本番まで、あと3日。
「よし、今日はここまでにしよう」
普段勉強ばかりしてばかりの烈の高校だったが、さすがに3日前になるとあたりがそわそわと浮き足立ち始める。
本番の会場になる体育館には、椅子が大量に並べられていた。
ブラスバンド部以外にも服飾のファッションショー、演劇部の発表がある。
外部からも人が来るとあって、生徒達は気合を入れる。
一頻り歌い終わった頃には、夕方になっていた。
「…うん」
軽くうなずく。声は出てる。このままのコンディションならば大丈夫。
きっと歌える。
「(……ただ)」
ある一つの不安を除いては。
見定めるような眼で、ふとそちらを見る。
それは、ギター担当が時々顔をしかめていることだった。
リーダーのドラム担当がケイと呼んでいた。その男子を。
「……なんだよ」
「…大丈夫?」
一言だけ、たずねる。あからさまに嫌そうな顔をして、ふっと眼をそらした。
「初心者に心配されるほどじゃねーよ」
「心配に初心者も上級者もないと思うけど」
「うるせぇ…」
その声にも、どこか覇気が無かった。
「……」
烈はそれ以上、何も言わなかった。
「美優さん…あの人のことなんだけど」
「うん…前に腱鞘炎にかかったことがあったみたいで…悪化してるのかな」
それ以上のことは、と美優は首を振った。
「いいんだ。向こうだって、ここまで来て止めるわけにはいかないだろうから…気をつけてくれればいいけど」
こく、と美優はうなずいた。
「でも、本番までに治るのかな…」
「……」
美優はそれ以上、何も言わなかった。
空が一面オレンジに広がっている。
片付けも終わり、後は土曜日のリハーサル、そして日曜の本番が残るだけ。
「そういや、バスターの衣装、考えてなかったな…」
いつもスタイリストさんが選んでくれていたからな、と烈は思い出す。
「(自分で買うか、どこかでレンタルするしかないか)」
豪に聞いてみるのもいいかもしれない。今日聞いてみるか、と学校から駅までの道のりを歩く。
そうしている間にも橙は瞬く間に色を変えて、夜の色へと染まっていく。
「……」
烈は足を止めて、ふと空を見た。
曲の名前は、scarlet voiceという。
こんな緋色だろうかと、ふと思った。
◆ ◆ ◆
「ジュン」
呼ばれて、ジュンは振り向いた。
「な、なによ…」
「いや…最近お前の様子が変だから。話してみただけなんだけど」
「えっ…」
豪は普段と変わらない。
ここ数ヶ月、今度は習い事を始めたらしく、やっぱりすぐに帰ってしまう。
聞こう聞こうと思っていたが、豪の表情を見るとどうしても目をそらしてしまう。
あんまりにも無遠慮に真直ぐ見つめてくるせいだ。
今まではそんなこと無かったのに。
美優に聞いたらそれは恋だと、冗談みたいなことを言った。
まさかね、とジュンはそれを流していたけれど、豪にまで様子が変だといわれるとは、予想外だった。
「私、なんか変?」
「おう、なんか前みたいに話しかけてくれないしよ、俺、何かした?」
「……」
あれから、顔も見られないから、豪を気楽に誘うことも出来なくなった。
そうじゃなくても、豪は忙しくて、あっちこっち移動している。
モデルしてた経験があるからカッコイイという定評もある、きっともてるに違いない。
バカだバカだと思っていたのに、いつの間に変わってしまったんだろう。
「なんにも…」
「…」
「何にも、してないよ」
小さな声で呟く。その言葉を聞いて、豪は一瞬きょとんとした表情をした。そして、
「そっか、よかった」
子供のときと全く変わらない、明るい笑顔を見せた。
「豪が、気にすることじゃないから」
そうして、ジュンも笑顔で返す。
ただし、こちらは作り笑いになるが。
豪はよっ、と鞄を肩に下げた。
「途中まで帰らないか?」
「え、いいの?」
「おう、練習も見に来るっていうなら、別に構わないぜ」
そういい、すたすた歩き出す。
「あ、ちょっと待ってよ」
ジュンも鞄を持つと、歩みが速い豪をぱたぱたと追いかける。
歩くたびに、尻尾のような青い髪がゆらゆらと揺れた。
「ね、ねぇ豪ってさ…告白されたことある?」
「こくはくぅ?」
聞きなれない言葉を聞くような表情で、ジュンを凝視した。
「だって、モデルやってたってばれたんでしょ?それくらいはされたんじゃないかなって…」
「告白ねぇ…」
顎に手を持っていって眉を寄せた。
しばらくして、おお、と手を叩いた。
「ああ、女子から結構言われたな。付き合ってくださいって」
「いわれたの?」
「でも全部断った」
あっけらかんと言い放った。
「断ったの?こんなチャンスもうないかもしれないのに?」
「う〜ん…そうかもしれないけどさ、なんていうか。しっくりこないんだよ、いきなり知らない奴から付き合ってて言われても…」
「そりゃあ、そうだけど…」
「ま、今はそんなことあんまり興味ないしさ」
練習練習、と笑顔で言う。
「(興味ない、か…)」
この鈍感。とふと豪を睨んだ。しかし、豪は気づいていない。
「なぁなぁ、ジュンは烈兄貴の高校の文化祭行くのか?」
「行くよ、美優から招待されてるから」
「俺も烈兄貴から、イベントに出るから俺も見に行くんだ」
「そっか」
「きっとジュンが見たら驚くぜ」
そういって、豪はにやっと笑った。そのときだった。
ぷるるる…
豪の携帯電話からだった。
「烈兄貴からだ」
珍しいな、と青色の携帯を取ると、いきなり飛び出したのは、烈の焦ったような声だった。
「豪、ちょっと病院に来れるか?」
|