兄貴は睨みあってるし、美優って子はおろおろしてる。
俺は、あのじーさんからの電話を受けてる。
事の顛末を話すと、あっさりと”そんなもんか”と返しやがった。
どうするっていうんだよ。
しかも今からそっちに行くとか言っていた。
「…俺、どうすりゃいいんだ……」
呆然と呟いても、誰も答えを返してはくれなかった。
「兄貴、さっきの電話、じーさんからだった」
豪が部屋に戻ると、やはり緊迫した雰囲気が流れていた。
ジュンが顔を上げる。
「じーさん、って鉄心先生のこと?」
「そう、今からこっちにくるって。なんか打開策があるみたいだった」
「打開策?」
烈がやっと怒りの体勢を解いた。
「何かは聞いてないんだけど…」
「あのな、豪。そういうことを聞いておかないんだ」
「だってすぐに切ったんだ」
豪は膨れ面をする。その会話を聞いていたケイが口を開いた。
「誰だ?その鉄心ってのは」
「ああ、俺のギターの先生。めちゃくちゃだけど、腕だけは確かだぜ」
そういい、豪は遠い目をした。
「鉄心先生…ホントにギターできたんだ」
「…ああ……ほんと、めちゃくちゃなやり方だったけどな」
豪が冷や汗を流しながら言うので、ジュンもごくりと息を飲んだ。
「……打開策、か」
ケイが腕を見ながらと息を吐く。
「全く、姉弟揃ってお前らの世話になるとはな…」
額を押さえながら苦笑した。今までぴりぴりとしていたケイが、ようやく諦めたような笑みを見せる。
「兄弟揃って、って…」
「…俺の苗字、知らなかったのか?」
今度はケイのほうが目を見開いた。
「烈兄貴、こいつの苗字って?」
「いや、僕はケイとしか…」
二人揃って首をひねった。そのしぐさに、ケイはふっと吹き出した。
「俺の苗字、咲丘なんだけど」
「え、咲丘って…あの咲丘?」
「どうも、姉貴が世話になったね」
そういって、ケイは笑った。
確かよく見ると、に苦笑気味なところが、なんとなく咲丘に似ているところがある。
「そっか、咲丘さんの弟だったんだ」
「…姉貴がアンタのこと褒めちぎるもんだから、ちょっとむかついてたんだ」
自分を笑うように、烈を見た。型をすくめる烈。
「あ〜分かるなその気持ち。俺も烈兄貴に反抗したくなる」
うんうん、と豪がうなずく。
「弟の気持ちは分かるって?」
ジュンも少し笑った。ようやく、事態が収拾しだした。
こんこん、とドアを叩く音がする。
「どうぞ」
がらりと音がしてドアが開かれる。
「失礼するね」
入ってきたのは、Jだった。
烈と豪、ジュンを除く4人は面食らう。思えば当然だろう。金髪で色黒のJがいきなり来たのだから。
「どちらさまですか?」
恐る恐る、いった様子で美優が尋ねる。
「鉄心先生の使いの者だよ、豪くん、はい」
流暢な日本語を使うJに戸惑う美優を笑顔で通り過ぎ、豪に封筒を渡す。
「なんだよこれ」
「楽譜だって。鉄心先生がいろいろ書き加えてた」
「ふーん、これが打開策?」
楽譜を取り出し、ぱらぱらとめくる。
豪が目を見開いて、手を止めた。。
「豪?」
「…すごいな……これは俺っていうより、そいつ向けだな」
楽譜をベッドの上にいるケイに渡す。
「なんだよ」
「ギターのコード変えてある。あとベースにもちょっと書き加えしてあるな。負担無いように減らしてある」
「……!」
ケイがそれを見る。同時に、ベース担当の男子と部長もそれを見に来る。
「これならいけそうか?」
「俺でも…できると思う」
ケイが頷いた。しかし、顔が曇る。
「でも、これ1曲だけだ」
「残り2曲は豪君が弾けばいいよ」
Jが言い切きった。
「怪我がどの程度か知らないけれど、2曲は豪君に任せるべきだと思う」
「お前、部外者なのに何を…」
「でも弾けないんでしょ?」
ぐ、と言葉に詰まる。
「まぁ、お前の気持ちが分からないわけじゃないけど…」
豪がぽりぽりと頬をかく。
「このまま弾けないのは嫌だろ?俺に任せてくれないか?」
「……できるのかよ」
ぼそり、とケイが呟く。
「俺の楽譜、いろいろ手が加えてあるんだ、お前できるのかよ」
「明日まだ、1日あるんだろ?」
にや、と豪はつぶやいた。
「それだけあれば十分だ。明日の練習、俺も行くからな」
◆ ◆ ◆
翌日、練習最終日。
(豪のエレキギター、そういえば見るの初めてだな…)
土屋研究所から持ってきたらしい年代モノのギターを抱え、調整している。
「豪、それでどうなんだ、手を加えた部分っていうのは」
「うん、なんとかなると思う」
あっけらかんとした返事だった。
「なんとかって…」
「無理してるわけじゃないしさ、俺だってやるときはやるの」
くすくす笑いながら仕度をする豪に、烈は一抹の不安を覚えずにはいられない。
「それじゃ、はじめよう」
ドラムの部長の声が響く。
じっと、ケイがそれを見ている。
5分後。
「す、すごい…完璧…」
美優が簡単の吐息を漏らした。
「豪、お前いつの間にこんなのできるようになったんだ?」
烈の疑問の声。
「へへーん、どうだ」
練習したかいがあったぜー!と豪はギターを鳴らした。
「これならいけるな」
「ケイ、どうだ?」
むすっとした表情のまま聞いていたケイは、やがて。
「……しかたないな」
はぁ、と長くため息をついた。
「本番で失敗するなよ」
「おう、任せとけって」
こうして、本番は、1曲目だけケイ、2,3曲目を豪が担当することになった。
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