無限に短い一瞬の現実か永遠の幻想のように



「……くっついただろ」
己でけしかけたくせに不満げな声音で、河原は問う。
席についた途端の第一声に、清々しい笑顔を浮かべて一也は答える。
「もちろん。……うらやましい?」
そんな2人に構わずに、古谷は幸乃に酒を頼む。もちろん一也の分もだ。
河原の事を嫌いではないと言いながら、ひねくれた態度を崩さない一也の言葉と古谷の行動に、河原は半眼になりながらも、笑みを口の端に乗せる。
「そりゃ羨ましいわよ。……こっちは昔っから好きなんだから、羨ましい通り越してうらめしいわよ」
「そんなの知らないね、自分が何もしなかったのが悪いんだから」
そして一也の笑いながらの言葉に、笑顔を浮かべる。
「じゃあ、していい訳ね」
止める暇も無く、座っている古谷のシャツの襟を引っ張って口付ける。
差し入れた舌を出したまま、すぐに唇を離す。
にや、と笑う河原。
「あ、よ」
口を抑える幸乃。
そんな彼女を気にせずに河原は、口端を歪ませて目を細めて笑う。
「……べろはやめろよ」
何とも言えない、しかし確かに上機嫌な奇妙な表情に、被害者の古谷は疲れきった声で呟く。
「……これっきりにしろ……」
「これ以後があるか今すぐ」
いきり立つ一也の肩に手がかかる。
「その役譲って」
「え。よー」
河原が振り返るのと同時に、思いきり頬が張られた音が響く。
はっきりしたもみじを押さえながら、その手の主に顔を向け、笑みを浮かべる河原。
「……ようへ」
返した手で再び頬を張られる。
それでも笑顔を向ける河原に、呆れた顔を見せる。
「義巳くん。……最近会えないと思ってたら」
「会えて嬉しいよ?」
「―――――取り敢えず連行しますんで」
話を反らされるのに溜息をついて、襟首をつかんで立てと命令する。
立ち上がって上機嫌で河原が連れて行かれるのに、顔を見合わせた一也と古谷は奇妙な物を見たような顔をする。
振り返る、男。
「また、今度」
笑って彼は河原を引きずって店から出ていく。
「……何あれ」
「塚本庸平さん。河原さんの彼」
つかまた今度って、と一也が呟くのに、事も無げに幸乃が答える。それに怪訝な顔をする古谷。
そんな彼に、幸乃は苦笑を向ける。
「古谷くんが一也追いかけてった後、話の流れでノロケ話になっちゃって」
「……そういや、奥さんも愛人もセフレもいるって言ってたけど」
どれだろ、と独り言に近い声の大きさで一也は呟く。
取り敢えず1番目はあり得ないでしょ、と幸乃はそれに答える。
「愛人らしいわよ。奥さん以外で1番愛してる人だって言ってたし」
「……つか、あんだけ人引っ掻き回しといてさ〜」
半眼で眉根を寄せる一也。
「……ざっけんな」
「へ?」
しかし零された古谷の言葉に驚き呆ける。
そんな一也には構わず古谷はどこかを見つめながら言う。
「本気だと思ってたから何も言わなかったし何もしなかったんじゃねぇか、俺の唇返せーっ」
そう唸る古谷に、河原が本気だった事を知っている2人は、それでも笑顔で古谷を追いつめる。
「俺だって口説いてたじゃん」
「あたしも冗談でだけど、一応」
そうしながらも、古谷の言葉が気になった一也は、問い詰める。
「もしかして、だからキスさせてやったとかじゃ」
それに眉を寄せて返す古谷。
「な訳はないけどな……」
驚いて何も出来なかっただけだ。そう呟く頭が下がっていく。
「もう同情なんてしてやんねぇ……」
遂にはテーブルの上に、古谷の頭は乗ってしまう。
「最初っからしないの」
幸乃はそんな古谷の頭を撫でる。
それに古谷はその体勢のまま、上目使いに言う。
「……おごって」
「甘えるんじゃないわよ」
「つか触らないでよ幸」
べし、と額を叩く幸乃に、一也は猫が毛を逆立たせるように敵意を向ける。
それに慣れている幸乃は、それに笑って返す。
「はいはい邪魔者は退散しますよ」
そうして仕事に戻る幸乃の後ろ姿を見つめながら、古谷は一也の名を呼ぶ。
「……一也」
「……分かってる」
溜息をつく一也。
「……俺独占欲強いよ」
「そりゃ知ってる」
「……めっちゃくちゃ甘えるよ?」
「別にそれは構わないけど」
分かっているし注意を促しただけの言葉への、知っている事実を連ねる返答に古谷は惑う。
「何今更言ってんだよ」
恋人関係になったというのに、という意味、長い友人関係の中での会話から推察できる、という意味。両方の意味で「今更」な一也の言葉に、呆れた声で古谷は問う。
それに一也は幸乃が先程置いていったソフトドリンクを口にし、そして答える。
「……単にいきなり照れくさがってるだけ」
ほとんど呟きに近い言葉に、古谷は顔を歪めて、
「……笑うな」
「――っん……ごめ……っ」
抑えながらも笑い続ける古谷に、一也は溜息をつく。
「まあ、それも幸乃の撫でんのに反応したのも、すぐに落ち着くと思うんで。……我慢して下さい」
感情を抑えた小さな声で、何故か敬語で言う彼に、古谷は声を立てて笑うのをやめて、
「……キス魔」
赤くなって額を押さえながら言う一也の頭から手を離しながら、応える。
「言っとくけど、俺タチ諦めた訳じゃないからな」
その言葉に青くなる一也の腕を掴んで引き寄せて、口付ける。
今度は押さえる事はせずに一也は古谷に問う。
「……からかって遊んでるでしょ」
「もちろん」
そしてそう笑顔で答えた古谷の足を、一也は思いきりテーブルの下で蹴り上げたのだった。



「……義巳くん」
店を出た途端に突き放して、今は先に進ませている、背の高いひょろっとした男の後ろ姿を見つめながら、塚本庸平は男の名を呼ぶ。
「はい」
自分のやった事は何も悪くない、そう言った声で振り向かずに答える男の声に、庸平は問う。
「さっきちゅーしてたのが、前言ってた子?」
「そう」
問いを肯定するのに、同じ様に返してほてほてと歩く。
振り向かない、けれど平手に怒っている訳ではなさそうな背に問う。
「手出さないんだ?」
「だって無理だし」
執着もなさそうな声で、伸びをして、河原は返す。
「無理だって分かってるからさ。実際には……ホントの実際には手出さないよ」
そして肩の後ろで手を組む彼の横へと、庸平は並んで歩く。
「……義巳くんって、優しいよね」
「……どこが」
呆れた顔で見下ろす河原に、笑って見上げて答える。
「無理矢理って手もあるじゃん」
その言葉に手を解いて、前髪で隠れた額をデコピンではじく。
「そんな面倒くさい事やりません」
いで、と笑う庸平。
「俺にはやったくせに〜?」
「嘘言うなっつの。押し倒したのは庸平なの忘れた?」
「そのあと容赦なく俺苛めたの君でしょが」
文句に無邪気な顔で笑う河原の腹を掴む。
「で、諦められてんの?」
皮1枚抓られて、眉を寄せ下げる河原。
「――っさすがに、あそこまでやったら吹っ切ったわよ、だから離してっ」
痛みに涙を浮かべ、情けない顔をする河原に満足して、庸平は大人しく手を離す。
「ったく自分がやるのは構わないくせに、俺がやると痛がんだから」
「痛いの喜べたら性向変わってるから!」
「そりゃそうだ」
そう笑って答えて、庸平は自分より大きな、けれど指が細く長い手に、自分のそれを絡ませる。
それに河原は、困った様に眉を寄せる。
「……駅前までだからね」
「分かってるさぁ」
目を合わせずに、庸平は前を向いている。
でも河原は念を押してしまう。
「……一応明日結婚記念日だから」
「泊まりなしか」
ちぇ、と言いながらもそのままの庸平の頭に、苦笑を河原は落とす。
「そんな可愛い顔しても駄目だからね」
「どんな顔?」
いたずら好きな猫の目で、自分を見つめている彼に思わず微笑みを浮かべながら言う。
「……愛してるよ」
「――んな上っ面の言葉なんかいるか馬鹿っ」
けれどそれには手を離され、蹴られてしまう。
痛がっているうちに、先に庸平は先に行ってしまう。
言葉遊びが好きな彼の後ろ姿に、溜息をつく河原。
「ホントなのにねぇ」
その小さな遠い背を河原は小走りに追った。








  







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