ!
オフィスでなんてちょっと危険なシチュエーションにまだ未練のある俺が、つい手の届くところにある新見さんの腰を抱き寄せようとすると。
「神聖なる仕事場でなんて、けじめのない真似は許しません」
厳しい表情になった新見さんにキッパリ言われてしまった。こういうときの新見さんはけっこう怖いんだ。
「さすが、ハルミさん……」
「何?」
「いや、ナンでもないです」
それならよろしい、と新見さんはまたふわりと笑顔に戻り、まるで小学校の先生のような口調で俺に言う。
「そもそもクリスマスプレゼントは、クリスマスの朝に枕元にあるものでしょ」
…………。
そうだ。そういえば、そうだった。
クリスマスの朝には、枕元にサンタクロースからのプレゼントが置いてあって。寒くても布団を跳ね除けてプレゼントを開けていたっけ。
「そういうこと。それでは、さくっと早川くんちの枕元に行こうか」
揃いの作業服でラッピングされた最高のプレゼントは、俺の分も休暇願いの用紙を持ってきてくれた。
そうして用意した提出用書類の分厚い封筒と、“風邪のため”と書いた休暇願いを二枚。まるで所長宛のクリスマスプレゼントとカードのように、所長の机の上に置いてから俺たちは朝日の中、事務所を後にする。
駐車場までの道のり。
藤堂さんたちを送った帰りと同じように、俺はもう一度軽く新見さんの手を握ってみた。新見さんがあのときより強く握り返してくれたのが、たまらなく嬉しかった。
《おまけ》
12月25日 PM8:54
俺のベッドの上、突っ伏したまま新見さんは枕から顔も上げずに言った。
「確かにプレゼントとは言ったけど。サービスするとも言ったけど」
「すみません、俺。つい……嬉しくなっちゃって」
それに、もう、最中の新見さんって可愛くて可愛くて仕方ないんだもん。
「だからって……僕の腰を壊すつもり?」
ごろりと枕を抱えるような格好で、寝返りを打って新見さんは俺を見上げる。
新見さんって、眼鏡外すとやたら目がきれいなんだよなぁ。
こんな目で上目遣いってもう反則技の域に入っている。
「……早川くん。僕、明日も休むから。年内中の仕事の締めはお願い」
「かしこまりましたぁ〜……」
君の瞳に完敗。
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