change my mind 2 scarlet voice!





「それじゃ、行ってくるな」
「夕方までには戻るから」
その土日、烈と豪は揃って出かけることになった。
咲丘が手配してくれたスクールは1つのビルのようで、2階がボーカル教室3階がギター教室になっているという。
「そんな3ヶ月で都合よく行くかな」
「わかんねー、けどやるだけやるしかねーよ」
「そうだな」
今回の企画は、ブラスバンド部の特別イベント、ということになっている。
文化祭そのものは、在校生徒の紹介がある、あるいは親に限り外部からの来訪を文化祭当日のみ許可している。
豪が参加すると息巻いているのは構わないのだが、問題はブラスバンド部のほうだ。
「ブラスバンドにだってギター担当はいるよな」
「いるだろうな」
「じゃあ何でお前が練習するんだ」
烈が聞くと、豪は一瞬不思議そうな顔をして、そして、笑顔で返した。
「やってみたかったから」
それでバイト代をほいほい使うのか、と烈は思うが、まぁ豪が夢中になるならそれでもいいか、と思い直す。
「(3ヶ月でエレキギターねぇ…)」
ブラスバンドの部室で一回見たことがあるが、テレビで見ているよりははるかに難しそうに見える。
本当に大丈夫なんだろうか。
烈の胸に一抹の不安がよぎる。
しかし、豪は”あくまでおまけ”で、本気になって練習しなければならないのは自分なのだ。
「よし、行くか」
「おう」
こうしてその日は3時間、平日は2時間ずつ、二人はレッスンを受けた。
一番最初に歌声を聞いた豪は一言、
「烈兄貴、声高いよな。ホントに声変わりした?」
と面白そうに聞いた。
「したに決まってるだろ…」
「じゃああれか。母ちゃんが電話出るときに1オクターブ声が高くなるやつ」
「……殴るぞ豪」
からかう豪に、呆れる烈。
歌の音程は、豪のギターに合わせてやるため、その日から自然と夜は豪と一緒になることが多くなった。
テレビもドラマも録画して、ひたすらに。
烈も豪も練習できる。音量さえ気をつければ、問題はない。
アコースティックギターだったが、父親の知り合いが譲ってくれたものだった。
「ブラスバンド部とやるんだっけ?烈兄貴ソリ合いそう?」
「まだなんとも、今度レッスン休んで打ち合わせすることになってる」
「へぇ」
豪はチューニングの練習をしながら聞いている。
メニューは自分以上に大変そうだった。見ると、日に日に指が赤くなっている。それを、豪は一度も口に出したことは無い。
出る見込みは少ないのにも関わらず、こうして、真剣に練習している。
豪は豪で、この状況を楽しんでいるようだったが。
「なぁなぁ、何歌うんだ?」
「ん…カバー曲だってさ。曲はまだ知らされてないけどな」
「そっか、俺も行きたいなぁ」
「許可無いから無理」
一蹴すると、うっ、と渋い顔をした。
「へいへい、わかってますよー」
「じゃあもう一回伴奏頼む」
「了解」


◆     ◆     ◆


2日後。
「…でも、歌うことに関しては素人なんだろ?」
「…向こうだって生徒会の要請で渋々やってるんだ、適当に相手すればいいよ」
「…俺、ド下手だったら会長に講義するからな」
ブラスバンドの面々はそういう会話をしていた。こちらにしてみると、生徒会長の要請でいきなり星馬くんをボーカルにしてやってくれないか、といわれたのだ。
はい、と2つ返事で了承することなどできるわけも無い。
メンバーは4人。ドラムと、ギターと、ベース、とキーボード。
そのうち、キーボードだけが女の子、という構成だ。
「う〜ん…星馬くんに聞いたんだけど、”やるからには全力でやらせてもらうよ”って言っただけだった」
「全力ねぇ…」
「お勉強とは違うっつの」
笑ったとたん、がらっとドアが開く音がした。
びく、と二人の身体が一瞬跳ねる。
「あ…遅くなった…かな。ごめんなさい」
烈だった。今日は学校での練習のため、制服に着替えている。
4人の目が一斉に烈に向いた。
「あ、星馬くん。みんなこれくらいだから、気にしないで」
「けっ、優等生は遅くから悠々と登校かよ」
侮蔑を隠しもしない言葉に、烈は目を細めて何も言わなかった。
「後片付けはちゃんと手伝うよ」
「うん、それじゃ…これ楽譜ね。今回は知ってる曲のカバーをしようってことだから、一回私たちでやるから見てて」
「わかった、ありがとう」
そうして、烈はその楽譜をじっと見始めた。
「みんな、星馬くんだって真剣にやるって言うんだから私たちもやろうよ」
女の子の方だけは烈のことを理解しているつもりでいた。他の3人と違い、高校になってからキーボードをはじめたタイプで、毎日毎日練習した結果、やっとメンバーとして認めてもらえたのだ。
バスターとして歌うのは構わないが、真剣にやってもらいたい。
それだけだった。
烈が顔をあげる。
ドラムの音が力強く響く。

歌は烈も何度か聞いたことがあるバンドの曲。
割とボーカルの声も高い。これなら歌えるだろう。
聞きながら烈は思う。
(…この曲ってたしかツインボーカルの曲だった…ような…)
そんなに聞き込むタイプではないが、そうだったような気がする。
豪がこの部分のハモリが好きだと言っていた覚えがあるのだ。

ドラムの響く音。ギターのメロディ。確かに”初心者に見える”自分を見下すだけの技術がある。
(すごいな…)
純粋に、烈は感心した。学校にこんな部活があったとは。
4分ほどで、演奏が終わる。

パチパチパチ、と手を叩いた。
「すごいね…こんなに迫力があるものだって思わなかった」
ドラムの音も、ギターの音もすごい。こんな音に負けずに声が出せるだろうか。
でも、こっちだって何もしてなかったわけじゃない。
真剣に練習してきた。豪だって協力してくれた。
「それじゃ、今度は僕のほうだね」
立ち上がる。
豪と練習以外に誰かに歌声を聞かせるのは初めてだ。
「さっきの曲を歌えばいい?」
「CDつけるから、歌ってみて」
「わかった」
「お手並み拝見、ってやつか」
4人の前で、マイクを持つ。
「全パート歌えばいい?」
「そうだ」
心臓がばくばくいっている。ミニ四駆を走らせてきたときの緊張感とはまた少し違う。
マイクを持つ手が少し震える。歌詞とメロディーを叩き起こす。
すぅ、と息を吸い込む。歌い方に注意して。

そういや、このバンド、ボーカルとギターが兄弟だっけ…と思いながら、烈は歌いだした




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