change my mind
「お兄さんって、どんな人なの?」 「どんな人って言われてもな…すぐ怒ったりするよ。たまに優しいけどな。あと……」 「あと?」 「すっげー負けず嫌い」 change my mind 5 休憩時間。 ビートは100%オレンジジュースをストローで飲んでいた。 缶ジュースにストローを刺して飲むビート。しかも表情は雑誌のときとあまり変わらない。 少しばかりの違和感が広がる。同じようにジュースを差し出された烈とジュンも同じテーブルで飲んでいた。 「なんでストローで飲むの?」 「ん…グロスがくっつくから」 「ふーん…」 そう言うと、なんてことも無いようにジュースをすすった。 じっ、とビートを凝視しているジュンに気づき、視線を向ける。 「…何だよ」 「ビートって間近で見るとますますカッコいい。豪とは別人ね」 「それは、どうも」 もともと別人、のつもりでやってるんだし、と内心で言うと、缶ジュースを置いた。 このビートでジュンと烈にどう接しようか迷っていた豪だったが、結論として、「敬語を使わないビート」ということにして二人と話すことにした。烈に関しては、名前を 呼ばないと決めて。 「…まぁ、こういうバイトの都合ってこともあるから、他の人には黙っててくれないか?条件抜きで」 「僕からも頼むよ、バレちゃったらいろいろ大変だから」 烈とビートに見つめられ、ジュンは一瞬うろたえたが、すぐに納得したように、 「わかってるわよ、誰にも言わない。写真も撮らない。これでいいんでしょ?」 と、うなずいた。 「ありがと、ジュンちゃん」 せっかくビートが目の間にいるのに…とぶつぶつ呟いていたが、それを二人は無視した。 烈から見るビートはどこか困っているような表情を浮かべている。 穏やかな表情。そんな表情を、今まで烈は見たことが無かった。 「ビートさん、撮影入りまーす」 「はーい、それじゃ、また後でな」 少し手を振り、ビートはそのまま再び撮影に入った。 さっきまでしていた穏やかさは一瞬で消え、凛と張り詰めた空気を纏う。 意識を完全に豪からビートへと変え、眼差しに強さが宿る。 烈はそれを、睨むように見ている。 「どうしたの?」 昼前の表情と違うことに気が付いた咲丘は、烈に話しかけた。 「…咲丘さん、今ここの責任者っていますか?」 「えっ?うーん……行ってみないとわからないけど、話でもあるの?」 「ちょっと相談ごとをしようと思いまして」 ふふ、と挑戦的な笑みをビートに向ける。 「待ってて、たぶんいると思う」 咲丘は内線電話をかけると、はい、はい、と言って電話を切った。 「いるわよ、ビートのお兄さんが会いたいって言ったらいいって言ってくれた」 「そうですか」 「こっちに来て」 付き添われるまま、烈はその場から姿を消した。 そして、ビートの撮影が終わるまで、戻ってはこなかった。 ※ ※ ※ 「あー終わったー」 うーん、と思い切り腕を伸ばしながら、烈と豪、ジュンの3人は家路へと帰っていく途中だった。 豪はすっかり元の豪に戻っている。 カラーコンタクトもウィッグもはずし、メイクを落としただけで、ただの高校生だ。 「世界って案外狭いものね、豪ってばそんなことしてるんだもん」 「ふふん、俺もなかなかいけてるだろ?」 胸を張って悪戯っぽく笑う豪に、ジュンはため息をつく。 「アンタのせいで、私のビートのイメージが崩壊するわ……」 「ビートはそのままだよ、別に崩壊することは無いって」 「女の子の心理はそんな簡単じゃないのよ」 もう泣いてやる、と泣きまねまで始めたジュンを、烈が慰める。 「ごめんねジュンちゃん」 「烈が謝ることじゃないけど…」 「あーもー、知らね」 「お前が悪いんだろうがっ!」 本当は豪は何も悪くは無い。 豪はジュンがビートのファンであることを知らなかった。 ジュンは烈に豪のバイトが知られたら教えて欲しい、と言い、豪はそれを守っただけだ。 両方知っていたのは烈だけ。 だからといって、ジュンにダメージを与えたのは烈では無い。 「…まぁ、悪かったよ。最初から言えばよかったかもしれないけどさ」 豪は頬を引っかきながら、二人に言った。 「バイト代、どうしてるの?」 「ん…全額貯金。いろいろ買いたいものはあったけどな、我慢した」 鞄のなかから取り出した預金通帳をぺらぺらと振った。 「いつのまに……」 「学校にばれたときのためにな。全額貯金してあれば会社と照合して、使ってないってことが証明できるだろ」 「あ、なるほど」 「お前にしては考えたな」 「ま、咲丘さんにアドバイスされたんだけどな」 あの人、そういう管理は上手いから、と。豪は言う。 「豪ならそんなこと考えずに思いっきり使いそうだもんね」 「いえてる」 「お前らな…俺をそんな風に思ってるのかよ」 「「思ってる」」 口をそろえて即答され、豪は思わず転びそうになった。 「お前らなんか嫌いだー!」 叫ぶと、豪はぱたぱた先に走り出してしまった。 「事実なのに……」 ジュンは全く悪気が無いらしい。 「まぁ、本気じゃないから」 「そうよね」 烈とジュンは言うと、二人して豪の後を歩く。 そのうち信号に引っかかることを予想しているからだ。 「ちょっと、悔しかったりする?」 ん?と烈はジュンを見た。 「豪はモデルとして働いてて、悔しかったりする?」 ジュンの言葉に、烈は豪を見るように、先を見た。 「……ちょっとは、ね。同じ高校にすればよかったかな、って思うくらい」 「そっか、じゃあ留学したら思い切り返さないとね」 その言葉に、ふと、表情に影が写る。 誰にも聞こえないような声で、呟く。 「…豪は……、僕に出て行って欲しいのかな」 「烈、何か言った?」 「ううん、なんでもない」 烈が首を振ったときだった。唐突に、烈の鞄から携帯の振動音が鳴った。 なんてこともないように、携帯を取り出した。 「はい、もしもし……どうでしたか………はい……はい…ありがとうございます。それでは、来週伺います。失礼します」 ぴん、と携帯を畳んで、鞄に戻した。 自然と、烈に笑顔が浮かぶ。 「何かいいことでも?」 ジュンの問いに、烈は子供っぽく笑った。 「まあね、かなり嬉しいかも……あ、いた」 信号で待たせれている豪を見つけ、烈はその方へ向かった。 ジュンは不思議に思いながらも、烈の後を追う。 豪には特に、何も話すことも無く。 ※ ※ ※ 髪を整えながら、水を少し飲む。 それが、自分の”切り替え”のスイッチのようなものだと思っている。 カラーコンタクトは最初、かなり痛かったが今では普通につけることができる。 少し伸びた髪を纏め上げ、ウイッグをつけて馴染ませる。 その間に、はたはたと化粧の粉が舞う。 氷を沈ませてるようなイメージを浮かべた。 冷たく、北極の氷のような、巨大なものだ。それを、水の中へ沈める。 ばれてしまった以上は、もう必要は無いけど。ただ、これをまだ求めている人がいる。 「…終わったよ」 改めて見る、鏡に映る自分は、自分ではないような気がした。 偽ってるつもりも無い、これはこれでビートなのだ。 そういえば、今日は烈兄貴も出かけるらしい。何処に行くとかは言ってなかったけど。 「……」 どうして、今烈兄貴の事なんか。 今までそんなこと考えたことも無かったのに。 「ビート、そろそろ撮影入るって」 「わかった」 息を整えるように吐く。すべての雑念を切り捨てる。 今日の撮影予定を少し思い出す。 (確か、後で新人モデルが来るとか、言ってたっけ……) それも向けられるレンズのせいで、思考から弾けた。 「今度は、こっちを向いてくれる?」 「……」 カメラを動かしながら呼ぶ声に、そちらを向いた。 撮影中は、ほとんど喋らない。 自分の思うビートのイメージを崩さないために。 あくまで、無口でクールな人物だと思わせる。 今日のイメージカラーは白らしい。背景が黒っぽい色をしているから、藍色の目とよく似合っていた。 あまり身体のラインが出ないコートを纏い、そのまま、少し笑って見せるとカメラマンも気持ちよさそうにシャッターを切っていた。 「はい、少し休憩しまーす。休憩後は二人で撮ります」 「わかりました」 適当に挨拶し、ビートはお気に入りの缶ジュースを飲む。 「今日来るモデルってどんな人なんだ?」 咲丘に尋ねると、可笑しそうに笑い、 「自分からモデルになりたい、って社長に直談判した逸材よ。しかも社長が一発で気に入ちゃってね」 「へぇ…」 あの社長が一発で気に入った、となるとかなりの素質を持つ人物なのだろう。 「いきなりビートと組ませるあたり、やると思うわよ、その子」 「……あんまり興味ないけどな、俺はいつもどおりやるだけだから」 「そう言ってられるかしら」 「…咲丘さん?」 咲丘はこんなに笑っているのも珍しい。いつもはそんな風ではないはず。 「前にビートが言ってたこと、そのままね」 「……?」 何を言ってるのかわからないビートは、訝しげな表情をする。 しばらくは休憩時間を兼ねて、新人モデルが来るのを待った。 「…あ、来た来た。じゃあビート、あとはよろしく。サポートしてあげて」 咲丘はそういうと、別のスタッフの元へ行ってしまった。 ビートは少しの興味だけを抱いて、歩いてくる新人モデルを見る。 「……!」 一瞬、息が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。 その新人モデルは、ビートと対になるような、鴉羽色のコートを着ていた。 少し癖が掛かった、クラシカルレッドの髪色と、紅茶色の瞳。 自分よりも色白の肌に、薄く化粧が掛かっている。 「”バスター”です。よろしくお願いします。ビート先輩」 彼は、ビートの座るテーブルの前に立って、シニカルな笑みを浮かべた。 「……」 どういうつもりだ、とは言えなかった。 何でこんなところにいるんだ、とも。 ”俺も今日は後で出かけるから” そういうことかよ。 なら咲丘のさっきの言葉も理解できる。 前に言ったこと…”兄は負けず嫌い”だと。 必死で頭脳をフル回転させた。このあと、どうするべきかを。 考えて、決めた。 「…ああ、よろしくな」 酷く、自分でも冷たい声だと思った。 紛らわすように笑って見せると、バスターは笑顔を崩さず、目を細めて見せた。 |
やっちまいました烈兄貴。 さて、どうしましょうか。というか見たいよこんな二人。 ポスターがあったら絶対引っぺがすのに。(笑) |