「ええ!俺が!」
…いけない、つい人前で俺と言ってしまった。
慌てて口を押さえた。しかし、目の前の3人は丸聞こえだろう。
しかし、烈にとってはそれどころでは無かった。
目の前には女生徒1人、生徒会長&副会長の先輩。
揃いも揃って、烈の前で頭を下げている。
「お願いだ。頼むよ、この通り!」
パン、と3人にお願いされては、烈も困惑するしかなかった。
「そ、そんなこと言われても…」
「文化祭を盛り上げるためなんだよ」
「話題性抜群の星馬くんを使わない手は無い」
「1回だけて構わないから」一歩踏み出され、烈は後ずさる。
「バスターとして、文化祭で歌ってくれ!」
「…で、断りきれなかったと?」
豪はにやにやしながらその話を聞いている。
そのあたりは豪のほうがかわすのが上手い。理由はよくわからないが。
「いや、断りきれなかったわけじゃ…回答を先送りしただけで」
「兄貴がきっぱり断らなかった、ってことは、そういうことだろ?」
「…うん…まぁ」
バスターに未練があるわけじゃない。辞めて、騒動はようやく落ち着いたばかりだ。
これ以上騒ぎを大きくするのは烈としても不本意だ。
しかし、それだけできっぱり断る気にはどうしてもなれなかったのだ。
「でも、先生からはもうこんなことしないようにって言われてる、やっぱり断るしかないのかな」
それでも、きっぱり断れなかったのは。
やはり、”やってみたかった”からだ。
豪はずっと笑顔のままそれを聞いている。
「ふ〜ん…なぁ烈兄貴、その先生って、もうモデルをやるなって言ったんだろ?」
「そうだけど」
「じゃあ」
びっ、と豪は指を差す。
「星馬烈はバスターのコスプレをしてバンドで歌う!これでどうだ!」
「ど、どうだ…って」
「これで先生への言い訳はクリア。んで」
にや、と再び悪戯っぽい笑み。
「俺は、ビートの格好してギターやってやるよ」
「はぁ?」
心底楽しそうな豪。
きっと頭の中ではギターをかき鳴らす自分が描かれているのだろう。
ここでようやく烈は気がついた。
烈はその”やってみたい”感情を隠し、本音はやらないつもりでいるが。
目の前の奴はストレートだ。
話を持ちかけていた時点で、”やる気”だったのだ。
しかもバスターファン。
否定する理由が無い。
「豪…お前ギターなんかできるのか」
「できないよ」
即答に思わずこけそうになった。
「ならギターなんて無理だろ」
「ところがだ、あてがあるんだこれが」
「あて?」
「咲丘さん、大学時代はバンドのボーカルやってたんだ。しかも本格的に」
◆ ◆ ◆
文化祭まで、3ヶ月を切っていた。
咲丘はビートとバスターのマネージャーの後、また新たなモデルのマネージャーをやっているという。
忙しい身分だったが、豪のメールに、返事一つで話を聞いてくれた。
待ち合わせ場所は、ジュンと行った例の店。
アイスコーヒーとデザートを注文し、キャリアウーマンのような雰囲気をかもし出している。
「へぇ、烈くんがねぇ…」
「というわけで咲丘さん、俺と烈兄貴に指南してくれないか?」
「ボイストレーニングと、ギターを?」
「そうそう、みっちり修行できるところ」
「うーん、そう簡単に会得できるものでもないんだけど…」
経験があるからこそ、咲丘は渋い顔をする。
「いや、烈兄貴がいうにさ、ギター二人らしいんだ。俺はサポートって言うか」
「ほー、それならまぁ…基本的なことなら教えられるけど」
眼鏡を外し、ブラックを顔色も変えずに飲む。しかし、傍らにはケーキ。
(女って、やっぱこういうの好きなのかな)
ジュンもそうっだったし…と豪はぼんやりと思った。
あれから、ジュンの様子が変だ。豪のままなのに、どこかつっけんどんな態度だ。
(何か、悪いこともしたかな…)
「よし、いいところ紹介してあげる。まぁ授業料は出ると思うけど…豪くん?」
その言葉に、豪ははっと顔を上げた。
「それは…バイト代から出す」
「そっか、じゃあ連絡だけしておくから、あとはかんばってね」
「うん、ありがと咲丘さん」
いいって、と咲丘は笑うと、ごちそうさまと言い残して店から立ち去った。
豪はそれを見送る。そして、テーブルの上を見てため息をついた。
「これが紹介料かよ…」
未払いの伝票がきっちりと残っていた。
しょうがないか、諦め、豪はバニラフラベーノのクリームを堪能することにした。
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