Blossom Storm 前編
烈兄貴の誕生日5日前。そいつは突然やってきた。 「ごきげんようー、ですわー」 よりによって、烈兄貴のいないときに。俺が気持ちよく昼寝をしていた所も一切合切無視してガラスを叩き割り。 「うわああ!」 絶叫して飛び起きたときには、布団の上にはガラスが散らばり。部屋の中にはパラソルをさした女の子。 その顔には見覚えがあった。一度見たら忘れられるわけがない。 藤吉の妹、チイコだった。 「こほん。折り入って、相談したいことがありますの」 有無を言わさないお嬢様言葉で、丁寧にお辞儀をした。 「…その前に、ガラス、片付けてくれないか?」 「後で弁償いたしますわ。話を聞いてくださらないかしら」 「……どーしろっていうんだよ」 この暴走お嬢様に、一般感覚を掴め、っていうほうが無理なんだろうか。人の事言えた義理じゃないだろう。とここに烈兄貴がいたら。突っ込まれたかもしれない。・ それはともかく。 「で、烈兄貴じゃなくて俺に突撃したのは何の用件なんだよ」 「…烈様が今欲しがっているものは、なんですの?」 極めて普通の質問に、一瞬俺のほうが時間が止まった気がした。 「烈兄貴が欲しいもの?」 「ええ。パーツならいくらでも差し上げられますが、せっかくの烈様の誕生日、心を込めて祝いたいものですもの」 「そういうこと、か…」 そういえば、あと5日で烈兄貴の誕生日だ。 あと5日。そしてふと思い出した。 (…しまったー!) 昨日パーツ買って小遣いを使い果たしていた俺は、烈兄貴に祝えるだけの金が残ってない。 こんなこと兄貴に知られたら…。 「ははーん、またお前、パーツにお小遣い使い果たしたんだろー」 「じゃ、豪の誕生日プレゼントもなしだなー」 …言いかねない。すごく。 「どうしましたの?」 「いいや、なんでも」 こいつの目の前では言い出せないだろう。 「それで、聞きたいのですが。烈様が欲しいものってなんですの?」 「う〜ん…」 ここ1週間の烈兄貴の言動を思い出してみる。 一昨日、こつこつ手伝いをして溜めていたお金でパーツ買ってた。 撮り溜めてた時代劇を見てた。 テストで98点で学年2位だって言ってた。 桜が咲いた、と晩御飯で喋っていた。 ソニックの調子がいいってJに自慢してたな。そういえば。 特に何か欲しがっていたのもの…。思い当たることが一昨日解消されてしまっていた。 「ない、と思うぜ」 数分考えて出した答えがそれだった。 「ええっ!ないんですの?」 「確かに、パーツいっぱいあれば烈兄貴喜ぶだろうけどな…。それ以外ってなると。兄貴なら”祝ってくれるだけで嬉しい”とか言うぜ」 「祝ってくれるだけ…」 恋する少女としては烈兄貴に特別なものを渡したいんだと思う。 それだけ悩んで相談しに来たとなると、俺のほうも、なんだかこいつを憎めなくなってしまった。 ガラスが部屋に大量に散らばっているが。 特別なこと、か。 「あ」 「何か思いついたんですの?!」 「レース。烈兄貴の誕生日金曜だろ。土曜休みだから、めいっぱい。泊りがけレースくらいならできるだろ。最近ソニック改良したって言ってた」 「それですわ!」 パン!と手を叩きつつ叫んだ。 「烈様のための烈様のためだけコース!これで決まりですわ!」 「そんなあっさりと…というか、烈兄貴一人じゃレースはできないだろ…」 「なら、あなたが相手すればいいですわ!ビクトリーズの方も連れて行きますわ!」 「…は?」 確かに、そうなるが…。 「あなたには、コースの監修をお願いいたしますわ」 「へ?」 「烈様の得意なコースもあなたなら知り尽くしているでしょう?」 「そりゃ、知ってるけど…」 「では、決まりですわ!」 早速準備に取り掛からなくっちゃ、と。彼女は窓から出て行こうとする。 ガラスが散乱してクローゼットに傷を付けていった。 「ちょ、ちょっと待て」 「なんですの?」 「いいから、少し話を聞けっつーの」 なんだろう。こいつといると、烈兄貴がどうしてため息ばかりつくのか、わかる気がする。 一回思い込んだら猪突猛進。 こいつ、方向性は違うけど、俺とよく似ているのかもしれない。 「1つ、ガラス片付けていけ」 「電話をいたしましたので、このあと片付けてくれるはずですわ。ガラスも元通りにいたしますわ」 …こういう場合は素早いな。 「もう1つ。なんで俺なんだ?」 「誕生日のお祝いに烈様ご本人に聞くわけにはいかないですわ。だから一番近いと思うあなたに聞くことにしたんですの」 「コースの監修ってのは?」 「烈様が高速カーブが得意ってことはわかってますわ。プロに任せてもいいのですが、今回は”お手製”を出したいと思いまして」 「……」 さすがお嬢様、人との相手は上手い。 しかし、これだけの規模で祝い。しかも泊まりがけとなると…烈兄貴はまず間違いなく、迷う。 家では母ちゃんが毎年手作りでケーキを作っていたはずだから。となると方法は1つ。 そして俺のほうも金不足で困ってるからまさに一石二鳥。 「おい」 「なんでしょう?」 「…その烈兄貴の誕生パーティ、俺も混ぜろ。あと2人もな」 「構いませんわよ。烈様の誕生日、4月10日はちょうど桜が見ごろですの。花見レースといたしましょう」 「OK」 「では、早速。参りますわ」 そんなわけで。俺は彼女の誘いに乗ることにした。 あと2人は、当然ながら母ちゃんと父ちゃん。 兄貴への誕生日へのカウントダウンがはじまった。 ◇ ◇ ◇ 「ただいまー、それじゃ母ちゃんいってくる!」 「気をつけていきなよー」 カバンを放り出した音とほぼ同時感覚で、ばたばたと階段を下りる音が聞こえて、僕は雑誌から顔を上げた。 (また、か) ここ3日、豪の顔をまともに見ていない。いや、見てはいる。夜中になればさすがに豪は帰ってくるし、テレビはあーだこーだ一緒に見ている。 ただ、それ以前の夕方の時間にまったく豪の顔を見ていないのだ。 3日。たったそれだけなのに。不思議を違和感が湧くものだと思った。 なにかはまったものでも見つけたんだろうか。 見ていた雑誌を閉じて、リビングへ向かう。 「ねぇ母さん」 「ん?」 この時間は、母さんは夕食を作っている。どうやら今日はシチューらしい。 ことことと鍋の中身が煮える音がした。 「豪、どこへ行ったのかな」 「さぁねぇ」 「さぁね、って母さん知らずに豪送り出したの?」 「……」 何も言わずに、せっせと付け合せのサラダを作っていた。 「烈、今は黙ってみてておやり」 にこ、と母さんは嬉しそうに笑った。 母さんも何も言わない。けれどなんとなく理由が分かってしまった。 「あ、もしかして……」 明後日は僕の誕生日だった。4月10日。豪からなにかもらえるか、なんて期待もしてなかったんだけど、豪はもしかしたら、何か準備をしているのかも。 知っているのなら、止めないのもうなづける。 「今は、黙って楽しみにしていること。いいね」 「ん、わかった」 「それでよし。豪はもうちょっと時間がかかるだろうから、先に食べていようか」 「いいよ、待ってる」 「そうかい」 豪は豪なりに、頑張っているらしい。 僕ができるのは、なんだろう。とわくわくしながら待っていることだけだ。 それはまるでクリスマス。だけどそうなるとサンタが豪になるのか? 「ただいまー」 「おかえり」 豪がこっちに来たとき、一瞬眼があって、もしかして「知っていることがばれた」と思ったけど、どうやらそうではなかったしい。 「今日シチューなんだ」 「それじゃ、食べようかね。お父さんはもう少し遅くなるって言ってたから」 「はーい」 「豪は手を洗ってから」 「…はーい」 豪が何をしていても、ひたすら気にしないを貫き通すまでだ。 それでいい。 こっちだってやりたいことがあるんだから。 だけど。 「…豪」 「ん?」 「お前、何の思い出し笑いしているんだ」 「え、そ、そんなことねーよ!マグナムが今日ぶっちぎりだったからな」 「そうか」 母さんが教えなくても、この豪の言動で何かしら察しがついてしまうだろう。 (隠すならもう少し俺にばれないようにしろよ、豪) 心の中でそう応援せずにはいられなかった。 (人が隠し事をしていると分かっていても、聞かないのが祝われる側の気遣い) 「うーん…」 気持ちはよくわかるけれど。嬉しいことはうれしいのだけど。 その翌日からだ。 「Jくん、ソニックについて相談が…」 「あ、烈くんごめん、今から出かけるんだ、また今度ね」 「藤吉くん、なんか藤吉くんの家に桜が増えてない?」 「き、気のせいゲス。気のせい」 「…ファイター」 「烈くん、今は何も聞かないでくれ!」 …わかりやすいにもほどがある。 はぁ、とため息をつきつつ、自室へ引きこもった。 どうも大規模らしいが。気になる。周りのほとんど巻き込んでるんじゃないだろうか。 「俺に隠し事しないのはお前だけだよ、ソニック」 そう呟くと、ソニックは笑うように光を反射して見せた。 そうして、4日。 その間、ほぼ周りのメンバー全員がぐる、ということに気づいた。 (どれだけ参加してるんだよ、ただの誕生日なのに…) 4日間、豪にもみんなにも話しかけるのをやめていた。言っても向こうはまともに返事をしてくれないことがわかっているから。 誕生日が早く来て欲しいと思ったのははじめてなのかもしれない。 寂しさと嬉しさがごちゃまぜになっていくのに、そう時間はかからなかった。 きっと気づいてくれないだろうけど。 そして、4月10日になった。 4日のうちに、桜はすでに葉桜になりつつある。 口をきかない日がもう数日だ。今日は学校が終わったらまっすぐに家に帰った。 「ただいまー」 いつもの声がしなかった。 「母さん?」 台所に行くと、手紙が置いてある。 ”出かけてきます。晩ごはんは用意するので待っていること” 「はぁ」 いつまで待っていればいいんだろうか。わけがわからない不安だった。 「ま、いいや。誰もいないなら…ちょっと寝てよう」 せっかくの誕生日なのに、少しだけ憂鬱だった。 だるだると惰眠を貪る。 簡単に寝てしまえればいいのだけど、明るいしまだ早いので寝る気にすらならない。 時刻は6時を指していた。 「母さん、遅いな…」 そう呟いたときだった。 空から轟音が響いた。 ばりばりばり、とヘリコプターのプロペラが回る音だ。 「…えええっ!」 眠気も吹っ飛び、慌てて飛び起きた。 「烈さま、こんばんはですわー!」 「ち、ちいこちゃん…?」 いつもの黄色のフリルのワンピースではなく、桜色のワンピース。 「烈さま、ようやく準備が出来ましたの、行きましょう!」 「そうそう、主役がいないと始まらないだろ?」 ヘリの中に、豪がニヤニヤしながら座っていた。 「ご、豪まで?なんでここに」 「説明はあとでいたしますわ!ささっ、いきますですわー」 「えええっ!」 いきなり手を引かれるまま、ヘリにベランダから乗り込むことになった。 その先は、もうやられたい放題。 藤吉くんの家に屋上から運ばれたのかと思ったら、いきなりメイク室に放り込まれ。 眠りかけでめちゃくちゃになっていた髪を直してくれた。 あとは軽くメイクもされたような気はする。 服は変えなくてもいい、と力いっぱい断った。 さすがにただの自分の誕生日にタキシードはどうかと思う。 「烈様、支度できました?あら。着替えませんの?」 「あ、うん…それは、遠慮しておくよ、恥ずかしいし…」 「そうですわね。烈様はいつもの服装のほうがいいのかもしれませんわー」 そういうと、手を振ってメイク室から出された。 「今回は、精一杯お祝いをさせていただきますわー」 ぺこり、と頭を下げる。 「あ、ありがとう…」 そんなに大げさにしなくても…、と少し思ったが。これが彼女並みの精一杯なのだろう。 「では、この扉をあけてくださいですわ」 その先には、大きな両開きの扉があった。 思い切って開ければ、そこは真っ暗だった。 「…へ?」 「では、みなさん、準備はOKですこと?」 ぱちん、と電気が付けられた。 「ハッピーバースデー!!」 「誕生日おめでとう!」 「おめでとう!」 口々に言われる言葉。そしてクラッカーの鳴り響く音と、ど真ん中に飾られた、まるでウェディングケーキの大きさのケーキ。 いったいいつの間に飾られたのかと思うほどの装飾と、料理の数々。 そして、ミニ四駆で知り合ったライバルや友人たちがそこにみんないた。クラスのメンバーまでいる。 「…」 しばらく、呆然としているほかなかった。 「烈兄貴、ほら、なにぼけっとしてるんだよ」 「うわっ」 豪に肩を叩かれ、はっと我に返った。 「豪、これは…」 「決まってんだろ。烈兄貴の誕生日パーティだろ」 「ごめんね烈。いままで黙っていて」 そういうのは母さんだった。 「母さんまで巻き込んでいたのか…」 「今回のお料理式は良江様にお任せしましたの。ケーキも手作りですのよ」 チイコがにこにこしながら言う。 「え、この料理、全部母さんが?」 「手伝ってもらったのもあるけど、ほとんどは作ってよな」 「こんな大きなケーキ作ったの母さん初めてでね。うまくできてるといいのだけど」 豪と母さんはどうも和気藹々と話している。 「…ありがとう、豪、母さん」 「いいって、気にすんなよ」 「腕によりをかけたから、めいっぱい楽しんでおいで」 「…うん!」 「それでは、メインイベントは今から60分後にはじめますわ。皆様、存分に楽しんでくださいですわー」 チイコちゃんのアナウンスで、一斉に自分へ「おめでとう」という言葉が降ってくる。 「おめでとう、烈くん」 「チイコが烈くんを思いっきり祝いたいというんで、ついつい載ってしまったゲス」 「メインイベント、に惹かれてね」 わざわざやってきたのであろう、リオンが笑って言った。 「メインイベント?」 「詳しいことはあとで教えてもらえるんだろう?今は楽しむべきだよ」 それもそうか。とビュッフェ形式で並べられた母さんの手料理の数々をテーブルで楽しむことにした。 |