学園ラブコメ書きさんに10の事件
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勢いだけで書いた原稿用紙5枚程度のアホ話を日記から再録。
ラブコメ書きさんじゃなくてごめんなさい。ラブがなくてごめんなさい。
1.宇宙人がやってきた(2003/06/12)
2.校庭に犬が乱入(2003/06/16)
3.教室に猿が侵入(2003/06/22)
4.二宮金次郎爆破(2003/07/04)
5.校長先生も爆破(2003/08/05)
6.校舎炎上(2003/08/19)
7.学園祭は焼け跡で(2003/09/04)
8.我々なりの漂流教室(2004/06/27)
9.決戦は卒業式〜不良たちの逆襲〜(2004/09/12)
10.桜の木、宇宙へ
長いものには巻かれろ、という先人の言葉がある。でも、この場合、長いものに巻かれたら色々色々まずいと思うんだけど、どうだろう。
「ハァイ」
緑と紫の斑模様の長いものがこちらに向かって頭を振った。頭だよね、頭でいいんだよね? ぬめぬめした細かい鱗が気持ち悪い。黒い円らな瞳も、コイツにあるんじゃなきゃ可愛いだろうな。ぱっと見、それは蛇だった。とぐろを巻いてるから正確なとこは分からないけど、余裕で体長一メートルはあるんじゃないかな。
「僕、エンドラー。よろしくねッ」
「よろしくなんかしない」
蛇に睨まれた蛙になりかけて、慌ててあたしは顔を背けた。隣にいた新木に助けを求めようとして愕然とする。
新木はちょうど二つ目の角を曲がるところだった。学ランの裾が角の向こうに消えた。
「逃げるなー!」
ひょこっと新木の顔半分が覗いた。
「オレ、蛇嫌いなんだよ!」
「何情けないこといってんのよ。あたしだって蛇なんか好きじゃないっつーの」
チッチッチッ、と足元で音がした。いつの間にか蛇があたしの足元ににじり寄っていた。ぱかっと口が開き、しゅるっと舌が出て、あたしはその場を飛びのいた。
「僕、蛇じゃないヨ」
「いや、蛇だよね」
「蛇だろ。力いっぱい蛇」
遠くから新木も突っ込む。あたしは蛇よりむしろ新木の立ち位置に突っ込むべきなんじゃないかと思ったけど、突っ込む暇はなかった。
「だから、蛇じゃなくて宇宙人なの」
「……は?」
ぴろぴろと舌が閃く。頼むからあたしに触れるなよ。
「僕らの星に来ない?」
あたしは振り返った。
「新木ー、蛇じゃないってー」
「いや、蛇だろ」
「宇宙人なんだってさ」
「納得すんなよ。どっからどうみても蛇だから」
「だって喋ってるし」
新木に歩み寄ると、蛇もしゅるしゅるとついてくる。蛇じゃないにしてはいい蛇行っぷりだなあ。逃げようとする後頭部に鞄を投げつけてやると、新木はしっかりと鞄を受け止めてくれた。
「しまった」
「さすが、名キャッチャー」
あたしは胸を張った。
「いつもの癖を逆手に取った知能的プレーだね。誉めて」
「誉めてたまるかぁ」
新木の側に辿りついたと思った瞬間、あたしたちは尻餅をついてた。
「ぎょえー」
「ど、どうしたの!?」
返事はない。新木の姿もない。辺りを見回して、唖然とした。ここ、どこ? 通学路にいたはずなんだけど、暗くて湿っぽくて、採光は斜め上のみ。光の帯が倒れた新木の顔に降り注いでた。
泡、吹いてる。
その膝の上には例の蛇が鎮座してて、ぴろっと舌が出た。
「失敗しちゃった☆」
「失敗って……あんた何かしたわけ?」
「母船へのシューターと間違ったヨ」
どうやら、本物の宇宙人みたいだった。
で、結局ここはどこなのよ。
マンホール内部をよじ登り、蛇っぽい宇宙人「エンドラー」をつれて、あたしと新木は学校へ向かうことにした。遅刻だよ遅刻。担任にねちねち小言を言われちゃうよ。っていうかね、エンドラーを教室に連れて行くわけにはいかないと思うんだよね。
「ねえ、エンドラー」
「なァに?」
相変わらずキモイ蛇だ。
「あのさ。あんた、どこまでついてくるわけ?」
「君らはどこに行くの?」
「学校だけど。学校、って分かる?」
「主に若者が集まって勉学に励む場だよネ」
「なんで知ってんのよ」
「下調べ済なのサ」
エンドラーはしゅるしゅるとマイペースを保っていて、新木は顔面蒼白、今すぐにも倒れそうだ。
「なら話が早い。あのさ、あんた、外で待っててよ。話は授業が終わってから聞いたげる」
「だァめ。そんなこと言って逃げるつもりでしョ」
バレていた。思ってた以上にこいつは賢い。
「でもさ、教室の中にあんたが来ちゃったらパニックになって授業になんないよ」
ホントは望むところだけど。世界史嫌いなんだよね。なんであんなに覚えなきゃいけないことだらけなんだ、あの科目は。でも、嫌いな科目だろうがなんだろうが、こいつと縁を切るためなら甘んじてやる。
「新木も何とか言ってよ」
新木は弱々しく首を振った。とぼとぼと歩くあいつの背中を見やって、エンドラーがぴろりと舌を揺らした。
「元気ないネ、彼」
「あんたのせいだっつーの」
「ナンで?」
「その外見がいけないんだわ。何とかならない?」
「なんないヨ。僕、この外見好きだものー」
たち悪い。
ようやく校門に差し掛かった。校舎に近づくにつれ、黄色い声と歓声と怒声が入り混じって聞こえてきた。
「……何の騒ぎだ?」
げっそりした顔で新木が辺りを見回した。
「おい、あれ見ろよ!」
新木が指していたのは鉄棒側の桜の木の下。人だかりができてる。黄色い声は女子、歓声は男子、怒声は教師が発してるみたいだった。
「ちょっと見てみようか」
「どうせ遅刻だしな」
じゃあ、あの人らは遅刻じゃないのかな。わくわくしながら輪に加わろうとすると、悲鳴が上がって生徒たちが飛びのいた。みんなの視線を追って納得する。
「僕の顔に何か付いてる?」
そうだ、こいつがいたんだった。エンドラーは舌をしまうとしゅるしゅると進み出た。そうして、ぴたりと止まる。
「……お前は、ブラント!?」
木の下にいたのは、真っ白いふわふわな毛とぱっちりお目々のチワワだった。今、流行ってんだよねー、チワワ。そりゃ、みんな喜ぶわ。
喜ぶのはいいんだけど。ちょっと待って、エンドラーの奴、今なんか言わなかった? しかもちょっぴり声がシリアスだったりして。
いやいや、気のせいだよね。そう思って傍らの新木を見上げると、うっとりした目でチワワを眺めてた。いちいち極端なんだよね、こいつ。
「そういうお前はエンドラーか!」
憎々しげにチワワが吐き捨てた。
マジかよ、こいつら。
「ここで会ったが百年目」
妙に和風な科白を口にして尻尾をおっ立てるチワワに、エンドラーは不敵な笑みを浮かべた。見た目が蛇のくせに不敵な笑みってどういうことよ。
「まあ、そう焦るな。僕は逃げも隠れもしない。なあ?」
なんでそこであたしに話を振るのか。やっぱ連れてくるんじゃなかったよ。
向かい合い睨みあうエンドラーとブラントに見つからないよう、あたしはさり気なく後退した。二匹から目を離さないままに人込みを抜けようとして、誰かにぶつかる。
振り返ると数学の先生が入れ歯を忘れたおじいちゃんみたいな顔をしてた。
「茂木、あれは君のペットか」
厭なタイミングで話しかけてくれたもんだ。あたしに気付いてエンドラーが舌を閃かせる。
「逃げることないでしョ」
「授業、始まっちゃうからさー」
「……茂木、ペットを学校に連れてくるなんて」
「先生、あれ、ペットじゃないです。宇宙人」
先生はふうっと溜息をついた。
「先生、茂木はそんな子じゃないと思ってたぞ」
意味わかんない。あいつらが宇宙人だって信じてないみたいだった。あたしは新木の肩を思いっきり叩いた。
「痛ぇよ」
「あんたからも説明してよー」
「知らねーよ。いいから早く教室行こう」
「先生、あのチワワはこいつのうちの子です」
新木を指差すと、先生が顔をしかめた。
「違います違います、オレんち犬飼ってねっすよ!」
「新木、男が言い訳するなんて見苦しいぞ」
「……茂木ぃ」
あたしは乾いた笑い声をあげて、教室に向かうことにした。
とことこ歩いている後ろに茂木やエンドラーやブラントや生徒たちがずらずらついてくる。ざわめきが気になって足を止めると、ぴたりと静まった。
気のせいかな。歩き始めると、またざわざわがついてくる。あたしは教室に入る前に咳払いした。
「あの」
「どうしたノ」
「いや、あんたたちはともかくだね。不自然なんだよね、みんな授業いいの?」
ちょっと凄んでみせると、校庭からついてきた連中は顔を見合わせた。
「ちょっと気になるからさあ」
「ねー」
「うんうん、しょうがないよネ」
お前が言うのかエンドラー。
ドアを開けると、まず目に飛び込んできたのは空席だった。教卓にも世界史の教師はいない。その代わり、後ろの黒板の前に人だかりが出来てた。厭な予感。
「茂木ちゃん、よかったね」
「何が?」
クラスメイトの市井ちゃんがあたしの耳に口を寄せた。で、何を聞かせてもらえるのかと心ときめいたら、甲高い悲鳴ときた。
「うるせー!」
同じくらい甲高い声が輪の中から上がった。
市井ちゃんは机を蹴倒してあたしから離れる。
「ちょっと待って、あたし何もしてないじゃん」
「ち、ちが、それっ」
市井ちゃんの指差す先には円らな瞳の蛇が一匹。いいかげん、このパターンにも飽きたんだけど。
「どうかした?」
学習機能の欠如した宇宙人があたしに這いよってくる。新木の腕の中から円らな瞳のチワワもこちらを見つめてる。つーか新木くん、それ宇宙人だって分かってるよね。その幸せそうに緩みきった顔は何事だ。
「オレはシカトかよ!」
再び輪の中から甲高いツッコミが入った。聞き覚えのない声だ。
近くにいた、同じくクラスメイトの矢野ちゃんの腕をつつく。
「ねー、アゴは?」
「動物アレルギーで保健室送り」
動物アレルギーということは、たった今かなあ。そうだといいなあ。アゴこと世界史の教師、瀬田はいつでも湿っぽいしゃべり方をして、弱点だらけって感じだけど動物アレルギーってのは初耳だ。
と、茶色い物体が跳んできた。
「シカトすんなー!」
物体が喋るとクラスメイトたちが歓声を上げる。いや、みんな、反応間違ってるから。つっこむとこだよ、ここは。
あたしは新木の後ろに回りこんだ。
「何だよ」
「疲れたから、タッチ」
だって、見ちゃったんだ。爛々と目を輝かせるエンドラーと、鼻息荒く新木の腕から飛び出すブラントを。勿論、見たくなかったんだけど。
茶色いのは短く立った毛だった。真っ赤な顔にぴょんぴょん飛び跳ねるそれはまさにニホンザル。学校には不似合いなこいつが、よりによってうちのクラスに紛れ込むとは。
「エンドラー……こいつの名前は?」
「やはり貴様もいたのか、メルー」
「久しぶりだな。相変わらず尾が短いじゃないか」
駄目だ、エンドラーもブラントもあっちの世界に行っちゃった。いっそそのまま帰ってくんな。
「不肖このメルー、お前たちをみすみす逃すわけにはいかんのだ」
サル声は、渋い感じの科白には恐ろしく不似合いだった。
今となっては世界史の授業が恋しい。
眩暈と戦うあたしの目の前で、蛇と犬と猿が三竦み。すくんでるっていっても動けないわけじゃないけど。素晴らしく険悪な動物どもを見てあたしは、エンドラーが鳥だったら桃太郎だとか、そしたらあたしが桃太郎になるのかそれは厭だ、とか思ってた。
あたしが現実逃避してる間にも動物どものやりとりは続いていた。
「ふん、貴様らの間抜け面を見るたびに吐き気がする」
「そうだな、貴様は顔の美醜を語れるほど面積がないからな。便利な姿になったものだ。よかったじゃないか、醜悪な顔を誤魔化すことができて」
この犬、可愛い顔してキツイことをさらっと言う奴だわ。チワワのふりして中身は宇宙人だけど。こいつら、同じ種族じゃないのかなあ。蛇とか犬とか猿とか地球上の生物の姿をとってるけど、実際はどんな外見なんだか。
「珍しく冴えてるじゃないか」
「貴様はわざわざそんな下等生物の姿をとりおって、下品な中身に相応しいな」
猿をせせら笑う犬をみて、新木が寂しそうに目を伏せた。宇宙人に幻想を抱くのはあんたぐらいだっつーの。
猿は真っ赤な顔でキィーッと叫んだあと、咳払いした。
「まあいい。貴様は無駄口を叩くしか能がないんだからな」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だろう。それよりも、お前はここで何をしている?」
「言っただろう、お前らをみすみす逃すわけにはいかんのだ」
猿がびしりと指をエンドラーとブラントに突きつける。両手が上がったその姿は正直かなり間抜けだけど、突っ込んだら巻き込まれるに決まってるから、あたしは黙って傍観に徹することにした。
「ほう。ならば、こうしようじゃないか」
エンドラーが舌を閃かせた。
「ここにいる者たちから一人ずつを選び、ミッションを提案させる。そのミッションをこなすことの出来たものが勝者となる、どうだ?」
「いいだろう」
「構わん」
ブラントとメルーが頷いた。
「ではまず一人ずつ選ばないとな」
くりっとエンドラーが振り向いてあたしを見た、その瞬間あたしは両手を突き出した。
「はいはいはいはい、あたしパス! 審判だから!」
「審判?」
我ながらナイスな言い逃れだよ。あたしは必死だった。
「うん、審判。だって勝負事は公平なジャッジがないと。そう思わない、新木?」
「ああ、そうだよな。」
新木ももっともらしく頷いた。
「勿論、オレも審判。サッカーだって審判は四人もいるんだし」
「あんたは野球部だ」
「細かいことは気にすんな」
あっはっはと笑って新木はあたしの横に並んだ。
「で、誰を選ぶんだ?」
「はーい、わたし立候補」
矢野ちゃんが手を上げた。そういえば、矢野ちゃんは面白そうに事態を見守ってて、全然動じた様子がないなあ。危ない気がする。
「いいよね、ワンちゃん?」
ブラントを抱き上げて頬ずりする。だから、それ宇宙人なんだって。
「ねー新木ぃ、みんなこいつらが宇宙人だって知らないんだっけ?」
囁くと新木は肩をすくめた。
「いんじゃね? 言っても大差ないと思う。言ったら逆にとんでもない無茶考える奴が出そうだ」
「それは言えてる」
矢野ちゃんがブラントを抱いたまま窓際に移動した。つられてみんな移動する。
「ミッションワン」
窓から身を乗り出して、矢野ちゃんは愛しそうにブラントの目を覗きこんだ。背後には点描と花びらの嵐。あー騙されてる騙されてる。
「あれ爆破」
「おいおいおいおい」
「ちょっと待て」
あたしと新木が両側から矢野ちゃんを押さえ込んだ。
「いくらなんでもそれはちょっとイカンと思うんですけどー」
「ええー、いいじゃん。邪魔なんだよねー」
矢野ちゃんは憎らしげに二宮金次郎像を指差した。さっきの少女漫画バリのひとコマはなんだったんだ。
「いいでしょ、ワンちゃん」
「いいだろう」
「いやアカンて」
関西弁と吉本をこよなく愛する群馬からの転校生、クラスメイト歴二ヶ月の浅見が矢野ちゃんの額をチョップした。
「いったー」
「自分、二宮金次郎になんか恨みでもあるんか?」
「二宮金次郎なんて奉ってどうするのよ。時代は大隈重信でしょ」
矢野ちゃんの力説にあたしはちょっと引いた。矢野ちゃんってこんな人だったっけ。
「いや、それもどうかと……」
「あの銅像、破壊して。もー跡形もなく完膚なきまでにやっちゃって」
矢野ちゃんはエンドラーとメルーを振り返った。
「いいよね? まさかできないなんて言わないよねー」
「当たり前だ。見くびるな」
メルーが鼻を鳴らした。その横をしゅるっとエンドラーがすり抜けて、窓から降りた。
「ここ三階だよな?」
新木に確認された。うん、三階。いくら宇宙人でも……命がないんじゃ!
あたしたちも身を乗り出した。
エンドラーは壁面をにょろにょろ這い降りていた。
「蛇だ」
「蛇だな」
蛇行の後がうっすら残ってて気持ち悪い。ナメクジじゃあるまいし。
メルーとブラントが顔色を変えた。
「しまった!」
「先を越されたか……」
ブラントの尻尾が垂れた、そのとき。空から紫色の光条がまっすぐ伸びてきて、金次郎像を貫いた。爆風が吹き荒れて、他の教室の窓が一斉に開いた。どよめきが校舎を震撼させる。
煙が晴れた後には粉々になった元銅像が残されていた。
「二宮ーっ!」
浅見が泣き崩れた。
「おれの心の英雄が……郷土の英雄が……」
「二宮金次郎は栃木の人だよ」
矢野ちゃんが冷笑する。怖い。間違っても敵には回すまい。
「それで。今の勝負は自分の勝ちであるな、審判?」
しゅるりとエンドラーが舌を引っ込めた。
「勝ちも何も、勝手に二宮さん倒しちゃ駄目でしょ」
「何を言う。お前が言ったのだろう、勝負の題目を他人に任せると」
「そりゃそうだけど……」
こうなるって分かってたら任せるなんて言わなかったよ。やってくれたよ矢野ちゃん。
「仕方ないだろ」
新木が苦笑いした。
「今のはエンドラーの勝ち。二人とも、文句ないよな?」
ブラントもメルーも不服そうではあったけど頷いた。矢野ちゃんが満面の笑みを浮かべてブラントを抱き上げる。
「物分りのいい子って好きだわー」
すっかり飼い主気取りですよ、あのお嬢さん。ブラントの方はどう思ってるんだろう、矢野ちゃんのこと。
「ならば次の題目を」
教室の隅で膝を抱えていた浅見が無言で手を上げた。浅見の周りにはどす黒いオーラが沸き立ってる。駄目だ、あいつはヤバイ。新木を見上げると、神妙な顔で頷いた。
「そうだな、他の奴に」
「じゃあ僕が」
遠巻きにこちらを見ていた何人かの中から高松が進み出た。メルーが歯を剥き出す。
「いいだろう」
「お前が決めるなよ」
「そうだよ、せめて内容を聞いてからさあ」
高松の目がキラリと光った。穏やかな物腰というか、寡黙というか、目立たないというか。今までろくに口をきいた事なかったから知らなかった、けど。
高松、あんたもか。
「い、一応内容を聞かせてほしいんだけどさ」
「簡単だよ」
高松はにっこり笑って窓際に立った。あたし含めギャラリーもぞろぞろと移動する。
高松の細くて長い指が真下にある花壇を指した。ちょうど二宮爆破の被害を受けなかったラッキーな草が生えてる辺りだ。
「あそこにヘチマを植えてあるんだけど、どういうわけか毎年花が咲かないんだ。だから花を咲かせた人の勝ちってことで」
「ヘチマなんて植わってたの?」
「小学生の自由研究かよ」
ギャラリーから突っ込みが飛ぶ。うちのクラスにはボケとツッコミしかいないのか。あたし以外に一般人はいないのか。
「そりゃ宇宙人も寄りつくってなもんだよ」
「何いってんだお前」
思ったことがうっかり口に出てた。
「何でもないよ」
高松があたしたちを振り返った。
「どう、審判、アリかな?」
「うーん、そうだなー……生産的なところはいいよね」
「確かにな。これ以上学校が壊れると色々困る」
高松は続けてメルーとブラント、エンドラーに視線をやった。
「花を咲かすなんて非科学的なこと、無理かな」
「無理じゃない」
「植物は大の得意だ」
ブラントが豪語する。メルーは憎々しげにチワワを一瞥して、背を向けた。と思ったら教室を飛び出す。何だ何だ。
「敵前逃亡か?」
エンドラーがせせら笑った。こいつも性格変わってきた気がする。むしろこれが本性か。
「逃亡なんぞするか」
甲高い声がして、茶色い尻尾が翻った。メルーが戻ってきたらしい。
「もう諦めたのか?」
「阿呆か貴様らは。準備が要るだろう」
「……地球、あと特にグラウンドに優しい方向でよろしくな」
新木がひきつった顔で呟いた。そうだね、死活問題だよね。グラウンドがなくなったら部活できないもんね。でもグラウンドがなくなるってどんな状況だよ。
「安心しろ、今すぐどうこうするわけじゃない」
ブラントが窓枠に飛び乗った。壁面を下っていく。
「だから、ここ三階」
他の二匹も負けじと壁面を下りていく。
「宇宙人って一体なんなのさ」
「面白い人たちだね」
高松が満ち足りた表情で見守ってる。いや、面白いっていうかね。
花壇の前に最初に降り立ったブラントが空を仰いだ。あれ、この展開はどこかで見たような。
空に暗雲が垂れ込めた。あたしは驚いて思わず隣にいた新木の腕を掴んでしまった。文句を言われるかと思ったけど、新木も険しい顔で階下を見つめている。
「またやっちまったかな」
轟音がして、雨が地面を叩いた。乗り出してた頭があっという間にずぶ濡れになる。雫を手の甲で払っていると、傘が差し出された。
「審判は体調管理をしっかりしてくれないと」
高松だった。ちょっといい奴かもしれない。
礼をいって新木が傘を受け取る。あたしの上に差してくれた。
地面はもう水浸しになってて、ゴミがぷかぷか浮いていた。排水溝が詰まってるのかも。雨は止む気配がない。と、雲間を光が走った。光は校庭めがけて真っ直ぐに落ちてきた。
思わず目を背けつつあたしは思った。これが落雷って奴なのですか。神様、あたしたちの学校がそんなにお嫌いですか。
「うわっ」
市井ちゃんが悲鳴を上げた。
「また壊れてるよ!」
あたしは顔を背けたまま新木に訊いた。
「今度は何が壊れたって?」
「……校長」
新木は階下に向けて怒鳴った。
「お前ら、ヘチマを咲かせるんじゃなかったのかよー!?」
「植物が育つには水が必要だろう!!」
ブラントが自信たっぷりに怒鳴り返した。
新木は深々と溜息をつくと高松の首根っこを捕まえた。
「とりあえず校長に謝っとけ。オレらは知らないから」
「許可したんだから審判も同罪だろう。一緒に来てくれないと」
あたしたち、もしかしたらもの凄い貧乏くじを引いちゃったのかもしれない。