change my mind
俺の夢? まだ決まってないけど……そうだな。 烈兄貴と、いっしょのところがいいな。 change my mind 7 その雑誌に、ビートと対を成すトップモデル、バスターが現れて数ヶ月。 売り上げが軒並み伸びた、と烈は咲丘から聞いた。 といっても、金銭的になんの見返りも無い。強いて言えば、ファンレターが大量に届くようになったくらいか 。 あと、咲丘が持ってくるデザートがかなり美味しい。 それが物理的な見返りだった。 ビートも気に入っているらしく、時折笑みをこぼしている。 勉強ばかりで退屈だった高校生活は、急転した。 土日は豪と時間をずらして出かけ、バスターとして撮影。 平日は普通の高校生。 それは思った以上に楽しい。 固定された烈のイメージ像もバスターにとっては何の意味も無い。 全く別の自分というのが、こうも面白いものだとは思わなかった。 最初にバスターが掲載された時。 周囲はいきなりトップのビートと並んでも、全く遜色の無い赤髪のモデルに驚いた。 雰囲気を言えば、クール系とワイルド系。 冷たい目をしたビートとは対照的な、圧倒的な自信の現われ。 あっという間にあれは誰か、と電話とメールが殺到したらしい。 しかしビートと同じく本名は公開されなかった。 もちろん、ビートとバスターが正真正銘の血の繋がった兄弟であることも。 謎めいた二人ということで話題が話題を呼び、女子高生の間で人気を二分するまでになった。 まさか、バスターが全くのお金を取らずにやっているなどと、誰が想像するだろう。 「ねーねー、やっぱバスターの方がいいよ」 「私はビートの方がいいな」 学校に行っても、そんな会話が漏れてくるのを聞いて、少し笑ってしまう。 本人が目の前にいるのだから。 豪も最初はこんな気持ちだったんだろうか。悪戯してるみたいな気分だ。 モデルになりたいと言ったのは、豪が大人になってしまったみたいで悔しかったのと、自分もやってみた かったという単純な興味もある。 物事を進める際に、いろいろ考えて行動するのが烈だが、一回決めてしまえば、後は早い。 はっきり言ってしまうと、豪よりも華奢に見えるこの身体が嫌いだったが、さらけ出してしまえば案外受けいれられるものだということを知った。 どうやら、豪の一直線思考が少々伝染したらしい。 真っ先に感づいたのは、ジュンただ一人だった。 ”烈って、意外と心臓強かったんだね” ジュンは一言、そうメールで送ってきた。 暗黙の了解で、ジュンはバスターのことも何も喋らない。 二人のことを、わかっているが故だった。 ただ、ひとつ気になること。 豪の、あのバイト代の使い道だ。 今、留学する気なんかないと言ったら、豪はどうするのだろうか。 とっくに諦めていることだし、それはそれで割り切っている。 高校生にしては、大きすぎるお金を。 烈の心配を気にもせず、豪は家と学校ではとことん一直線で馬鹿な本来の自分を出している。 そして、今も。 「…なんていうか、すごく楽しそうだな」 「実際すごく楽しいからな」 ふふ、と鼻歌まで歌いだしそうな烈に豪は複雑な笑みで言う。 「でも、俺あと数ヶ月で辞めるつもりなんだけど」 「えっ?どうして」 「目標金額まで早くいけそうなんだ。烈兄貴のお陰で売り上げが伸びて、俺の給料上がっちゃった」 「………」 豪のバイトの目的、ジュンが言うにはそれは「烈の留学のため」らしい。 それ以上のことを豪は何も言わない。 「俺、留学する気なんか無いんだけど」 「…へっ?」 豪は間抜けな声を出した。 そういえば、豪は知らなかったっけ、と烈は思い出す。 「ごめん、ジュンちゃんから聞いてたんだ。お前がバイトしてた理由」 「あ〜…そういうことか。そういや、ジュンには言ってたっけ」 「うん……」 気まずい沈黙が、二人の間に流れた。 何から言い出せばいいのかわからず、烈は豪の言葉を待つ。 豪はどうしようかと、視線を左右に行ったり来たりさせて、そして、烈をじっと見た。 「本当に、行くつもり無いのかよ」 唐突に、切り出した。質問のようにも、確認の意思を聞くとも取れる。 「…まだ、行ってどうするか……決めてない……」 「だから行かないのかよ」 さらに畳み掛ける。今度は烈のほうが目を逸らした。 「目的も無い……のに、行けるわけが無いよ……そんなに、お金ないし」 「だから、行かないの?」 「………」 烈はますます黙った。もう返す言葉も見当たらない。 きっと自分は、普通に大学に行って、就職して暮らすだろうと思っていた。 確かにしたいと言い出したのは自分だが、できないことを半ばわかっていての言葉だった。 豪は、烈を見ている。 まるで、自分に出て行けとでも目で言っているようだった。 それがひどく居たたまれない。同時に、不思議と悲しくなった。 「豪は…」 「ん?」 「お前はいいのかよ、俺が2年も外国行って。自分で働いて稼ぐくらい、そんなに俺に出て行って欲しかっ たのか?」 「ええっ!」 豪は思い切り驚愕の声を上げた。 「だってそうだろ?俺に出て行って欲しくて、バイトやってたんだろ?」 「そ、そんな……」 苦笑気味に笑って見せる。そこまでして出て行って欲しかったのなら、素直に言えばいい。 アメリカだろうが、イギリスだろうがどこでも行ってやる。 そんなつもりで言い出した。バスターになれば、豪の本心が少しは見えるかと思ったのに。 ビートはビートのままで、豪の顔を全く見せなかった。 烈の前で、豪は見る見るうちに泣きそうな顔をした。 肩を震わせ、俯いている。 その変化に、覚悟を決めていたはずの烈は戸惑った。 「ご、豪……?」 「そんなわけ、ねーじゃん。俺がバイトしてたのは、二人分の留学費用のためなのに」 呟く、豪の言葉。 烈が目を見開いた。 「…ふたり、ぶんって……」 「俺と、烈兄貴の分」 「な、なんで……」 確かに、ジュンは烈の留学費用のためと言った。それは、豪の目的の一部分でしかなかったということな のか。 「ちょっと待てよ、なんでお前まで」 「………あのとき……さ、烈兄貴が諦めたの見て、なんとなく。烈兄貴一人が行ったら、俺を心配するんじ ゃないかって」 「……」 留学の話を持ち出したとき、当時豪は中学3年で、受験シーズンに入った頃。 豪はあのとき、烈が留学を諦めた理由を「自分が心配になるから」と思い込んでいた。 いい加減、自分が単純だと思い始めて、兄にずっと甘えているわけにいかないと思っていた頃。 そんなときに聞いてしまった。烈の留学の話。 金銭面なら、烈の頭でなんとかなることなど、豪だってわかっていた。 それでも兄が行かない理由を考えると、一つしか思い浮かばなかった。 「スカウトされるまで、忘れてたんだ。本当に。あっという間にお金が貯まって、ちょっと怖くなった。目的を 考えたら、そのときのことを、思い出したんだ」 「豪……」 はぁ、とひとつ。豪は息を吐いた。 「でも、兄貴が行くつもり無いって言うなら、しょうがないか。俺も諦める」 豪はおもむろに鞄を取り出し、烈に通帳とカードを差し出した。 「これあげるから、好きに使ってくれよ」 そのまま、豪は立ち上がって部屋を出て行く。 「待てよ豪」 「…何?」 慌てて服を掴んで引き止める。そのまま引っ張る。 豪は仕方ないと言いたげに腰を下ろした。 「こんなもの、受け取れない」 「なんで?何だって買えるだろ」 「…お前、なんか勘違いしてる」 きっぱりと、烈は言い切った。 「俺が留学を諦めたのは、お前のせいじゃない。本当に『行けたらいい』くらいだったんだ。まさか、お前が それを本気にするなんて、思ってなかったんだよ」 「……」 豪は少しうつむく、そんな豪が烈からはものすごく可愛く見えた。 くしゃっと、前髪をかきあげる。 それを豪は大人しく受けた。 「烈兄貴……」 「なんだよ」 「目的、見つけるのは留学してからじゃダメなのか?」 いきなり聞いていた豪に、烈は少し考えた。 「…さぁ……でも見つからなかったら、その留学って無駄じゃないのか?」 「そのときは、ブレットたちに会いに行くって事でいいんじゃね?」 「何だよそれ、口実?」 「かもな、でもそうじゃないかも」 2人して、顔を見合わせると、なんだか今までの雰囲気が可笑しくなって、つい笑ってしまった。 「似合わないよな、やっぱり」 「ああ、似合わない」 こんな辛気臭い雰囲気は。 それでも、胸がどこか温かい。 目の前の弟が、こんなことを考えていてくれたとは。勘違いして、そのままそれが正しいと信じていたのは 相変わらずだったが。 少しは考えることを覚えたらしく、成長した豪を見た。 「あ、でも俺は豪が来るまで一年待ってなきゃいけないのか?お前を高校中退させるわけにも行かないし 」 「……考えてなかった」 「馬鹿豪」 どうするんだよ、と烈は一発お見舞いした。 さっきの発言は取り消しだ、全然成長なんかして無い!と烈は額をさする豪を見て思った。 ※ ※ ※ 「……」 珍しく、バイトの無い日。 豪はぼーっと部屋で雑誌を読んでいた。 自分のページは殆ど見ず、見ているのはバスターのページばかり。 線の細い身体のラインをもろに出している。豪が烈より身長が高くなって、それを隠すようになっていたの に、バスターはそれを逆に前面に出している。 それを補って余りあるほど、雰囲気で圧倒させるのだからすごいと思う。 「…かっこいいなぁ〜」 思わず口に出て、手で押さえた。 にやけてしまうのを止められない。 男で、しかも毎日見てる烈とわかってはいるけど、格好いいのだ。 ビートであるときは、全然そんなことは考えないし、ライバル意識を燃やしているつもりなのだが、こと豪と してバスターを見ると、その綺麗さと激しさにうっとりとしてしまう。 「…言えるわけ無いよなぁ」 バスターのファンだって。 言ったら何言われるか。笑われるか、呆れられるかのどちらかだと思うが。 そのきっかけを作ったのは自分だと思うと、少し嬉しい。 留学費用ってことで貯めていたお金だが、旅行にしてしまってもかまわないつもりでいた。。 豪の学校の間でも、バスターとビートは一躍有名になっている。 店内用ポスターを売って欲しいと言う人が多くなったとか。 豪も帰り道に本屋で見たりするが、特にビートには何の関心も抱かない。 恥ずかしいと思うくらいなら、最初からそんなものにOKはしない。 目を奪われるのはバスターの方。 たまに撮影風景を見に行くが、エフェクトが掛かったポスターには、それだけの綺麗さがある。 (今度、咲丘さんに頼んで、もらっちゃおうかな) そんなことを考えていたときだった。 ぷるる… 携帯の振動音が鳴った。 「…誰だろ」 気だるげに携帯を開けると、烈からメールが入っていた。 ”特別インタビューを企画するってさ。お前どうする?” 「……」 しばらくして、豪はぱちぱちとメールを打ち始めた。 ”バスターと合同インタビューってことなら” 返したのは、その一言だけ。 今撮っているものは、ビートの最終掲載なのだ。 |
次で最終回です。いろいろトラブル起こすことは出来ますが、今回はこのままで。 |