dark chest of silence 2





どうしよう。どうしよう。どうしよう。


そんな思いがぐるぐる回っていた。
覚えていない豪、無意識の豪。

まさか、”あんなもの”だったなんて。

生まれて初めて、豪の闇の部分を見た気がした。

もし、豪の思い全て受け入れたら、僕は粉々に砕けてしまう。

でも…でも…

あの瞬間に感じた動揺と痺れを、僕は知らないわけじゃない。

僕は、豪が好きなんだ。たぶん。

けれど何だろう、これは。

兄弟愛って、こんなものだったっけ?ううん、絶対に違う。


一回深呼吸して、笑おう。


僕は、何も知らないんだから。





兄貴がおかしい。


そう思ったのは数日前から。それからどんどん、違和感が広がっていく。

目を合わせない。俺に対して作り笑いをする。

日常がすれ違う。

何かが、変だ。

「烈兄貴、俺…兄貴に何かした?」

「…えっ?」

思い立ったら即実行。

勉強が終わる頃を見計らって、部屋に突撃した。

「だって、兄貴、最近おかしいから…」

「別に、俺は普通だけど」

そういって、目をそらす。

「ほら、また」

「……」

「今まで俺に作り笑いなんてすること無かった。なんかよそよそしいし…ねぇ、俺何か悪いことした?」

「……」

兄貴は口を閉ざす。そして、手首を見ていた。

うっすらと、握られた跡が残っている。

俺が無意識に握ってしまったといっていたが、そんなに、気にすることでもなかったと思うんだけど。

「…わから、ないんだ……お前に言うかどうか」

「えっ?」

いきなり、兄貴は口を開いた。

「……たぶんお前も、知って欲しくないから、黙っていたと思うんだ…」

目を開いた。俺が、知って欲しくないこと。

一番、知って欲しくないこと。

ざあっと、背筋に悪寒が駆け上った。

「兄貴、俺なんて言ったの?あのときだろ?」

俺が熱中症で倒れたとき、兄貴は何かを聞いたんだ。俺の口から、何かを。

無理矢理肩を掴んで、こっちを向かせる。

兄貴はずっと、目をそらしたまま。

「兄貴ってば!」

今度は頬を挟み込んで、強引に顔を付き合わせた。

こうすれば、目をそらすことは出来ない。

兄貴は瞳を左右に揺らす。やがて観念したように、じっと、俺を見た。

紅い。血が透けて見えるように紅い。

どくん、どくんと心臓の音が大きく聞こえる。

「…ダメなんだ、豪……そんなことをされたら、俺はどうしようも出来ない」

「兄貴?」

ふっと手を離すと、力が抜けてしまったかのように、椅子に座った。

「俺が、好き、って」

「…え?」

兄貴が、言ったことが一瞬、よくわからなかった。

「お前が、熱でうなされてた間…お前は俺にこういったんだ。”烈兄貴が、すき”って」

「……!」

2,3歩後ろに下がった。

「うそ、だろ?」

「……」

兄貴はゆっくりと、首を振った。

「そんなこと言われて、平静でいろって言うほうが無理なんだよ。だから、わかってくれよ」

よそよそしくなってしまうことも、作り笑いをしてしまうことも。

「俺が、どうしたいのか、よくわからないんだ…ごめん」

「ごめん、って兄貴が謝ることじゃないじゃんか。それって…」

「お前に、何も言わなかったこと」

はぁ、と、ひとつ。ため息をつく。本当に疲れていたんだろう声。

「寝言で言ったってことは、本当のことなんだな」

「……うん」

ためらいながらも、俺ははっきりうなずいた。兄貴のことが好き。それだけは真実だから。

だけど…

「兄貴は…」

「ん?」

「それを聞いて、気持ち悪いって思った?」

「……」

もしこれで、YESと答えるのならば、俺は烈兄貴のために、この思いを諦めなくちゃならない。

それはすぐには無理だけど、時間を掛けてでも。

兄貴は表情を変えないまま、しばらく考えているようだった。

「…好き、といわれたことそのものには、気持ち悪さは無かった」

「じゃあ…」

「でも、怖かった」

兄貴はきっぱりとそういいきった。

「好きとか愛してるとか、それ以上に…もし、この豪の気持ちをそのまま受け止めたら、俺が持たなくなりそうで」

「え?」

俺の気持ちをそのまま受け止めるって、俺が言ったの、好きって一言だけじゃなかったのか?

「わからないんだ、豪とどう接すればいいのか、だからあんな感じになった」

「……」

ここまで烈兄貴が苦しげな表情をするのを見たことが無かった。

「…じゃあ、そのままでいい。わかるまで、無視してていいよ」

「豪?」

諦めたくは無いけどさ。でも、俺に出来ることってそれくらいしかないだろ?

言っちゃったものは仕方ないし。

なにより、兄貴のそんな辛い表情、見たくないしさ。

「わかったら、兄貴のこと、聞かせてくれよ」

あとは、気持ちだけ。

けれど、兄貴をそこまで悩ませるって、俺、兄貴になんていったんだろう?

記憶が無いから、ぜんぜん分からないけど。

でも、どこかでは分かっている。



俺のこの思いはきっと、一番壊したくない人を壊してしまう。




◆    ◆    ◆



豪が立ち去った後、烈はベッドに倒れこんだ。

「…馬鹿豪……」

わかるまで無視していいって。何だよそれ。

確かに、そうするしかないかもしれないけど、全部押し付けて行くな。

「……」

好きの感情がこうまで激しいなんて、知らなかった。

豪の言葉を聴くまでは。

もっと普通に、一緒にいれば楽しいとか、そんな感情だと思っていたんだ。

深淵は違う。一つになりたいと言う。

自我が保てなくなるほどの何か。

手首を見ると、うっすらと残る跡。

どうすればいい、というんじゃない。これは。

覚悟があるか、無いか。それだけのこと。

豪が無意識にでも全てをさらけ出してしまった。自分は言葉でさえ、何も出せずにいる。

何も知らないふりをする時間はもう過ぎた。

好きだってことは、わかってるんだから。


この混沌と渦巻く暗い箱を、豪の前に開けてしまえばいい。


たとえどちらかが、その思いに壊れてしまったとしても。






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背景:廃墟庭園

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