change my mind
いつだって傍にいると思っていた。 気づいたらそれがもう手元に無いと知ったとき。 僕は、それを探すのだろうか。 change my mind 2 「おはよ」 「おはよう」 いつもの朝の光景。 どうしようもなく、いつもの光景。 烈が鞄を置いてふと見ると、女の子3人が雑誌を広げて笑っている。 どきっとした。 そのページが、豪…じゃなくて、ビートのページだったから。 恐る恐る、といった雰囲気でそれを見る。 「あ、星馬くん。おはよう」 顔を上げて、女の子達は烈を見た。 「おはよう。ねぇ、そのモデルって、ビート……だよね?」 「そうだよ、すっごくカッコいいよね」 「うんうん。なんていうか、クールっていうか」 「声も聞いたことないし、一回会ってみたいなぁ」 「そう……」 言えるはずが無い。 それが弟なのだと。 「星馬くんも、こういう人がかっこいいと思うの?」 「あ、いや……そういうわけじゃ」 慌てて否定する。確かに格好いいが、そういう問題じゃない。 「でも、星馬くんも結構いけるんじゃないかな」 「…は?」 一瞬、何を言われているかわからなかった。 「モデルよモデル。星馬くんって結構もてるし」 「………」 「え〜、でもビートには負けるわよ」 烈を無視して、また女の子達は話し始めた。 弟と比べられる自分。 そういう場合、いつも豪の方が下だった。 今は、逆転。 烈は、豪より下にいる。 学力だけに集中するこの高校を、これほど恨めしいと思ったことは無かった。 豪は、きっと社会の辛さとか、人間関係とかを知っている。 自分より先に。 悔しかった。 何よりも、豪が自分の手の届かないところへ行ってしまうような気がした。 世界が違ってしまうような気がした。 チャイムが鳴る。 烈は机に座って、ペンを取る。 本当にここにいるべきなのか、と疑問を持って、ノートに文字が埋まっていく。 ※ ※ ※ 昼休み、豪は一人でぼーっとしながら空を見ていた。 (やっぱり、兄貴にはばれたみたいだな) 不安ながらも、きっぱりとビート=豪と言い切った。 (興味ないと思ってたんだけどな) 安直にビートと名乗ったのはまずかったかもしれない。 けど、他の誰にもばれていない。それだけが救いだった。 きっかけは半年前。 『君、モデルやってみない?』 唐突な、スカウトだった。 ちょうど、バイトを探そうと思っていたときだった。 お金も欲しいと思っていた。 そうして、通りを歩いていたときの、偶然の誘い。 豪はしばらく考えて、答えた。 「それ、どれくらいのお金になるの?」と。 『それは、君のやる気しだい』 スカウトの人は、そう答えた。 どうしても、家族にばれたくない、と事務所に言ってまずお願いした。 そのとき、社長は豪の顔を真剣に覗き込んだ。 「ばれないようにすることは、可能だ。君が心を変えられるなら」 そして、豪はビートになった。 カメラに映ること自体は慣れていた。だけどこう表情を作る、というポーズ作りには少々時間がかかった。 最初のうちはまめに事務所に通い、ポーズや表情の研究もしたりした。 「君、センスあるね。こんなに飲み込みが早いのは初めてだ」 才能があったかどうかは、豪にはわからない。 元々の性格と、モデル”ビート”のギャップもあったのか、事務所の人たちとはだいぶ打ち解けあうことが出来た。 だから、今…烈にばれる、ということは豪にとっては予想外だった。 「いったい、どういう経緯でこんなバイト始めたんだ、豪」 言われた瞬間、何を言われたのかわからなかった。 どういう経緯といわれると、たまたま、としか答えられない。 ただ、写真で自分の姿を見たとき、確かにこれは星馬豪には見えなかった。 だから嘘を突き通した。 豪は何も知らない、ということを突き通すことにした。 しかし、あの烈のことだから諦めないだろう。 さて、これからどうするか…… 「何しんみりしてるのよ」 「ジュン…」 ブレザーの制服を着込んだジュンがこちらを見ながらにやにや笑っている。 「ん…兄貴に秘密がばれそうなんで、どうしようかなって思ってさ」 「何?アンタにも秘密なんてあるの?」 「お前な……あるに決まってるだろうが」 はぁ、とため息をついた豪に、ジュンは眼をぱちくりさせた。 「ふーん……あんたがね……その秘密、突き通したいの?」 「まぁな。あと半年くらいは続けたい」 今の活動をずっと続けていけば、目標金額まではそれくらいだろう。 「烈兄ちゃんに嘘を突き通すって、アンタじゃ無理だと思うけどね」 「だろうなぁ〜」 机に突っ伏し、落ち込む豪に、ジュンはよしよしと頭を撫でる。 犬を撫でるがごとくのしぐさに、豪はうらめしそうにジュンを見た。 「なんなのよ、その秘密って」 「言ったら秘密になんねーだろ」 「ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃない」 「う〜」 豪は頭を抱えた。いえるわけが無い。 モデルをやっている、なんて。 どこまで教えればいいものか。いっそのこと、全部教えてしまおうか。 すぐバレそうな気がしてくるが。 「……バイト、の内容……」 「え?」 「烈兄貴に知られたくないんだよ……」 「え?でもバイトしてることは知ってるんでしょ?」 「内容まで言って無いんだ……言ったらきっと白目向く」 尤も、あの様子じゃ確信してるっぽいけど。 しばらくジュンは考えて、こそっと豪に耳打ちした。 「ホストでもしてるの?」 「んなわけねーだろ……」 かなり近いけど。格好も近いかもしれないけど。 「ふ〜ん……ねぇ、私には教えてよ」 「ダメ」 「ケチー」 はぁ、と豪は再びため息をついた。 なんだか、秘密を隠蔽しなくてはならない人物がもう一人出てきた。 こっちはこっちで手ごわい。 今日のバイトは何時だったかな、と豪は半分現実逃避した。 帰りたい、今すぐに。 「じゃあ、なんでバイトしてるのかその理由くらい教えなさいよ」 「バイトする理由か?」 「そうそう」 「う〜……お金稼ぐため?」 「ご〜う〜」 へらっと笑って見せた。ジュンの顔に青筋が立つ。 やばいかな、と豪は思う。 しかし、教える必要はあるかもしれないな……と思い直した。 お金が貯まったら。 その目的くらいは…… 「わかったわかった。教えるって」 ちょっと、とジュンに耳打ちした。 「え〜!!」 「馬鹿っ、声が大きい!」 もごもご言うジュンを無理矢理口を塞いで黙らせた。 教室の眼がいっせいに豪に向く。 あはは、と無理矢理笑いを作ってごまかすと、すぐに興味を無くしたように視線が消えた。 「ぜぇ…ぜぇ……、豪……アンタ本気なの?」 「本気も本気。だからバイトしてるんだろ?」 くすっと笑った。ジュンは急に心配そうな顔になる。 「でも……」 「しょうがないだろ、烈兄貴はバイトできないんだから……俺がやるしかない」 「それ、普通のバイトでできるの?」 「普通のバイトで出来ないから、烈兄貴に知られたくないんだよ」 ぱん、とジュンに手を合わせた。 「な、これで勘弁してくれ。明日の帰りにパフェ奢ってやるから」 しばらく黙ったジュンは、諦めたように笑った。 「わかったわよ、烈兄ちゃんに黙っててあげる。ただし」 「な、なんだよ……」 びし、と豪を指差した。 「烈兄ちゃんにバイトのことがバレたら、私にも教えなさいよ」 「あ〜……わかった」 「よし、じゃあ明日パフェ奢ってね」 条件出してパフェかよ、と豪は机に突っ伏した。 どのみち、豪の精神的苦労は消えそうになかった。 ※ ※ ※ カメラが眩しく光る。 てきぱきと服に着替え、写されるのももう慣れている。 角度に合わせて表情を微妙に変えていくのは、自分で研究して作った。 「じゃあビート、こっちから撮るから」 呼ばれるがまま、要望に応えて表情を作る。 眼を細め、自分のイメージする姿そのままになる。 露出が高かろうが、低かろうが、髪を縛ろうが、変わらない。 自分を抜擢した理由はわからなかったが、今はそれに集中した。 ここに、星馬豪はいない。 いるのは、ビートというモデル。 カメラに目線を向け、その向こうにいつか見えるだろう誰かに微笑む。 凍りついたような心で、笑う。 『バレたくないなら、心を変えることだね』 この髪と、カラーコンタクトだけで、全てが変わる。 「はい、お疲れ様ビート」 カメラのフラッシュが止んで、ビートはぺこっとお辞儀をした。 皆が片付けていくのをじっと見ていく中で、一緒に映った高価な薔薇に、ふと視線を向けた。 「……」 「どうしたの?」 マネージャーの人がビートを見ながら言った。 「いや……なんでもないよ」 「その薔薇、けっこう高いのよ。1つくらい貰っていったら?」 「今は似合うかもしれないけど、帰ったら俺には似合わないよ」 そういって、苦笑した。 「なにか、悩みでもあるの?」 心配そうな顔をした彼女に、ビートは少し息を吐いた。 「ん、ちょっと家族にバレそうなんだ。特に問題の兄貴に」 ビートがお金を稼ぐ理由を知ってる彼女は、理由を聞いてうなずく。 「そっか……でも、あんまり冷たい顔をすると読者にも冷たい印象ばかりでてしまうから、気をつけてね」 「わかってるよ」 ぱさっと、ミッドナイトブルーの髪が眼前に掛かった。 「……」 その向こうに咲く薔薇は、少し暗いクラシカルレッドの花。 (兄貴なら、この色かな……) と、ビートはらしくもなく、豪の表情をして心の中で呟いた。 |
高校生の幼馴染の男女の会話ってこんな感じなんだろうか。 参考にしたのが「涼宮ハルヒの憂鬱」なんでちょっと不安だけど。 ちなみに、クラシカルレッドってこんな色です。 |