学園ラブコメ書きさんに10の事件
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二宮像と校長像が爆破されて、かれこれ三ヶ月が経った。つまり、あの宇宙人らがうちの学校に住み着いて三ヶ月が経つことになる。
時々、奴らは事件を起こして、そのたびにオレと茂木が巻き込まれて、という生活を送り続けたからかもしれない。野球部は甲子園予選四回戦で敗退した。オレとバッテリーを組んでるエースの服部が心労で倒れたのが痛かった。あいつらのせいと言い切るのは男らしくないか。でも、六割くらいはあいつらのせいだと思う。あいつらは大抵、校庭で何かをしでかしたからな。
「元気出してよー。ほら、来年があるじゃん、ね?」
はっきり言って、茂木はデリカシーがない。服部とかオレには来年がある。でも三年生はもう引退なんだよ。それに、レギュラーの中心はやっぱり三年だったから、先輩らが引退したらオレたちはまた新しくチーム作りをしなくちゃいけない。新しくっていってもそんな大掛かりなものじゃないけど、やっぱり今までとは違うものになるんだろう。
まあ茂木なりに慰めてくれているのは分かるから、オレは礼を言っておいた。こいつ、悪い奴じゃないからな。
夏は呆気なく終わった。試験も終わってあと三週間で学園祭だ。例年なら残暑が厳しい頃合なのに、今年は全然暑くない。風が涼しくて練習もやり易いくらいだし。
「やっぱ変だよな」
「何が?」
ほうきで埃を掃きながら野球部マネージャーの平井と話していたら、茂木が寄って来た。
「うん、変だよね」
「だから何が変なの?」
「いつもはさ、もっと今頃って暑くない? プール入りたいーって思うじゃん」
「ああ、そうだね」
「でも今年は全然思わないなーって。ね、新木くん?」
「そうそう。これじゃすぐ芋掘りになる」
茂木が半眼になった。
「……芋掘り?」
ちょっと意外な反応だった。
「あー、茂木は芋のこと知らないんだったか?」
平井がほうきに両手を重ねて顎を乗せた。
「うちの部ね、畑に芋育ててんの」
「はーいセンセー、畑ってどこですか!」
「裏庭にあるんだけど……知らないか」
「裏庭って、藪じゃなかったっけ」
「今年、選抜予選で一回戦で負けたときにね、ボコがキレて部員に裏庭掃除をしろって無茶言ったんだ」
ボコというのはうちの顧問だ。腹筋がボコボコに割れてるからボコ。安易だ。でも誰も由来を知りたくない種類のネーミングだと思う。
「藪蚊が凄かったんだよなー。トラウマになりかけた」
「そ。で、芋の苗を植えたんだ。ぶっちゃけボコは部員より芋の成長を心配してたからね」
「へえー。じゃ、収穫できたら分けてね」
「欲しかったら茂木も掘ってよね」
「げーだるーい」
「ホントだるいよ。あたし、芋が掘りたくてマネやってるわけじゃないんだけど!」
「平井は豆絞りが似合うんだよな」
「うるさいな!」
満面の笑みを浮かべて茂木が口を開きかけた、そのとき。
「豆絞りってナーニ?」
ぴろっと茂木の肩からエンドラーが頭を出した。
オレは思わずほうきを手放してしまった。ほうきの柄が茂木の額にクリーンヒット。金具の痕がくっきりと茂木の顔にうつった。
気まずい沈黙が落ちた。
「ふ、不可抗力ってやつかと」
「そうだねー、あたし心広いからぜーんぜん気にしてなーい」
茂木はエンドラーをわし掴んだ。ぎょえ、とエンドラーが鳴く。
そのまま正面に腐れ蛇を持ってくるから、オレは堪らなくなって後ずさった。
「気にしてるじゃねーか」
「さあねー。ねえエンドラー、お願いがあるんだけど」
「なァに?」
「裏庭にね、畑があるんだって。そこに埋まってる芋を全部掘り起こしてほしいんだよね」
オレと平井は顔を見合わせた。
「……ちょっと新木、謝った方がいいんじゃないの?」
「やっぱそう思う?」
「すっごく」
「そういうことなら任せろ!」
甲高い声がして、茶色い尻尾がふわっとオレたちの間を横切った。校長像爆破事件以来かもしれない。大概、事件を起こしていたのはブラントとエンドラーで、メルーはどこに潜伏してたもんか姿を見かけなかった、気がする。ただ単に土に紛れてただけかもしれない。まあそれはともかく、今頃しゃしゃり出てきたってことは何かあるに違いない。
「お前まさか」
メルーは不思議そうにオレを見上げた。
「あの大量の芋を全部食ったっつーオチじゃないだろうな?」
「食えるかー!」
「ちょっと待って。芋のこと知ってるの?」
平井が尻尾を捕まえようとすると、メルーは素早く駆け出した。そのまま廊下を爆走していく猿が一匹。
「このガッコはいつからサル山になったのさー」
ぶつぶつ言いながら平井が走る。オレと茂木も走る。時々、平井が手にしたほうきでメルーの尻尾を引っかけようとするけど届かない。そのまま猿は突き当たりの窓から飛び出した。
「もうイマイチ地味とか言わせないぜー!」
「志が低すぎる」
ぼそっと茂木が突っ込んだ。確かに。あいつらのせいで、オレたちの宇宙人の株は大暴落だ。宇宙に対して抱いてた純粋な夢を返せ。
メルーは高笑いしながら畑に飛び込んだ。空を仰ぐヤツの姿に不安がよぎる。
茂木も同じようなことを考えたんだろう、顔をしかめてエンドラーを窓枠に乗せた。
「ちょっと、アレ止めてよ」
「無理だヨ。だってホラ」
エンドラーの舌が空を指し示す。遥か高みにキラリと光るものが見えた。またかよ。と思った瞬間に白煙が舞い上がる。同時にメルーの体が飛んできて、心底ビビった。
「あんた何やってんのよ、芋を掘るだけでいいんだってば!」
「掘ったぞ! ありがたく思えぇ」
甲高い声が尾を引いて遠ざかる。メルーの体は上昇を続けていた。慣性の法則ってヤツだろうか。オレは文系だし物理なんてさっぱり分からないけどな。
問題なのは、煙の収まる気配がないところだ。焦げ臭い匂いがする。収穫前でも食べごろだったならいいんだけど。いや、もう食えないか。オレたちの労力は無駄か、そうか。
エンドラーが堅い声を発した。
「火が出てるネ」
「「「マジで!?」」」
階下を覗いてみたが、よく分からなかった。大騒ぎしてると低くサイレンの音が流れてきた。出火元は裏庭、と放送が入る。高校入ってからは避難訓練なんてやってないからな。
「なんか懐かしくね?」
「なに呑気なこと言ってんの、早よ逃げないと!」
怒られた。
教室から生徒がもの凄い勢いで溢れ出た。もみくちゃにされながら、オレはボコが次に言い出す無茶を予想していた。
うちの学校には二つ校舎がある。鉄筋造りの校舎と木造二階建て旧校舎の二つだ。鉄筋の方は普通に授業を行う教室とか職員室なんかがあって、美術室やら音楽室やら更衣室やら中学のときには五教科と別のくくりになってた科目関連の教室は全部、旧校舎にあった。ところで、裏庭というのは正門から見て校舎の裏側にある。正門入ってすぐにグラウンドが広がっていて、東西に長い校舎が見える。その校舎の東側に南北に旧校舎が建てられていて、二つの校舎で裏庭を囲むかたちになっている。
つまり裏庭で火事が起こると旧校舎もやばいわけで。
旧校舎全焼。
文化祭半月前にしてこれはいかがなものか、と学校全体が慌てていた。うちの学校は取り立てて特徴のない公立高校だ。校風も、スポーツそこそこ、勉強もそこそこ、教師も生徒個人も好きなことをてきとーに、といったところだ。こんな事件でもなければ学校の全員の気持ちが一つになることなどないだろう。
「いいことジャン」
蛇がぬかした。
「いいわけないでしょ!」
茂木が蛇の頭を叩いた。よく素手で触れるよな。
「大体ね、なんでこうなったかってったら、あんたの仲間が余計なことするからでしょ!」
「余計なことって……猿に頼んだの茂木じゃなかったっけ」
「うん、そうだね」
茂木がオレをちらっと見た。
「どっかの誰かさんに痛い目に遭わされたからね、腹いせに」
「ちょっと待てよ。オレ関係ねーだろうよー」
「痛かったなー。痣にならなくてよかったよね、ホント。顔だもんねー」
「ああ、あれはオレが悪かった。でもそれとこれとは話が別じゃ」
茂木がオレの肩に手を置いた。妙に重たい。
「……すいませんでした」
「分かればいいのよ」
うちのクラスに限って言えばあまり火事の影響がない、筈だ。うちのクラスの出し物は野外でフリーマーケットだから。ああ、でも旧校舎に収まる予定だった人員がそのまま外に来るのか。それじゃ場所取りが大変だな。
ちなみに野球部は焼き芋を売る予定だった、とボコが言ってたが、急遽招待試合が決定したらしい。らしい、というのは、部員はまだ対戦相手を知らされてないからこういう言い方になる。ぶっちゃけ不安だ。
すっと市井が手を上げた。
「スペースの割り振りはどうなってるんですか?」
そうだよな、普通、当日になって場所取りしやしないよな。実行委員が割り振るよな。
市井の発言を聞いて思い出した。今はホームルームだったんだな。
「今、調整中です」
教卓に腰掛けた実行委員の片割れ、青木がアンニュイに笑った。
「青木くんの背後にバラが見える」
平井がうっとりと呟いた。河村隆一似の顔がいいんだろう、青木は一部の女子に大人気だ。でもあいつの趣味は漬物だ。漬物の銘柄を当てるわ自分で漬けるわ。挙句の果てに市が主催する漬物コンテストで入賞してた。
案外知られてないみたいだけどな。
「えーと、くじの結果だけならここにあるんですけどー、必要ですか?」
もう一人の実行委員、馬場が教卓の下から模造紙を取り出した。ところどころ破れて黄ばんでるのはどういうわけなんだ。ゆったりとした動作で模造紙を黒板に広げようとして、馬場はすぐに模造紙をくしゃくしゃに丸めた。
「どうした、馬場さん?」
「間違っちゃったみたい」
えへっと笑う馬場の手の中ではもの凄い勢いで模造紙が圧縮されている。
「あの紙に一体何が」
「むしろ由加里に何が」
馬場が無造作にゴミ箱へ紙くずを放った。シュンスケばりのノールックパスだ。確かクッキング部所属だったと思うけど、運動部は凄い逸材を逃したんじゃないか。
「由加里!」
叫んだのは浅見だった。
「自分、ネタ集やろそれ! ほかすんやねえっ」
「何のことですか?」
よく思うことだけど、うちのクラスの女子は曲者揃いだ。
「落研のネタ纏めた紙が一枚なかったんや」
「模造紙に纏めるのか?」
青木が不思議そうにゴミ箱を一瞥した。
「文化祭で飛び入りスカウト企画やるんやけどな、そのときに使お思ってん」
「そろそろ無理して関西弁使うのやめない? 聞き苦しいし」
矢野が一刀両断して浅見は床に沈んだ。でも浅見が落ちてるのはいつものことだからして、何事もなかったようにホームルームは続く。
「それじゃ、皆が持ってこようと思ってるものを上げてくださーい」
「はーい、わたし古着」
「本。マンガもいいんだよな?」
「土瓶」
「それは売れないんじゃないかな」
「たこ焼き機」
「アイスクリーム作るヤツ」
「へ? 製氷皿?」
「違うって。材料入れてハンドル回すとアイスが出来る機械があんの」
黒板には着々とリストが出来上がってきている。オレは、そうだなー、無難に缶詰だな。
青木がちらっと時計を見上げた。馬場の顔を覗き込む。
「抜けるな。すぐ戻る」
「行ってらっしゃーい」
青木の背中を見送りながら、平井が馬場ににじり寄った。
「青木くん、どうしたって?」
「スペースの割り振りの仕事で抜けたけどすぐ戻ってくるって」
「そっかー」
ところが、日が暮れても青木は戻ってこなかった。
青木の失踪から丸四日が過ぎた。厭な予感がして、オレたちは親御さんに失踪が知られないよう手を回した。というのも、青木の失踪以来あの宇宙人どもも姿をみせないのだ。なんでも結びつけて考えるのはよくないと茂木は言ったけど、茂木の顔にも犯人はあいつらだと書いてある。
とりあえず、青木は同じ部の藤島のうちに厄介になっていることとした。藤島も快諾してくれた。一年の頃から青木と藤島は互いの家に出入りしてたらしい。おかしな意味でなく、青木はそこいらの女子より藤島が好きみたいだった。藤島には彼女がいて、青木が出入りするからゆっくりできないとぼやいている。しょっぱい青春だ。
「ホント、どこ行っちゃったんだろうね、青木くん」
青木が失踪して一番落ち込んでいるのは平井だ。馬場も頷く。
「そうだよね、代わりに学祭の集まりに出なくちゃいけないの、ぶっちゃけめんどくさいのよね」
「自分ぶっちゃけすぎやから」
すかさず浅見の裏手ツッコミが入る。馬場はあはっと笑った。
「そういえば、最近蛇たち元気?」
高松が茂木に含みのある目を向けた。
「さあ、どうだかね」
「茂木さんも会ってないのか。あいつらの飼い主だろ?」
「まさか。あんなわけわからん奴ら飼わないよ。もっと可愛くて扱いやすいのにするって。ハムスターとか」
「いや、ハムの繁殖力なめたらあかんて」
「なになに、飼ってるの?」
「せやなーもう十年くらいか」
「ふーん。意外だ」
「最初にうちに来たの、雌でハム美っちゅーんやけど、かご開いとったんかすぐ逃げてもーてな。えらいショックやった」
「へー。ハミーねぇ」
矢野が呟くと浅見の顔色が変わった。
「おかしな呼び方せんといてや」
「おかしくないじゃん。呼びやすいよ、ハミー」
「自分、ハム美の愛らしさを知らんからそんな呼び方できんやろ」
「だって見たくても見れないでしょ」
「よっしゃ、今度アルバム見せたる」
「別にいい。大体ハミーって呼び方パクリだから」
「そうなの?」
馬場が小首を傾げた。
「うん。漫画からとったの」
「ちなみに、元ネタのハミーは可愛いの?」
「可愛い顔してどす黒い」
浅見が奇声を上げればもちろん矢野がどついて黙らせるのだが、ありふれた光景だから誰もが放っておく。
浅見の「お笑い」がイマイチ皆にうけないのはボケかツッコミかはっきりしないからだろう。矢野を相方にスカウトすればいいんじゃないか。多分、二人とも互いに嫌がるけど。
「青木くんがいなくなったのって学祭の集まりいってからだよね」
平井の表情は一人深刻だった。少し気の毒になってきた。
「そうそう。集まりには出てたみたい。E組の子にきいたから」
「その後、うちに帰ってないんだよな。靴あるし」
オレは茂木と顔を見合わせた。
「鞄もあるもんね」
「あたし、探しにいってくる!」
平井が勢い余って椅子をひっくりかえす。高松が手で止めた。
「一限始まるから昼まで待とう」
「考えあるのか?」「まだ探してないところがある」
高松の目が光った。青木がそこにいればいいけどな。
普段は非協力的でも面白そうなことには敏感でノリがいい、それがうちのクラスのうりだ。昼休みになると俺たちは三つのグループに別れた。立入禁止区域が三つあるのだ。屋上と旧校舎、地下倉庫、もっとも旧校舎は全焼したから跡地なんだけど、どこも怪しいといえば怪しい。
そしてオレ、茂木、浅見、市井、矢野、馬場、高松、藤島、平井とその他五人が旧校舎跡地に来る羽目になった。
「どうしてこういうメンバーになるんだって思ったでしょ」
茂木が囁いた。
「心を読むなよ」
「読んだっていうか、あたしもそう思った」
「……濃いよなぁ」
「何が濃いって?」
市井が口を尖らせた。分かってるなら訊かないでほしい。
「なーんもないね」
馬場が空を仰いだ。跡地は鉄の棒にタイガーロープを通して囲まれている。ご丁寧に関係者以外立入禁止という立て札もある。
オレたち関係者じゃないよな。旧校舎なくなったのは腐れ蛇どもの仕業だし。本当は頼まれても入りたくない。
「天気よすぎる。午後サボっていいかな?」
「サボればいい。聞かれたらありのままを話しといてやる」
久しぶりに聞く声に俺たちは思わず振り返った。
ブラントが黒目を潤ませてこちらを見ている。
「新木、にやけてる」
茂木に肘で突かれてオレは顔を引き締めた。
「今まで何してた?」
高松の眼光は鋭い。この場での主人公的存在はこいつなんだろう。
ブラントの尻尾が垂れた。
「お前は誰だ」
「お約束すぎるやん」
「ていうか、どっから来たの」
浅見と矢野が同時に口を開いた。おいおい、二人、芸風がかぶってるじゃないか。コンビ結成前に解散の危機だ。
「彼女の友達なんだけど」
茂木を見、高松を見、ブラントは目を閉じた。
「そう言われればそんな気もしてくる」
「気のせいだよ」
そこは否定するところなのか。
「今までどこにいた?」
「故郷に」
「故郷!?」
矢野がブラントを抱き上げた。
「私も行きたい。連れてって」
「犬相手に可愛い声作んなや」
もっともな意見だ。
「いいだろう」
ブラントが軽やかに腕の中を飛び出した。そうしてあっさりとロープをくぐる。振り返る姿はふつうにチワワなんだけど、やっぱりこいつ喋るんだよな。ホント惜しい奴だ。
「来い」
矢野もためらいもせずにロープを越えた。高松と浅見が続く。
茂木が眉を寄せた。
「……行く?」
「オレは行くけど、誰か残った方がいんじゃね? もしも戻ってこれなかったとしたら」
「あー、事情を知ってるひとがいた方がいいね」
「縁起でもない」
市井が口を曲げた。
「ちゃんと帰ってきてよ」
「あ、市井ちゃん残ってくれるんだ」
「じゃあ私も残る」
馬場が手を挙げた。
「実行委員が二人ともいなくなっちゃまずいでしょ」
「ホンマは面倒なだけやろな」
浅見の呟きを馬場は聞き流した。
市井と馬場が見守る中、俺たちは柵の内側に立った。
ブラントが一声鳴いた。その途端、地面が揺れた。立っていられずに膝をつく。日が陰る。雲間から薄日が差す。と、ここまでが二、三分のうちに起きたのだ。
「なんなの?」
平井が不安げにしている。
「どこに行けるのかな」
逆に矢野は生き生きしている。逆境に強いというと長所みたいだけど矢野の場合は自分から逆境を作っている、むしろトラブルメーカーなんだろう。
雲間からの光が細く収束していく。
「なんか見たような展開じゃない?」
「だよな。この前は校長の像が割れたんだったか」
それ以上言うな、怖いから。
光がブラントを照らした。かと思うとブラントの体が吸い上げられていく。
「置いてかないでよ」
矢野が光の中に飛び込んだ。そうして同じように昇っていく。
「僕、上昇系のアトラクション苦手なんだよな」
呟いて藤島も続いた。大変だな、お前も。
光はより強く発光する丸い物体から伸びていた。眩しくて目を閉じる。
どれくらいたっただろう、浮遊感が消えた。恐る恐る目を開く。
不思議な空間だった。ふかふかした絨毯の感触が伝わってくるけど、見た感じはつるっとした鉛色の床、その上にオレはあぐらをかいていた。
視線を感じた。顔を上げると、茂木がオレの向こう側を指差していた。
「新木……」
乾いた声に嫌な予感がした。振り返る。
白髪のじいさんがたたずんでいた。長い白髭がへそくらいまである。
「板垣退助」
矢野が呟いた。
「ちゃうやろ。板垣の髭はもっとボリュームある」
やっぱり皆、板垣退助といえば髭なんだな。
「あんたは誰なんだ」
藤島が顔を強ばらせた。よかった、やっとまともな反応が出た。
「何を今更」
じいさんが口の端を上げた。そう言われれば聞き覚えがある声かもしれない。
「でも、じいさまに知り合いいないんだよ、僕ら」
高松が苦笑いする。じいさんも苦笑いした。
「何を。先程まで側にいただろう」
それまで黙っていたクラスメイトその一、遠藤が目をかっ開いた。
「分かった。お前ブラントだろ」
じいさんが頷く。みんな一斉にのけぞった。
「ありえねー」
「あの愛くるしいチワワがじじいに」
「だから宇宙人って嫌なんだよね」
ホントに嫌だ。オレがチワワに抱いていた純粋な気持ちを返せ。
すぐさっきまでチワワだったブラントじいさんが顎をさすった。
「どうやらあやつらも戻っているようだな」
「……ブラントとメルーのこと?」
「他に誰がいる」
「ここじゃあいつらも元の姿なわけ?」
「勿論」
茂木が床に両手をついた。
「見たくない」
浅見が茂木の肩に手を置いた。
「茂木、見たくないものから目を逸らしたまま大人になるのか?」
「何がいいたいわけ」
「ここぞとばかりに標準語で喋るわけね、エセ芸人」
「どうせえっちゅうねん」
空気の抜ける音がした。それまで壁だったところが四畳分ほど手前に浮き上がり二つに割れる。
向こう側には赤みがかった茶色の髪をした女の子がいた。
「あの子もあんたの仲間なんだ?」
藤島の台詞にブラントが答えるより早く、女の子がかみついた。
「冗談じゃない! 一緒にするなっ」
「でも君も宇宙人なんだよね?」
「お前らからすればそうなる。だからってこんな極悪の仲間なわけがない」
クラスメイトその二、深井がウォレットチェーンをいじりながら呟いた。
「この子が誰なのか分かった気がする」
表情から伝わってくるものがあった。まさか。
深井は彼女に笑いかけた。
「メルー?」
「何だ?」
オレたちは今度は脱力した。
アーモンド型の目が不満げに瞬く。
「なんなんだ」
「おいエテ公、青木と蛇はどないしよった」
「エテ公ってなんだ! 意味わかんねーだろっ」
「これだから若輩は」
ブラントがちらっとメルーを見る。メルーの白い肌がたちまち赤らんだ。
「喧嘩ならいくらでも買ってやる!」
黙っていれば可愛いのに中身がメルーじゃあな。
「落ち着いて。青木は今どこにいるんだ?」
高松の声に我に返ったか、メルーは胸を張った。
「捕獲した」
「捕獲? なんでまたあいつなんだよ」
「あの者には、他にはない類い稀な才能がある」
「顔か」
「そんなのどうでもいい。もっと大事な」
「青木くんを返して」
平井が歯を食い縛った。甲子園行きを逃したときだって暗い顔をみせなかった平井の目が光っている。
なんとかしなくちゃいけないよな。
「つれてけよ、青木んとこ」
茂木がそっとオレの袖をつまんだ。
「……怒ってる?」
オレは茂木の頭をぽんと叩いた。一瞬、力がこもったけどすぐに袖から手が離れた。
ブラントはそんなオレたちを興味深そうにみていた。
「いいだろう」
「じじい!」
「童は黙って先達に従え」
よく声が通っていた。メルーは悔しそうに顔を背けた。
ブラントが歩きだす。その後をオレたちもついていった。