三上別バンドレコーディング後の風景。
溺れた魚は水面に浮かび、波に揺られて漂う。
ソファで寝ている、図体でかい姿。
呆れた目を向ける三上。
「……何しに来たんだよ、こいつは……」
「放っとかれたのが寂しかったんじゃないの?」
椅子を跨いで反対に座っている大塚は、柔かい目で恋人を見つめる。
「そう言ったって、レコーディング中だぞこっちは」
その男の恋人で、寝ている男の恋人でもある三上は、呆れた目を椅子に座っている男、大塚に向ける。
「こいつも何人か連れ立ってきてたし」
もう既に帰ってしまった――正確には帰してしまった男の友人たちを指して、三上は言う。
「そうじゃなくてさ」
来た理由の方。
三上に目を向けることなく大塚は、穏やかな声で呟く。
「デートしてなかったからじゃん」
「お前はどうなんだよ」
その言葉に話の矛先を、三上は動揺しない大塚に向ける。
「俺とばっか遊んでたのは、そっちだって一緒だろ」
当然その事実を知っているはずなのに、そんな他人事のように口にする大塚を攻撃する。
それに、やっと目を彼に向けた大塚は笑って言う。
「いや〜、もう熟年夫婦だしさ〜」
確かに付き合って――正確には押し倒してからは、5年以上経つ、らしい。
「新婚夫婦の方が、ダメージはでかいよ」
けれどその普通の声での言い様がおかしく、三上は苦笑する。
「何だよ、その言い方。ふりふりエプロンでも着るのか?」
「チャーミーグリーンのCMみたいに手つないで?」
「陽だまりの中、スキップして?」
想像する二人。
「――寒っ」
「無理だって、それは!」
「自分の想像力を、恨んだぞ、俺は!」
スタジオの冷房だけではない寒さを、存分に楽しんで、二人は話題を元に戻す。
「でもさ、本当、デートとかした方がいいって。俺はこいつに身も心も捧げてるけど」
もちろん君にもだけど。
どこまでも真摯さを感じさせない大塚の喋り。しかし続けて言われる内容に、三上は眉を寄せる。
「そっちは、俺やこいつみたいに、言葉で伝えないじゃん?」
言葉に恋人の不安を乗せて大塚は、三上を真っ直ぐに見つめる。
「行動もさ、大してしてないよね?……うっとおしい訳じゃないんでしょ?」
問いかけの形を取りながらも、その実は断言なのだろう言葉に、三上は溜息をつく。
「……好きじゃなかったら、抱いてねぇって」
しかしその返答に、強引にそれを聞き出した大塚は、椅子の背に凭れかかりながら、力ない声で言う。
「……ちょっとごめん。かなり、今更だけど……抱いてんの?」
「……まあ」
その一気の落ち込み様に、三上は口の端を上げて笑い、顔を伏せた恋人の顔を覗き込む。
「何?俺が抱かれる方だと思ってた?」
「というか俺が抱かれてる方だから。……想像できなくて」
そして沈黙を挟んで、落ち込んだままの声で大塚は呟く。
「あとさ。……俺に身任せてくれなかったのは、俺にそれほど惚れてなかったからだと」
「……大塚」
名を呼んで、三上は己より背は足りないものの、筋肉は己以上についている体をそっと抱く。
「……俺は、二人とも抱きたいから抱いてんだからさ」
「……抱かせては、やらないんだ」
抱かれて笑む大塚の口調に、三上は笑う。
「……嫌って訳じゃないけど。……今のところ、お前にもあいつにも処女をやる気はないなぁ」
「38才処女。……想像しただけでめんどくさそ」
二人は繰り言に、声を立てて笑う。
「でも、めんどくさくても」
そして恋人の目元に目をやった大塚は、真剣な声に戻って、三上の手を軽く押し返して言う。
「構ってやりなって。人一倍寂しがり屋なんだから」
「別に、めんどくさいって訳じゃ」
その言い様に、苦笑する彼。
「足りねぇかな」
言葉を探しながら、その言葉に応えていく。
「…………二人みたいに、開けっぴろげっつーか、全開……ストレートに表現はできないよ」
「別に、いつもそうしろって言ってる訳じゃ」
三上が困った顔を見せるのに、楽しそうな顔を見せた大塚は、笑みを浮かべながら言う。
「じゃあこれだけ答えて。俺も、柳瀬も愛してる?」
「……大塚」
見上げて、顔を見ようとする大塚に、三上はその名を困ったように呼ぶ。
その困りようがおかしくて笑いながら、椅子から立ち上がった大塚は背を向ける。
「……だって。だから大丈夫だって言っただろ」
「だったな」
その声に振り返ると、柳瀬が薄目を開けてにやりと笑っている。
全部聞かれていた。
その事実に、三上は珍しく目を剥くという行動を起こす。
「お前ら!」
そして我に返って怒鳴る三上に、笑う彼ら。
「1回くらい騙されろよ」
柳瀬が笑いながらそう言えば、続いておそらく積極的に恋人の計画に荷担しただろう大塚は笑って言う。
「だっていつも余裕〜って顔して、騙してばっかだからさ〜」
「それだけは、お前には言われたくない!」
しかし二人に半分以上本気で怒られて、肩をすくめる。
「ごめん。……そのおわびに伝言頼まれますから」
いつの間にか荷物も持った大塚は、扉を半開きにした所でそう言って、二人に手を振る。
「今日はお二人でね〜」
閉まるドア。落ちる沈黙。
二人は見つめ合い、
「……お前な」
「……それは言ってない」
怒りを込めた目で見つめる三上に、柳瀬は少し怯みながらもぼそりと呟く。
その行動に彼の寂しさが知れて、三上は溜息をつく。
「……飲みにでも行くか」
「だな」
そう言って荷物を持てば、柳瀬は眉を寄せて言う。
「そういえば打ち上げは?」
「あ」
そう言って黙り込む三上を、じっと見つめる柳瀬。
そして溜息をついて、そっと三上は笑う。
「……ばっくれちまうか」
「いいのかよ、バンマスが」
「……いいなら行くけどな」
見つめる三上に、柳瀬は顔を歪める。
「……よくない、って言わせたいんだろ」
「ああ」
そう答えて楽しげに笑う三上を、柳瀬は眉を寄せながら見つめる。
「行けよ。さすがに俺も、それは引き止められない」
「悪い」
物分りのいい男に、謝罪の意味をこめて口付ける。
「また、今度な」
「……もう少し」
しかしその行動が、柳瀬の甘えに火をつける。
しっかりと背を抱かれ、三上は情けなく眉を下げる。
仕方なく口付けながら、困り声を落とす。
「……利用時間もさ」
「ギリギリまで、まだあるだろ」
いつになく強引な男に、三上は流されていく。
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