change my mind
 


人は見かけによらないって言うけど。
実際その人を目の当たりにしてしまったら
いったいどういう対応をすればいいのだろう。

僕は、その対処方法を知らない。



「じゃあ烈兄貴、俺バイト行ってくるから」
「ああ、気をつけろよ」
「おう」
星馬家の土日。朝の風景はこれで始まる。
烈と豪は高校が分かれた。それ故に、規律も違っていた。
烈の通う高校はバイトが禁止だが、
豪の通う高校は、風俗系で無い限りはバイトが許可されている。
ただし、ある程度の成績が必要らしいが。
豪は高校進学直後に受けたテストでそれなりの成績をとったらしく、バイトをはじめることになった。
その仕事を、烈は知らない。
豪が言うには、「見られる仕事」らしい。
ただの接客業だと思っていた。見られたくないから来るな、とも言っていた。
確かに心配でもあったが、いくら兄弟だからといってもプライバシーはある。
烈は一抹の不安を覚えながらも、バイト内容まで知ろうとはしなかった。
「何のバイトしてるんだか……」
どうやら母親も知らないらしい。
それに、烈は烈で今日は用事があった。
ジュンの買い物に付き合う約束がある。
本来は豪が担当することだが、豪は毎週バイトに行っているので不可能だ。
今回だけ、ということで了承したのだ。

約束は1時間後。
時計を見て、烈は支度をはじめた。


※   ※    ※


「烈兄ちゃん」
茶色い髪をポニーテールに結った女の子が手を振っている。
それがジュンだった。
「ごめんね、待たせた?」
「ううん、私もさっき来たところ。それじゃ行こうか」
ジュンは悪戯っぽい顔をして烈と腕を絡めた。
「ち、ちょっとジュンちゃん……」
「いいの、今日はデートのつもりで頑張ったんだ」
「デ、デートぉ?」
烈はそんなつもりが全く無かった。確かに女の子と二人きりで出かけるのだからデートといえばそうなのかもしれないが。
「冗談よ、烈兄ちゃんよりもっといい人に彼氏になってもらうんだから」
「あ、あはは……」
女の子はすごいな、と烈は改めて思った。
ジュンはご機嫌上々な様子で歩いている。
まぁ、たまにいいか。と諦めたように笑うと、腕を組んだまま、通りを歩いた。
「烈兄ちゃんって、ファッションとかあんまり興味ないの?」
「う〜ん…無いって言えば嘘になるけど、そんなに気を使うほどじゃないかな」
「豪は?」
「あいつは……よくわからないな。雑誌読んでるの見たこと無い」
「ふ〜ん……」
服のセンスはばらばらだし、買いに行くときに二人で行くことなんか無い。母さんが選んでるかと思えば、そうでもない。
よくわからない、というのが本当のことだ。
「まぁ、休日に適当に買ってるんじゃないかな」
「そうよね」
二人して笑った。ジュンは烈がこういうのを苦手をしてるのを少しはわかってはいたから、カップルというよりは兄妹のように振舞うことにした。
烈兄ちゃん、と呼んでいるのも功を奏したのかもしれない。
今頃、豪はバイトかな、と烈はぼんやり思った。
お小遣い稼ぎのバイトだろうけど、と思考を振り切って、ジュンの買い物に付き合うことにした。
ついでに、自分の服も買っておくことにする。
赤い髪の自分に似合う色は少ないから、選ぶのは簡単だった。
「烈兄ちゃん、こういうのは?」
「いいんじゃない」
「もう、烈ったら何で自分の服なのに他人事みたいに言うの?」
「そ、そう……?」
結果、ジュンの手助けもあって、あまり自分では選ばないような服を買った。
当然ジュンも服を買い、本当に嬉しそうなので、烈は今日はそれでいいか、と納得した。
「烈兄ちゃん、本屋寄ってもいい?」
「いいけど」
「発売日なの、すっかり忘れてた」
そういうと、ジュンはぱたぱた走っていき、一冊雑誌を手に取って買うと、すぐに戻ってくる。
「何の雑誌なんだい?」
「ん、ファッション雑誌よ。あたし、ここの専属モデルのファンなのよ」
「へぇ、ジュンちゃんがね」
「何よ、悪い?」
ううん、と首を振る烈。ならいいのよ、と納得するジュン。
そのまま、近くにあるイタリア料理店に入った。

「でも、なんか意外だったな。ジュンちゃんがモデルのファンになるなんて」
「まあね、でも本当にかっこいいんだから」
料理を待っている間、ジュンは買ってきた雑誌をぱらぱらめくる。
「おっ、今月は1ページで出てる。かっこいいなぁ」
うっとりとした表情を見せるジュンに、烈はこういうときは女の子だな、と思う。
それほどジュンを夢中にさせたモデルに、烈も興味を持った。
「どんなモデルなの?」
「ん……この人よ」
そのまま見開きのページを見せる。
「……えっ?」
烈は目を疑った。

確かに、綺麗なモデルが一人、1ページの写真で載っていた。
深い藍色の瞳と、ミッドナイトブルーの長い髪。
黒を基調としていて、身体に纏う服と、薄く化粧された姿は、一見すると男か女かすらわからないほど。
しかし、よく見ると、男だとわかる。そんな雰囲気を持った人。

「かっこいいよね。烈兄ちゃんもそう思うでしょ?」
「あ、うん……えっと、なんて名前だっけ……ビート?」
見てみると、写真のところにビートと書かれている。
「うん、本名は公表されてなくて、企業側も出すつもり無いって」
それはそれで、神秘的でかっこいいんだけどね。と、ジュンは笑った。
「そ、そうなんだ……」
烈は曖昧な返事で返した。

「おまたせしました」
注文したパスタがテーブルに運ばれる。
「烈兄ちゃん、食べよ」
「うん……」
そのパスタは美味しかったけれど。烈はそれどころではなかった。
あの、ビートというモデルのこと。
なんでわからないんだろう。
確かに、男の自分から見ても格好いいと思う。
だけど。

だけど。

「ジュンちゃん」
「なに?」
「見て、わからなかったのかい?」
「何のこと?」
「……いや、なんでもない……」
ジュンは本当に気づいていないらしい。
飛び込んだ写真に、一瞬、冗談じゃないかと思った。

髪の色も、目の色も、表情も違う。
けど、そんなものでわからないものなんだろうか。
誰一人として、気づいていないというんだろうか。
疑う余地なんて微塵も無い。
どんな格好だろうと、どんな表情だろうと。



……あれは、僕の弟、星馬豪だ。




※   ※    ※



ジュンと別れて、烈は帰りにこっそりその雑誌を買ってみた。
家に帰り、自分の部屋でぱらぱらとそれをめくる。
モデル”ビート”。
モデル歴は半年ほど、それなのに、その人を惹き付ける雰囲気であっという間に人気を勝ち取った天才モデル。
本名、非公開。
わかるのは、男性であるこということ、若いということ。
この雑誌しかモデルとして登場せず、メディアにも一切出ていない。
それだけだった。
(どう見たって、これは豪だよな)
あの眼差しから、顔つきまでそのままだ。
違うのは、表情と、髪と、眼。
そんな程度で、ジュンさえもわからないほどなんだろうか。

「ただいま」

豪が帰ってきた。
適当に靴を脱ぎ、ばたばた大きな音を立てて、階段を上る。
「豪」
「ただいま烈兄貴」
豪はいつもと変わらなかった。青い眼だし。青い髪。染めた様子も無い。
「おかえり。あとでちょっと俺の部屋に来い」
「ん…いいけど、何の話?」
「それはあとで話す」
「わかった。じゃあ飯食ったらな」
豪はそう言って、鞄を置いて下へと降りていった。
どうせ豪のことだから。

ちょっとカマかければ、ぼろを出すはず。
烈は単純にそう思っていた。

30分後。ノックの音がした。
「烈兄貴、話って何だよ」
豪が部屋に入ってくる。ベッドの上に乗せられた雑誌も、豪の眼に映る。
しかし、豪はなんの表情の変化も無かった。
「豪、いったいどういうことなんだ?」
「…だから、何が?」
「とぼけるなよ」
豪は首をかしげた。何を言ってるのかわからない、という顔をしている。
烈は見開きでビートが載っている写真を豪に突きつけた。
「いったい、どういう経緯でこんなバイト始めたんだ。豪」
「………」
うろたえると思っていた。そうじゃなくても、表情が変わって弁明すると思っていた。
しかし、豪は少し眼を細めただけで、なんの表情の変化も無い。
「なんのこと?」
本当にわからない、という純粋な疑問の顔。
「……お前なんだろ?」
言うと、豪は目をぱちくりさせて、烈を見た。
「言ってる意味が、わかんないんだけど」
くすくす豪が笑い出す。今度は烈が沈黙する番だった。
「俺がこんな綺麗なわけないじゃん。何言ってるんだよ列兄貴は」
「だ、だけど……」
ふっ、と豪は笑みを消した。
「そんなことで俺を呼びつけたわけ?俺は忙しいんだ」
「ご、ごめん……」
どうして、謝らなければいけないのだろう。
疑う余地なんて微塵もなかっった。あのモデルが豪だと。
だけど、豪は表情1つ変えもしない。
だったら。

「あのモデルの名前、ビートマグナムから取ったんだろ」

こういってみれば、少しは変化が出ると思ったいた。
疑惑の目線を、豪は平然として受け止める。
「あのな、烈兄貴。確かにそういう見方もできるけど、俺は違うから、兄貴の勘違いだよ」
「……」
どうやっても、烈に嘘を突き通すつもりらしい。
「いいよ、俺が悪かった」
「全く、なんでこうなるかな」
ちょっと愚痴を言いつつも、豪は大人しく部屋を出て行った。
ぱたん、とドアが閉じられて、部屋には烈一人残される。

(…どうあっても、俺に嘘を突き通すらしいな)

甘く見ないで欲しい。十数年豪の兄をやっている。よく知っている。
(絶対に、しっぽを掴んでやる)
星馬烈の前で、どれだけ嘘をつけるのか。
それがどんなことなのか。

「だけど……なんで、豪はバイトをあれにしたんだ?」


そこまでしてお金を稼ぐ理由だけは、烈にはわからなかった。
 


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タイムリバースがかなり暗い話だったので、今回は軽めに。
モデルさんな豪。だれか挿絵かいてください。(爆)

…冗談です。

背景色変更。ビートの髪色「ミッドナイトブルー」にしてみました。

 

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