紅蓮の死神
 

ロストブルー。
このキャラクターは言葉を失い、表情を失い、なおもこの世界を駆け巡る。
何のために?
誰のために?
それに、喪失の青という異名を持ちながら、お前のその髪の色も、目の色も綺麗な青じゃないか。
じゃあ、お前は。
どんな青を失ったっていうんだ?


Act5.澄み渡る蒼穹の牢獄


バリバリという雷鳴が、頭上で聞こえる。
「ワイルド・トルネード・リバース」
淡々としたロストブルーの声が響くと逆回転の竜巻が舞い上がった。
同時に、ロストブルーが竜巻に隠れて姿を消す。それでも、ブレットは驚きすらしなかった。
「その程度で、俺が倒せると思うな…いくぞ、バックブレーダー」
バックブレーダーと呼ばれた銃を構え、ブレットは不敵に笑う。
銃だけを横に向けて一発放つと、ステップを踏むようにして、ロストブルーが姿を現した。
「主を失ったミニ四駆が速いはずもない。そして、お前はゴーセイバを失っている。それこそが、敗因だ」
「……」
わずかに、ロストブルーが目を見開いた。
しかし動きは止まらない。
クレイモアを横なぎに構えると一気に振りぬいた。
「っっつ……!」
強大な突風の力がブレットを襲う。後ろにいる僕でさえ、弾き飛ばされそうだ。
「…はぁ……はぁ」
さっきのまるでソニックとシンクロしていたような感覚は、すでになくなっていた。
おそらく、僕にそれだけの余力が残ってないんだろう。ブレットから受けたダメージは半端じゃなかった。
”紅蓮の死神”としてのダメージだけじゃない。
この心そのものに受けたダメージだ。胸が痛むような、きりきりとした感覚。
バックブレーダーは特別製といっていた。いったい何が特別なんだ?
ブレットは魔法効力を持った弾丸で持って、ロストブルーの剣から放つ衝撃波を巧みに交わしていた。
その間にも、ずっと不敵な微笑みを見せて。
一方のロストブルーは、その身体能力が持つスピードで持って、弾丸をかわして、徐々に距離を詰めてきていた。
「さすがだな。世界一に輝いたミニ四駆が元のだけのことはある。しかし、いつまで持つかな……バックブレーダー、チャージ開始」
バックブレーダーと呼ばれた銃。
それは、かつてのミニ四駆と同じ名だ。
僕もそう。バスターソニックは、かつてミニ四駆に名づけた名だ。
”ゴーセイバを失っている。それこそが、敗因だ”
まさか、ブレットは、僕と同じような体験をすでにしてるのか?

「……5・4・3・2・1……0、Go!バックブレーダー!」
まるで、ロケットを圧縮させたような、重く、地鳴りが響くような音だった。
銃口がまっすぐ前を向く。
それは近づいていたロストブルーを捉えていた。
「…!」
ロストブルーも気がついて剣を構える。しかし。

「パワーブースター!」

圧倒的な火力を持った閃光が、一直線にロストブルーに向かう。
「マグナム!」
いくら頑強な大剣でも、攻撃の力を一転に集中させてしまえば、それは脆い。
「………」
バキ、と嫌な音がした。その音は、どんどん強くなる。そして。

青い柄の剣が、根元から折れた。

「あ……」
茫然と、見ているしかなかった。
剣を折った光は、無防備なロストブルーの胸を、深々と貫く。

ロストブルーが、膝を折る。茫然と瞳は虚空を見つめ、壊れた人形のように、崩れ落ちた。
ぼんわりとロストブルーの体に光が灯る。それは、体力が0になった。という合図だった。
「パーフェクトだな、よくやった。あれでは消滅するしかないだろう」
白煙を上げる銃を、はじめに見たライフルの形に変え、満足げに笑った。
「ブレット、くん…」
「なんだ、まだいたのか。レツセイバ……ん、さっきの状態から元に戻っているな」
「どうして、こんなこと…」
変なことを聞く、とブレットは苦笑した。
「あのロストブルーは、マグナムのGPチップの記憶を持っているが、ただのAIだ。そして、ゴーセイバはここにはいない」
「ここに、いない…?」
「半年も意識が戻らないのだろう?」
「……」
「このゲームで意識不明になったとはいえ、このゲームそのものと、ゴーセイバの体調は無関係だ」
「……」
突きつけられた、現実だった。
誰も、豪の意識喪失と、ゲームの故障との確実なかかわりを見いだせていない。
精神はゲームの中に散らばってしまったというそれすらも、確かな証拠は何一つとして、ない。
「お前が、ゴーセイバの分までこのゲームで遊ぶのは自由だ。しかし、モラルくらいは守ってもらいたいものだな」
「……」
そんなんじゃない。
豪は、この世界のどこかにいる。信じている。僕が信じなきゃ、永遠に豪はいなくなってしまう。
「違う…豪は、この世界にきっといる」
「クールになれ、そんな証拠、どこにある」
「じゃあ、どうして…ロストブルーはここにいたんだよ…」

顔を少しだけ、向ける。そこには、ロストブルーの残骸たる光しかない、はずだった。
「え…」
「なんだと…」
仄かな青い光を立ち上らせながら、ゆっくりと立ち上がる。ロストブルー。
結ばれた髪は解れ、腰に届きそうなロングヘアーがばさばさと風になびいていた。
「さすが、規格外と呼ばれるだけのことはあるな。完全に消滅しなければならないらしい」
がちゃん、と銃を構える。
「ブレットくん!」
それは、いきなり起こった。

「――――――――――――――――!!!!!!」


ロストブルーから放つ、声なき絶叫だった。
「な、何……」
その体の周囲に、青いリングがくるくると回っていた。
そのオブジェには覚えがあった。
「転送、装置…?」
「まさか、こいつ、フラグメントフィールドの扉を持ってるのか…!」
また、フラグメントフィールド。欠片の世界。いったい、どういう意味なんだ?
ロストブルーの絶叫は止まらない。
青いリングはくるくると回転速度を増していく。
青い光が環を描き、周囲を包みこんでいく。

巻き込まれる…!

青い竜巻に包まれ、僕は一瞬だけ、意識を失った。



◇    ◇    ◇


フィールド:澄み渡る蒼穹の牢獄

「ここ、は…」
地平線に広がる、草原だった。
なにもない。ただただ青い空と、緑の絨毯。
そして、天上にそびえる、逆さまの白い大樹だった。
「フラグメントフィールドか…」
ぼそりとブレットが呟いた。
「フラグメントフィールドって、何?」
「このゲーム内に点在する、正規版のシステムでは放置となっているテスト版の残骸。それがゲームのフィールドとして表面化したものだ」
「テスト版の、残骸…」
豪がいなくなった、テスト版の壊れた世界。その名残がフラグメントフィールド。
壊れたから、欠片の世界、というわけか。

「ロストブルーは…?」
「消えたみたいだな、この草原の中で隠れるのは不可能だろう」
転送装置も何もない、ただの草原。天空にそびえ立つ大樹にも、イベントらしきイベントは起こりそうもない。
「出られる場所すらないな。まさしく蒼穹の牢獄というわけか」
「……どうして、僕たちはここにいるんだろう」
「あいつに聞かなければ、わかるはずもない」
強制終了で外に出るしかないな、とブレットはくるりと後ろを向いた。
「レツセイバ。お前がこのゲームに固執するのは、ゴーセイバがまだここにいると信じているからなのか?」
「豪は、きっといる。誰も信じてくれなくても、僕だけは信じてるから」
それだけが、この世界でのわずかな希望なのだから。
「…そうか」
そう言い、ブレットは本当にいなくなろうとした、その時だった。
「っつ…!」
殺気を感じた。そうとしか言いようがない。少なくとも自分たちを歓迎する気配じゃない。
「どうやら、ここにもイベントがあるようだな」
ブレットが歩みを止め、バックブレーダーを構えた。
天上の白の大樹が枝を伸ばしていく。針のように先が鋭い。その姿はまるで白い海栗にも見える。
丸く広がっていた葉が、開花するように。
ばっ、と一斉に枝先を周囲に向けた。

「なっ…!」
そして枝に囲まれた中心、白の大樹の幹に寄りかかるように眠る、少年が一人。
青い髪を揺らし、凶悪な武器と化した大樹にまったく似合わない、あどけない表情を晒して、目を閉じていた。
「ご、ごう…?」
「来るぞ!」
「くっ…豪!」
僕の言葉は、枝の伸びる音にかき消される。
枝をしならせて、鞭の要領で叩きつける。草原に茶色の土がめくられた。その跡が威力を物語っていた。
「こんなの食らったら、ひとたまりもないな」
「豪、聞こえないのか。豪!」
豪は瞼一つ動かす様子もない。それどころか、この白い大樹は、豪を護るように枝を増やしていく。
現実の豪と、だぶってしまう。本当に生きているのか、それとも…ただのオブジェ?
「レツセイバ!ゴーのことはいい。この枝をなんとかしなくては、ここから出られないぞ!」
「豪!」
ただ、叫ぶしかなかった。けれど、いくら叫んでも、あいつは目覚めない。
枝が迫ってくるのを、バスターソニックで振り払う。しかし、これではきりがない。
この大樹は、自分たちを遠慮なく攻撃してくるものの、豪に関しては防御を固めているようにも見える。
攻撃する枝の槍を、ソニックを展開して薙ぎ払った。
まるで、豪そのものが、僕たちを拒絶してる。そう思えた。そしてそう思ってしまうと。

「…いい加減にしろ」
「レツ?」
沸き起こったのは、怒り、だった。
「いったい、お前を探してどれだけ苦労したと思ってるんだ。なのに…なんでお前は攻撃してくるんだ」
ソニックの柄を握りしめた。どくん、と鼓動がなる。
もう一度、あの感覚を呼び起こせ。
目を閉じる。
枝が迫ってくる気配がしたが、なぜか、枝たちは僕を避けた。
(動かなければ、あれは攻撃してこないんだ)
ならば、最大限の遠距離攻撃で枝をすべて、焼き払うしかない。
できるだけ、豪を避けて。けれどそんな細かい設定はこのゲームではできない。
ゲームの範疇を超える。それしか、豪を確実に避けて焼き尽くす方法がない。
ならば、超えてみせる!
「来い!ソニック!」
ソニックが脈動して、震える。
死神の鎌が炎を纏い、その姿を変えた。炎は僕の腕まで多い尽くして、銀色の装甲となる。
「ここまできて、諦められるもんか!」
きいん、と響く鳥の鳴き声が頭に木霊する。
「馬鹿な!GPチップなしでシンクロなど…!」
ブレットの戸惑う声が聞こえたが、無視した。
地を蹴って舞いあげる。
蒼穹に、無数の白い槍が迫ってくる。
バスターソニックを逆手に構えた。
意に応えて、刃が銀色のから炎の真紅に染まる。

「さっさと目を覚ませ!ボケナスっ!」

白い槍が刺し貫こうとする瞬間、思いっきりの力を込めてソニックを振りぬいた。
「フェニックス・バーン!」
放たれた炎は、鳥の姿へと変わった。
焼き尽くす不死鳥。そして、再生へ誘う。
枝たちは成す術もなく焼け焦げ、一瞬で黒い炭へ。
木にぶつかる瞬間、不死鳥は急上昇して、青い空へと消えた。
豪には、当たってない。攻撃していた枝も、護っていた枝も、ばきばき音を立てて、草原へ崩れ落ちていく。
「豪!」
精一杯の声で叫んだ。
確実に、豪の耳へ届くように。

ぴく、と瞼が動く。
「……ん…」
青い瞳が、その視界に、僕を捉えた。
「あれ…烈兄貴…?」
薄く目を開けた豪はその姿に戸惑いながらも、僕の名を呼んだ。
それは、なによりも待ち望んだ未来だった。


 


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