桜戦線・曇り後晴V
桜戦線･前途洋々T
「みーはーる!一体何やってるのかなー？」 ここは東伊豆の遊馬家別邸･黎明荘。ジュエリーアカネＣＭ撮影資料用のポ ラロイド写真をごっそり持ち帰ろうとしていた栗山深春に蒼が背後から声を掛 けた。 「…ックリしたァ…。蒼じゃねェかよ」 「其れって、撮影中のテスト写真ばっかり、なんだよねー？」 「やー、今後の仕事の参考になるんじゃねーかなー、と思って」 冷や汗をかきまくりながらも…兎に角ここは誤魔化せ誤魔化せ。 「其れにしては、随分量が多いんじゃないのかな？」 「げッ………京介！」 あのネ、深春君。悪事は必ず露見するものなのだよ。 さて、栗山深春は今まで何もしていなかった、訳ではない。彼は最初からこ のシリーズの中で活躍して居た。其れこそ『曇り後晴れ』の３作では出ずっぱ りだった。ただ、葡萄瓜が記述を省略しただけで。 そう、彼の役割はカメラマン。一部始終を記録していたのは実は彼だったり する。 「だーかーらー、疚しい気持ちで持ち帰ろうとしたんじゃねーってば！」 「じゃ、どう言うつもりだったんだい？」 正面切って、其れも撮影用にメイクもバッチリ美貌100％全開です、なんて 笑顔で尋ねられると余計に返答に困る。まさか万が一金に困った時にブロマイ ド代わりに売り捌こうとしていたなんて知れたら…明日からの平穏な生活は保 証されねーな、絶対！ 「条件付で良ければ、横流しＯＫにしますけど？」 出やがったな、諸悪の根源･蔵内一巳。どーでも良いが、なんでお前さんまで 今日はメイクをしている？ 「どんな条件だ？」 「一寸写真撮らせて下さいね。栗山さんにも部分的にＣＭ出演して貰います から」 おーい？そんな事何時決まったんだよ！ 「最初から計画の内でしたから」 涼しい顔してそんな重要な事を言うな！こいつはー。 「まあ、あくまでも部分的な出演ですよ。何もご本人出ずっぱりじゃなくて 良いんだから」 「あえ？」 「デジカメ画像を処理して預言者ヨハネの首のフィギュアの調整をするんで す。サロメと来たらヨハネだし、どうせならリアルな首の方が映えますから」 「間に合うのか？」 「基本データはもう入ってますし、スタッフが到着次第20分もすれば良い 首が出来ますよ」 「まんま俺の顔？」 うんざりしかけた深春にいえいえと首を横に振る。不吉な微笑を浮かべつ つ。 「もう一人ミックスさせたい顔が有りますので。ここまで来たら縁のある人 はどんどん巻き込もうかな、と」 『一寸待てぇ！コリャ騙し討ちかぁ？』 「あの人まで巻き込んだんですか」 「ご近所ですし。桜井さんを餌にさせて頂きました」 涼しい顔でしれっと、まあ…。で、何故メイクしている？ 「ああ、俺もミュージシャンで出演予定ですから」 「…蒼、知ってたんか？」 「あれ、言わなかったっけ？」 邪気の無い顔してこいつはー。この性悪猫小僧！ 喚きながら連れて来られたのはお気の毒ですなの遠山蓮三郎氏。腕を掴んで 彼を引っ張ってきたのは茄子紺の留袖をきりりと着こなした若い女性だが…、 おいおい、誰かと顔立ちが似てないか？ 「初めまして。翠紅楼新館仲居の末岡孝乃で御座います。この度は愚弟が皆 様を巻き込みまして」 おーい、こう言う関係者まで登場するのかヨ！ 「遠山さん…物好きですね…」 「桜井、其の台詞其の侭熨斗付けて返すよ。お前と言う餌に釣られて、新館 の番頭夫妻にまんまと嵌められるとは思わなかった」 「アラ若旦那、人聞きの悪い。あたしも亭主も端っから斯く斯く然々でと申 し上げておりましたよ。都合の良い所だけ耳に入れていたのは若旦那の方じゃ ないですか？」 てきぱきと喋る新たな登場人物を横目に蒼、国松の袖を引っ張る。 「んー？」 「アレが、双子のお姉さん？」 「旧姓門野孝乃さん。16歳の誕生日と同時に学校もほったらかして現在の ご亭主･翠紅楼新館番頭末岡允さん当時25歳と結婚入籍した行動力の人。同時 に今回のスタッフの一人」 「ヨハネの首の？」 「大阪時代からアマチュア映画の特殊メイクスタッフで引っ張りだこやった から。結婚後も副業でチョコチョコっと。ま、其れはマネキンのメイクが殆ど やけど」 説明していた所へお声掛かり。 「一寸、国！後は写真処理から？」 「基本はバッチリ！かかれるんやったらすぐにでもねー？」 「と言う事で。若旦那、栗山さん？出来るだけ無念そうな、不景気な顔下さ いね？」 思いきり逆撫でしてくれるよなー。流石姉弟、基本的な性格は良く似ている 様で。 凶悪姉弟がＰＣ設定をしている間、勢い他のスタッフは暇になる。ヨハネの 首が無い事にはサロメの存在意義もないので、一足早くコーヒーブレイクとな る。 お見事！コーヒーがインスタントじゃない。流石にネルドリップとまでは望 めないが、大型の手回しミル・紙フィルター不要のドリッパー・大ぶりなマグ カップ10客程のセットが3箇所に常備され、湯は常にぐらぐら沸いていると言 った状況。…砂糖とミルクが見当たらんが、忘れたか？ 「蒼と桜井さんに敬意を表して、今回は省きました。Ｗ茶房に及ぶかどうか は判りませんが、美味い筈ですよ」 確かに。社長秘書の嗜みに美味いコーヒーの選別も有るとはな。 「このお茶請のクッキーは？」 「俺が造りましたが？」 「…後でレシピ教えてくれ。新館で出させたいから」 遠山氏…男同士のその会話…二人とも際立った顔立ちだけに…。で、蔵内 Jr、俺の記憶違いでなければお前さんの持っているのは日本語で「鋸」とい う道具じゃなかったか？ 「いいえ、ミュージック・ソウというれっきとした楽器です」 聖書の魅惑的な1シーンを浅草演芸の一場面にするつもりかよ、こいつわ！ 「横山ホットブラザースの『荒城の月』でしたね。アレは見事だった」 京介、お前も其処まで特定して誉めてるんじゃない！（其れ以前に、何故 知っている？） 「画面的にはどっちも楽隊は絡むんです。ま、鋸は音色だけ欲しいんでね。 俺も横顔チラリ程度でしょ？原案者が絵コンテの最終調整してますから」 「ヨハネの首も、彼女か？」 「当然でしょ？女王様ですし」 （京介も含め）全員が深く深く溜息を吐く。さあて、首も出来あがるようだ し、カメラを調整しておくか。 （タイトルを裏切りつつ次回へ）
《コメント》 本当に長い道程だった…(しみじみ) 終盤の｢鋸｣ネタ。関西の方なら判って頂けるかも。 そう。「おーまーえーはー、あーほーかーぁ？」ですね(爆) 東京の方は弓で弾くお師匠さんが居るとか。 ラスト２作となりました。