紅蓮の死神
Act8. This World is My World(前編) 豪に会ってから、死神"retsu"は少しだけ変わった気がする。 前は、強いキャラクターを敵に回して、必死で悪役をしていたけれど。 今は、目的ができた。 だけど周りからのレッテルが変わるわけでも、持っている鎌が剣になったりすることもない。 ずっと一人だと思っていたから、仲間を持とうなんてしなかった。 「サークルに入ったの、いつぶりだろう…」 自分のステータスページを見て、ぽつりとつぶやいた。 フィールド:暗躍する砂鉄の迷宮 ここは、アイテムを集めるのは絶好の場所だった。 砂が覆うフィールドに加えて、フィールド自体が巨大。回復アイテムを持たないとあっという間にフィールド特性にやられてしまう。 アイテム持ち数制限とアイテムのレア度を比べると割に合わない。そんな理由で、この場所はめったに人が来なかった。 僕くらいのレベルでなら回復アイテムはほとんど持たずに行ける。確かに、フィールド特性の突風と砂嵐はやっかいだけど。 「バスターソニック、展開」 鎌で一戦すると、砂鉄の城の王はあっさりと倒れた。 ギャアアア!!!と怪物らしい悲鳴を上げ、塵となって霧散する。 「ふう…」 確かに、それなりのアイテムは手に入ったけれど、やはり割りに合わない。 それでもここにたまに来るのは、このフィールドの風景そのものが好きだからかもしれない。 からからに乾いた黒い砂漠。 ひとつ磁石を置けば、たちまちそれに縋ってしまうような。 王が倒れた後、残されたのは宝箱だった。 今さら、手に入れてないものじゃないはず。疑うこともなく、僕はその箱を開けた。 中身は、すぐにイメージとして表示される。 ”「夢幻庭園のコンパス」を手に入れました” 「夢幻庭園のコンパス、ね…」 コンパスはわかる。持っているだけで使える使用回数無限のレアアイテムの1つ。 使うと、タイトルにちなんだフィールドへ一気に飛べる、というもの。 普段は街の名前が刻んであって、その街へと脱出することができる。コンパスでしか行けないフィールドがあり、そこにレアアイテムがあることもある。 けど、僕には夢幻庭園という言葉がどうも引っかかった。 ”移ろいゆく夢幻の庭園”その存在だ。 もし考えとおりなら、これを使えば行ける。 けれどどうしてこんなところに?という疑問も浮かんだ。 ”移ろいゆく夢幻の庭園”があるのは、一般が入れない隔離サーバーだ。正規版サーバーにあるこのフィールドからどうやって飛ぶというのだろう。 僕が隔離サーバーに行ったのは2回。どちらも自分の与り知らぬ所で飛ばされた。 「…使って、みるか」 あれから、ロストブルーは姿を消した。 豪の行方も知る由もない、カイくんに聞いてみても、蒼穹の牢獄のフィールドそのものに大きな穴が開いており、観測したときには、もう豪はその場から姿を消していた。 そう聞いている。 ブレットのほうも、やっぱり行方がわからない。スターゲイザーのメンバーも行方がわからないらしく、サークルは自然消滅になりかけ。 これは、確かな手がかりかもしれない。 虹色のコンパスを、掲げた。 使いますか? →はい いいえ 「……っつ!!」 少しの眩暈の後、僕は迷宮から飛び去った。 フィールド:移ろいゆく夢幻の庭園〜廃華〜 「ここ、は…」 一度だけ見た、庭園だった。ゲートの位置と壊れた礼拝堂。しかし空は灰色だった。 礼拝堂には蔦が覆い、何百年も時を重ねたような廃墟が、そこにはあった。 武装を解除し、最低装備に戻す。 どのみち、ここでは武器はなんの意味もない。ただ、ソニックだけは、いつでも出せるように握り締めた。 ギィ、と音がして扉を開ける。ステンドグラス越しの光が落ちた。 「……っ」 その光景に、息を呑む。 パイプオルガンも、音を鳴らすことをやめ、教会に覆った蔦が奏でるのを阻害する。 「… ……」 その中で聞こえる詩。さっぱり言語はわからない。それはある場所から流れていた。 このまま進むとある、あの天使像の前だ。壊れてしまって表情がわからない天使。その台座の下に彼はいた。 ロストブルー。喪失の青と呼ばれるキャラクター。ひざを軽く抱えて、蹲っていた。 ただし、その様相はまったく異なる。 胸には大きく穴が開いており、天使像の衣服がそこからみえる。髪は解かれ、ばさばさ靡いて。装備もぼろぼろの状態。 眼はうつろに見開かれ、どこを見ているのかわからない。 時折、傷口である穴がうずいて、少しずつ埋めていく。うずいているのは電子というか、そんな風に見える光の粒子だった。 持っていた剣は投げ出され、床に転がっていた。 「ロストブルー……いや…マグナム…なのか?」 少しずつ、少しずつ、歩を進める。 「……」 ぴく、とロストブルーが反応を示した。 少しだけ顔を動かして、僕のほうをしっかりと見た。 「……」 「お前……生きてたんだな…生きてるってのも、なんか変だけど…」 語りかけても、元々言葉が出ない。そしてこの状態では動作をすることさえ、困難なのだろう。それほどひどく、ブレットに痛めつけられた。 「大丈夫…なのか?」 「……」 しっかりと見ているが、反応を返さない。さて、どうしたものか。 悩むジェスチャーをしてみせると、ロストブルーはふっと目を閉じる。 「”ロストブルー”がトレードを求めています。受けますか?」 いきなり出たウィンドウ。トレードの案内通知だ。つまりアイテム交換したいと言っている。 「…お前、僕が何しに来たのか、知ってるのか?」 「……」 やはり、反応は返さない。じっと僕を見つめ返すのみ。 「…わかったよ」 サークルマスター、カイから預けられ、ロストブルーに会ったら渡すように頼まれたもの。 それは卵だった。 ペットとして通常使われる、可愛らしいキャラクター。戦闘を補助してくれることもある。 しかし、なぜカイがそれを渡すようにしたのか。 「改造してるんです。公式チートなんですよ」 そう茶化していた。 卵をトレードスペースに移動する。ロストブルーはというと、アイテムを1つ、準備した。 トレードは速やかに終了する。 「”青の星見盤”を手に入れました」 「これは……」 青の星見盤。特定の敵の分布地域を示すアイテム。なぜこれを。 「……」 一方、卵を受け取ったロストブルーはそれを空中に浮かべ、じっ、と見つめた。何かを探るように。 ゆっくりと手を動かして、卵に触れた。 卵が、震える。 「そんなバカな…」 卵からペットが還るには通常ゲーム時間で10時間かかる。それを一瞬で孵化させる気なのか? けれど、ロストブルーならそれも可能かもしれない。それか、カイがしたというチートなのか。 ぱき、と卵が割れた。 「ぐるる……」 一瞬の光のあと、卵は消失し、変わりに黄色の毛並みをしたモンスターが一匹。 「星狐」と呼ばれる種だ。長い尻尾の端が星型としていて、耳が長いのが特徴。 ばさばさと首を振ると、今度は青い眼でじっと主であるロストブルーを見つめた。 「…これが、カイくんが渡したモンスター?」 どんな改造かと思ったら、生まれるのが早かっただけで、あまり変化がない。 いったいどうなっているのか。 「…いったい、何がどうなって……」 しばらく見つめあっていた星狐とロストブルーだったが、くるりと星狐がこちらを見た。 とことことこ、とこちらへ駆け寄ってくる。 「…え?」 飛び上がったと思うと、ぺち、と尻尾で頬をはたかれた。といっても痛みは感じないけれど。 「な、なにを…」 「気がついたか?いつまでもぼおっとしてるんじゃないぜ」 チャット画面のウィンドウに文字が映し出された。 名前は「マグロク」とある。 耳をぴくぴく動かしながら、じっとこっちを見つめていた。 「今の…君が喋ったの?」 「あったりめーだろうが。俺以外に誰が喋るんだよ」 こいつが喋れないことは知ってるだろう。と、また答える。 「え、えっと…」 困惑するしかなかった。ペットの星狐が話すなんて聞いたことがない。どうすればいいのか。 「なぁ、1つ確認してもいいか?」 そしてこちらの困惑など全く無視して、星狐は問いかけた。 「な、なに?」 「お前は、これが何か知っててよこした?それとも、知らないまま?」 これ、というのは、おそらく星狐のことだろう。何か、と言われても、渡すように頼まれただけで何も聞いてない。改造を施した、くらいにしか。 「……知らない」 「そうか…まぁ、いいや……今は大人しく鈴をつけておいてやるか」 星狐は、一人つぶやくと、こっちを見た。 「俺は、マグロク。お前は紅蓮の死神だな、"retsu"」 ぺこ、とお辞儀をする動作をした。 「マグロク…」 かつて、豪が制作したセイロクの名前だ。まさかこんなところで。 「俺に、聞きたいことがあったんだろう?」 まるで豪が言うような口調で、マグロクが問う。 「まぁ、鈴付きっていうのは正直なんとも言えないけど、こちらとしてもチャットツールがあったほうが助かるからな。使えるものは使っておくぜ」 そうマグロクはいい、あくびをした。 「君は…ロストブルー、なのか?」 「俺はマグロクだって言ってんだろ、蹴るぞ」 「あ…」 キャラクターが愛らしいくせに、口調が激しく似合わない生意気口調。そのギャップに面食らってしまう。 「お前の言いたいことはわかる。だけど俺はマグロクだ」 「…わかったよ、マグロク」 言うと、嬉しげに首を振った。そして虚ろに目を見開いたままのロストブルーを見つめる。 「まったく、バックブレーダーの奴…せっかくゴーがくれたPCを根幹からぶっ飛ばしやがって。直ったらぶっ飛ばしてやる…」 「豪が、くれた?」 その言葉に、マグロクはしゅん、と耳を垂れる。 「ロストブルーは"GO"のコピーPCだ」 "GO"か…確か、テスト版の豪のPCはそのままの名前で"GO"とつけていた。 「なるほど…豪と会った時の中レベル剣士…あれの成長した未来の1つがロストブルーか。道理で似ているはずだ」 「……」 それも今は壊れ、修復の真っ最中。 豪とロストブルーの間に何があったのか、僕に近づいた目的は何なのか。豪を助けられるのか。 聞きたいことはたくさんあった。 (いつも、聞いてばかりだな。僕は…) 真実を知る道のりはまだ遠い。それでも、一歩でも先に進みたい。 しばらくロストブルーを眺めていたマグロクだったが、やがて沈み込む口調で言った。 「…お前の手を、借りるつもりはなかった」 「え……」 「みんなを悲しませて、豪を殺したのは、俺なんだろう?」 「……知っていたのか…」 「豪がどうなっているのか、わかったのはつい最近…正規版サーバーに出られるようになった頃。だからこそ、強くなる必要があった…豪がくれた身体で。失ったものを取り戻したかった」 ディオスパーダにやられて、言語機能は使い物にならなかった。 それでも、強くなければならなかった。 「そして、気づいた…俺がどういうことができるのか、を」 規格外のことならいくらでもできる。けれどそれをするのはプライドが許さなかった。今は”ひとりのプレイヤー”だから。人間だろうがAIだろうが関係ない。 人間と違うのは、肉体労働に縛られないゲームプレイスタイル。 「寝食もいらない。疲れることもない。"This world is my world"…お前よりは、レベル上げは簡単だったかな」 マグロクは小首をかしげた。 烈はというと、マグロク…ゲームプレイヤー"MAGNUM"の気持ちが、わかる気がした。 なによりも自分が豪を奪ったことに責任を感じ、チートならいくらでもできるはずなのに、プライドからそれをしなかった姿勢。 壊れかけの豪のコピーPCに"ロストブルー"と名づけたのは、彼なりの戒めだったのかもしれない、とも。 「そして、強くなりながら豪とあれを探した」 「あれ…?」 「…豪をあの木から開放する鍵…ディオスパーダに襲われて…データの海に落ちていったときにどこかに落としちまったみてーでな」 正規版サーバーにあることはわかってるんだけどさ、と付け加えた。 「じゃあ、ロストブルーがところどころに現れていたのは…」 「その星見盤を見ながら、それを探してた」 今は自分の手にある、”青の星見盤”これが、豪を縛る樹を解く鍵。 「マグロク…これを辿ってそのアイテムを見つければ、豪は開放できるんだね」 こく、と頷いた。 「本当は修復中のところなんて見せたくなかったんだけどな…時間がないんだ……ディオスパーダが最悪の手段に出る前に、豪を助け出さないとな」 「最悪の手段?」 「……ディオスパーダが求めるものを見つけるための、最悪の手段」 「求めるもの…」 「”ミニ四駆”にとってはなくてはならない。そして、それは求めるものであり、求められるもの」 まるで歌うような口調で、マグロクは呟く。 「求めるもので、求められるもの、か…」 なんとなく、答えはわかる。けれど、それをするための最悪の手段、がわからない。 マグロクはわかってるようで、だからこそ、「手を借りるつもりはなく」ても、僕をここに呼んだんだろうから。 「…なぁ、"retsu"」 「わかってる、君がしたいことは…一緒に探そう」 しゃがみこんで手を差し伸べると、とことことマグロクは走り、マフラーで覆った肩の上にツメを立ててしがみついた。 「よろしくね、マグロク」 くるる、とマグロクが喉を鳴らす。 ステータスにペット:マグロクと表示されていた。 修復中のロストブルーを残して、外に出る。相変わらず、空は灰色のままだった。 左肩に金色の獣を、右腕に死神の鎌を。これじゃ、死神らしくもないな、と少しだけ思った。 「マグロク、その"鍵"の名前は?」 「……マグナム・セイバー」 豪のマグナムシリーズの始祖にあたるマシンの名だ。ロストブルーにとってもたぶん。 「やっぱりね、そうじゃないかと思った。豪の装備品だったから」 「セイバーは今は正規サーバーにある。場所は…」 ”青の星見盤”を広げた。 青く染まった星座は、島の形を指し示している。 「"謳われし流転の黎明城"、だね」 「…フラグメントフィールドだ」 ぼそりとマグロクが呟いた。 「えっ、だってフラグメントフィールドってテスト版サーバーにしかないんじゃ…」 「黎明城はテスト版でラストダンジョンとして設定されていた。グラフィックはテスト版から引継ぎ。一部エリアもテスト版から持ってきてるな」 傍目にはわからないだろうけどな、と付け加えた。 「なるほどね、欠片でも使えるものは使ったって訳か」 ラストダンジョンならそのまま使ってもなんの支障もないだろう。 「…俺も、1つ聞きたい」 「…なに?」 「…兄貴は、どうしてる?」 「……」 すぐに、答えられなかった。ゲームプレイヤー"MAGMUM"の兄。僕だってそれが誰を何を、指してるのかくらい。 「…僕の、手元にあるよ。"ここ"に呼ぶつもりだ」 「そうか…」 このディスプレイから少し眼をそらせば、彼はいる。名づけるなら"SONIC"そう呼ばれるだろう、彼を。 「俺のしたこと、兄貴は許してくれるかな」 マグロクは独り言を呟く。 「それを言うのは、きっと僕の台詞だ」 「…一緒に謝ってやるよ」 「ありがと」 そっけないのは、きっと気遣いだろう。 "MAGNUM"は豪に似て、それでも膨大すぎる知識量の片鱗が垣間見えた。 人間の脳ではできないこともできる。そして、こころを持つ。彼がAIなら、間違いなく最高傑作で、誰しもが賞賛するモノだ。 けれど僕はそうはしない。 彼はひとりのゲームプレイヤー。ただそれだけ。そして今は僕の相方になっている。 庭園の扉から言葉を開く。 向かう先は黎明城。こんどこそ、光ある手がかりを。 |