紅蓮の死神
豪は、まるでその木に護られているようだった。 天空から地上へ伸びる白き大樹。 無差別に攻撃するその枝は、誰に対しても豪を傷つけないようにと、必死で刃を振るう。 たとえ、豪本人が、それを望んでいなくても。 Act6.銀翼のサーベル 「あれ…烈兄貴?」 ぼんやりとしながらも、豪は確かにそう言った。声も間違いなく。 いなくなったあのときの装備のまま、樹に縛り付けられていた。 「豪…本当に、豪、なのか?」 「烈兄貴…なんで、そんな格好してるんだ?ここ、は…」 きょろきょろとあたりを見渡す。 そして、自分が木の枝に囲われていることを認識すると、目を見開いた。 ぐいぐいと腕を引っ張ってみるが、びくともしない。 「……樹の、枝……そういう、ことか」 「豪…」 なにか納得したように頷くと、今度は僕のほうをしっかりと見つめて、 「烈兄貴がここにいるってことは…システム、回復したんだ?」 そういって、へらっと笑った。 「なっ…お前、まさか…今までずっと寝てたのか?」 「………う、ん…」 豪は眉根を寄せて、困ったような顔をした。 半年ものあいだ、ずっと寝ていたとなると、その半年前の記憶など、すぐに思い出せないのだろう。 ましてや、豪は…、ここにいる豪が本物だとするなら、その記憶は、身体のなかにないことになる。 何から説明すればいい。どうしてこんなところにいるのか。自分がどうしてここにいるのか。 話したいことはたくさんある。 最優先事項は何だ。 「烈兄貴…?」 自分が縛り付けられていることにはあまり気にしていないのか、豪は自分の姿の変わりぶりに驚いてるようだった。 この様子だと、リアルとこの世界の豪がどうなっているのかさえ、こいつ自身気づいてない可能性がある。 「お前…今自分がどうなってるかわかってるのか…?」 「え…?」 「お前は、半年前に意識不明になって、それきり目を覚ましてないんだぞ?」 「はん、とし…?どういうことだよ、それ…」 やっぱり。 何も知らないということだ。樹に縛られている理由はわかっているみたいだけど。 「なぁ、烈兄貴どういうことだよ!半年って!」 豪が声を荒げた瞬間、ベリベリと枝が伸びてくる音がした。 「…っ、まずいな…」 枝の大半を焼き払っても、根本たる幹は豪と共にあるから、再生するのは時間の問題だろう。 「レツ!」 下で、ブレットの呼ぶ声がした。 「ゴー・セイバを引っ張り出せ。枝は俺が対処する」 がちゃん、と充填の音を鳴り響かせ、芽吹かせた枝を打ち落とす。 「……」 ロストブルーを倒したブレット。そして、ロストブルーの消失と同時に現れたこのフィールド。 「お前…ブレット、なのか?」 僕と違って、リアルの姿と若干違うブレットのキャラクターでも、豪はそれがブレットだと感じたのか、首をかしげた。 「詳しいことは後だ。豪…、ここから出るぞ、手を貸せ」 しばらく手を伸ばそうか悩み、そしてしっかりと頷いた。 「……わかった。ここにいても、あいつが戻ってくるかわからないしな」 「豪?」 戻ってくる?あいつ? 豪の意味深な言葉に不思議に思いながらも、豪は腕を伸ばした。 その手首をしっかりと掴む。感触がある。なぜかはわからないけど、確かにあった。 華奢な小さな腕を決して離さないように。しっかりと。 「つかまってろ」 「ああ」 近くで見て、豪の格好に驚いた。 豪がいなくなったときの、剣士の中レベル装備。鞘に剣はない。どこかに落としてしまったのだろうが、今それを気にしてる余裕は無かった。 「せー、のっ!」 幹の洞から、豪を引っ張りあげた。その瞬間だった。 「うああああああっ!!!」 突然豪の絶叫が聞こえた。 「なっ…!」 豪の背中には、蔦が数百本も伸びていた。ぶちぶち音を立てて、黄緑の雫が伝う。 その先は、直接皮膚の下へと食い込んでいた。皮膚を引きちぎられた痛みに、苦悶の声を上げる。 「いた、痛い……、痛い…」 「豪、大丈夫か、豪!」 豪の表情は激痛によって歪んでいた。涙を流し、これ以上痛みが広がらないように必死で歯を食いしばっているようだ。 「…あ、兄貴………ムを…」 「豪……?」 痛みの渦中でさえ、豪は口を必死で動かして、何かを伝えようとしてる。 「烈兄貴…マグナムを…探して……」 「マグナムを…?」 「ああ…」 樹の枝がざわめく。 攻撃する意思を持って、刺し貫く枝の先をこちらへ向けた。 「レツ!」 後ろから来る枝に気づかなかった僕が、振り向いた時にはすでに避けられなかった。 「烈兄貴!」 ざくり、と枝が幹に刺さる。 「……はぁ…はぁ…間に合った…」 激しく息を切らし、僕のほうを見て、笑った。 「あの枝…ゴーセイバの意思でコントロールできるのか…?」 いっせいに、枝の動きが大人しくなった。 目を閉じて完全におとなしくなったのを確認すると、こちらへ目を向ける。 「お前……」 「これ、俺で動かせるんだな…」 ぼそりと呟く。そして、目を閉じる。ただの白い樹に完全に戻った。 「……」 「一時収束だ、バックブレーダー」 ブレットも銃を戻し、様子見とばかりにこちらを見ていた。 「豪、いったい何があったんだ?」 「…わかんねーよ、俺にも…突然襲われたんだ」 「襲われた?」 「銀の翼の…馬」 「……!」 首を傾げる僕とは裏腹に、ブレットの表情がこわばるのがわかった。 「その、銀の翼の馬に襲われた後、どうなったんだ?」 「マグナムが、俺を助けてくれた…だけど、俺一人だけこの樹に縛り付けて、あいつ…一人でそれに向かっていったんだ」 悔しそうに、豪は唇をつぐむ。 最愛ともいえるマグナムが、自分を助けるためにいなくなったのだ。僕が豪だって、同じ思いをするだろう。 「……」 「そのあとは、兄貴が来るまでわからない」 「それって、俺をログアウトした後のことか?」 「ああ…たぶん、俺はマグナムのおかげで助かったんだ。けど……マグナムがどうなったのか…」 豪の話を聞くに、この樹に豪を縛り付けたのはマグナム…つまりロストブルーということになる。 「わかった、マグナムは俺が探してやる。とにかく、お前はリアルに戻れ。できるか?」 「………」 ぼうっと、豪の周りに光が灯るが、それはすぐに消えた。 「ダメだ、できねぇ」 「そうか…」 豪自身でこの樹から抜け出せないということは、豪を助けるには、マグナムと豪を会わせる事が必要だ。 そして、おそらくマグナムはロストブルー。 問題は、ロストブルーが完全に消えてしまっているかどうか。 「……」 ブレットを睨んでみても、肩をすくめるだけだった。 風がさわさわとなびく。 「俺、意識無いのか?」 豪は不安げにそう聞いた。 「ああ…あのときから、お前は眠ったまま…母さんもみんな心配してる」 「…ごめん」 「でもよかった…お前はちゃんとここにいる」 豪はここにいる。どんな姿でも、豪がいるなら、希望がある。 「でも、あの馬は…どこに行ったんだ?」 そう呟いたとたんだった。 蒼穹の牢獄が、ひび割れた。砕けた空の破片の向こうに、むき出しのデジタルの世界が見えた。 「な、なんだ?」 「っつ、やっぱり嗅ぎつけてきたか」 ブレットは激しく舌打ちすると、バックブレーダーを再び構えた。 「……あ、あの感じだ」 豪が、目を見開く。身体がわずかに震えていた。 「豪…?」 割れた空の向こう、目を凝らしてみると、小さな銀色の光が見えた。 「あれは…」 無数の小さな銀の光。それが、いくつもいくつも重なっていた。 猛スピードで向かってくる。 それは、光などでは、なかった。 「烈兄貴!」 豪は腕を伸ばす。とたんに枝が動いて、それは枝を貫いた。 「あ……」 刺さったのは、剣だった。 赤い柄の、曲刀…サーベルだろうか。 それが、ぶるぶると震えて、こっちへ向かってくる。 「くっ…」 豪が、僅かにうめいた。 「豪!」 ソニックを展開して、刺さった枝ごと叩き落とした。 叩きつけられた剣は動きを止めて消えた。 「サンキュー、烈兄貴」 「いったい、これは…」 「羽根、だ」 答えたのは、ブレットだった。 「羽根って…」 「この剣は、ゴーセイバのいう、銀の翼の馬の羽根だ」 「ブレット、お前…知ってるのか?」 「……」 豪が尋ねたが、ブレットは苦虫を噛み潰したような顔をしただけで、答えることはなかった。 見上げると、割れた空がある。 暗いデジタル回路の向こうに、何ががいた。 銀翼の馬。その羽根1つ1つが剣で構成された、赤と銀が混じった翼。 真っ赤に染まった眼が、遠くこちらにいる。僕を、睨みつけた。 どこか、覚えがある、憎悪の眼だった。 その眼に支配され、動けない。 そうして、銀の光が、眼前を貫いた。 「烈兄貴!」 「あ…」 三本の剣が、胸を貫いていた。 剣から銀の光が迸り、奇怪な紋章を描く。 「うあああああっ!!!」 痛い、苦しい。そして、締め付けられるような哀しみ。 「なん、なんだ、これ…、うあっ…」 僕が、消えていく感覚だった。 転送されるでもなく、ただ消える感覚。 ばらばらと装甲が剥がれおちる。髪すらもノイズが走る。 意識が霞む。 「烈兄貴っ!」 「ちっ、ゴーセイバ!」 「っ!」 「レツを強制終了させろ!止めを刺せ!いまそれをすれば、被害は最小限で済むはずだ!」 「止め、って…」 「早くしろ!お前は兄貴を自分と同じ目にあわせたい気か!」 「ブレット…」 「うあああっ!」 自分の絶叫が聞こえる。痛みに悲鳴を上げる自分がいる。 心を抉り取るような苦痛。 誰か、止めてくれ。 「ごめん、烈兄貴」 どす、とまた何かが刺さった。 苦痛が一瞬にして消える。 代わりに、光が自分の周りをふわふわと漂っていた。 その光は何度も見た。 「ごめん、烈兄貴」 もう一度、豪はそう言った。 豪は、僕を一瞬にして殺した。 強制的に、このフィールドから排除される。どうしようもない、セーブポイントすら、ここにはないのだから。 手を伸ばしても、豪には届かない。 「豪…」 「…俺は、大丈夫だから。兄貴、待ってるから」 「……」 「マグナムのこと、頼んだぜ」 「……ああ」 必ず、助けるからな。 目を閉じれば、そこは闇だった。 -- GAME OVER -- 「…まだ聞きたいことがあるので、ログアウトはもう少し待ってもらいますね」 誰かの声が聞こえた。 |