紅蓮の死神
actU 破壊の赤と喪失の青 公立の中学校というのは平穏、故に退屈だった。 トップ5位以内をキープしていれば何も問題はない。部活でさえも、幽霊部員の扱いなのだから問題が無い。 そういう環境にいれば、自ずと暇は出てくる。 普段だったら、勉強したり好きなことしてるのだろうけど…。 好きなことではなく唯一つの目的のために、擬似世界へといつも足を運んでいた。 紅蓮の死神、それが名前。 キャラ名で呼ぶ人はいまのところ、わずかしかいない。 それでも構わなかった。 その世界での僕は死を与えるだけの存在で、悪であり、偽りだった。 悪であることで、待ち続けたんだ。 ”正義の味方”を。 ◇ ◇ ◇ その名前は、死神を同じように、少しずつ染みを作るように広がっていた。 ”喪失の青”ロストブルー。 キャラ名がロストブルーらしい。レベルはほぼ最強に近いという。 低レベルのキャラがどうしようもない状況のときや、緊急事態に陥ったとき、いきなり乱入し、敵を倒してくれる。 現れるのがある条件を満たしたときだけという噂が立っている。そのため、オフィシャルによる最強のNPCという見方もある。 対人戦でも条件さえ満たせば現れるらしいが、条件を知っている人物はわずかしかいない。 対人戦でも現れるということは、ロストブルーが敵と認識したキャラクターは、ゲームオーバーになるしか、選択肢がないということだ。 ”喪失の青”というのは、紅蓮の死神という名と対を成すという感じで着けられた通称名のようだった。 「……」 僕が知る、”喪失の青”の情報はこれだけだ。 ”喪失の青”、という名前にひっかかりを覚え、自力で探し回った結果がこれだけ。 噂だけが1人走りしているのか、確実な情報があまりにも少ない。 ある条件、を知っている人物を見つけ出すことさえできなかった。 雲でも掴んでいるような夢の話なのか、それとも。メモ帳を見ながら、見られないようにため息をついた。 しかし、いきなり現れたその”喪失の青”の話は、この目で見てみる必要がある。 万に一つの可能性がある。 そうして、”喪失の青”の情報を調べているうちに、具体的な人物像も見えてきた。 ”喪失の青”は、NPCでありながら、行動パターンも移動パターンも不鮮明、キャラのジョブが戦士系であるということが見た人物からわかっている。 ここまできたら、存在する、と確定するしかないだろう。 条件はいまだわからない。NPCキャラなら、言葉をかけて、返してくれないかもしれない。 けれど、なんだろう。この感じは。 まるで、待っている豪に会えるような気分は。 ぎゅっと身に付けた服を握り締めた。だから、気がつかなかったのだ、背後の彼に。 「…レツ?」 はっとして振り返ると、見知らぬPCが困ったような顔をしてその場に立っていた。 「…誰?」 「武器の名前を見れば、わかると思うがな」 言われたとおりに確認してみると、どうやや銃使いらしく、武器名が「バックブレーダー」とある。 「……」 もう一度、そのキャラをじっと見る。 年齢設定は20歳前後だろうか、金色の髪にバイザーがあって瞳の色はよくわからない。 メタリックな黒い服は近未来をイメージさせる。その武器すらも、黒く塗られていた。 「ブレット、くん?」 ご明察、とバイザーをはずして緑色じみた眼を見せた。 「確認のために聞くが、レツ・セイバだろ?」 「…うん、PC名もね」 「珍しいな、本名とPC名が同じというのも」とブレットは不思議そうな顔をした。 「ちょっと事情があって」と眼を伏せる。その表情にふとブレットは違和感感じたのだろうか、眉を寄せた。 「何かあったのか?それに、ゴーセイバはここにいるのか?」 ゴーセイバ。 その言葉に、反応せずにいられなかった。 「豪は…豪は……僕が消してしまったんだ」 「レツ?」 衝動的な、告白だった。正確には違うかもしれない。けど、そうしたに近い。 「ゴーに、何があったんだ?」 ◇ ◇ ◇ 異変に気がついたのは、豪が先だった。 「烈兄貴、何か変だぜ」 そのとたんだったのだ、ぐらりと、世界が揺らぐ。 空は一瞬にして暗くなり、遠くから全てのものがばらばらに砕けていく。 世界が崩壊すると言われたら信じてしまいそうだ。 「なんだよ、これ」 「わからない、けどおかしいのは確かだな」 周りにいた動く植物がすっと幻のように消えた。建物が一瞬にして粉々に砕けた。 「…!」 ぞわ、と嫌な予感がかけめぐった。 「豪、ゲートに行こう。早くログアウトするんだ」 「わ、わかった!」 その頃は、まだ僕と豪はこの世界と現実の世界がしくみがどうちがうのか、ほとんど理解していなかった。 だから、お互い本名でキャラクターを作って、武器をマシンの名前にした。 そんな時期。 急いでログアウトできるゲートに駆け込もうとした。 しかし。 ぱあん、と音を立てて、そのゲートが砕け散った。 「なっ…」 「烈兄貴、どうするんだよ」 脱出するゲートはここしかなかった。その間にもどんどん終わりが広がっている。 「豪、しかたない。強制終了しよう」 「強制終了?あ、そっか烈兄貴あったまいい」 「そんなこと言ってる場合か」 慌てて強制終了のコマンドを使った瞬間だった。 右腕が消えていた。 痛みもなにもなく、最初からそこにはなかったといわんばかりに、片から消失していたのだ。 「烈兄貴!」 「大丈夫だ、お前は早く…」 その間にも、どんどん消失が広がっている。腕からどんどん光が広がって消えようとしている。 このまま、全部消えてしまったら。 ゲーム世界だと分かっていてもその感覚はおぞましく、全身が汗ばむ感覚がした。 「烈兄貴!」 「いいから早くしろ!お前も巻き込まれるぞ!」 「…っ!」 そのとき、豪が何を思ったのかは想像が付く。なんとかして、僕を助けたかったのだ。 だから。 「烈兄貴、これ使えよ!」 一瞬、豪が何をしたのかわからなかった。 フィールドをランダム転移させるアイテム。ただし、1人分のみ。 豪はそれを迷わず、僕に使ったのだ。 一瞬にして、回りが虹色の光に包まれた。 「ご、豪!」 「だーいじょうぶだって、俺も必ず脱出するから!」 破壊の光の中、豪は親指を立ててにかっと笑って見せた。 それが、最後だった。 ◇ ◇ ◇ 「そうか、そんなことが…」 テスター版からレベルが引き継がれているため、僕のレベルは結構ある。 レベル限界ぎりぎりの248、限界は今のところ260だから。そのうち、上がるかもしれない。 「ブレットくんは、いつからこのゲームに?」 「3ヶ月ほどだな、ある調査を依頼されている」 「調査?」 「”喪失の青”、だ」 さっきまで頭の中で反芻していた言葉が向こうから発せられ、眼を見開いた。 「”喪失の青”、を?」 鸚鵡返しのように聞いてしまった、ブレットくんは周りには秘密であることを条件に、事情を話してくれた。 「ちょっとしたバイトだ。オフィシャルが作ったNPC、と言われてるあの”喪失の青”は、実はオフィシャルでさえも管理していないキャラなんだ」 「オフィシャルが管理してない?それ、本当?」 依頼がそのオフィシャルからなのだから、間違いない。とブレットくんは断言した。 「バグなのか、ハッカーなのか…それを調べるのが仕事だ。たまにはゲームというのもいいと思ったが、まさかレツがいるとは思わなかった」 「ブレットくん、その…会ったの?”喪失の青”に」 それなんだがな、と壁にもたれて、上をみあげた。 「一瞬だけだったが、見た」 「どこで!教えて!」 思わず詰め寄る僕に、ブレットくんは驚いたようだった。 「レ、レツ…?」 「お願いだから教えて!”喪失の青”は、どこにいるんだ!」 そのときの僕の眼は、たぶん死神の目をしていた。 ブレットくんが”喪失の青”を見た場所は、フィールドの中でも特に難易度の高いほうである、”悲壮なる久遠の渓谷”と呼ばれる場所。 遠くまで山と谷が広がり、足場がとても不安定であるが故に、難易度が高いところでもある。 落ちたらそこでゲームオーバー。 さらに、僕が行ったときには雨が降っていた。これではフェニックスバーンも使いにくい。 ここで、”喪失の青”に会えるのだろうか。 ひとり、幼く見えるこの姿が立っているのは、周りから見てたぶん異常な姿だ。 雨の粒が身体にあたる。それでも、濡れた感覚はしない。ゲームの設定上、そうなっている。 PCキャラもまばらにしかいなかった。ここにいるのだ、レベルも高いだろうし、相性的には僕のほうが不利だった。 渓谷の端で、装飾具を選択する。 ふわりと舞う黒と赤のターバン。髪を完全に隠して、黒い衣を纏う。 「バスターソニック、展開」 それが、闘いの合図。 がきん、と金属音がぶつかる音。身体をひねってもう一撃加える。 雨が降っている故に、地面に着地するたびに滑る。 「くっ…」 相手の武器が音を立てて崩れた。耐久限界を超えたのだ。 「死神が来るなんて聞いてねーぞ!」 「どうする?」 「逃げるしかねーだろ!」 言葉が、耳に入ってくる。 逃がすつもりは無い。そう思っていた。しかし、こちらも状況がいいとは言えない。 そんなとき、アラーム音が鳴り響いた。 ”乱入者”の音だった。 現れたPCに震えが止まらない。いや、身体だけじゃない。心さえも震える。 異質で、冷たい風を纏って”それ”はゆっくりと僕と対峙した。 ”喪失の青”ロストブルー。 名前の通り、青い眼と青く長い髪、正義の味方なのかよくわからない、長い灰色のマフラー。 忍者のような風貌なのは、たぶんジョブのせいだろう。 「そ、”喪失の青”?」 「マジかよ、”喪失の青”と紅蓮の死神に同時に会うなんて」 「でも、どうすんだよ。こいつ囮にして逃げることも…」 そんな会話を聞き流すようにして見ていた”喪失の青”は、僕に一瞥をくれた後、突然魔法を開始した。 「え?」 驚いたのは、僕ではなく、ぼろぼろのPCキャラの方だった。 突然光に包まれた後、消えてしまったのだ。強制転移させられた。 その七色の光には見覚えがあった。 テスター版と、エフェクトが同じだったのだ。 あの豪が使ったアイテムと。 「ご、豪…?」 ロストブルーと僕しかいなくなった空間。ロストブルーはふと僕を見つめた。 青い眼が射抜くように見つめる。 そして、ふと呟いた。 「敵を確認。マグナム、モード:サイクロン、モード:ヴィクトリィ 展開」 「…!」 ロストブルーの手の中に現れたのは、日本刀を模したような短剣と長剣。 群青色の柄が、鮮やかだった。 「マグナム?その武器、マグナムって言うのか?」 「……」 「お前は、豪なのか?」 青年という見かけの年齢を省けば、特徴は全て一致している。 青い髪、眼、戦士系のジョブ、武器の名前をマグナムにしているところまで。 「どうなんだ?」 答えない。反応さえしない。 ロストブルーが二つの剣を逆手に構える。ひたすらに冷たい眼で、見つめてくる。 「…そうだよな、どういう状態でも会いたいって思ったのは僕なんだよな」 その目線に戦くものの、僕は笑うことしかできなかった。 今の自分が問いかけたとして、わかる可能性が低かったことに、改めて気づいた。 バスターソニックはまだ壊れていない。相手は逃げてしまったが、敵対したものへ死神が与えるものは、1つしかない。 同時に、”喪失の青”と敵対するときに、与えられるものも1つしかないのだ。 くっ、とソニックに巻きついた布を握り締めた。長い柄を降り、刃を真っ直ぐにロストブルーへ向ける。 「来い、”喪失の青”」 言って、すぐだった。こちらへ向かってくる。 「――っ!」 スピード重視のジョブ、移動速度は半端じゃない。 濡れた地を蹴り、高らかに舞い上がる。そして刃を向けて、まっすぐに堕ちてくる。 きっ、と強い眼でロストブルーを睨みつけ、刃を真上と向けた。 「マジックスキル展開、ワイルドトルネード!」 刃の先から竜巻が起こる。その風をまともにくらえばいかにロストブルーでも、ただじゃすまない。 雨粒と共に起こる暴風を目前にしても、ロストブルーは表情1つ、変えなかった。 ただ、サイクロン、と言っていた剣をその風に向けて、ぼそりと呟いた。 その声だけは、確かに聞こえた。 「ワイルドトルネード・リバース」 一瞬、何が起こったのかわからなかった。 ワイルドトルネードの逆回転、その風で相殺させたのだ。 「……」 しかし、魔力のステータスは僕に分がある。風をくらって、ロストブルーの落下位置が逸れた。 逃がさない。堕ちる前に刃で切り裂いてやる。 ロストブルーは無防備のまま空中に投げ出されたのに、ひどく冷静だった。 僕が移動するのを落下しながら眼で追っているのがわかる。 少し、眼を細めて僕の顔を確認したロストブルーは、長剣の”サイクロン”をあろうことか、地面へと投げつけた。 「っ!」 ステップを踏んで、それをかわす。 「それで攻撃したつもり?」 サイクロンは濡れた地面に突き刺さった。 そのまま堕ち続けるロストブルー。その落下位置には、ソニックがある。 刃とロストブルーがぶつかる瞬間、耳を破壊させてしまうような音が轟いた。 共鳴する、刃の音。 そして、何かが地面から引き抜かれる音だった。 「――え?」 ロストブルーが、いない。 バスターソニックが、地面に堕ちている。 「……」 ふわっ、と眼の端に青い髪が見え、視界がぐらぐらと揺れ始める。 僕の胸から……刃が、伸びている。 …まけ、た? ソニックをもう1本の短剣で受けとめて、サイクロンを引き抜いて、それで… 思考が、うまく働かない。 ばしゃ、と地面に崩れ落ちる。 「……」 雨に打たれて、相変わらずロストブルーは冷徹な瞳を見せていた。 やっぱり、こいつは豪じゃないのかな。 でも、こいつに負けるのなら、それでもいい気がした。 ロストブルー、”喪失の青”。 お前は… そこで、意識がとぎれた。 |