ねこねこびより。



「豪、醤油大さじ2、酒大さじ1、あとみりん少々」
「了解」
冷蔵庫には野菜は結構あったから、簡単な野菜炒めと、肉じゃが。
烈一人で全部作るつもりだったが、なぜか近寄ってきた豪に、暇なら手伝えと言ってしまい。
「兄貴、肉じゃがって甘め?」
「お前に任せる」
いつのまにか、野菜炒めが僕、肉じゃがが豪担当になっている。
適当に塩コショウを振り、
「よっ、と…」
フライパンを振る。
2人分だから、そんなに量が多い、というわけではない。
間違っても豪は現役高校生の食べ盛り。
烈以上に食べる。
「こっちは出来たから、お皿によそっておくな」
「んー」
豪は料理が手馴れている、と言ったが、どうやら本当らしい。
手際のよさが、烈以上だ。
味付けは…まだ食べていないので不安なところもあるけれど。
「よし」
こっちの炒め物も完成して、大皿に盛り付ける。
その間に、箸と茶碗を豪が用意してくれた。
「ありがとな」
「別にいいよ」
豪は普通に言って、自分のテーブルに着く。
「ナー」
烈を見上げて、コールが鳴いた。
「あ、ダメじゃないかコール」
「こっちも腹減ったらしいな」
豪がテーブルから立ち上がり、鞄の中からキャットフードを出した。
「ナー」
いつのまにか、豪のそばにレンがちょこんと座っている。
「ほら」
皿にざらざらと盛ると、二匹は先を競うように食べ始めた。
「……」
夢中になるコールとレンをそれぞれ撫でると、豪は元のテーブルに着いた。
そのまま食べようとするところを烈が止める。
「手を洗え」
「なんで」
「猫触っただろ」
「………」
一瞬、きつい目で烈を見たが、豪は大人しく手を洗う。
「じゃ、食べよう」
「いただきます」
2人して手を合わせ、黙々と食べ始める。
星馬家のキッチンにテレビが無いからだ。普段は母親が会話を切り出すのだが、烈と豪が何も喋りださないと、閑散としてただ食器同士があたる音と、猫2匹が食べる音だけが響く。
「豪」
「何?」
「意外といけるな、この肉じゃが」
「……」
豪がじっと見ている中で、烈はふと笑った。
それを見て、豪も自然と笑みがこぼれる。
「甘すぎない?」
「別に、俺はこういう方が好み」
じゃがいもを頬張る烈は、熱いといいながらもふもふと食べている。
「そっか」
「そっちこそ、野菜炒めどうなんだよ」
「ちょっと塩辛い」
「な…」
「でも許容範囲だな」
だからいい。と皿を手にとって、掻き込んだ。
「俺も、料理やってようかな…」
「う〜ん、俺は食べてみたい気がするけどな、あんまり機会ないだろ」
「まぁな」
たいてい母親が作るし。休日くらいしかないだろう。
「俺が教えてやろうか?」
「いい。本なら母さんが集めたのがあるし」
「ちぇっ……」
ちぇっ、って何だ、と烈は内心で突っ込む。
「洗い物は俺がやっておくよ」
「へぇー珍しい。豪が自分から言い出すとは。明日雨か?」
「そうじゃなくて、烈兄貴、コールとレンにあんまり触ってないだろ」
「ん、まぁしょうがないよ。あの2匹にとっては俺は他人だからな」
その2匹はとっくに食事を終え、レンは相変わらず大人しく、コールはカーテンで遊んでいる。
「そういうんじゃないって」
神妙な面持ちで、豪が言う。
「お前、いつのまに猫の気持ちがわかるようになったんだ」
「…あの2匹、なんか、俺達に似てたから。なんとなくな」
「はぁ?」
ごちそうさま、と豪はあっさり烈以上の量があった野菜炒めと肉じゃがを食べ終わり、お茶を飲んだ。
「この家着てからずっと警戒しっぱなしのレンとか、烈兄貴そっくり」
「……」
確かに、レンはあまり動かない。いつ敵が来てもおかしくないとばかりに回りに気配を放っている。
「コールは俺に懐くけど、どっちかいうと烈兄貴に興味があるっぽいな」
ナー、とよく鳴くコール。料理を作っている間にも、あっちこっちに移動していた。
「よくわかるな」
「まぁ、その辺の勘は、小学生のときから変わってないらしいから」
くす、と豪は笑った。
「前よりは丸くなったつもりだけど、やっぱ変わらないものは変わらないな」
「変わったら怖いんだけど」
「違いない」
ナー、とコールが窓を見て鳴いた。


※  ※   ※


ザァァァ、と音を立ててシャワーが降り注ぐ。
「……」
髪の毛に泡を立てて流し、その後で身体を洗う。
一回シャワーで全身を流してから湯船に浸かるのが烈のやり方で、そうじゃないと気持ち悪い。
潔癖症、というわけでもない。豪は湯船にいきなり入るし、烈がその後になっても特に文句は言わない。
そのほうがなじみやすい、ただそれだけのこと。
「…ふぅ」
びしょびしょになった髪をざっと握り締めて水を落とし、シャワーを止めて湯船に浸かった。
風呂というものは、一人でぼーっとしてるもの。
シャワーを止めてじっとしていれば、そこは温かいだけの静かな世界になる。
時折、髪から雫が落ちて、波紋を浮かべる。
「……」
脚を伸ばすだけでいっぱいいっぱいの浴槽は、それでも気持ちがいい。
余計なことを考えなくていい。
目を閉じると、温まっていく身体がふと気になった。
脚を見ると、男にしては結構細いほうだと思う。しかも色が白い。
「……」
少しだけ眉を寄せて動かしてみると、水面が蠢いて、その輪郭を歪ませた。
「なんでかなぁ」
わからないことばかりだ。
ネコの感情が分かる豪も。
もやもやしてばかりのこの自分も。

豪は、僕ではない。逆に、僕は豪じゃない。

だから、わからない。
何を考えているのかも、その理由も。
血が繋がっていても、同じ家で暮らしていても。
小さい頃は、その考え方全てを掌握してるつもりだった。
兄でなくてはならなかったから。
豪が何かしてしまったとき、自分しかその理由を理解できないと思っていたから。
それが、豪にとっては迷惑だったのかもしれないけれど。
いつからか、豪は手から離れた。
わからなくなった。

もしかしたら。

豪に執着してるのかもしれない。
豪の全てを、ずっと理解していたいのかもしれない。
そんなことは出来はしないのに。
「ダメだなぁ…」
弟離れできないのは自分のほう。
豪はとっくに兄離れをしていたのだ。
親離れより、子離れのほうがやりにくいらしいが、まさにそれ。
すっかり冷たくなってしまった、濡れた髪をかきあげて、烈はため息をつく。

がりっ、がりがりっ…

「……?」
風呂場の向こうで、引っかく音がする。
折り戸のドアを開けてみると、ナー、と鳴き声がして、すたすたと入ってきた1匹の猫。
「…コール……」
「ナー」
青い首輪をつけ、ぺたぺたとやってきたコールは、濡れた烈を見て鳴いた。
「ダメじゃないか、こんなところまで来ちゃ」
「ナー」
もう一度鳴いた。
(コールは、烈兄貴に興味があるみたいだから)
食事時も、今も、最初にやってきたコール。
あの気難しいレンが自分そっくりだというのなら、こいつは豪かな。とふと思う。
「……」
コールは洗面器にたまったお湯に足を浸け、あまりの湿度に、身を振った。
「ナー」
上を見ながら、鳴いた。
「シャワーか?」
我ながら、どうしてそんなことを思ったのか。
少し温めに設定したシャワーを出し、コールの前に出してみた。
「ナー」
一度鳴くと、ためらわずにコールは前に進み出た。
「ナー」
仰向けになり、ぐるぐると回転しながら、コールはお湯を楽しむ。
「お前って、ホントに冒険好きというか、なんというか…」
「ナー」
「あ、あははっ…」
なぜか、笑い出してしまった。いろいろ考えていた自分に。コールに。
確かに、コールは烈を好いているらしい。
いろいろなところへすぐに遊びに出かけ、きっとレンに鳴かれるんだ。
まるで叱られるように。
「お前はいいよな、豪よりもよっぽどわかりやすいよ」
「ナー」
「よしよし」
一番刺激の弱い石鹸で、コールを洗う。
泡立てられるコールは、くすぐったそうに身をよじり、それでも逃げ出そうとはしなかった。
「ほら、ここもな」
しっぽまで丁寧に洗うと、毛がばらばら落ちる。
明日は風呂掃除かな…とぼんやり思いながらも、コールの泡を落とすと、ずぶ濡れになったコールはじっと烈を見た。
「…なんだよ」
「ナー」
一度鳴くが、烈は豪と違って猫の感情などわからない。
「じゃあ、出ようか」
ざっと水を取ると、そのまま脱衣所まで戻る。
「兄貴ー」
カーテンの向こうで、豪の声が聞こえた。
「なんだよ」
「コールがいないんだ」
「ああ、ここにいる、あとタオル1枚頼む」
髪をタオルで拭きながら、烈は叫んだ。
「ほら」
カーテンの隙間から腕だけ出て、タオルが一枚。
「サンキュ」
コールをあらかた拭くと、ぶるっと身体を震わせて、コールはカーテンの向こうへすたすた歩いてしまう。
「ちょっと、コール」
「ナー」
カーテンの向こうから声。
着替えを済ませ、洗濯物を放り込んでカーテンを開く。
「豪、風呂上がったぞ」
「んー、わかった」
居間でくつろぐ豪に言って、足元を見ると、テレビの下で、コールが丸くなっていた。
「じゃ、俺も風呂に入りますか」
「風呂上がったら洗濯物ちゃんと入れておけよ」
「わかったわかった」
ひらひら手を振って、豪がバスルームに消える。
「ナー」
それに続くように、赤い首輪の猫が歩き出す。
どうやら、レンは豪がお気に入りらしい。
尻尾を立てているので、たぶん、そうなのだろう。
風呂上りの麦茶を汲むと、ふと足元に毛の当たる感触がした。
「ナー」
「コール…」
ソファに座り、麦茶の入ったコップを置くと、コールを持ち上げてみた。
「結構重いな、お前」
「ナー」
膝の上においてみると、温かい体温がした。
「うん、温かいよ」
まだドライヤー掛けてないのにな、と烈は思う。
それでも、その温かさに、眠くなりそうだった。

「兄貴ー、風呂上がった……ん?」

適当な夜間着に着替えた豪が見たのは、とても優しい目をした烈と、コール。
コールはあくびまでしている。
からん、と麦茶の氷が鳴った。
「あーあ、すっかり懐いてやんの、な。レン」
「ナー」
先ほどのコールと似たような状態のレンが、豪を見上げて一度鳴いた。
まるで、仕方ないとも言わんばかりに。

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まったりな夜の2人。
ゴーレツというより、豪←烈?

 


 

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