12月24日 PM6:15

 その後、18時すぎまで仕事をしてから、俺は本日のお夕食の準備にとりかかった。給湯室から温めたローストチキンやら色とりどりの温野菜やら、フランスパンやらを持ってきて、普段は使っていない応接コーナーに並べていく。酒はダメって言われたから、飲み物は紅茶だけど。
 それから、もう一つ忘れちゃいけないもの。俺は通勤用のデイパックから所長のプレゼントよりもさらに小さな包みをこっそりと取り出した。青地に少しだけ雪の結晶を散らした包装紙に上品な白と金のリボン。愛しいハニーのために足を棒にして探し回り、ついに見つけた究極の品……と自分は思っているんだけど。新見さんは気に入ってくれるかな。
 「新見さーん、そろそろご飯にしませんかぁ」
 俺が声をかけると、新見さんは急ごしらえの食卓を見て言った。
 「早川くん、ホント食欲旺盛だよね」
 え、男二人で鶏一羽は多いですか? それともジャケットポテトが4つなのが問題?
 フランスパンは一本分切ったけど、それはお夜食でもいいだろうし。
 「ケーキをホールで買わなくても」
 おやつにもケーキを食べたのに、と苦笑する新見さん。あ、イチゴタルトのことか。
 「いや、赤くてクリスマスっぽいかなーと思って……」
 「なるほど」
 相槌の割りには完全に納得している様子ではなさげなまま、背の低いテーブルに向う古いソファに腰を下ろした新見さんに、俺は盛大に湯気をたてる紅茶のカップを差し出した。
 適当につけたラジオのクリスマスソング特集を聞きながら、俺と新見さんは互いの部屋でちゃぶ台を囲むときと大差ないテンションで黙々と夕食を終えた。
 「明日の朝ごはんはチキンサンドとイチゴタルトで決まりですか」
 「朝を迎える前に、早川くんがお夜食で片付けちゃうんじゃないの」
 素っ気無く言いながらも新見さんの表情は柔らかで、眼鏡越しの視線は指先で渋い輝きを放っている銀の魚に注がれている。俺のクリスマスプレゼント。街の小さなお店で見つけた純銀のキーホルダー。気に入ってもらえたようでよかった、と俺のほうもニヤけてしまうってものだ。
 そんな砂糖をふりまいたような甘めの時間もそう長くはなかった。
 「では、燃料も補給したところで、はりきって参りましょう」
 「はーい……」
 使い捨ての食器と割り箸をさっさと片付け、残った食料を冷蔵庫並に冷える物置に安置してから、俺も新見さんにならって自分の席についた。
 目の前には書類の山があるが、まあこの量なら日付が変わる前には片付くかな、などと思う。 
 いや、片付けてやる! 何とかなる! 何とかする!
 夜は長いんだ。この程度の残業でへたばる俺じゃないんだ。
 目標:『クリスマスの朝を新見さんと一つベッドの上で迎えること

 ところが。


 12月22日 PM2:00


 「新見さぁ〜ん……」
 「何? 泣きそうな声出して」
 「ブレーカーってどこでしたっけ〜っ?!」

 そう言う俺は、暗黒の中に沈んだ事務所で顔が見えないことを幸いに本当に半泣きになっていた。
 ちょっと眠気覚ましにコーヒーをいれて、冷えたミルクをいれたら冷めちゃったんで電子レンジにかけて。その間に運悪く電気ポットが冷め始めたお湯を沸騰させだして。
 そうしたら、落ちてしまったようだ。ブレーカーが。
 フッと事務所中の電気製品が電源を失い、あっというまに室内は闇の中。
 とりあえず、手探りで給湯室から机のある部屋に戻ってくると、新見さんは手持ちのものなのか、小さなペンライトを点けて壁際に備え付けてある緊急時用の懐中電灯をとるとそちらを俺に渡してくれた。
 とりあえず、灯りが二つ。
 「何したの、早川くん」
 「電子レンジ使っている間に、沸騰ポットが……」
 「うーん、僕もちょうど電気ヒーター点けちゃったとこだったんだ」
 意外と相当に古い事務所の建物は、電気系統がだいぶヤワなようだ。
 「で、ブレーカーなんだけど。確か物置なんだよね」
 「うへぇ〜〜」
 食べ残しのケーキを置いておくほどに寒いんだよ、あそこは。
 しかし、行かないわけにもいかず、俺と新見さんは物置へと向った。
 「はい、早川くん。上見て、上」
 「俺、電気とか配電とかよくわからないんですけど」
 「早川くんの方が背が高いんだから」
 言われるままに、その辺にあった踏み台を使って配電盤を覗き込む。
 「えっと、これかな?」
 灰色の金属のケースから、唯一出ている黒い小さいレバーをバツンと上げると、たちまちのうちに事務所のほうから明かりが漏れてきた。
 「やれやれ……ビックリさせられました」
 「電子レンジや暖房使うときは、気をつけてなきゃね」
 そんな風に電気製品の使い方を反省しつつ、事務所の方に戻ったものの。
 「新見さぁ〜ん……」
 ヒーターが点かない。パソコンも点かない。ラジオも点かない。
 給湯室の冷蔵庫からもあのブゥンと低く鳴る音がしないし、電子レンジについているデジタル時計も表示されていない。
 「こりゃ、どれかヒューズまで飛んだってことか」
 ぐるりと事務所内の電化製品を見回った新見さんが溜息交じりに言った。
 「で、でも照明さえつけば何とか……」
 この時節に暖房がないのは相当キツいが、路上生活とかチェチェンの戦場とかでも思えば耐えられないことはない。
 「パソコンは?」
 うーん、それはどうにもならないかも。
 ちょっとと言えばちょっとだけど、確かにいくつかパソコンから打ち出してやらなきゃならないものがある。
 仕方なく俺と新見さんは、今度は工具箱を持ち、防寒着を着こんでから寒い物置へと戻った。
 俺は脚立に上って、灰色の金属カバーをはずし、ヒューズボックスを開けてみる。
 「どう?」
 「よくわかんないっス」
 今時見たことねぇよ。こんなヒューズボックス。どこをどういじったらいいのかもよくわからない。そもそも俺、高校まで技術の成績は2だったんだ。家庭科だったら5取れたと思うんだがな。
 そんな俺のふがいなさにあきらめたのか、交代で新見さんが脚立に上がる。
 「……うーん、これは手が打てないな」
 スペアのヒューズもないし、という新見さんの呟きにお手上げかと思いきや。
 「新見さん、何してるんですか?」
 「電話」
 新見さんは防寒着のポケットから、携帯電話を取り出し脚立の上からどこへやらか電話をしていた。
 この時間でも来てくれる電気屋さんかな?
 「あ、もしもし。久しぶり」
 ……知り合いに電気屋がいるのか?
 「声だけでわかった? フフッ、君そんなに耳よかったっけね」
 な、なんか雰囲気が……。
 「ん? クリスマスだからさ、たまには電話をしてみよーかなって……」
 違うでしょぉっ、新見さん?!
 「嘘。ごめん。ちょっとお願いごとがあるんだ」
 こういうやりとりを目の当たりにすると、新見さんの天然の性の悪さというか小悪魔っぷりのようなものが垣間見える気がする。
 どちらかというと四十路に近い男に対して、小悪魔って表現はちょっと適当じゃないかもしれないが。
 「そう、今日は残業になっちゃったんだけど、事務所の配電盤のヒューズをとばしちゃってね。そっちで何とかなりそう? 来てもらえるかなぁ……」
 うわっ、何? その遠慮がちなんだか思わせぶりなんだかわからない口調は?!
 「うん……うん。じゃ、事務所に来てもらえる? そうそう。某が崎海浜公園の管理事務所。待ってるから」
 ピッ。
 「よかったよかった。誰かよこしてくれるってさ」
 言いながら、脚立を下りてきた新見さんに俺は思わず尋ねていた。
 「新見さんの知り合いの電気屋さんですか?」
 「んー、電気屋というより何でも屋さんかな」
 来たら紹介するよ、とスタスタと新見さんはまた事務室のほうへ戻って行ってしまった。


12月24日 PM10:10

 とりあえず、しばらく寒い中で片付けられる書類から片付けていると。
 「……?」
 パラリパラリラパラリララ〜♪
 冬の夜とはいえチャルメラではない。この甲高いホーンで奏でられる『ゴッド○ァーザー・愛のテーマ』と言えば。
 ブォンブオォオン。ボボボボボ。
 「あ、来たかな?」
 新見さんは立って、出入り口の方へ向って行った。
 来たかなって、コレは明らかに電気屋というより暴走族に近いお車のようですが。
 重低音で轟くエンジン音が止まってから、絶妙の間をあけて事務所のドアはノックされ、新見さんがドアを開けた。
 新見さんの背後から恐る恐る盗み見れば、外に立っているのは今時ヤンキーモードで金髪の髪を立て剃りこみを入れたかなりガタイのいい兄ちゃんだ。
 「ちっス。藤堂さんから連絡いただいて参上しました!某が崎ライジング第19代総長・清田と申しますっ!」
 「はじめまして、新見です。こんな夜分にすみませんね」
 新見さんがにこやかに言いながら清田くんを中に招くと、彼は失礼しまッス!と体育会系に一礼して入ってきた。
 彼の片手には大きく『清田工務店』と書かれた工具箱が下げられていたが、その黒いグラウンドコートの背中にはドーンと
 “某ヶ崎 雷 神 愚
 と金糸で刺繍が。見た目と裏腹な折り目正しい言葉遣いからして、上下関係の厳しい伝統的な暴走族に所属しているんだろう。
 しかし、暴走族って“何でも屋”か? それに何で新見さんはこんな高校生くらいの暴走族のヘッドとやらを呼びつけるようなことができるんだ?
 俺の頭は「?」でいっぱい。
 「で、さっそくなんだけど。配電盤はこっちの部屋で……」
 「ヒューズの交換ッスよね。すぐやりまッス」
 「早川くんはお茶でもいれておいて。ガスなら点くだろうから」
 「はい……」
 とまどっている俺に何も説明せず、新見さんはヤンキーの若造と物置の方へ行ってしまった。
 「ときどき、新見さんってわからないよな……」
 俺は仕方なく、言われたままに給湯室でやかんに水を汲んでお湯を沸かし始めた。
 お湯が沸くまで暇なので、多少暖かいコンロの脇で読むものを持ってこようと、事務所の方に戻ったとき、また誰かが扉を叩く音がした。
 「はーい、はいはい……」
 扉を開けると男が一人立っていた。
 俺より背が高いってことは190cm近い身長ってことになる。
 歳は新見さんよりちょっと上くらい? 所長よりは若そうだがエッジの効いた短めの角刈りが似合う彫りの深い顔はあの所長よりも貫禄がある。
 黒のいかにも生地のよさそうなオーバーコート。襟元からは白いマフラーが零れていて、着ているものだけからすれば、羽振りのよい中小企業の若社長って感じ。
 だが、違う。この人は違うぞ、と俺の頭の中で黄色の注意信号が点滅した。
 「ええと、どちらさま?」
 「藤堂ってモンです。新見くんはいますか」
 イメージどおりのドスの聞いた声に新見さんのことを尋ねられた。この人があのヤンキーくんの会社の社長さんなのだろうか。
 それにしても、便利屋・電気屋…の社長とは思えない雰囲気なのだが。
 「に、新見さんは……今、ちょっと席をはずしておりまして」
 「じゃ、ちょっと待たせてもらえますかね」
 「は、はあ……」
 何か怖い。怖すぎる。
 俺は男に気圧されるままに、彼を事務所の一角にある応接コーナーに案内し、ピーピー笛を吹きはじめた給湯室のヤカンを下ろして、とりあえこのカタギと思えぬ来客にお茶を出す。
 すると、突然に、事務所のあちこちからピピッと小さな電子音がした。どうやらヒューズの交換は終わったようだ。
 それからすぐに物置の方から新見さんと清田くんが戻ってきた。
 「早川くん、パソコン立ち上げてみてよ……あ!」
 「ハルミ!」
 俺は思わず応接コーナーの藤堂と名乗った客の方を振り返った。
 ちょっと待て?! この男、新見さんを下の名前で呼びやがったぞ?!
 “女みたいで嫌いなんだよね、晴実って名前”とか言って、俺にもめったに呼ばせてくれないのに、だ!!
 それも、何だ? 立ち上がって? 腕を広げて? おい、その腕どうするつもりだ、ゴリラ!
 「藤堂! 来てくれたんだ〜……ホント、久しぶり」
 新見さんは下の名前を呼ばれたことに眉を吊り上げもせず、それどころか嬉しげにこっちに来るじゃないか。さすがにゴリラの胸の中に飛び込むようなことはしなかったけど
 「あ、早川くん。僕と清田くんにもお茶。それから、物置からタルトの残り持ってきたから、それも切って出してくれる?」
 ……これはこれで、現役のコイビトにする仕打ちかなぁ。
 「おい、清田。お前も茶くらい入れられるだろ。手伝ってこい」
 「ウッス!」
 別にいいよ! 俺一人で茶くらい淹れられるし、それより新見さんとあの藤堂さんをあまり二人きりにしたくないんだけど〜……。
 そんな反論するわけにもいかず、俺は仕方なくヤンキーの清田くんと給湯室に戻った。
 「ええと、じゃあそのイチゴタルト切ってくれるかな」
 ナイフを手渡すと、意外と几帳面に半端なサイズのタルトを4等分しようとしている相手に、茶の用意をしながら俺は何気なく聞いてみた。
 「あの藤堂さんって君の上司?」
 「いや、とんでもないッス。藤堂さんは『某が崎・雷神愚』の初代総長で。俺らにとっては雲の上みたいな人ッスよ」
 「……で、今はやっぱり……」
 「はい、龍光会の若頭を務めておられるッス」
 おいおいおい、やっぱりそうか。ホンマモンの極道さんですか。
 「それにしても」
 切り終えたタルトを丁寧に皿に移しながら、清田くんが複雑な表情をした。
 「伝説のハルミさんが、まさか男だったとは……」
 「伝説のハルミさん?」
 「はい、『雷神愚』の初代マスコットのハルミさんといえば、この某が崎周辺の暴走族抗争の歴史の中でも、誰もが憧れる女神だった……はずなんスけど」
 男だったとは、ともう一度清田くんは呟いた。
 「ところで、その“マスコット”って何?」
 「んー、まあそのチームのシンボルっつーか、アイドルっつーか……」
 総長の女、というわけではなくチーム全体のヒロインとして守られる存在なのだという。
 「……新見さんって族上がりだったのか……」
 「三ヶ月くらいだけ、だったらしいッスけどね。その辺も伝説になってるってわけで」
 何だ、一体どういう伝説なんだ、それは。
 俺はツッコミつつも、その件については深く考えるのをやめて、とりあえずお茶とタルトを応接コーナーの方に持っていくことにした。


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