紅蓮の死神
 




Act3.移ろいゆく夢幻の庭園

「ん…」
目を覚ます。
軽い頭痛を覚えて頭を振ってみれば、ブラックアウトしたディスプレイが目に入った。
その前に、何があったのか。
「そうだ、僕は…」
ロストブルーに出会った。豪そっくりのキャラクター。
そして、闘って…負けた。
そのあとは?
はっと、周りを見渡してみる。いつもの、僕の部屋だ。
「…気絶、してた?」
ぺたぺたと顔を撫で回してみる、確かに、意識はこっちにある。
じゃあその間は?
「……」
時計の針は、ロストブルーを確認して後から30分くらい。そのときは眠気なんてなかった。
寝落ちなんてことはない。じゃあ僕はその間、どうなってたんだ?
ネットの中で、死神のロストと共に気絶した、ってことか?
「豪と、同じ……?」
違うのは、僕はこっちに戻ってこれたってことだ。
「……」
まだ、軽く頭痛がする。けど、確かめにいかないと。もとの通りなら、僕は教会に戻されて復活してるはず。
だけど、相手は規格外のロストブルー。
何か、奪われているかもしれないけど…それは覚悟しておかないといけない。
ディスプレイがブラックアウトしていたのは、操作をしていなかったからスクリーンセーバーに切り替わっただけだった。
操作をすれば、いつものデスクトップに戻る。
もう一度、操作をして…、ログイン。たぶん、あの教会に戻る…はずだった。
「…え?」
教会じゃない。死んだあとは、教会に戻されるはずなのに。
エラーを起こしたとしても、前にセーブした”悲壮なる久遠の渓谷”のはずだ。
なのに、表示される場所は教会でも、渓谷でもなかった。

”移ろいゆく夢幻の庭園”

そう示された場所。今まで一度も行ったことも無い場所だ。
いったい、誰が?
「まさか、ね…」
疑念が浮かぶ。一度も行ったことの無い場所でスタートなんて、はじめてのことだ。だけど、始めるにはログインするしかなかった。
ボタンを押せば、視界が、虚構の世界になる。

そこで、僕は…、また死神になる。


◇    ◇    ◇



物悲しく響く、古びたパイプオルガン。
台座には、壊れた天使の彫像。擦れたステンドグラス。錆びた蝋燭台。
まるで古代の教会のような場所。
紅蓮の死神は、その教会の長椅子に、眠るようにして座っていた。
ここが”移ろいゆく夢幻の庭園”、ステージ表示をしようとするが、できなかった。
「誰もいないのか…?」
見渡してみる、ひとりはなかった。ひとりだけ、キャラクターがいた。
自分の座ってた長椅子のさらに前、最前列の長椅子に、そのPCは座っていた。
キャラクター名、”ロストブルー”
まるで誰かを待ってるように、壊れた天使像を見つめている。
表情はわからないその天使像は羽をもがれてそれでもなお、ここに留まっていた。
「…おい」
話しかけられているのがわかったのか、ロストブルーはゆっくりとこちらを向いた。
やっぱりなにも表情の変化もない。
「お前が、俺をここに連れてきたのか」
「……」
何も答えない。思わずかっとなった。
「答えろ!お前は…お前はなんなんだ!」
バスターソニックを展開して、突きつけるポーズを取る。
「……」
首元に鎌を突きつけられても、動じすらしない。ただの”威嚇”でしかないことがわかってるのだろう。
所詮ポーズだ。教会エリア扱いなのか武器展開ができない。
諦めてソニックを下げる。ロストブルーはそれをじっと見ている。
ソニックを仕舞ったのを見て、目線をこちらに戻した。
「ここにいるってことは…この教会に連れてきたのはお前なんだろうな」
相変わらず無言だ。
まるで会話する能力を失ってしまったように。
やっと見つけた豪の手がかり。それがこのロストブルー。しかし…会話が出来ない。
どうすればいいのか…。
「お前…モーションはできるのか」
つまり、動作だ。「はい」も「いいえ」も会話できなくても、うなずくと首を振るくらいはできるだろう。
「……」
しばらくロストブルーは僕を見つめ、そして。
わずかに、頭を下げた。
「そうか…じゃあ、お前は豪を知っているのか?星馬豪を」
問いかけと、数秒の無言のあとに、一度だけうなずいた。
「知ってるのか、豪を、じゃあ本題だ…。おまえは豪の居場所をしっているのか?」
ぼんやりとした表情のまま、一度だけ視線をそらす。
「……」
首を振った。
「これで最後だ…おまえは、豪なのか?」
ロストブルーは目を閉じた。
ゆっくりと首を振り、目を開けた。
「……そうか」
じゃあなんなんだ、と聞きたいが、具体的な質問をしても、ロストブルーは答えることはないだろう。
落胆した僕を置いて、ロストブルーは歩き出した。
「どこに行くんだ?」
後ろを振り向き、無言で見つめ返す。ついてこい、ともいわんばかりに。
「わかった」
扉の外、教会ではなく”移ろいゆく夢幻の庭園”ステージにイメージが表示される。
「な、なんだ…これ」
何にもなかった。
浮遊する石、鳥のさえずり。背景は快晴の空だけで、ほかにはなんにもない。
ぽつぽつと植木があり、そのなかのオブジェとして、転送装置があるだけ。
”移ろいゆく夢幻の庭園”
ここは、この教会しか建物がない独立したフィールドだった。
ロストブルーは無言でオブジェに指をさした。転送しろ、といっている。
「お前にはまだ聞きたいことがあるんだ」
首を振った。ダメだと。
僕はもう、この時点でロストブルーが敵だとは思えなくなっていた。
何にせよ、放置してればよかったはずの僕をわざわざここに連れてきたってことは、ロストブルーにも意図があり、ただ、それを伝える手段をロストしていると考えたほうがいい。
なにより、こいつは豪ではないと答えておきながら、姿だけでなく、そのキャラクターの気配からも豪の気配がするのだ。
気配、としかいいようがない感覚だったが、そうしかいいようがなかった。
「また、会えるか?」
転送しようとする僕の言葉に、ロストブルーはしっかりと頷いた。



転送先は、死んだ際に運ばれる教会だった。
ターバンを脱がされて、一介のプレイヤーになっている。
「……なにも、変わってない?」
それ以外はなにもなかった。アイテムが増えているわけでも、お金が減っているわけでも。
やはり、ロストブルーが死に掛けの僕を無理矢理再生させ、あの場所へつれていった。というしかない。
体力が0になった状態で回復させるには、パーティを組んだときのみ、そしてメンバーしかできない。
やはり、ロストブルーはそういう意味でも規格外らしい。
転送装置に、”移ろいゆく夢幻の庭園”と入力する。
「存在しない…?」
そのステージは存在しない。とある。
「存在しないって、そんなバカな…」
移ろいゆく、夢幻の…庭園。つまり、移動する庭園。さっきの場所に。あのフィールドはもうない。
「そんなことがあるのか…?」
今までに経験したことがない。移動するフィールドと、規格外のロストブルー。
僕は、とんでもないものに首をつっこんでしまったのか…?

「何をぼうっとしているんだ?」
目の前に、ブレット君がいた。
「あ、うん…なんでもないよ」
「そうは見えないがな…1:1のチャットはできるか?」
「うん」
ウィンドウを開く。そうすれば、この会話はブレット君と僕のみの会話になり、他には聞こえなくなる。
「ロストブルーにやられたらしいな」
「うん…でもなんか違うみたい」
「違う?」
「ロストブルーは一回止めを刺した僕を再生させて転送させたらしい」
「らしいな、久遠の渓谷でお前を抱きかかえて転送していった」
「見てたんだ」
「ああ、そのあとはどうなったんだ」
「わからない…会話、できなかった」
「そうか…」
「でも、ロストブルーは豪に関して何かを知ってる。豪本人じゃないってことはわかった」
「ゴーセイバ本人ではない?」
「間違いないと思う」
「どうしてかはしらないが、レツが言うなら、間違いないのだろう」
「たぶん、ロストブルーはまた僕に会うと思う。そのときに、もっと聞くつもり」
「そうか…わかった。情報提供に感謝するよ、あと1つ警告をしておく」
「なに…?」
「あまり荒っぽいことはするな。死神もプレイヤーだ。いずれ、目をつけられる」
「わかってる…」
「お前に懸賞金がかけられた、そして、その懸賞金を手に入れるためのサークルが作られた」
「え…?」
「早い話が、お前を倒すために、高レベルプレイヤーがパーティを組んだということだ。再生機能が付加できれば、いくらお前でも1人で勝てない」
「…大丈夫、1人じゃないから」
「……」
「ソニックがいる」
「そうか…最後に1つ、ゴーセイバについて調べていたら、奇妙なことがわかった」
「奇妙なこと?」
「ああ、気になることがある。ログアウトしたら、それを調べて欲しい」
「わかった…」

僕は言われるがままにログアウトした。


◇    ◇    ◇



白い病室で、豪は相変わらず眠り続けていた。
点滴のみで補給されている栄養は、豪には少なすぎて、みるみるうちに痩せていく。
白い花を飾り、定位置であるベッド脇の椅子に座る。
「……豪、おまえ、僕に何を隠してたんだ?」
答えるはずもない問いをした。
「お前が…マグナムのGPチップを取り寄せたって聞いて、驚いたんだ」
「今GPチップを使って、何をするつもりだったんだ?」
声は返らない。
「まぁいいか…、とりえあず、GPチップはFIMAに返すからな。文句があるなら目を覚ませよ」
そう言って、僕は苦笑した。
GPチップ、かつて僕たちが世界を相手にミニ四駆とともに走っていた。そのときに、マシンに搭載されていた機能。
マシンに学習機能を与える装置、それがGPチップ。
僕たちが大会に出なくなったと同時に、それはミニ四駆のオフィシャル、FIMAに渡った。管理しておく、という意味で。
それを、豪はメールを出して取り寄せていた。僕にも、誰にも言わずに。
そばにあるマグナムに手をのばす。慣れた手つきでぱちん、とカウルを外した。
GPチップはまだつける場所だけは、残っているはずだから。
「……え?」
あるはずのものがなかった。
GPチップはなくなっていた。つける場所は、ここにしかないはずなのに。
「お前、GPチップをどこへ…?」
「……」
やはり、答えは返ってはこなかった。


 


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