7.本当のこと


「……ごう……ごう……」
声が聞こえる。
ふっ、と視界がクリアになった。
「豪、起きたか?」
(烈兄貴……?)
目をあけた。ゆっくりと身体を起こす。
自分の手のひらをまじまじを見ると、あの暗闇と変わらない。
「お前、すっごい眠ってた。6時間くらいかな…幽霊でも眠るんだな」
烈はほっとした顔で豪を見る。
(俺、眠ってた…?それに、元の姿に戻ってる?)
「そうらしいな、僕も驚いた」
そう言う烈は、カーペットの上に座っていた。まわりに、開かれたスケッチブックがある。
豪はそのスケッチブックに目を留めた。
(烈兄貴、それ…俺の……)
「ああ、お前が眠っている間、見させてもらったよ」
(……)
なんだか気恥ずかしいと豪は思う。兄も自分の絵を見ていたときにこんな気持ちだったのかと思うとなんだか照れる。
「それでさ、豪……考えたんだけど」
(何?)

「俺、お前の描いたマシン、完成させようと思ってる」

(…え?)
「お前が俺の誕生日にってデザインしたんだっけ……もう過ぎちゃったから、来年かな。それまでには」
烈はこれからの構想を語り始めた。
「お前のデザインすごいよ、俺も考え付かなかったこととか結構あったし、土屋研究所にいけばいろいろ教えてもらえる」
しかし、豪は何か違和感があった。
(…違う)
「豪?」
(兄貴には、兄貴のやるべきことがあるはずだ、そんなことよりも、夢に向かう方が先決だろ?)
結局、それは死者のアイディアだから。烈には自分のことに専念して欲しい。
「いいんだよ、お前はもう……描けないんだから。これは俺の罪滅ぼしだ」
(違う!)
豪は頭を振った。
「…豪、何だよいきなり」
(烈兄貴は、烈兄貴は生きてるんだよ?なんで死んでる俺のために夢を潰すんだよ!もうどうしようも出来ないんだよ…俺は……そんなこと、全然望んでない!)

豪が叫ぶをのを見て、烈も沈黙した。
「なら、俺にどうしろって言うんだ」
(…烈兄貴)
「お前に出会って、ずっと滅茶苦茶なんだよ!お前のために大泣きした。もう描くことも無いと思ってたスケッチブックも開いた。それに、それに……僕も気づいちゃったんだよ……」
(…なに、を……)
「お前が好きだってことに、本当に、そういう意味で」

(…!)
足元が、すうっと冷えていくような気がした。
烈兄貴が俺のこと…好き?そういう意味で?俺は、いったい何をした?
離れたくないと願ったのは俺のほうだったんだ。
兄貴は敏感に察知して、そして…応えてしまった。

(嘘、だろ……)
「嘘じゃない、僕は、お前が好きだ」
(あ、ああ……)
頭を抱える。これではダメだ。このままではまた烈を縛り付けてしまう。
長くいすぎてしまったのだ。早く、早く離れなければ。
(やめて、よ……兄貴……)
涙が零れだす。
「……豪?」

(嬉しい、よ…でも、でも俺……もう兄貴を抱きしめることもできない…兄貴を縛りたくなんか、ない)

あのときの答えなんて聞きたくなかった。ただ、自分の思いを聞いて欲しかっただけ。
(俺、は……兄貴が俺のことで自分を縛って、進めなくなるのが、嫌だった)
「…豪、お前………」
まだ、涙が止まらない。耳も塞いでしまっている。
(兄貴は、兄貴らしく、生きて欲しかった。俺の分まで…だけど、俺、兄貴の心に入りすぎたんだな、今度が俺が、離れられなくなってた)
兄貴が完全に自分に支配されてしまう前に、消えなければ。

涙をぬぐう、これで、最後にしよう。それで終わろう。

(……ごめん、烈兄貴)
すうっと、自分の意識を透明化させていく。兄貴は慌てたように手を伸ばした。
「豪!」
叫ぶ声を最後に、豪の意識は空気に消えた。


※  ※  ※


「…それで、僕に相談に?」
豪が消えて、烈がまず向かった先は、Jだった。今の豪の存在を知っているのは、Jしかいなかった。
「豪が、あんな風になるなんてはじめて見た」
いつだって、豪はそばにいて笑っていた。死んだことでさえ、冗談めかしていた。
あんまりにも自然に言うから、わからなくなってた。
「俺、豪のこと……何にもわかってなかったんだ……」
Jはコーヒーをすすりながら列の話を聞いている。
しばらくして、Jは口を開いた。
「豪くんは、烈くんを縛りたくないって、そう言ったんだね」
「うん…」
はぁ、とJはため息をついた。
「ねぇ、烈くん、豪くんの通夜とお葬式のこと、覚えてる?」
「…え?」
「思い出せる?」
真剣な目で覗き込むJに気圧され、烈はそのことを思い出す。
豪が死んだ後の葬式、と、通夜…
「…あれ?」
思い出せない、何一つ、覚えてない。何をしていたか全然、知らない……
「思い出せない…なんで?僕ちゃんと出てたよね?」
「うん、ちゃんと出てたよ。けど、それは見かけだけ」
「…Jくん」
Jは一回烈から目を逸らした。しかし、意を決したように。語った。
「豪くんはわかってたんだね、烈くんが壊れたことに」
思いがけない言葉に、烈は目を見開く。
「…僕が、壊れた?」
「……うん、僕から見ても、酷い状態だったよ。何を言っても普通に返してくれるけど通り過ぎていくだけ」
「そんなこと…」
「自覚は無いのはしょうがないよ、だけど…豪くんが見たらきっとこう思うよ、自分のせいだ、って」
「…!」
何を言っても、空虚で。泣くことも出来ず、ただただ日々を過ごすだけ人形。
烈をそうしてしまったのは自分のせいだ。だからどんなことをしても助けたい。とそう思うだろう。
「Jくん……」
「実際、幽霊の豪くんが現れてから烈くんは少しずつ回復していったし、豪くんもそれを望んでたと思う」
豪の心残りとは、おそらくそれなのだろう。
「…でも、豪くんは烈くんに言われて気づいた。烈くんがこのままだと幽霊の自分なしで生きていけないんじゃないかって」
「僕、はそんなこと……」
Jは震えている烈に告げる。
「それ以上のことは、僕にはわからない、ただ、このままだと豪くんは消えるつもりだよ」
「豪が、消える?」
「元々死んでるんだからね…元のように、烈くんを”豪くんが死んだ”日常に戻すつもりだと思う」
「そんな……」
はっとして顔を上げた。
「烈くんは、どうしたいの?」
「僕、は……」
何も言わない烈に、Jはそっと、部屋を出て行く。

部屋には烈だけが残される。

一人の部屋で、持ってきたスケッチブックを開く。
「……」
いつもいつも、馬鹿みたいに笑ってた。辛いとか苦しいとか、全然言わなかった。
美術室に浮かんでいる豪が、笑っている。
(ごめん、烈兄貴…)
豪が幽霊になってまで叶えたかった望みは、自分を救うこと。
そうして時間をかけて豪は自分を再生させた。
考えがまとまらない。ひとつ思うのは、このままでは納得がいかないということだ。
「馬鹿だよ、豪…でもそれ以上に僕の方が馬鹿だ。なんにもわかってなくて、兄貴顔して、お前がどんな気持ちで…」
好き、と言ったのか。
夢の中で、告白した豪は、泣きそうな顔をして笑った。そして答えを聞かずに突き放した。
自分が好きだと応えたとたん、豪が混乱した気持ちもわからないではない。
両思いになるということは、お互いがお互いのために縛られるということ。
烈を縛りたくなかった豪は、拒絶した。
そして、消えようとしている。
「このままじゃ、終わらせないからな、豪」
こんな一方的な別れなんて、許さない。
烈は泣きそうな自分を叱咤した。泣いてしまったら、豪の苦労がなくなってしまう気がしたから。


※  ※   ※


豪は消えたが、それは誰にも見えなくなっただけで、まだ自分の部屋にいた。
烈はいない。自分が消えたことに慌てて、部屋を探して。そして外に出て行った。
(……もう、いいんだよな)
ベッドの上で座ってうずくまる。
一晩こうしていれば、跡形も無く消えるだろう。
烈と一緒にいれば自分の存在は明確になっていくし、離れていけば消える。
豪はそういう存在だ。烈を拒絶した今となっては、豪は存在することさえ困難だ。
(…烈兄貴……)
希薄になっていく意識の中で、何回も兄の姿を再生する。
笑ってたり、叱っていたり。最後に見た、自分を求める表情に。
ふっ、とその幻影が消えた。もうそれさえ無くなりつつあるのだろう。
(…バイバイ、こんな風にしか終わらせられなくて、ごめん)
目を閉じた。もう、目覚めることは無いのだろう。
そう思った。

ばたんっ!

自分がいる部屋の扉が大仰に開いた。
「…はぁ……はぁ……」
豪は目を開けた。緩慢な動作で見上げると、ドアの前で烈が立っている。
(烈、あにき……)
「やっぱりここにもいないんだ……」
烈がぼそっと呟く。
(……)
探しに来てくれたんだ、と思うと嬉しい。その反面、申し訳なく思う。
もう時間が無い。消えるしかない。
豪はじっと烈を見る。ずかずか入ってきた烈は、部屋に鍵をかけた。
そのまま、豪の隣、ベッドの上へ座った。
(……)
「……」
沈黙が続く。烈が傍にいることで、豪の存在は少しだけ現れてくる。しかし、烈には見えていない。
「なぁ、豪…俺、お前を探していた間、いろいろ考えたよ」
それは、独り言だった。
(…あにき?)
「ガキの頃から、お前なんでも突っ走って、ブレーキかけるのは俺の役目でさ。なのに平気な顔して笑ってて」
(……)
「だけど、そんな豪に、俺は救われてた。諦めやすい俺を、励ましてくれたのはいつもお前だった」
(……)
烈の横顔はなにか遠くを見るようだった。思い出すような表情に、豪は目を伏せる。
下を向いた、烈の手の中には、銀色のナイフが握られていた。
(烈兄貴?)
遠い目をして、烈は言う。
「お前のマシンを完成させようと思ったのも、お前を好きだって言ったのも、全部本当なんだ。俺は、もう…お前なしじゃ生きられない」
ぐっ、とナイフを握る手に力を込める。
(烈兄貴…まさか……)
「幽霊と恋するのが嫌って言うなら、俺がなればいい話だろ?」
あまりにも自然な形で、烈はナイフを手首に当てた。
「鍵をかけたから、母さんが気づくまでは死ぬかな」
目を細めて言う。
(やめろよ、兄貴……)
「それじゃ、向こうで会おうか」
烈が目を閉じる。刃が白い手首に当たる。早く引けば、それは終わる。
全身に戦慄が走る。烈が、死ぬ?
(やめろってば……)
ナイフがゆっくりと滑る。

(やめろって言ってるだろ!!)

思わず大声で叫んだ。今まで出したことも無いほどの大きな声。
窓ガラスが揺れて、ビシッ、と音がした。どうやらひびが入ったらしい。
「……豪?」
ナイフがカーペットに落ちた。
(やめてくれよ…俺は、俺は……)
ああ、また泣いてしまう。
烈はナイフを取り上げる。
「…」
しばらく見つめる。
そして、片手でぽいっとナイフを向こうに放り投げた。
(…烈、兄貴……?)
「お前、やっぱりここにいたんだな…探したぞ、この馬鹿豪」
笑った。自分を見て。
(どうし、て……)
「こうでもしないと、出てきてくれないだろ?お前のことだから、自分からは出てこなかっただろうしな」
(じゃあ、さっきのは……全部…演技?)
「ああ、なかなかのものだっただろ?まぁ、半分本気だったけどな」
死ぬまで深く切るつもりは無かったし。と付け加えると。
(馬鹿兄貴っ!)
烈に抱きついた、それでもすり抜けて、烈の上にうつぶせのようになる。
それでも、烈は豪の髪を撫でながら豪に言う。
「…豪、俺、お前が好きだよ」
(烈兄貴、…でも、俺……)
「縛りたくないどうのこうのか?お前、肝心なこと忘れてるんだよ」
(…へ?)

「豪に縛られていない俺なんか存在しない。それをお前は忘れてたんだよ」

豪が生きていようが幽霊でいようが、自分の中に豪はいて、何かしら影響を与えてる。
それを縛られているというならいいけど、それだったらずっと縛られたままでいい。
「少し、形が変わっただけだ。お前が気にすることじゃない、だから、一緒にいろ」
豪が顔を上げる。
(……烈、兄貴……俺…俺……)
涙が止まらない。こんなに嬉しいと思ったことは無い。
今なら消えてもいい。けど、一緒にいたいから、まだ消えたくない。
「全く、泣き虫は未だに治らないんだな…」
(…うるさい……)
ぐいっと涙をぬぐう。二人して、笑った。
「豪のマシン、完成させよう。俺の誕生日までに」
(それって……兄貴自身のため?)
「ああ」
(それなら、俺は反対しない)
「手伝えよ、二人で作るんだからな」
(うん、でも……兄貴、本当に……いいのか?)
主語の無い問い。しかし、烈ははっきりと答えた。
「…いいんだ。お前はいつまでもここにいるわけにはいかないことも、わかってる。これは俺のためなんだよ」
(そっか…)
落ち込むように下を向く。
最後の思い出。完成しないはずのマシンを作ること。
「…本当は、ずっといて欲しかった」
(俺もだよ)
でも、こうしなければきっとずるずる引きずってしまう。
永遠は、存在しない。
一回決めた心残りは、変えられない。

マシンが完成したとき、豪はここにいる理由が無くなり、望みを全て叶える。
そして、昇華するのだ。

 

 

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くっつくまでの話。烈が弱くてごめんなさい。
烈が美術部設定の理由は、アニメにて豪が書いたサイクロンマグナムと
烈が書いたバスターソニックのデザイン画のレベルが
あまりに違ってるから。


幽霊の豪の詳細設定は2にまわします。

 

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