CM撮影は、和気藹々とした緊張感の中で順調に進んだ。
1本目。バンド演奏がとちればすべて遣り直しという難関を見事クリア!し
かも余裕をかました蒼が京介相手にキスに見えるような絡みをやってのけて予
想以上に妖しく美しい絵が撮れて大成功!
2本目は京介からの提案で急遽歌と演技の同時進行。京介の一挙一動の色っ
ぽさと蒼の眠ったふりのあどけなさにあてられたのか女性スタッフ2名と男性
スタッフ3名が失神。これも予想以上の大成功!
そして問題の3本目となった、のである。
「蒼、もう1つシャツのボタン開けて。…ン、そんなもんかな」
「髪はこれでいいの?」
「もう少しクシャッとした感じ、欲しいな。いつものまんまでいいのよ?」
「でも、男同士なんでしょ?…朱鷺、誤解されたら責任、取ってね?」
「可愛らしい君が悪い!桜井氏もOK?」
「眼鏡は外しておきますよ」
「助かります!あ、ルージュもう少し念入りに落としてね?髪は…自然に流
して貰えればいいわね」
最終チェックが厳しく飛ぶ。さりげない日常に裏があってはいけない。それ
を敢えて演出しようというのだから、どんな小さな綻びも在ってはならないの
だ。
「BGM良し。カメラ良し。証明良し。じゃ、会話部分はお任せで行きま
す。音声を拾う事は無いですから。…ハイ、行きまーす!」
「5秒前!4、3、2、1、キュー!」
デジタルビデオが、廻った。
「蒼」
「何、京介?」
何気ない会話といっても…微笑を絶えず浮かべながらってのは辛いよね。感
情を内側で留めて置かなきゃいけないから。
「将来、考えてみたか?」
「うん、迷ってる」
こういう機会だから出る話題だと思ったけど、思い切りシリアスだなー。
「蒼のしたいようにすればいい、と言うのは簡単なんだけどな。僕も実はど
っちを薦めるべきか迷ってる」
「京介も?」
「考えてみれば僕は蒼の保護者の位置にいて、友達とはまた立場が違う訳だ
しな。今回、初めて見たよ。あれ程頭を空にして心底楽しんでいる蒼を見たの
は。正直、どうなんだ?」
「…同級生が悪かったねー。見事に引きずり込まれちゃった」
「でも、歌っているのが楽しいんだろ?」
「うん」
「自分でしっかり考えなさい。僕は、蒼の返事を待つ事にするから」
「はい」
最後の方は自然に微笑む事が出来たと思う。お互いに。
「カーット!お疲れ様でしたぁーっ!」
かくて、3本目も結局大成功に終わった。
デジタルデータ編集もその後1時間の内に凡そを終え、どうせなら此の侭流
れで打ち上げパーティーを遣ってしまおう、と言う段になり、翠紅楼に連絡を
取り、遠山氏の若旦那権限であれよあれよと準備が整い、さて乾杯の段とな
る。音頭取りは無論朱鷺社長だ。
「では、今回の撮影大成功とスタッフ一同の前途を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
後は何処もお定まりの狂想曲だ。ふと我に還った蒼が見回すと京介が居な
い。何処かと勝手知ったる黎明荘内を探していたら今は亡き当主の寝室に居
た。誰かと話をしているみたいだ。
「桜井さん、お疲れ様でしたな」
「いえ、蔵内さんこそ。僕の気紛れな思い付きに付き合って戴いて」
相手は、黎明荘管理人・蔵内哲爾氏だった。
「大旦那様も、この光景を見たならばお慶びになったでしょうなァ」
「そう言って戴けますか」
「あんたさんとあの坊や…いやさ、もう立派な若者じゃナ。お二人が食堂で
笑っている光景を見て思いましたのさ。大旦那様がルナというお方とここで暮
らされたならば、きっとこうであったろうと、のぅ」
「…」
京介は只静かに微笑んでいる。
「まったく参りますよね。おれも大旦那様の御傍に居たつもりだったけど、
其処まで思い至らなかった。…まだ修行が足りねぇな」
溜息を吐きながら一巳が合流する。
「桜井さんからの提案があった時点で朧気にでもいいから察しても良かった
んだ。裏付けがどんどん出て来た訳だから」
「?」
「蒼の顔、迂闊にも気付かなかったけど留学の頃の大旦那様にかなり似てる
んですよ。そして桜井さんは…どうもそのルナという女性によく似ているらし
いんです」
「一巳、法螺を吹いてはおるまいな」
「親父様。幾らなんでも大旦那様の事で法螺は吹きませんよ。資料を集める
内に桜井さんの写真を見て懐かしそうな顔をする関係者がいらっしゃったんで
確認したら、そうでした。…いい供養になりましたね」
「ほんに、のぅ…」
静かな安堵が、その場に漂っていた。
「桜井さん」
「何でしょうか」
「宜しければ…じゃが、この黎明荘の管理人、後釜を引き受けて下さらん
か?」
「一巳君が居るでしょう?」
「こやつは朱鷺お嬢様の御傍に居させますよ。我が息子ながらここまで悪巧
みの上手い奴はおらんし、こやつに任せようものなら冥土で大旦那様にお叱り
を受けますワイ」
「兄貴達も今の仕事で手一杯みたいなんで…。桜井さんなら俺も安心です」
「考えさせて貰えますか?ほんの少し身の危険を感じるので」
「お気持ち、お察しします」
親子の台詞、見事にユニゾン。
「…俺もね、待つ事にします」
「蒼の返事を、だね?」
「正直言えば今すぐにでも、って気持ちも強いんですけどね。でも、今だか
らこそ蒼には自由時間が必要なんでしょうし…。暫くは国松に任せますよ」
「国松君にはもうとっくに宣言されたよ。彼こそ門野さんとはどうなんだ
い?」
「御隠居とですか?今度一緒に墓参りに行くそうです。…蒼のお陰…いや、
育てた貴方の手柄でもあるな。どうです、育児書でも書いてみませんか?」
「遠慮しておくよ。そうでなくとも暫くは国松君に付き合って生活ペースが
乱れるんだし」
「燃えてましたからね。結局あいつがプロデュースに廻って蒼・栗山さんと
蓮さん、そして貴方の分の曲をそれぞれ収めたマキシシングル、更にアルバム
を創るって意気込んでましたから。ま、いい資金源になりますよ」
「売れると確信しているね?」
「これでもマーケティングを齧ってますし、アマチュアとは言え音楽屋の端
くれですからね。…ま、これからお疲れ様です」
「お互いにね」
顔を見合わせ、二人して深い溜息。本当に、手のかかる、それでいて愛しい
存在を抱えてしまったものだ。…楽しい苦労ではあるけど。
「一寸まだ騒がしいけど、戻りますか?」
「また騒がしくするのも、いいんじゃないか?」
鮮やかに言い放って、ウィンク。まったく、京介君。この世界を一番楽しん
だのは作者である僕よりも君じゃないのかい?だとしたら、葡萄瓜もパロディ
作者冥利に尽きるけどね。
「あのさ、国松」
「あによ」
「CD出す予定ってさ、1枚だけ?」
「オムニバスアルバムとマキシシングル各1枚ずつの予定。どうしたん?や
る気、出てきたとか?」
「インディーズでOKなら、ね。自分でもなんか勿体無いし…気持ちが定ま
るまで遣ってみたい。ライブも遣りたいんだけど?」
「メンバー集めてみるわ。当面はSOPHIAのカバーやろ?」
「うん。ひょっとしたら社会人になっても宜しくしちゃうかもだけど…良
い?」
「そら君次第。やる気がうせるまではしっかり付き合ってあげるから安心セ
イ!」
「あーあ、えらい悪友を持っちゃったな〜ッと」
「聞き捨てならんなあ。君の保護者連に比べたらまだパワー不足を感じんね
んけどな、こっちは!」
「君の保護者だってだろー?門野さんとはその後どうなんだよ?」
「今度一緒に大阪に行くんよ。婆ちゃんの墓参りにね」
「良かったじゃん」
「君のお陰。…アリガトネ」
「照れるよ…止め止め!シリアスなんて柄じゃないよ」
「そーね。で、ユニット名どうするン?名無しの権兵衛も嫌やろ?」
「azure+も好きなんだけど…我儘、良い?」
「君が主役なんやからどうぞ?」
「cc-skyなんて、どう?」
「…ファザコン!ええわ。それでいっとこ!」
かくて物語は舞台を変えて当面続く。お付き合い戴ければ作者もキャラクタ
ーも泣いて喜ぶ。遊び盛りな連中だから。