W大学文学部教授(美術専攻)神代宗は、たった今見た光景に絶句し、茫然
と立ち尽くしていた。其の袖をジュエリーアカネ社長遊馬朱鷺が引いて促す。
「先生、別にモニター室がありますので、そちらへ…」
「あ、ああ」
そして二人は隣のモニター室(防音設備完備)へと消えた。誰にも咎められ
ず。
神代が絶句した光景。それは、桜井京介が歌を口づさみながら舞い踊る姿だ
った。瓦礫に見立てた風景の中を、純白の衣裳をまとい、時に微笑みを浮かべ
て。それは20年前の出会いの姿と奇妙にダブっていた。
「……ぜぇぜぇ……」
「何か、お飲みになります?」
「酒!と言いてぇが流石にそんな物ァ無ェだろう」
「お好みに合うかどうかは保障しませんが、カップでしたら…」
一仕切り笑い疲れた神代に言葉を返しつつ一遇の小型冷蔵庫から高級な部類
のカップ酒を取り出し、彼に差し出す。
「楽しそうですわね」
「嬉しさ半分可笑しさ半分、かな。あの野郎が深春みたいな同い年の連中み
たくノっている姿は、正直見た事無かったからな」
「蒼も格好良かったでしょ?」
「若ェ奴の音楽の事ァ判らんが、イカしてたな。あっちに進むかどうかは別
として」
「桜井氏の方はまだ仕上げ前ですから。完成品を見て泣いて下さい」
「あの曲でいいだろう?充分以上じゃねェのかい?」
「担当者二人が燃えちゃって…」
朱鷺、諦めにも似た苦笑を浮かべる。
「音楽担当は編曲中。秘書は権利関係に連絡取ってます」
「あの二人なぁ…。朱鷺ちゃんも大変だろう?」
「判って戴けます?」
思い詰めた様な目で見つめられ、ガッシと手を握られる。
「お、おい…」
「先生、撮影後、付き合って戴けません?」
「…い……?」
「下北沢に好い飲み屋があるんです。そこで飲み明かしましょう!体の疲れ
は一巳が取ってくれるんですけど、心のうさは中々。今日やっと半分晴れたん
です!早期解決したいんでお願いします!」
「苦労してきたもんな。よし判った!…処でな、」
「何でしょう?」
自然とひそひそ話モードの二人であった。
「蔵内君の腕、かなり好いのか?最近凝りがひどくてな」
「保障しますわ。現役時代、予約が一週間詰まった上にキャンセル待ち続出
でしたから」
「後で頼めるかね?」
「先生でしたら喜んで。でも一人待ちになりそうですね」
「誰でぇ?」
「桜井氏です。常人以上の凝りとの見立てだそうです。普通は立って居られ
ない程だとか…」
「野郎、そこまで浮き世離れしてやがったか…」
一方、別室臨時音楽スタジオでは噂の極悪コンビ、国松と一巳が眠気をブッ
倒して打ち合せに入っていた。
「カズ兄、著作権クリアーOK?」
「何とかな。そっちはどーよ?」
「声を生かしてシンプルに☆後は桜井さんの三択で」
「曲目は?」
「『Ares』に『Illness Illusion』。それから『Vanilla』」
「3曲目、無理無いか?」
「アコースティックバージョンに色付けする。桜井さんの音域が想像以上に
広うて助かったわ」
「お前、今回必要以上に愉しんでるだろ?」
「そーお?ま、桜井さんの喋り聴いててGacktさんの曲填まるんちゃうかなー
と思た事実はある。鴨が葱背負って来てくれただけやん」
「来たんじゃねーだろ?来る様に仕向けたんだろ?」
「従兄だけによくお判りで」
「じゃ後宜しく。一寸行ってくる」
「桜井さんとこ?」
「おーよ。久しぶりに指が疼くわ。あれだけ解し甲斐のありそうな身体、ま
ずお目にかかれないかんな」
「お早ようお帰り」
早くも白衣に着替え、右手を挙げて応える背中に向かって一言。
「カズ兄こそ…………一石五鳥程愉しんどるやろ」
さて、撮影スタジオの一遇、白布の衝立てで囲まれたベッドの上では京介が、
頬を薔薇色に染め、心地よい寝息を立てていた。
「一寸Jr.!京介を眠らせてどうするの?こいつ、一度寝たら10時間は何があ
っても自主的に目覚めないんだよ?」
「まあ蒼、落ち着け。結果はもう10分もすれば判る」
「?」
「俺の勘が鈍ってなけりゃ、な。にしても此処迄ひどい凝りとは思ってなか
った。人間生活がよく、」
「出来てないよ!調査以外は何かひたすら寝てたみたい」
「防衛本能だな。そうしないと無理だわ。…そろそろか。カウント頼む」
「いつから?」
「俺が合図してから10カウントで。…ハイッ!」
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0!」
眠り姫が目覚める如く、京介はカウント0と同時に目覚めた。あれ程の熟睡
にかかわらず。
「1時間か。勘は鈍ってなかったな」
「嘘…。どんな手品使ったの?」
「万遍無く凝りを解しただけ。此処迄効果があるのも珍しいけどね」
まだ少々寝呆け眼の京介によく冷えたエビアンを手渡すと、実に美味そうに
一口。そして開口一番。
「蔵内さん。この方が貴方の天職じゃありませんか?」
「幾つか在る内の、ね。今の位置も結構気に入ってるんです。思わぬ出会い
でいい想いも出来ますし」
「蒼の将来の件は、僕を誘い出す罠でしたか」
「事実としたら俺の人物評価眼も随分曇ってるんでしょうね。蒼がジュエリ
ーアカネに来てくれれば切実に助かります。其の直感と視覚能力で助けて貰え
ると実に有り難い」
「3年後で好いんですか?」
「待つのには慣れましたから。親父共々お世話になりますが、お願いします」
「其の返事は蒼に聞いて下さい。僕からは別に一つお願いしたい」
にっこりと微笑みかける。その下は悪魔か天使か?
「スタッフの都合が許せば、撮影現場を変更して欲しいのだけど」
「何処へ、ですか?」
「今度の交渉相手はかなり気楽な筈ですよ。黎明荘です」
一巳、トマトよりも紅くなる。な、何だってえー!
「どうせやるなら徹底しようと思って。僕の気が変わらない内に速やかに手
続き宜しく。国松くんにも声掛けておいて下さい。いっそ蒼とジョイントして
アルバム出すのも悪くないな」
(作者も次回が愉しみ!待て次回!)