学園ラブコメ書きさんに10の事件

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  緩くカーブする通路を黙りこくって歩いた。先頭をいくメルーの髪がふわふわ揺れている。ぼんやり眺めていると、オレのすぐ前にいた平井が振り返った。
「ねえ、青木くん無事かなあ」
 いや、平井がそういうこと言っちゃダメだろ。頑張れヒロイン。
「無事なんじゃね? あいつら人間は食わなそうだし」
「じゃあどうして青木くんが誘拐されなきゃいけないの」
「じいさんどもにきいてくれ」
 平井が口を尖らす。
「心配じゃないの?」
「ここにいる誰よりも平井が心配してるよ。誰も勝てねえ」
 平井が顔を真っ赤にした。よかったな青木。生きてればの話だけど。
「なあメルー」
 メルーの隣にいた高松が憂欝そうに尋ねた。
「どれだけ歩けばいいんだ? もう三十分は経つよな」
 そんなに歩いてたのか。
「もうじき」
「同じことしか言わないじゃないか」
「連れてく気がないんだろ」
 藤島が呟くとメルーは物凄い剣幕でまくしたてた。
「文句ならじじいに言えよ! オレは反対したんだ!」
「なんで反対なの?」
「もっとましなのいるだろうが」
「さらっておいて失礼な」
 平井の目が座った。
「乙女心って複雑だよね」
 お前も女子だろ茂木。
「メルー」
 一番後ろを歩いてたブラントがぼそりと言った。
「行きすぎだ」
「そりゃないわ」
 浅見がこける。矢野が鼻を鳴らした。
「エセ芸人、コケ芸を舐めてもらっちゃ困るわ」
「いやこれ素やけど」
「嘘でもネタですと言いなさいよ。詰めが甘い」
「早く言えよじじい!」
 メルーが後ろ髪を逆立てた。惜しいよな、ホント黙ってれば可愛いのに。
 ブラントを先頭に引き返す。なんの目印もないところでブラントは足を止めた。円の内側になる壁をさっと撫でると、バターに熱いナイフが入ったみたいに穴が開いた。
「まだまだ若造だな」
「オレは外務は初めてなんだよ! 大目に見ろっつの!」
「遊びに来たんじゃなかったのか」
「当たり前だっつーの、サンプリングは重要な任務だ」
「サンプリング?」
 クラスメイトその三、勤労学生の城戸が不思議そうに返した。
「試食販売?」
 ビミョーに間違いだ。
「そこまではいかないみたいだ」
 懐かしい声がした。そんなに時間は経ってないけど気分の問題だ。
 壁の向こうはうちの学校の調理室に似た造りになっていた。一番奥のシンクの前に青木が座り、頬杖をついている。調理実習で使う白いエプロンが妙に似合う。
「青木くん」
 平井が困った顔で歩み寄る。
「変なことされてない?」
「ああ、待遇いいよ」
「ていうか何してんのあんた」
 矢野が顔をしかめる。
「すんごい匂い。なんともないわけ?」
「慣れてるから」
「慣れたくねー」
 メルーが後ずさる。
「一人か。エンドラーはどうした」
「じき戻ってくるだろう」
 藤島があきれ顔になった。
「漬けてたのか」
「つけて……?」
「やってるネ」
 入り口を振り返るとさっぱりした顔立ちの若い男が腕組みしてた。
「コラてめーどこ行ってやがった! 交替して見張り立てた意味がねーだろが」
 茂木が真面目くさった顔で呟く。
「エンドラー?」
「おひさー。元気そうだネ」
「いつもその姿でいればいいのに」
「ヤだね。つまんないジャン」
 どこまで人をおちょくる気だこいつ。
「どうして青木くんを連れてきたわけ」
 平井の問いにエンドラーは屈託なく笑った。
「才能だネ」
「才能、才能って、なんの才能だよ!」
「漬物だろ」
 藤島が引きつった笑みを浮かべる。
「そうなんだろ青木」
「らしいな」
「アホかーぁ」
 浅見が絶叫する。エンドラーは涼しい顔で青木の横に腰掛けた。
「だってこんなに旨いもの食べたの初めてなんだもノ。この技術残さないで何残す?」
「だからって無理矢理連れてこなくてもいいじゃない!」
 平井の額に青筋が浮く。エンドラーは肩をすくめた。
「無理矢理ってほどでもないヨ」
 青木も頷いた。藤島がため息をついた。
「漬物好きは構わないけどな、時と場合を考えろ」
「ていうか漬物?」
 平井に助けを求められたけどオレは首を振るしかなかった。現実を受けとめてくれ。平井よどうか安らかに。
「美味しいんだよ」
 呆れ顔で茂木が笑った。
「ひらちゃんも食べてみたら」
「そうだな、今開けても平気なのはこのへん」
 青木がうきうきと流し下の扉を開けて漬物容器を取り出した。
「茄子は食べられる?」
「大丈夫だけど。別の意味で食べたくないです」
「そう言わずに一口だけでも」
 返事を待たずに青木は茄子の浅漬けを手早く切り分けた。エンドラーの目が垂れる。
「待ってマシター」
 ブラントも心なしか柔らかい表情で青木に歩み寄る。どうなんだお前ら、と思いつつオレもご相伴にあずかったりするわけで。
 相変わらず絶妙な味だった。辛すぎず薄すぎず、単品でもいけるけど白飯がほしい。
「おいしい」
 平井が泣きそうな顔で呟いた。
「それはよかった」
 青木は満足そうだ。もうちょい女心ってヤツを勉強したほうがいいな。
「分かっただろう、彼がここにいるわけが」
「分かんないよ。そんなの、理由にならない! 青木くんも青木くんじゃない、なんでこんな奴らの言いなりなの」
「いや、こんなに感激されたのは初めてなんだ。もっと作ってやりたくなってしまって」
「昼メロ」
「昼メロだわ」
 深井と城戸が顔を見合わせた。
「昼メロ?」
 高松は不信そうに青木と平井を見比べた。
「まあいい。青木、とりあえず戻ってこないか。隠し通すのもそろそろ限界だから」
 青木はばつが悪そうに流しに立った。こいつ、何も考えてなかったな。
「何も急ぐことないだろう。通えばいいじゃないか」
 メルーが首を傾げる。高松はメルーの皿に三きれ自分の漬物を移した。
「放課後に一時間とか二時間くらい、毎日通うだけでも随分違うだろう」
「いいじゃん、それ。まだまだ時間あるもんね」
「時間ならないヨ」
 エンドラーがウインクした。心底キモイ奴だ。
「地球時間でちょうど一年しかいられないんだ」
「いや、それなら充分だよ。作り方もまとめておくから、な、ブラント?」
「私か」
 じいさんは不服そうだ。でもビジュアル的には一番しっくりくる。
「とにかく帰ろう」
 藤島に促され、青木はオレたちの元へきた。平井の目が潤んでいる。よかったな、あいつが生きてて。正直、人体実験とか珍味扱いとかの可能性を考えなくもなかったから。
 オレたちは渋るメルーを先頭に学校へ戻った。別れ際、メルーがオレに指をつきつけた。
「母船のことは喋んじゃねーぞ。探り入れてきた奴らは全員強制連行だかんな!」
「口止めならオレじゃなくて、あのへんにした方が効果的だと思う」
 浅見と矢野が片手をあげた。
「異議あり」
「私は喋らないわよ。こんな面白いこと、そうそう人には話せない」
「つうかさ、メルーは他の能力がよかったんじゃね?」
 クラスメイトその四、空手部の田中尚志が茄子をつまみながら片眉を上げた。いつの間に持ち出したんだろうと思ったら、クラスメイトその五、クッキング部の田中留衣が後生大事そうに小さな壺を抱えていて、その中から引っ張りだしてた。
 オレの視線に気づいたらしい、留衣が壺の口を押さえた。
「ちゃんと青木くんには許可とった」
「青木やのーて蛇やん、この場合」
「構わないだろう。どうせまた僕が漬けに行くから」
 青木は漬けるって言うとき、もの凄くいい顔をする。そのたびに平井が悲しげな顔をするからみてて飽きない。
「とにかくお前、今日はうちに帰れ。おふくろさんには調子が悪いとか適当にいえばいいから。先生たちにみつかったらめんどくさいしさ」
「悪いな」
「うちのおふくろに電話するとか、なんかコンタクトとろうとしたら、菓子折りでも自分に渡させてくれって言って。とにかく親同士で接触させるな」
「藤島……お前って本当にいい奴だな」
「気持ち悪いこと言うなよ」
「新木、悪いんだけどこいつの鞄と靴持ってきてやってくれないか」
 生返事をしてオレは教室へ向かった。なぜかメルーと茂木もついてきた。
「茂木はともかく、メルーは校庭で待ってろよ。目立つだろ」
「お前が余計なことを話さないか見張る奴が必要だ」
「大丈夫だよ。これ以上ややこしくしたくないもんね」
「そうそう」
 メルーは半目になった。
「危ねえよ。やっぱついてく」
 仕方ない。なるべく校舎の陰を歩いた。でも体育やってる男子どもにはばっちり見つかってしまうわけで。
「そこの三人、早く教室に戻れ」
 ボコに気づかれないようやや顔を背けていたけど、あっさりばれた。
「新木、授業はどうした」
「やっもー今すぐ戻りますから大丈夫っス」
「センセ、あそこに校則違反の塊。バイク通学で制服着てないひとがいました」
 茂木が正門を指差すとボコは目をひんむいて飛び出していった。風紀委員顧問の性質を利用した作戦なんだろう。
「……手慣れてんな」
「一度やってみたかったんだ」
「嘘なのか?」
 メルーが片眉を上げると茂木は平然と答えた。
「まるっきり嘘じゃないよ。バイクに乗った白服のおっさんいたもん。ただうちの生徒じゃないってだけで」
「白服?」
 聞き返す。違和感があったが気にしないことにした。早く教室に戻らないと。
 今日の午後は二コマ続きで家庭科だ。教室には鍵がかかっている。二人をおいて教員室へ入り、忘れ物をしたといって鍵をもらった。
「あいつら、まだ見つかってねーよな」
「だいじょぶっしょ。いいから早く行こう」
 ところが。旧校舎跡には誰もいなかった。「嘘でしょ」
 茂木が青ざめる。メルーが悪態をついた。
「あーくそ、役に立たねえじじいだな」
「青木が見つかったかな」
 今までこそこそしてたのが全部水の泡か。しょうもない。
「ねぇメルー、宇宙人パワーでみんなの居場所探してよ」
「ちょっと待ってろ」
 メルーの前髪が一筋しなって立ち上がった。うわっと茂木が呟いて後ずさる。頼まれたからやってるんだろうに、メルーの立場が台無しだ。
 メルーは気にした様子もなくじっとしていた。すっと目を閉じる。
「あっちだ」
 指差した方向には体育館がある。
「近い?」
「かなりな」
 なら体育館裏か、ベタだな。探す手間が省けていいけどな。
 体育館裏に忍び寄った。壁に張りついて様子をうかがう。
 予想外の展開だった。
「は?」
「なになに」
 オレの肩ごしに向こうをみた茂木の頭が揺れた。
「どういうこと?」
「オレも知りたいよ」
 おっさんたちが青木たちと向かい合っていた。頭は黄色いリーゼント、白服の背中には唖駆屍網…と刺繍がある。アカシアって読むのか、あれは。その後にもなんか続くけど小さくて読めない。
「あたしの記憶違いだといーんだけど」
 茂木が頭を抱えた。
「さっきあたしがボコにちくった白服ぽいかも」
「原因はお前か」
「そんなこと言われてもね」
 高松が口を開いた。
「だから、僕達が何をしたっていうんですか」
「何もしてないわけないだろが! この歳で校則違反なんて言われるわけねえだろがコラ」
 こるぁ、と巻き舌風に発音していた。
 よくみるとおっさんらは某有名グループに似ていた。人数と髪型、服の形が一緒だ。だからどうってものでもないが。
「だとしても人違いです」
「歯ぁ食い縛れ!」
 全然話を聞いちゃいない。仕方ない、奥の手だ。
「メルーブラント蛇、聞こえるか? この場を収拾したヤツが勝ちだ」
「そらきた!」
「任せろ」
「ならボクの一人勝ちだネ」
「条件がある。手荒じゃない方法で、だ」
「注文多いなあ」
 矢野が呟いた。状況と立場をわきまえなさすぎだ。
「つーか何の話?」
 茂木がぽかんとしている。
「オレたち審判だろ」
「……ああー。古い話だね」
 背に腹は代えられないからな。こんなこともあろうかととっておいたわけだ。
 つーか蛇はどこから沸いたんだろう。って気にしたほうが負けか。
「この勝負もらった!」
 メルーの髪がふくらんだ。なんだか甘くていい匂いがする。
 おっさんらがふらふらメルーに歩み寄る。
「ちょっと近づかないでよ」
 メルーの腕に平井が腕を絡めて引いた。もう片方の手を藤島が取る。なんでお前らがべたべた触ってんだよ。
 眉をしかめたメルーに留衣がとびついた。
「やめろよ、嫌がってんだろ」
 留衣を引き剥がすついでに深井がメルーの肩を抱き寄せた。羨ましいことを。
「失敗した!」
「失敗ってなに」
 茂木が刺々しくぼやく。メルーは手を動かそうとして、両手を塞いだ平井と藤島を睨んだ。勿論それくらいでどうにかする二人じゃない。
 が、おっさんの一人が軽々と二人を脇によけ、メルーを抱えあげた。
「お姫さまだっこ」
 茂木が顔を赤くした。おっさんにさらわれかけるのが羨ましいのか。
 オレはブラントを振り返った。
「なんとかならないか」
「いなくても困らないだろう」
「薄情者ー」
「後先考えず行動するからそういうことになる。しばらく反省するがいい」
 メルーはこの場を収めようとしたのに悪者扱いか。納得いかない。
「助けてやれよ。仲間なんじゃねえの?」
「やけに肩持つじゃん」
 茂木が半目になる。
「お主くらいなものだ、猿の技にひっかからなかったのは」
「技? なんかしたの?」
「魅了して命令を飲ませるつもりだったのだろう。相変わらず浅はかなものだ」
「やっぱりボクの出番ネ」
 ぬるりと茂木のポケットから蛇が頭を出した。カッと目が光る。と、例の光線が降ってきて、おっさんらの足元をえぐった。しかもひとりに一筋ずつ降ってきた。律儀な話だ。
 驚いたおっさんの手からメルーがすっぽ抜けた。すかさず尚志がキャッチする。
 メルーはうっとりした表情で尚志を見上げた。なんか腹たつ。
「魔法使いと宇宙人て大して変わらないね」
 茂木が遠くを見た。
「大雑把なくくりだな」
「だって、どっちもわけわかんないじゃん」
 のんきに話してる間におっさんらはじりじり後退り、校庭から離脱した。結果オーライてことにしてくれ。
「覚えてやがれっていったよ、あのひとたち」
「気のせい気のせい」
「やっぱりボクの勝ちだ」
 ほくほく顔の蛇をオレは横目でみた。
「反則負け」
「なんで?」
「手荒な方法はなしっつっただろ」
 ちぇっと呟く口から舌が閃いた。
 寄るな。
 茂木はオレの手から鞄を取り上げると青木に押しつけた。そうしてオレの肘をつつく。
「ほら、教室帰るよ」




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