「よっしゃ、こんなもんかなー」
一人ごちて再度文面確認。よーしよし。重すぎず軽すぎず、
決して失礼でもない。ではポチットな、ハイ送信。
ヨシヨシ。サーバも正常だ。一昨日はもう無茶苦茶。
4000文字近くの企画書メールが一瞬にしてオジャン。
原稿が残っていたのが幸いだったがね。
さてどう転ぶかな。受け取る本人の反応よりも
その保護者達がどう動くか、もっと正確に言えば
メイン保護者の狼狽ぶりが見たい、のが本音。傍で悪趣味ね、
と言う人もいるが、彼女にそれを言われてもね。
悪趣味はお互いでしょ、朱鷺?
舞台は一転して東京本郷西片町。
A4サイズの紙を前にして京介・深春・蒼の3人は
雁首揃えて頭を痛めていた。
「…蒼は、どうしたい?」
「まだ先の話、だよね?」
「って言うより、これは京介に対しての話を
遠回しにしてるんじゃねぇか?」
「ぼくもそう思う」
この中で一番余裕綽々なのが実は蒼。深春が騒々しいのは
いつもの事として、問題は京介だ。コーヒーのお代わりは
いつもの3倍ペースで、時々(本当に珍しい事に)砂糖まで
入れている。
「拝啓。蒼様、いえ、薬師寺香澄様。
洒落ではないが蒼田買いです。
3年後、我社の秘書課へ来ませんか?
社長共々、良い返事を期待しています。
と言うよりも熱望しています。
詳細は又今度直接お会いした折に。
とりあえずお願いまで。
株式会社 ジュエリーアカネ
秘書課主任 蔵内一巳 」
「この送信者がそもそもの胡散臭さの要因なんだよな」
深春の台詞に力強く頷く蒼。
「京介さー、最近前にも増して蔵内Jrを避けてるん
だもん。特に急がない用事を無理矢理急いだりしてさ。
…何か弱みでも握られてるの?」
言いつつ京介の瞳を見る。じーっと。じーっと。
ひたすらじーっと。
これには京介もうろたえる。これも変だ。いつもの
彼だったら蒼を一睨みで黙らせるなんて造作もない。
その事実をすっかり忘れているようだ。
「どうしたどうした!こんなうだるような日に3人して
ゴロッチャラしてるんじゃねぇよ!鬱陶しいじゃねぇか!」
神代教授の一喝がなければ京介も白状したのに…?
失望召さるなセニョリータ。葡萄瓜とて知りたいのは同じ。
教授にご登場願ったのは、京介の代わりに話して貰う為、
である^^
「…と、言う訳なんです」
説明者は蒼。京介は深春に羽交い締めにされつつ尚も
じたばたしている。猿轡もしているがそれは何と教授の
指示である。口が駄目ならと後は眼力にひたすら力を込める
ものの、相手が神代教授であるから威力が半減する事
この上ない。
「判った。ネタは読めている。なあ京介、ここは一つ
御礼奉公のつもりでだな…」
「ふぉふぇいおうほうはほんへふは!」
蒼と美春は思わず顔を見合わせる。余りにも今日の
京介は珍しい。無闇に狼狽するし、深春に歯が立たない
し、蒼の追求を逸らせないどころか、感情剥き出しに
怒鳴る始末。
「おもしれー」
深春が思わず呟いたとて、誰に否定が出来ただろうか?
「せ・ん・せ・いm^^m」
蒼がここぞとばかりに甘えかかる。
「知ってるんですよね。京介がここまで嫌がる原因って」
「多分お前の方がよく知っていると思うぞ。俺はな」
ぼくが知っていて京介がここまで嫌がりそうなこと…
あれしかなさそうだよね。でも、あまりにも安直だし。
でもあれ以外には無い、か。聞いてみよっと。
「ジュエリーアカネのポスターの話、とか?」
力強く縦に振られた神代教授の首。
「きれえかもしんない…」
深春、それって自分のノーマルさを放棄してない?と
蒼は思わず目を剥き、教授に問い掛ける。
「でも、今まで断ってきてるんだし、今回だって…」
「今回は条件が悪すぎるんだ。何しろ京介の卒論絡み
だったしなぁ」
「へ?」
思わず蒼と深春、ハモッて顔を見合わせる。
下田菊太郎と遊馬家って、関係あったっけ?
「杉原家から未発見資料が出てきてな…。その
交換条件に、といわれたんだ」
「それでも京介なら断れるでしょ?」
「相手が朱鷺ちゃんだけ、だったらな」
話の見えない蒼が次の瞬間絶句した。長い長い溜息を
吐きながら神代教授が取り出したのは広辞苑程の厚みは
軽くあるだろう嘆願書の束、だった。
「これ、全部リクエストした人達の…」
「ジュエリーアカネ関連女子社員一同、杉原学園在校生
及び卒業生の九割九分九厘。とどめにオグラホテル関連
女子社員一同。ここまで出されて、断れると思うか?」
「ハア…」
本当に女王様なんだからと蒼を初めとして3人は京介に
同情するが…蒼君?メールが君宛だったというのを忘れて
ないかい?自分の心配もした方が良いと、葡萄瓜は思うぞ。
16和音で響くは「スナフキンのテーマ」。…をいをい。
「一巳〜、外部スタッフ用の携帯が鳴ってるわよー」
「サーンキュー」
「…情報収集の為とはいえ、よく4台も携帯を管理できる
わねー」
「半分は趣味だよーン」
社長との会話とは世辞にもいえんな。ま、恋愛抜きの
幼馴染だったのが先だしな。
「ハイ、お待たせしました。蔵内一巳ですが」
「おっ仕事中、お邪魔しまんーにゃわッッ!」
一気に力が抜けた。おい、よりにもよってこいつから
電話かよ。糞丁寧に発信番号通知拒否までかけやがって。
「おい大学生。いいのか昼間っから携帯から携帯へ
電話連絡して。財布とは相談してるのか?ええ?」
「たまには意表をつこうか思てね。カズ兄こそ朱鷺姉と
つるんで楽しそうなチョッカイ掛けてるやん、例のお人に」
「…そっか。お前には別ルートで伝わるもんナー」
相手は義理の親類の佐々木国松。蒼とは現在同窓生。
んー、こいつも誘ってやればもっと楽しくなるかも
知れんな〜。蒼さえ泣かせなければ。
「僕も一枚噛ませて?」
おおう、以心伝心かよ。
「何か考えてたな?」
「んー、判るぅー?」
「随分幸せそうな声出してないか?」
「好きな子にね、意地悪したなるって不変の法則やない。
そでしょ?」
確かにね。さて、蒼にも舞台へ上がって貰おうか。
不愉快なままで帰さないと言う自信は、ターップリと
あるからねー。
(続いてしまう)