ねこねこびより。
夜になっても気温が下がらない。 それに、文句を言っても仕方ないはずだったが。 「だーっ!何でこんなに暑いんだよっ!」 「……」 豪はエアコンの効いた部屋から出た瞬間、叫んだ。 「熱帯夜ってテレビで言ってたから仕方ないけどな」 そういう烈も、かなり暑い。 しかし。 「烈兄貴〜兄貴の部屋で寝かせて〜」 「嫌だ」 実は、烈の部屋だけエアコンが付いている。 理由は単純で、自室部屋の使用率が烈の方が高いからだ。 豪は普段居間にいることが多い。 これは居間にゲームがあるため。 そんな理由で烈の部屋のみ、エアコンが設置してあるのだ。 「お兄様、お願いしますっ!」 パン、と手を合わせる。 ナーナー、と交互にコールとレンが鳴いている。 「……」 しばらく豪を見ていた烈は、やがてやれやれとばかりにため息をついた。 「後でブランケット持って来い」 それだけ言う。豪の顔がぱあっと輝いた。 「やったー!」 「なんで17にもなって兄弟で寝なきゃいけないんだよ…」 「いいじゃん、誰が見るってわけじゃあろまいし」 「そういう問題じゃないー!」 普段からやんちゃで世話ばっかりかけていたために、相当のブラコンに育ててしまったらしい。 烈は育て方を間違えたかもしれない、と親並みに後悔した。 いくら暑くたって、兄弟で寝るか?しかも躊躇なしに。 そんなことを心の中で愚痴ったとしても、豪はコールを抱き上げて、喜んでいる。 「……」 幼い頃から伸びていた蒼い髪は、胸くらいまで長く伸びて真っ直ぐな線を描いていた。 背は中学2年のときに追い越されている。 今の差は8cmくらい。 スポーツ系じゃしょうがないか、と今は半ば諦めている。 「俺は先に寝るからな」 「はーい」 どこまでいっても豪は単純で馬鹿だ。 でも、それがなにより安心だったりすることを、自覚していたけど、見ないふりをした。 「あー涼しい〜」 冷房がぎんぎんに効いた烈の部屋。 大きめの籠を出し、適当にものを敷き詰めてそこにコールとレンを置く。 「ナー」 「ナー」 さすが家猫というべきか、居心地悪そうにしながらもころりと横になる。 「ブランケット持ってきたか?」 「もうばっちり」 じゃん、と青色のブランケットと枕を持ち込んで、悪戯っぽく笑う。 「…なんか、嬉しそうなのは気のせいか?」 「だってだって、小学生以来?烈兄貴の部屋で寝るのって」 小学生の時だってしなかっただろ、と突っ込みをいれ、烈はベッドに横になった。 「それじゃ、お邪魔…」 げしっ。 烈の渾身の蹴りを腹に喰らい、豪はひっくり返った。 「痛ってえ!烈兄貴何すんだよ!」 「何するんだはこっちだ!誰がベッドで寝ると言ったんだ!」 「じゃあ俺何処で寝るんだよ」 「ん」 烈は黙って下を指した。 「下?」 下は、センターラグ1枚あるだけだった。 「床で寝ろと?」 「それ以外何処で寝ろと?」 「……」 「……」 2人ともが沈黙している。 しかし、よくよく見ると烈と豪、2人ともがこめかみをひくひくさせている。 「…ナー」 コールの鳴き声が、ゴングだった。 「烈兄貴ひでぇ!弟を床で寝かせる気かよ!」 「エアコンの効いた部屋で寝かせてやるんだ、それくらい当たり前だろう!」 「だからって、一緒に寝たっていいじゃないか!」 「お前と一緒に寝たら蹴り飛ばされて俺がベッドから落ちるのが関の山だ!絶対に嫌だね!」 「烈兄貴のへっぽこぴー!」 「なら自分の部屋で寝ろ!」 「う〜……」 決着は一瞬で付いた。 この手の口げんかは、烈の方が圧倒的に強かった。 「…わかった……」 「ならよし」 少々の優越感を味わいながら、烈はにっこりと笑った。 「……」 豪にしてみれば、本当に久々のことなので、単純に寝てみたかっただけなのだが。 「(やっぱ、嫌なのかな…)」 センターラグの上に横になり、かなり高く見える烈のベッドを見て、豪はふと悩む。 別にいいのに、と思うのに、どうやら思考の複雑な兄は違うらしい。 聞いてみたい気もがしたが、また怒られそうな気がして、やめた。 「電気消すぞ」 カチ、と音がして、目の前が一瞬にして真っ暗になった。 「…なぁ、烈兄貴」 「何だよ」 上から降ってくる声に、なんだか可笑しくなってしまった。 「…なんでもない、おやすみ」 「?」 エアコンの鈍い音だけが、静かに響く。 やっぱり眠れない。隣の部屋なのに、烈が使ってるというだけでなんだか違う感覚がする。 その部屋の香りのせいだろうか。 一方で烈も、下に豪がいるということでなんとなく緊張していた。 小学生ならともかく、シングルベッドで男2人が眠れるわけも無い。 確かに部屋は涼しく、ゆっくり眠れる環境のはずなのに。 「……」 耳をすませてみると、微かに豪が呼吸してる音がする。 なんでこんなに緊張しちゃうんだろうかと不思議に思う。 何度か寝返りを打って、ようやく烈は眠りについた。 翌朝、いつもより早く眼が覚める。 「う……」 ぼんやりした頭で、のそりと身体を起こそうとする。 ふと、手を握られていることがわかって、そっちを見ると。 「……」 豪が寝てた、少し変な体勢で。 一緒に寝ると狭いことだけはわかっていたのか、まるで机で寝ているように、上半身だけベッドによりかかって腕を枕代わりにして寝ていた。 「豪……」 まだ起きる様子は無い。少し絡まった長い髪が目に留まる。 「……お前な…いくらなんでもそれはないだろ」 多分、朝になってきつい思いをするのをわかっていて。 はぁ、と一つため息をついて、豪を起こすことにした。 「豪、起きろ」 「……あ……」 揺さぶると豪はすぐに目を醒ました。やはり眠りが浅かった、普段なら蹴り飛ばしでもしないと起きないから。 「おはよ、烈兄貴」 「変な体勢で寝るなっての」 「あ〜ごめん」 お互いぼさっとした髪をみる。 「変な髪」 「お前もだろ」 そういって、二人して笑った。 ◆ ◆ ◆ 父親も母親もいない朝というのは割と静かだ。 洗濯物を干して、ゲームをやって、あとは何をすればいいのだろう。そうそう、部屋の掃除とか、と考えるものの。 「……う〜ん、暑い……」 暑さに負けていた。 ごろりとソファに横になった烈はその日をぼーっと過ごしていた。 図書館でも行こうかな、と起き上がった頃。 ナー 鳴き声が聞こえた。 「コール?」 テーブルの下を覗くと、しゃがんでいる1匹の猫。 やってくると、首輪が見える。赤い色。 「あ、レンのほうか」 まだ鳴き声で判別が出来ない烈はひまつぶしにとレンを抱き上げる。 ナー また鳴いた。昨日ほとんど鳴かなかったレンが。 「どうしたんだよ、コールはどこいったんだ?」 そういえば、コールが見当たらない。 洗濯物を干して戻ってきたときは、まだいたはずだ。 豪は午前中は部活に行ってしまっている。自分で探すしかない。 「コールー」 バスルーム、自分の部屋、キッチン。 その他、クローゼットの中など、思いつくところを一通り探したが、どこにもいない。 気になったことは、ひとつ。 キッチン脇の裏口が空いていた。 「(まさか…)」 預かっている猫なのに、事故にでもあったら。 考えたとたん、背筋がすうっと冷えた。 「どうしよう…」 レンは探している間ずっと烈に抱かれていたが、ふとするりと烈から離れた。 「レン?」 じっ、と細い目で烈を見つめた。 「そうだよな、焦ってもしょうがないし…探しに行かないと」 自分に言い聞かせるように言うと、外に出た。自分がいなくなると家は無人だから鍵をかけておく。 「(豪は…確か合鍵持ってたっけ)」 思い出し、裏口にまわるとレンもついてきた。 「お前までいなくなると僕が困るんだから、家で待ってろよ」 烈の言葉を無視し、レンはすたっと塀の上に登る。 ふと気配を探るように震えると、歩き出す。 「……」 烈は、そんなレンに何も言わず、ついていく。 コールとレンは兄弟だという。なら、コールの居場所も、レンなら知ってるのかもしれない。 猫の行動を人間に当てはめるのもどうかと思うが、やはりそんな感じがするのだ。 滅多に行かない路地裏や、狭い家と家の間。 レンはまったく躊躇することなく飛び越えていく。 「こんなところに?」 家猫になって久しい2匹がそれでも本能が忘れることもなく、しなやかな身のこなしで行くのを見る。 烈はついていくのはやっとだ。 「レン、ちょっと待って…」 ナー 鳴き声が、遠くで聞こえる。 ◆ ◆ ◆ 「…あれ?」 家に鍵がかかっている。 玄関の前で、豪はふと首をかしげた。 「(烈兄貴、今日出かけるって言ってたっけ?)」 携帯電話を取り出すが、着信歴は無い。 「う〜ん……」 しばらく豪は考えたが、本屋にでも行ってすぐに帰ってくるんだろうな、と単純に考え、持っていた合鍵で扉を開けた。 ナー 声が聞こえて、後ろを振り向くと、しっぽを高く上げた猫が豪の傍にすりよっていた。 青い首輪のついた猫。 「コール、お前なんで外にいるんだ?」 ナー 再び鳴く、どうやら暑いから早く家に入りたいと言っているようだ。 「お前なぁ…まぁいいや、烈兄貴帰ってくるまでお前相手してくれよな」 ナー 答えるように、コールが鳴いた。 |