紅蓮の死神
 




actT死神と呼ばれた少年の独り言


知らないほうがいいことってあると思う。
たとえば、平和な世界として作られたこの場所でも、殺伐とした行為は平然と行われていること。
たとえば、この世界が作られる前に、事故で意識不明になった少年がいたこと。
たとえば、その少年が半年たっても目覚めぬまま、この世界が形作られたこと。

たとえば、僕が、その死神であることを。

知らないほうが、いいと思う。

◇    ◇     ◇

「バスターソニック、展開」
その一言で、その武器は手のひらから自然に生まれた。
銀色の三日月のような刃、赤黒く細い柄に赤い布を巻きつけたその武器は、形状だけいうなら鎌そのままだった。
そして、僕は。
赤と黒の2色のターバンを全身に纏ったような姿で、その場所にいた。
幾重にも巻かれたそれは、僕の髪色を隠し、どんな姿をしてるのかなど、第3者にはわからない。
不可思議なオブジェの下、見下ろす先には、数体のプレイヤコンピュータキャラクター。
「……いた」
ざっ、と地面を蹴り上げて飛んだ。
風に身を任せるように、舞い上がるように飛び上がり、その鎌の柄を、しっかりと握り締めた。
身の丈の1.5倍はあるその鎌。この世界ではイレギュラーなその武器は、大降りながらも名前の通り、スピードだけはある。
「来やがったな!”紅蓮の死神”!」
見下ろすPCキャラクターは、年齢こそばらばらなものの、皆、僕に敵意を向けた。
そう、それでいい。
唇を吊り上げ、敵意を快感と受け止める。
相手は3人。だけど、そんなのは無意味だ。
腕を降り相手の武器に向けて刃を振り下ろした。
「――っ!!」
ぎいん、と金属が激しく擦れあう衝撃音。オレンジの火花が飛び、その音はますます強くなっていく。
「て、てめぇ…」
受け止めた相手PCキャラクターの斧がの耐久力を低下させていくのがわかる。
本来、直接攻撃を得意としない僕のジョブが、一対一のの力勝負でも負けないほどに、僕のレベルは高い。
お前の、敵じゃないんだ。
そのぶん、もし倒せれば持ってるアイテムは貴重品ばかりだし、武器はイレギュラー品だ。
名誉だけでもたいしたものなんだろうけれど。
「マジックスキル展開、ウィンド・フレンド」
攻撃スピード、移動スピードを上げるスキルを使い、一旦そこから離れる。
「……」
心には雪原でもできてしまったかのように、白く、吹雪く冷たい感情しかない。
周りには、敵しかいない。そうでなくては、”紅蓮の死神”にはなった意味が無い。
ぎらついた鎌を持って、僕はその3人と対峙した。

武器である斧の耐久力はほぼないはずのPCキャラクターはそれでもニヤニヤと笑って見せた。
「へへ、お前の弱点は知ってるんだよ、マジックスキル、”リヴァイアサンマインド”」
「マジックスキル”トールマインド”」
「マジックスキル”トールマインド”」
リーダー格の斧使いが青い光に、周りの2人の剣使いが黄色の光に包まれる。
「……水属性と雷属性の最上級スキルか」
「”紅蓮の死神”!お前の属性が炎属性と風属性ってことは調べがついてるんだよ。どんなにレベル差があっても、相性が悪ければどうにもならないなぁ!」
「……」
勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
それを一瞥して、僕はため息を吐いた。
「それで?」
「なっ……」
確かに、僕の武器であるバスターソニックは風属性、僕自身は風属性と炎属性としてエントリーされている。
だけど、最上級のスペルだろうが、召喚獣を出そうが、関係ない。
お前達が相手をしているのは何だ?

「死神と出会った以上、与えるのはただひとつだけ」

ウィンド・フレンドの効力で見えないくらいのスピードに達した僕は、不意を突く一瞬で、鎌を振るった。
「うわあああ!」
剣使いの1人の腕を刺して、戦闘不能状態にする。
「そ、そんなトールマインド纏ってるのに突っ込んでくるなんて……嘘だろ?!最上級スキルは触れただけで痺れて動けないはずなのに…」
「……」
痺れ、か。
「その程度、あいつに比べたら……」
あいつが僕を助けるために受けた痛みに比べたら、塵にも等しいんだ。
ぐっ、と鎌を握り締めた。
「マジックスキル”フェニックス・バーン”」
そのとたん、鎌に絡み付いていた布が発火し、銀色の刃を真っ赤な紅蓮色に染めていく。
不死鳥の翼のように、バスターソニックははためいて火の粉を撒き散らせた。
最上級のマジックスキルで来るのなら、こちらも最上級の装備魔法で相手をするまでだ。
風に煽られた炎を目の当たりにして、2人の表情が恐怖の表情に変わった。
「こんな、こんなのってアリかよ!」
「黙れ!炎属性なんだ、リヴァイアサンマインドが必ず効くはずだ!」
鎌の柄を回して、構える。攻撃を広範囲対象に設定。
「……灰に、なるといい」
僕の身体は弾丸のように飛び出した。

「―――っ!あああ!!」

2人の間のゼロ距離まで踏み込み、炎になった鎌を横薙ぎに振るった。
刃が直接当たらなくても、炎を風の両方を併せ持った僕の攻撃はすさまじい破壊力を持って襲い掛かる。
蛇なのか龍なのか鳥なのかわからないが、生き物のような形を取った炎が、全てを覆い尽くす。
「……」
やがて、銀色の光を取り戻した鎌を見つめて、それを見下ろした。
ゲームオーバー。
ちかちかと3人の上に敗北の証である藍色の光が灯る。

”相手のアイテムを奪うことが出来ます。なにを奪いますか?”

そう表示されていた。しかし、僕はそれに全く興味など無い。持ちたいと思ったものはほとんどそろえてしまった。
本当に欲しいものは、こんなところで手に入るはずも無い。
”何も奪わない”を選択。
お金は勝手に入ってしまうのは仕方ないとはいえ、アイテムを奪う気にはなれなかった。
戦闘不能状態になった、2人は倒れたまま、やがて消えていった。最後にセーブした地点に戻っていったのだろう。

水属性の最上級スキルでも、僕を倒せない。
それほどの力を、望み続けて手に入れた。
強すぎる力は、羨望であろうが嫉妬だろうが、異端の目でみられてしまうのだろう。
これからもただひとりで、その視線を受け止める。

紅蓮の死神の名と共に。


2色のターバンをほどくと、リアルの自分にそっくりな、赤い髪が目に入った。
その死神の衣の下には、またエディットされた自分がいる。
赤い目、赤い髪、白の上着は手術着のような結び方をしているが、腕部分が切り取られていて、インナーの黒が見える。
そして、一番目を引くだろう装飾具、腕と腰に幾重にも巻かれた皮の黒いベルトと、黒のチョーカー。
死神になるためにエディットしたこの服は、決意であり、拘束具だった。


◇    ◇    ◇


冷たくて白い部屋で、弟である豪はずっと眠っている。
もう半年近く、豪は目を覚まさない。
腕は痛々しいほどに紫に変色しても、呼吸だけはずっと続けられて、息をしているんだってわかる。
その手を握り締めて、微笑んでみても、豪は憎たらしい笑みも、何も見せてはくれなかった。
「烈くん、また来てるのね」
「ええ、きっと、豪も楽しみにしてると思うから」
「豪くん、早く目覚めるといいわね」
「ありがとうございます」
ほぼ毎日、たまに二日あけるくらい。
それくらいの頻度で、僕は豪のお見舞いに行く。
いるのは大体30分から1時間。
毎日毎日、学校であったことを日記のように話しかけ、手を取る。
そして、心臓がまだ動いていることを確認する。

それがもう半年。

「…豪、お前がテスターになったあのゲームは、今もちゃんと動いてるよ」
「本当は、反対しようかって思ったんだけど」
「お前、本当にあのゲーム出来上がるの楽しみにしてたもんな」

そういって僕は兄の顔で笑う。
「そうそう、お前のアイディア、採用されることになったって、今日聞いたんだ」
「NPCがPCみたいにしゃべれるようになるといいな、ってお前言ってただろ?だから、そういうNPCができるようにしたって」
「詳しいことはまだ聞いてないんだけどな」

豪は、睫を動かすこともない。
規則正しい呼吸を繰り返し、眠り続けている。
「…ごめんな」
そして最後はずっと、これだった。
「お前に会いたいよ、豪……なんでもいい。お前に会えるなら、僕は、なんでも……なんだってする」
ずっと2人だったのに。
今は、こんなにも近くて、遠い。
ベッド脇に置かれた機械音が、ただ無機質に鳴り続ける。




◇    ◇    ◇




”なぁ、紅蓮の死神ってめちゃめちゃ強いけど、あいついつからこのゲームにいるんだ?”

”噂だとテスター版からいるって話だぜ”

”マジ?道理で強いはずだよな、リアルではネトゲ廃人って奴?”


死神の噂話が広がれば広がるほど、僕を倒そうと躍起になり、その波紋はますます大きくなる。
そして、それこそが僕が望んでいたことだ。
こんな世界が最初からなければ、豪がこんなことにならずに済んだんだろう。
そんな憎しみを鎌に変えてぶつける。
この世界にいれば、豪に会えるかもしれない。
そう信じて、PCキャラクターを倒していく。

”烈兄貴、これで俺達が離れ離れになっても、ここで会えるよな”
”何言ってるんだよ”
”だって、兄貴は…もうすぐ留学するんだろ?”
”うん…”

僕が留学するなんていわなければ、豪がこんなことにはならずに済んだんだろう。
豪にしてみれば、この世界こそが将来会うことができるだろう唯一の接点だった。
豪は勝手にテスター版に応募し、2人分のチケットを手にして、僕達は出来上がったばかりのこの世界で遊んだ。
そして、脆弱性を発見されて、僕達はウィルスの侵食に巻き込まれた。

この世界は、一度崩壊したことがあるのを知っている人物は少ない。

そして、崩壊の際に、テスターに参加したプレイヤーの中でただひとり、ゲームの世界から戻らなかった人物がいる。
それが、豪だ。
僕をかばって、気がついたときには僕は現実へ引き戻され、豪は夢から覚めなかった。
”なんで、だよ。豪…”
知らされた事実は、原因不明の意識喪失だった。

豪の精神は崩壊したデータの中に散らばってしまった。
しかし、どこかにあるらしい、という。

それから、再構築されたこの世界。
僕は、豪に会う方法を必死で考えた。
豪は正義感が強くて、この世界が楽しい世界になればいいと言っていた。
ならば、その世界が壊れるときには、豪はきっと現れる。

豪に会うために、僕は悪になることを決めた。

正義を証明するには、悪の存在が必要不可欠だから。


「……ごめん、豪。それでも、僕は…」


お前に、会いたいんだ。
死神と呼ばれようと、ひとりきりになってしまっても。
誰もがお前のことを諦めてしまっても、僕だけは、諦めない。

諦めないから、お前も、僕を許せないようになってくれ。

それこそが、僕が死神になった理由なのだから。

 


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