紅蓮の死神
 



Act7.邂逅の熱帯夜




蒸し暑い森林の薫りが押し寄せた。
確かに、ゲームオーバーになったはずなのに。
虚無を超え、突き抜けた先に、その部屋はあった。いや、こっちがここに飛ばされてきた。その、声の主に。
「……」
ぼんやりと、声の主である、その少年型のキャラクターを見つめた。
「ようこそ、そして、お久しぶりです。星馬烈」
「…君は……誰?どうして、僕の名前を……」
「……」
その問いに、少年は苦笑するだけだった。
金髪の少年魔法使いと、黒髪をアップにした褐色肌の女性の槍使い。二人ともかなりのレベルだ。
女性のほうは、不機嫌そうな顔をしてこちらを見ていた。
「まったく、とんでもないことをしてくれたね。アンタ、自分の弟を殺す気だったのかい?」
「…え?」
「ジュリアナ、そんなことを…」
そう言って、少年は女性をたしなめた。
ジュリアナ?ジュリアナってサバンナソルジャーズにいた…
「君たちは…沖田カイくんと、ジュリアナさん?」
「ええ…お久しぶりです」
「久しぶりだね」
年齢設定は変わっているものの、身体的特徴は現実の彼らによく似ていた。
「どうして、君たちがここに…」
「それを説明しようと思って、貴方をここに呼んだんですよ」
「ここは?」
「サークル:邂逅の熱帯夜、私たちのサークル。そして…星馬豪の実態を調べるための最前線チーム」
「…豪の、実態?」
なぜ、彼らが豪を探る必要があるんだろうか。それに、僕は豪によってゲームオーバーにされた。
セーブポイントに戻るはずなのに、どうして僕の知らないサークルにいるんだろう。
「そう呼んだほうがいいでしょう。今の彼は…人であって人であらず、の状態ですしね」
「……!」
、彼らは”豪がこのゲームにいること”を知っている。
それに、”弟を殺す気だったのか”という、さっきのジュリアナの言葉は…

「貴方には…話すことが多すぎて、何から話せばいいのか。少し迷いますね」
「コーチ…」
夜の闇の中、炎の照らされたカイは、まるでジャングルに君臨する王のように佇む。
話すことが多すぎる。確かに総てを知っているのであれば。話すことは多い。豪のこと、このゲームのこと、そして、たぶん一緒にあの牢獄から追放された、ブレットの武器のこと。
「そうですね。まずは…星馬豪が、あなたに秘密で何をしていたのか、から話しましょうか。そして、この世界そのものの構成を」
「豪が、秘密にしていたこと…マグナムのGPチップ委託のこと?」
「知ってたんですか」
「ブレットから聞いた」
なるほど、と。カイはうなずいた。
「もともと、GPチップ提供は、このゲームを運営、開発したするシステム側から星馬豪に依頼したことなんです」
「豪に、依頼した?」
「GPチップの構成を調べ、そして、その構築をこのゲームのシステムに組み込むために」
「君たちは…このゲームの運営側の人間ってこと?」
「今私たちは、システム側から雇われている状態にあるんだ。ブレットとはまた別チームのね」
そうジュリアナは付け足した。
「……」
わからないことだらけになっている。豪のこともさることながら、ゲームの運営チームまでもがごたごたにあるらしい。
「最初から話しましょう。貴方が僕たちのサークルに協力するかは、話を聞いてもらった後で伺いましょう」
「カイコーチ、でもそれじゃ…」
「彼は…もう半分くらいは巻き込まれているようなものです。さっきのように、星馬豪に勝手に手を出して死なせるようなことになったら、僕たちも動きにくい」
「……」
彼らの中では、僕は勝手に豪を殺そうとした、という認識になっているらしい。
豪の、あの絶叫からしてかなりのダメージだったはずだ。あのまま強引に引きちぎればどうなっていたか…。それを考えると、彼らの認識は間違っていなかったかもしれない。
「…ただ、僕は豪を…」
「それは、わかっています。ただ、それをするためにはいくつかの問題があるんです」
「問題…」
「…このゲームの始まりと、星馬豪の昏睡事件。それを、お話しましょう」
この世界の始まりの物語を。そう言い、彼は静かに語り始めた。


「我々の会社がMMORPGの開発を決定した際、ネット上にはすでにMMORPGはいくつかありました。半端なアイディアでは人は来ない、そこで、システム側はさまざまな試みをしてきました」
「……」
「あるとき、一人の開発者がミニ四駆世界グランプリを見て、そこに目をつけた。マシンを操り、マシンと共に成長する子供たち。名前こそ変化していったものの、GPチップに学習機能を搭載し、走るミニ四駆の姿にね」
「それが、武器に名前をつけて、育てるっていうこのゲームのシステム?」
「ええ、もともとのアイディアは、ミニ四駆にGPチップを積んで学習機能を持たせる、その延長線上です」
アイディアとしては優秀なほうだったはずだ。このゲームの武器システムは少々変わっていた。
アカウント製作時に、プレイヤーの名前とは別に、”具現化精霊”とゲーム上で呼ばれる名前を決定する。
武器や防具に精霊を宿らせて戦う、というのがこのゲームだ。宿らせる武器と、精霊そのもののレベルアップの2つの条件を満たさなければ、強くはなれない。
精霊の名前はジョブチェンジなど、特殊なイベント時にしか変えることは許されず、必殺技等は、精霊との”共鳴”と呼ばれるゲージで行われる。
今考えれば、このゲームの”具現化精霊”とは、GPチップを参考にした、というのも納得できた。
「…しかしGPチップのひとりでに意思を持ったように走り出す。その構築は、動画を見るだけじゃ、わからなったんでしょうね…」
「そこで、GPチップを持っていたFIMAに研究を依頼したものの、許可が下りない」
「考えた末に元々の持ち主の協力を仰ぎ、持ち主に依頼して取り寄せることにしたんです。協力者は、二人。一人は星馬豪。もう一人は、カルロ・セレーニ」
「カルロくんが…?」
「彼の場合は、取り寄せたのはカルロ本人ではなく、オーナーのほうでしたけどね。オーナーはそれなりのお金を積むことで、あっさりと許可してくれましたよ」
「……」
「星馬豪に、その計画を依頼した際、彼はお金はいらないと言い、代わりに条件を2つ出しました」
「2つ…?」
「1つは、テスト版プレイに自分と兄の星馬烈を参加させること。もう1つは、貸したGPチップそのものを、どんな形でもいいから、ゲームに組み込むこと」
「じゃ、豪は運よくここのテスト版プレイに当たったっていうのは…」
「最初から、アンタと豪の参加は、決まっていたってこと。GPチップが別の形でまた一緒にいられるとか、そんなことを思ってたんじゃないのかい?
ミニ四駆から少しだけ離れてしまっても、自分が外国に行ってしまっても。
この形でなら、一緒にいられる。そんな夢みたいなことを、豪はシステム側に託した。
「こちら側も、せっかく研究の参考として貸してもらったGPチップを、ベストな形で実現したいと思い、最大限の努力をしたそうです。そのために、2つの人工知能を、特別に準備しました」
「結果、どうなったの…?」
「星馬豪が持ち主だったGPチップ…マグナムとでも呼びましょうか。それは、ちゃんとこちら側の思惑通りに人工知能とリンクすることに成功しました。ある程度の会話も、意思も、人工生命ともいえるようなものが出来上がったんです。今思えば、それは持ち主である星馬豪が、このゲームで遊んでいたからこそできた奇跡だったのかもしれません」
「じゃ、カルロくんディオスパーダのほうは…」
「GPチップ−ディオスパーダは…人工知能とリンクするどころか、人工知能そのものを乗っ取り、暴走を始めた」
「乗っ取った…?」
「マグナムの場合は、人工知能とGPチップのリンク、ですから人工知能はGPチップという電子の世界とリアルの世界を繋ぐインターフェースと考えてもらっていいです。本体はGPチップそのものにある。しかしディオスパーダの場合、人工知能を乗っ取り、GPチップのデータそのものも、人工知能のほうへ勝手に移行してしまった」
「その結果…システム側でも、ディオスパーダの暴走を止められなかった。結果、テスト版そのもののゲームシステムそのものが崩壊。GPチップが意思を持ったように動くには、その持ち主の存在が必要だと知ったのは、星馬豪が、意識不明になった後だった」
「ディオスパーダのGPチップが、豪を意識不明に…?」
「今は、そう仮定して構いません」
断言をせずに、曖昧な言い方で返した。
「星馬豪が意識不明になっている間。ディオスパーダをとめようと、カルロ・セレーニ本人に、仕事の依頼ということで、ゲームをプレイしてもらったことがあります。カルロなら、暴走したディオスパーダを止められると、期待して」
「けど、カルロを危険に晒しただけで、暴走は止められなかった」
「カルロから原因を聞いて驚きましたよ。カルロは、”GPチップは自分で持っている”と言ったのですから」
「どういうこと?」
「…暴走しているディオスパーダは、カルロのGPチップの複製品です。そしてコピーゆえに、オリジナルGPチップを持つカルロを受け入れなかった。こうなったら、カルロのクローンでも作らない限り、誰も、あのディオスパーダを止められない…」
「……」
「システム側は、テスト版のゲームそのものを破棄しようとした。しかし、暴走の際にGPチップマグナムのデータも消えてしまい、星馬豪が意識不明になった手前、それも簡単にはできなかった。そして、調べていくうちに、星馬豪のPCデータが、まだ残っていることを確認した。あの樹に守られるように」
「いったい、豪に何が…?」
「ログを探しましたが、見つけることはできなかったそうです。PCデータがあるだけで、星馬豪の意識は無いのかもしれない…憶測が飛び交い、混乱しました」
「結果、システム側の意見は分断した。星馬豪は生きていると考える人間と、PCデータだけ残ってるだけで、意識など消滅したと」
「私とコーチは、あいつが生きていると信じている」
「……」
「貴方に、この時点で教えられたらよかったのですが…、不確定要素が多すぎて、それも簡単にはできなかった」
「GPチップ委託のことさえ、秘密だったみたいだからね」
「……」
豪はGPチップ…いや、マグナムそのものをシステム側に預け、そしてマグナムそのものも豪が意識不明になった後、消えた。
暴走したコピーのディオスパーダ。

豪とマグナムがシステム崩壊の時に襲われた銀翼の馬。
それがおそらく、コピーのディオスパーダ。

「たぶんだと思うけど…マグナムは…豪を助けようとしたんだと思う。だから、あの樹を何らかの方法で作った…」
「結果としてその処置が、星馬豪の身体と意識を完全に分断してしまい、意識喪失に陥った、ということです」
「……だけど、もし、マグナムがそれをしなかったら…?」
「ディオスパーダの攻撃をまともにくらっていたら…ですか。わかりません。しかし…死亡していた可能性は、あります」
「死んでいた…」
「貴方だったらどうします?自らの手で意識不明にして難を逃れるか。攻撃に抗い続けて、死なせてしまうか」
「それは…」
突破するのが最善の方法だ、それすらもできなかったら。
…どんなことをしても、助けようとする。
「現在の正規版は、隔離サーバーにテスト版のデータを全て閉じ込め、ディオスパーダの暴走も、そこで食い止めている状態です」
「隔離サーバー内のフィールド、それがフラグメントフィールド。”澄み渡る蒼穹の牢獄”もその1つ」
「もう、使い物にならないかもしれませんけどね…」
あれだけ大きな穴が開いてしまっていては、とカイは苦笑した。

「けれど、隔離サーバーは、もうすぐ廃棄になることが決定されています」

「…消去、って……」
「期間は、あと1ヶ月。それまでに星馬豪を身体に返さなければ…、星馬豪は二度と眼を覚ますことはないでしょう」
「そんな…!、豪は…豪はまだ生きてる!僕はこの眼で確かに見たんだ」
「見たとして…どうやって元に戻せばいいんでしょうか?」
「それは…」
「星馬豪の意識の維持をしているあの樹と、暴走するディオスパーダをなんとかしない限り、彼はフラグメントフィールドから出られず、このまま消える運命にある」

サーバー管理の予算と、一人の少年の命と、多くのユーザーの安全管理と。
システム側でさまざまな協議ななされた結果の、決断だった。

「そして、樹をおそらくコンロトールしているであろう、マグナムは誰の協力も得ようとしない。お手上げの状態ってわけ」
「じゃ、マグナムがあの樹を消せば、豪は助かる?」
「樹を消した直後、ディオスパーダの攻撃を受けなければ、の話ですけれど。それはおそらく不可能でしょう」
「ディオスパーダの奴、フラグメントフィールドのほぼ全てを監視下に置いてるからね。すぐに気づかれる」
「じゃ、このまま豪は…」
「けれど、ディオスパーダの暴走を、こちらもただ黙って見てたわけじゃないんです」
「…え?」
カイは、すっ、と持っていた杖の先端を突きつけた。
黒い8本の枝が伸びた、蜘蛛をあしらったような杖。飾りの根元に、小さな翼がつけられている。
「この杖の名前は、”ビークスパイダー”GPチップの能力を詰め込んだ、ディオスパーダに対抗できる武器」
「私のは、”GBゼブラ”」
そういえば、ブレットも持っていた。かつてのミニ四駆と同じ名前の銃を。そして”特別製”だと。
「GPチップをサーバーの内部に組み込むことで、GPチップと、ゲーム内のプレイヤーが直接”繋がる”ことが可能です。その結果、ゲーム内の感覚をリアルなものとして捉え、ゲームの範疇を超えた力を使うことができる。便宜上、これをシンクロ、と呼んでいるわけです」
「繋がる…」
そういえば、あのときの感覚は、確かに”繋がる”という感覚だった。何かに繋がっていて、力を与えられた。そんな感覚。
「今のところ、この能力を使えるのは、私と、カイコーチ、ブレット・アスティア、そして、ロストブルーと星馬烈」
「……」
「しかし、あなたのGPチップであるはずのソニックはここにはない。しかもあなたのシンクロは一時的なものである上に不安定」
「通常ではありえないことだよ」
異常のなかでもさらに異常。つまりは、そういうことになる。
「…その真意を聞きたいところですが…貴方でもおそらくわからないんでしょうね」
「……」
「ここまで言えば、もう…僕たちに協力する気になってくれると思いますが。どうでしょうか」

ディオスパーダの暴走と、あの樹をなんとかしなければ、豪はもう戻らない。
手がかりはある。あのロストブルー。
ブレットはロストブルーをマグナムと言った。ならば…ロストブルーなら、あの樹をなんとかできるかもしれない。
そして、ディオスパーダを退ける力。
僕の得ていた力が一時的なものでしかないのなら…本物を、手に入れる。それしかない。

「…わかった。豪を助けたいのは、君たちも、僕も同じだ。だから…協力する」
「協力、感謝します」
「それで、ここまで話したんだから、そろそろアンタのこと、聞かせてくれてもいいんじゃない?」
にや、とジュリアナが笑った。
「僕のこと、って…」
「ロストブルーの情報、聞かせてもらうじゃない」
「……!」
「ロストブルーと貴方が、一度直に戦い、そして消えている。何があったのか、話してもらいます」

ブレットに伝わっている、ということは、当然カイとジュリアナにもロストブルー=マグナムらしいという情報は伝わっているということだ。
さすがに”移ろいゆく夢幻の庭園”までは知られていないらしい。
ロストブルーについて知っていることは、少ない。けれど。

「ここまで話してくれた以上は…、話さないといけないよね」

誰も助けてもらえないと思っていた。
豪は自分ひとりしか助けられないと思っていた。
自分だけで助けなきゃと思っていた。

だけど、豪を助けようとしてくれている人は、僕以外にもたくさんいる。
知らなかっただけ。
そして、マグナムもそれを知らない。

あと1ヶ月。
豪を絶対に…死なせたりはしない。





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