「メイクは?」
「うん、できてる」
「心の準備は?」
「…なんとか」
何故か舞台裏にやってきたジュンに質問の嵐に、烈は曖昧な笑顔で返した。
「まさか、最後になっちゃうなんて…」
美優はおろおろしていた。
体育館の舞台を使う順番は、当日の朝に発表されたのだが、ブラスバンドは4番目、つまり最後になった。
他には合唱部、演劇部、ダンス同好会があり、今は最後のダンス同好会の演技が行われている。
観客の盛り上がりも最高調だ。
「順番が何番だって、どうってことはないさ」
そういって笑うのは同じく髪を解き、ワックスで固め、藍色の髪色にした豪だ。
今回はウィッグなしで行くらしい。
当の烈も、髪の毛をワックスで軽くぱらつかせて、雰囲気を変えている。
眼にはカラーコンタクト、服だけが私服。とりあえず、”それっぽい”服を。豪にも相談して黒を基調としたものを。
あとは、ケイから借りたシルバーアクセサリーを適当に。
美優からシールピアスを。
でしゃばらない程度に、着飾った烈と豪を見て、ジュンと美優が驚いた。
「かっこいい…」
「そ、そう?」
「うんうん」
2人が同時に首を振る。
「なー、俺はー?」
そういう豪も似たような格好をしていた。藍色に染められた髪がばさりと揺れる。
(どうしよう…)
ジュンはそんな変貌してしまった豪に、紅い顔をしてうつむく。
その様子を見て、美優はぴんと来た。
「…ジュンちゃん…もしかして片思いの相手って…」
「ああ…あいつには言わないで、ね」
「わかった…がんばって」
豪の性格を2日でなんとなくわかってきた美優は微笑んだ。
「…ありがと」
前の演技をしていたダンス同好会の演技が終了した。
舞台に幕が下りる。
担当の委員が、ドラムの設置をはじめる。
「じゃあ、みんな。気合を入れていこう」
「はい」
「おう」
「がんばろうね」
部長の言葉に、思い思いに、決意を言葉に出した。
「ケイ」
豪に呼ばれて、ケイが振り向いた。
「気合入れていけよ〜!」
ぶんぶん手を振る豪に、ケイは苦笑した。
「お前な、兄貴のほうにいう台詞だろそれ」
「あ…」
豪はしまった、と烈を見た、烈は微笑んでいる。
しかし、眼が笑っていなかった。
「兄貴、頑張れ!」
笑顔で切り返すと、一回目を閉じ、そして。
「お前に言われなくてもわかってるよ」
そういって、舞台脇からステージへ出て行く。
見送り、豪は傍にいたジュンに振り返った。
「…ジュン、お前観客席で見てればいいんじゃないのか?」
「いいよ、こっちの方が近いもん」
「そっか」
眼を細めてステージを見る豪に、心臓が高鳴る。
「豪は、緊張してないの?」
たずねると、豪は不思議そうな顔をした。
「すっげー緊張してる、…のかな。よくわかんねぇ」
ジュンは下を見て、よくわからないという豪の言葉が判った気がした。
見た目は平気そうな顔をしている。しかし、組み合わさったその指が小刻みに震えている。
「…豪」
きゅ、とその指に触れてみた。
「なっ…」
驚いたのは、豪だった。
「緊張してるじゃん」
「……うるせ…」
そっぽを向く豪に、ジュンはふっと笑った。
「別に隠すこと無いのに、私しか見てないんだからさ」
◆ ◆ ◆
「お待たせしました!メインイベント特設ステージもいよいよ最後です!」
勢いよく叫ぶ司会に、生徒その他、観客たちは一斉に声を張り上げた。
「最後のトリを務めるのは、ブラスバンド部!今回は特別にボーカルを加え、昨年以上のステージを見せてくれるでしょう!」
わー、と暗がりの体育館に歓声が響く。
「では、お願いします!」
司会者を照らしていたライトが消え、幕があがる。
そして。
まばゆいライトが一斉にステージに広がった。
中央に立つのは、バスターそのままの格好の、烈。
目つきさえそのままだ。
「……」
烈は無言でマイクを握り締めた。
「えっ…あれって…」
「つい最近引退した、モデルの…」
「バスターだよ!うちの学校にいたって聞いたけど」
暗がりの中が、ざわめきはじめる。
その動揺は、波紋のように広がっていった。
しかし、烈はものともせず、息を吸い込んだ。
「皆さん」
烈の一言に、一斉に静まり返った。
にこ、と微かな微笑を浮かべ、暗がりの会場を見渡した。
「僕はかつて”バスター”というモデルをしていた本人です」
予定外の口出しに、ブラスバンド部のメンバーは顔を見合わせた。
「……ですが、バスターはもういません。代わりに」
表情が変わる。どこか挑発するような、燃える瞳を輝かせる。
「この星馬烈が、バスターになりきって、歌いたいと思います!」
「…ほー、兄貴にしては珍しい」
豪はふふ、とその様子を舞台袖で見ている。
「…ち、ちょっと豪、大丈夫なの?」
「大丈夫だって、ほら」
しばらく沈黙が続き、そして。
「いいぞー!」
「バスター、歌ってー!」
何処かしらから、歓声が響きだした。
うん、と烈はうなずいた。
そして、後ろにいる部長、ドラムに合図を送る。
部長も無言でうなずいた。
美優、ベース、ケイもスタンバイする。
スティックがドラムを叩き出す。
ギターの音色がリードして、ベースとキーボードが連なる。
酔いしれるように、烈が髪を揺らした。
”揺らめく陽炎 廻る無限回廊
上り詰めてゆくは 夕暮れの境界線
腕を掴んでて どこまでも離さない
引きちぎれても 走り抜いて遥か彼方へ
縺れて指きり 絡み付いて解けない
結んで縛り上げろ 確定された予感
冷えた温度を 無理にでも高めて
秘密の依存 転がる地の果てまで
アカイイト 炎の色に
ハイノコナ 虹の鳥に
消えてしまった願い
叶わない永遠の誓い
揺らめく陽炎 廻る無限回廊
上り詰めてゆくは 夕暮れの境界線
振りほどく自制 壊しても崩れない
躊躇いを止める 方法などわからない
方法など わからない…”
透き通るような声で歌う烈に、圧倒される。
豪だけが足で軽くリズムを取っている。
「…やるじゃん、烈兄貴」
そういって豪は、満面の笑顔を見せた。
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