桜戦線・前途洋々T
桜戦線・前途洋々1.5
人生、何が起こるか判らない、とは良く言ったもんだと思う。 例えば、カメラマン助手として行った現場で急遽ＣＭの主演を遣らされた り、エキストラ出演に引きずり込まれたり、なんてのは、そう滅多に無い事と はいえ、流石に慣れた。 しかし、いきなりＣＭソングを歌ってくれ、と引きずり込まれるってのは… 幾ら何でもそう体験したくは無い！ そう。本当に運命と言うのは唐突だった。 「栗山さーん、一寸」 カメリハを終え、原案及び撮影総指揮の遊馬朱鷺・現ジュエリーアカネ社長 に呼ばれたその瞬間、俺は迂闊にも運命の舌なめずりに気付かなかった。 「何すか」 「実は…もう１パターン絵が浮かんできたんだけど、いいかしら？」 「俺はいいっすよ。皆は？」 「説得済み。それで、もう少し予定外の仕事をお願いしたいの」 「まさかヌードになれってんじゃないでしょうね？」 「違うわよ。少しは見たいけど」 危ない台詞をさらりと言って、にこやかに悪魔のご託宣。 「その伴奏曲を歌って欲しいの。蓮と二人で」 今度は俺かよ？葡萄瓜！ 「断じて言いますけんど、これは本当に予定外！やからね」 国松がウキウキと困惑と憤慨をミックスした表情でてきぱきと機材の準備を する。 「蒼の時は計画。桜井さんの時は回り逢わせ。栗山さんの場合は…僕にした らミシェル・ド・ノートルダムですわ！」 「俺は1999年7の月に空から降ってきたのかよ！」 そう言いつつもアコースティックギターのチューニングは上手くやってんの な？流石根性悪でもプロ！それは認めてやろう。 「で、何を歌えと？」 「山崎まさよしさんの【セロリ】。変更は一切ナシでッせ！今急いで許可取 っとうから」 「ギターだけか？」 「あ、蓮さん毎度！お二人にはパーカッション遣ってもらいます。蓮さんマ ラカスの栗山さんハンドクラップで」 で、何処で歌を録るってんだ？ 「大旦那様の寝室でいいでしょう。あそこやったらマイク３本で足りるか ら」 「大丈夫かよ」 流石の遠山氏も不安気だ。 「技術は日進月歩ですから。それよりも蓮さん、ハモリは大丈夫でっしゃろ な？」 「何、俺がリードじゃないの？」 「社長のご要望やから。翠紅楼のＣＭ撮りがあったら、そん時やってみる？」 俺の意見を無視するなー！ 「曲はいいとしても、絵面は決まってんのかよ？」 こうなったらなるべく抵抗してやる。 「今姉貴と朱鷺姉で詰めてます。イメージはかなり変わりますね」 へ？ 「まず基本的にノーメイクです」 それから？ 「衣装も、シャツとジーパンで行きます」 で？ 「桜井さんと蒼に身に付けて貰う商品は、指輪です」 …それって、ある種誤解を…まあ、いいか。あいつ等の事だし。 で、結局撮影のメニューはようやく３パターンに落ち着いた。 その１。 《黒いブーツ》タンゴアレンジを楽隊率いて歌っている蒼に京介がしな垂れ かかり、妖艶な笑みを浮かべる。 その２。 《Vanilla》フラメンコアレンジを歌いつつ蒼を膝枕する京介。髪を撫でつ つ幸せそうに微笑む。 そして、問題の３パターン目。 スペイン風のダイニングで談笑する蒼と京介。じゃれあい、他愛も無い話に 花を咲かせる。二人の左手の薬指には揃いのシンプルな指輪が填まっている …。BGM：《セロリ》。 異論反論は、不思議ともう出なかった。 さて、いよいよ物語も撮影も大詰めてある。次回を待たれたし。
《コメント》 何処をどうしてこうなったのか、作者本人が知りたいこのシリーズ。 とうとう深春まで歌ってしまいました。深春も実写リクがありまして… 葡萄瓜もそれに１枚乗ったと言う形ですな。 さあ、本当にラスト１作です。