change my mind
 


ばれたら困る、ってほどでもないけど。
やっぱりこういうことは
烈兄貴には、知られたくなかった。


change my mind 4


「で、いったいどういう経緯なんだ?」
ビート=豪ということがばれてしまった以上、全て聞くつもりでいた。
落胆した豪を引きずるようにして家に帰ってきた烈は、夕食を後で取ると行って二人で自室に入った。
豪は大人しく床に座っている。
「……どういう経緯、って言われてもなぁ……スカウトされたんだよ」
「スカウトぉ?」
こいつが?といわんばかりの目で烈はまじまじと豪を見る。
まぁ、確かに格好いいかもしれないが、スカウトされるほどか?と烈は思った。
「俺、ちょうどバイト探してた頃だったし、ちょうどいいかなって思ったんだけど……」
「だけど?」
「バレたくなかったから。烈兄貴、何言うか、わかんなかったし……」
目を伏せて、落ち込むような表情をする。それだけ見ると、隣にある雑誌のモデルと同一人物とはとうてい思えない。
ため息をつくような目で、じっと自分の姿が写った雑誌を見ている。
「メイクさんに無理言って、ウィッグとカラコン借りてやってた」
「そうか……」
特に何か言う、というつもりは無かったが、まさかバイトがモデルとは。
烈の予想の斜め上を行っている。
しかもこの変貌だ。こんな表情、”豪”なら絶対に出来ない。
「でも、なんでわかったんだよ、その……俺が、ビートだって」
「え、一目見てわかったよ、なんでこんなところに豪が写ってるんだ、って仰天したけど」
豪が目を見開く。
「一発で、何の疑いも無く?」
「全然。疑いようが無かったね」
「まいったなぁ…それじゃどの道、ばれるのは時間の問題だったって事か……」
豪はわしわしと髪の毛をかき混ぜた。ばれてしまってから久しぶりにまともに烈の顔を見た。
そして、吹っ切れたように笑った。
「仕方ないよな、うん……、ジュンにも言うしかないか」
ぼそっと一人ごとのように言った。
豪は携帯を取り出し、手際よくメールを打ち込んでいく。
烈はというとはいきなりジュンという単語が出てきて眉を寄せた。
「ジュンちゃんに何を言うって?」
「烈兄貴にバイトの内容がばれたらジュンにも教えるって約束してたんだよ」
送信完了、のボタンを押し、豪は携帯を閉じた。
「ちょっと待て、ジュンちゃん豪のバイト知ってたのか?」
「いや、バイトの内容を烈兄貴に知られたくないって、相談はしたけど」
何を驚いているんだろう?と不思議そうな顔で首を傾げる。
「(どうするんだよ豪……ジュンちゃん、ビートのファンなんだぞ、それが豪だってわかったら……)」
わかったら、どうするのだろう?烈にも言葉が続かない。
豪が口止めすれば、何も言わないとは思うが。仮にも豪は人気モデルだ。
しかも、メディアに一切出てこない。会うということだけも希少価値がある。
(もしかしたら…)
「返信が来た」
「なんだって?」

「えっと……”バイト先、行ってみてもいい?”って」


「ダメだ!」
先に叫んだのは烈だった。豪は耳元で叫ばれて、驚き、まじまじと見ている。
「烈兄貴?」
豪からしてみれば、どうしてそんなに切羽詰って否定するのだろうと思う。
もう兄にはばれてしまったのに。いまさら隠し立てすることなんて無い。
動機はもうすこし隠していたいが、自分がビートであるということを、ジュンに知られたところで自分にはなんともない。
「なんで?別にいいじゃねーか」
なんてこともないように言うと、烈はぎっ、と鋭い目線を向けた。
「な、なんなんだよ…」
「豪…お前、自分の影響力わかってるのか?」
「影響力?ああ……俺がビートってことばれたらって意味?」
なんてこともないように答えた。そして、ふっと笑う。
「ジュンだったら黙っててくれる。それに、もしばれたとしても、烈兄貴に迷惑はかけないよ」
「豪……」
携帯に再び文字を打ち込みはじめる。ふと、豪の手が止まった。
「う〜ん……なんて書こう。いきなりモデルです、って書いたら冗談だって思うよな」
「お前な……」
烈の気持ちを無視し、しばらく考え込んでいた豪だったが、はっと顔を上げた。
「そうだ、烈兄貴もジュンも、オレのバイト見てればいいんだよ。ジュンの説得も一人より大勢のほうが説得力あるし」
「はぁ?」
うんうん、と豪はうなずいて、メールを打ち込んだ。

「ビートの撮影シーンだぜ、烈兄貴。見たいと思わない?」

「思わない」
「そうかよ」
がくっ、と首を下げた。
「でもまぁ、行ってもいいか。暇だから」
撮影自体にはあまり興味は無いが、この豪からどうやってビートになるかは気になる。
「本当に?なら決まりだな」
豪は嬉しそうに笑い、ジュンにメールを送り、そのあとすぐに電話をかけた。



※   ※   ※


その週の土曜日。
「豪ったら、結局烈にばれちゃったのね」
「うるせー」
そんな会話をしながら、烈、豪、ジュンの3人は通りを歩いていた。
今回は全員私服なので、そんなに気に留められることも無い。
豪が先頭で歩き、通りから曲がって10分くらい歩いたところだろうか。
ふと止まって、ビルを見上げた。
「ここ、俺のバイト先」
それはガラス張りの、綺麗なビルだった。
烈はじっとそのビルを見て、その次に会社名であろう看板を見た。
「このまま行くのか?」
「まさか」
烈が尋ねると、豪は苦笑して、”裏口から入るんだよ”とぐるりとビルを周り、ちょうど後ろのドアを開けた。
中には受付らしき人物が一人。怪訝そうに、烈とジュンを見た。
「すいません、星馬です」
「ああ、話は聞いてるよ。二人はこれをかけて入ってね」
はい、と来訪者用のものを手渡される。
「それ首にかけてくれよ」
言われるがまま、烈とジュンはそれを首にかける。
「なんなのよ……いったい豪のバイトってなんなわけ?」
「まぁ、ばれると困るっていうのは、よく分かったよ」
烈は苦笑して、先に進んだ。
「こんにちはー」
「待ってたよ豪くん。早く支度してね」
豪は手馴れた様子で、眼鏡をかけた背の高い女性に会釈した。
その雰囲気に、烈は密かに眉を寄せた。
それに、豪は気づいていない。
「咲丘さん、俺支度してくるから。兄貴とジュン頼む」
「わかったわ、えっと。マネージャーの咲丘です。よろしくね」
「星馬烈です」
「佐上ジュンです」
二人が挨拶をしている間に、豪は一人でどこかの部屋に行ってしまう。
赤い髪の烈を、咲丘はまじまじと見る。
「星馬烈、ってことは…あなたが豪くんのお兄さん?」
「はい、弟がお世話になってます」
「お世話ってほどじゃないけどね、豪くん一人で何でもやっちゃうし、私は交渉とスケジュール管理くらいよ」
咲丘はそういって苦笑した。
「(ねね、豪っていったい何のバイトなの?)」
「すぐに分かるよ」
烈も今すぐ言うわけにはいかず、ジュンにはぐらかす。
「今日は大体撮影に4時間くらい掛かるから、椅子に座っててね」
「ありがとうございます」
二人は椅子にすわる。ジュンはあたりを見渡してみた。
撮影用のカメラがたくさんある。
そして、周りで打ち合わせをしているスタッフ。
「これって、撮影現場…ですよね、テレビで見たことありますけど」
「そうよ、携帯で撮ったりしないでね」
「はい」
ジュンは、豪もここの手伝いをしているのかと思っていた。
このときは、まだ。
「豪、遅いですね」
「そろそろじゃないかな」


かつん、とブーツを鳴らす音が1つ聞こえた。


「豪くん、準備できたみたいね」
そう言って、咲丘は立ち上がった。
「……」
”彼”のファンであるジュンも、正体を知っていた烈も、息を呑み、言葉を失った。
そのブーツの主は、無言で歩いていく。
流れるような、ミッドナイトブルーの髪。
一切の隙を許さない、藍色の瞳。
細身の身体を黒いコートが覆っている。
「それじゃビート、撮影いくよ」
「はい」
トーンを落とした、感情の無い声を出して、そのままカメラの前に立った。
言われるがままのポーズをして、シャッターとフラッシュの音だけが響く。
「(ちょ、ちょっと烈、どういうことよ)」
こっそりと、ジュンが耳打ちした。
「(僕も驚いたよ、まさか豪がこれだけ変わるとはね)」
「(あれって、ビートでしょ?)」
「(そう、豪のバイト。もうバイトって言えないかも)」
顔の造作と身長、スタイル。確かにモデルとしての要素は揃っていたかもしれないが、普段あれだけ明るくて能天気な豪を見ていれば、誰だってそれがビートと同一人物とは思わないだろう。
烈が雑誌を見て一瞬で豪だと直感したのは、その眼だった。
どこでも、真直ぐに向けられる。揺らぐことの無い自信。
そんな意思が現れるような目を持っている人物など、烈は一人しか知らなかった。
「(じゃあ、豪のバイトって…ビート?)」
「(そういうこと、名前をビートマグナムから取ったと思うよ)」
信じられない、というような顔で、ジュンはビートを見る。
ビートはそのまま、脱いだりして、その位置を見ながらフラッシュを浴びていた。
それはまさに、プロとしての表れのようなものだ。
「(全然豪に見えない……烈、よく気がついたね)」
「(僕からすれば、わからなかったのが不思議なくらいだけどね)」
「(そっか…)」
ふと、ジュンが目を伏せた。
どこか、淋しそうな顔をして、ビートを見ている。
「(じゃあ、烈兄ちゃんの留学は、決まったようなものなのかな)」
「は?」

いきなり、自分の留学、と言われて、思わず本音で声がでてしまった。

一瞬、ビートがこちらを向いたが、気にしなかったようにカメラのほうを向く。
咲丘が烈をちょっとだけ睨んでいて、慌てて頭を下げた。
「(ちょ、ちょっとどういうことだよ、ジュンちゃん)」
「(烈、聞いてなかったの?豪がバイトしてるのは、烈兄ちゃんの留学費用のためなんだよ?)」
どうして聞いていないんだろう?というような口ぶりで、ジュンは烈を見た。
(留学、費用……?)
そんな話は一度も…考えていたが、ふと思い出した。

(まさか豪、あの話聞いていたのか……?)



それは、烈が高校に入学して、しばらく経ったときの話だ。
学校の張り紙に、留学の受付についてのことが書かれていた。
何気なく、母親に話したことがある。

「ごめんね、烈。行かせてあげたいけど、2年だとね……」

特にすごく行きたいと思っていたわけでもなかった。
ただ、チャンスかな。と漠然と考えていたのだ。
しかし、家はごく普通の家庭だ。2年の留学となると、それなりにお金が掛かる。
烈と豪、二人を大学進学まで行かせて卒業するとなれば、やりくりしなければならない。
そんなことは、烈もわかっていた。
だから、仕方ないと諦めていたのだ。



「(それを、豪は聞いていたってことか……)」
バイトの出来ない烈のために、自分が働いていたのだ。
(馬鹿だ、あいつ……)
烈が本気で行こうとすれば、奨学金でも何でも使って、留学なんて出来るのに。
それとも、豪は烈に家を出て行って欲しいのだろうか。
あんな風に、自分を偽ってまで。
「お兄さんにビートのことがバレた、って聞いた時は、もうビートの表情が出来ないんじゃないかって思ったけど……杞憂だったみたいね」
ふと、咲丘がそんなことを呟いた。
「どういうことですか?」
「最初にね、豪くんがモデルになるって決定したとき、絶対に家族にはばれたくないって言ってたの。そしたら社長は、”なら自分の心を完璧に変えられるか?”ってそう言ったらしいのよ」
心を、完璧に変える?
そんなことが可能なのだろうか。よりによって、あの豪に。
「豪に、そんなことができるんでしょうか?」
「私も思った。でも結果は見ての通り、まるで2重人格じゃないかと思うほどの変貌振り」
少し微笑んで写る豪は、シビアに、冷酷に、誰も寄せ付けない。
横を向けば、憂いを残すような表情をする。
「それだけ、お兄さんにばれたくなかったってことだから、ばれたらビートが壊れちゃうんじゃないかって思ったけど、全然そんなこと無いわね」
「………」
確かに、目の前のビートは綺麗だと思う。
でも…
「2重人格なんて大げさですよ、豪は、豪なんだから」
烈は一言だけ言うと、少し目を細めて、ビートの撮影風景を眺めた。
「そうね、悪かったわ。豪くんはお兄さん思いだと思ったけど、烈くんも相当な弟思いだってことは、よくわかった」
「…そうですか?」
「私から見ると、だけどね」
そういって、烈と咲丘は顔を見合わせて笑った。

 


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モデルの撮影シーンの勉強でもしていればよかった・・・といまさらながらに後悔。
さぁ、烈はこれからどうするでしょう?


 

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