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ごめんね、本当にごめんね。
ママが悪いの。なにもかも。私があまりに弱すぎるから。パパが死んだから、なんて理由にならないよね。
たくさんの事を見聞きすることができたはずなのに。
たくさんのお友達と仲良くなれたはずなのに。
たくさんの幸せにひたれたはずなのに。
何もかも、ママのせい。
あなたの命、守れなかった。
でも、姿や形がなくても、あなたは私の子供。これからも、あなたにずっと話し掛けてあげる。それから、ひとりぼっちでも天国で幸せに暮らせるように祈ってあげる。
でも、そんなことやったからってゆるしてくれるわけないよね。
ごめんね。
ほんとうに、ごめんね。
第0章 不遇の若き未亡人
マンションの一室。三部屋とキッチンの構成で、ベランダは西向き。白く寒々しい壁紙に、冷たいフローリングの赤茶けた色。
鬼島レミは、たった一人になった今もこの部屋で生活していた。寂しいが、それ以上に平穏な空気がレミを不思議に和ませていた。
きれいに切りそろえた爪を伸ばすレミの両手に握りしめられているのは、白檀製の小さな水子地蔵だ。こんもり丸い桃の実をぱっくり開けると、小さな子供を模した地蔵が表れるというものである。夫方の親族から受けた暴力で、お腹の子供を流産して意気消沈していた時に、この携帯用水子地蔵の通信販売の折り込みチラシを見て注文したのであった。
親元に戻ることも考えた。だが、彼女は罪悪感と自責の念のためにそうすることができないでいる。
本当のところ、彼女は何もかも憎くて仕方がないのだ。同時に、ただ物事に抗うこともできずに流され、流されるままに重い罪を背負ってしまった自分が嫌でしょうがなかった。
そのいきさつを考えると、レミは正気でいられなくなる。なんとか気を鎮めようと椅子に座ってテーブルに肘をついて頭を抱え込む。しかしその手はストレートの黒く長い髪を掻き乱し、その白く細い腕に鳥肌を立たせる。それで時折、苦しみに耐えているかのような、体の奥から絞り出した苦しい声を噛んだ唇の間から漏らす。
「……う、う……」
それから、まるで溺れた人間が例えそれが頼り無く浮く藁でも救いを求めて掴もうとするかのように、微かに香る木の彫り物を両手で掴む。
「助けて……もう許して、お願い」
少女の面影を多分に残すそのあどけない目は、溜まる涙に潤んで赤っぽく染まっている。
桃の実に似せたその彫り物を、レミはゆっくりとその大きな胸元に押し当てる。強い衝撃があればいとも簡単に壊れてしまいそうなその華奢な体に似合わないくらい大きな胸は、縮こまった彼女の心中とは裏腹にその水子地蔵を優しく包み込んだ。
胸の谷間にその硬い感触を感じながら、ようやくレミは気持ちを抑え込むことができた。
一息つこうと、彼女は冷蔵庫の扉を開ける。烏龍茶のペットボトル。手に取ろうとして腕を伸ばしたが、掴もうとする指が一瞬ためらうように固まる。
しかしレミはそのままペットボトルを片手で持つと、テーブルに座ってコップについだ。だが、それを飲もうとしてコップを口に当てたが、今度は唇が固まって動かない。
それでもなんとか、自分に言い聞かせて、ようやく口にした。
冷やした烏龍茶が、口から喉を通り、食道を流れ落ちて胃に至る。その何てことのない一連の現象を、レミはこころなしか少し不快に感じる。
結局一口だけ飲んで、残りは流し台に捨ててしまった。
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「よおし、これでもう実質的に俺たちは夫婦だ」
カチャンと受話器が下ろされた後に、男は心底嬉しそうな、だが余りによこしまな表情を浮かべてレミに言った。
四方を分厚いガラスで覆われた狭い電話ボックス。小さい肩を震わせてうつむく女子高生に覆いかぶさるように、大柄な男が側に立っていた。
女子高生がつつましやかな紺のブレザーの制服を着ているのに対し、男は緑のベストにからし色のズボンという悪趣味な取り合わせの鳶装束に身を包んでいる。服装だけでもあまりに不釣り合いなカップルであるのに、さらに二人の顔を見ればそれがさらに際立つ。女子高生が季節外れの春の細雪でこしらえたような鼻筋が綺麗に通る端正な白い顔をしているのに対し、男の方は浅黒く焼けて脂臭くて醜い肉感を全面に吹き出していた。
「レミよぉ、お前は俺のものだ。もうどこにも逃げられねぇ。な」
男はそう言った直後に、その無骨に太い指で彼女の胸をがっちり荒々しく掴む。
「ひっ、……い、痛い!」
「揉みがいのあるおっぱいだよなぁ。ヤるたび女のチチはでかくなるっていうが、今こんだけデカけりゃ将来どうなっちまうんだ? なぁレミ」
「うぅ、やめて」
「やめてじゃねぇよ。お前は俺のスケなんだぜ。おらぁ、お前も感じ出してみろや」
「そんなぁ、ああ、いやぁ……」
「仕方ねぇやつだなぁ。じゃあ俺が手助けしてやっから」
いそいそと、レミのスカートをまくりあげる男。あわててレミはスカートを手で押さえる。
「ちょ、あぁ、いやっ!」
「手が邪魔だ! どけろ!」
抵抗は男の一喝の前にその力を奪われてしまった。
スカートは男の両手で無惨に引き裂かれ、はらりと床に落ちる。
おとなしそうな外見の女子高生が、そんな下着を履いているとは誰も思わないだろう。だがレミはそれを実際に履いており、しかも透明なガラスで仕切られているだけの電話ボックスの中で、それは辺りに丸見えだ。
申し訳程度しか生えていない黒いちぢれ毛の茂みすら全て覆えない、まるでリボンで作ったような、レース地のGストリング。綺麗な曲線を描いてくびれるウエストの下から少しなだらかに膨らむ下腹の白い肌も、ほっそりした体型のわりにむっちりとした尻の柔肉も、Gストリングは覆おうとしない。
「ほおら、変態レミ只今参上」
「ああいやぁ、お願い、もう許して……」
「何を許すんだよ? あぁ、なるほど。『じらさないでもっとエッチなことして』って意味か?」
「ち、ちが……あぁあ、やめて痛いっ!」
レミのGストリングのフロントを、男が上にピンと引っ張った。たちまち彼女の股間に潜む陰唇の間に白く細い布地は食い込んだ。
「そら見ろ、お前がとっととその気にならないからこうなるんだ。ジゴウジトクってんだよ。お、俺ってあったまいー」
後ろのところも持って、男はレミのGストリングの縦布をぐりぐりと前後に揺すりはじめる。どんどん食い込むGストリングに、陰唇はそれを包み込むように柔らかく変型する。変型した陰唇に包み込まれて、Gストリングの縦布は秘襞とクリトリスを強く擦り付けはじめる。
「ひ、いぎっ……んぅ、うぐうぅ」
情欲の火起こし弓。擦り付ける縦布はねっとりした液体で摩擦がなくなり、滑らかになってくる。見れば、目に涙を溜めたレミの頬に赤みが差しはじめている。
にたにた笑いながら、男はその様子を楽しそうに見つめながら、さらにもっと縦布を動かし続ける。
「あ、ああ、あっ、ああぁっ……」
うつむけたままだった顔をむっくりと上げて喘ぎを漏らしはじめたレミの脚がガクガクと震え始め、その膝はすこしづつ折れ曲がりはじめる。
それを見計らってようやく男は縦布から手を離し、細いウエストに手を回して支えてやった。だが彼女の白臀の谷間には、ズボンの中でびんびんに熱く屹立した剛茎がしっかりと当てがわれる。
「これなぁんだ?」
「ひっ、い、やっ!」
剛直から離れようとするレミの腰を男はぐっと押さえ付け、さらにぐりぐり尻の谷間に擦り付ける。
「なに今さらいやがってるんだ、もう何回も実物見てるだろ?」
トランクスにズボン、二枚の布に覆われているにもかかわらず、その傘の開き切った胴の太い肉茸の形がレミの尻の肌の感覚にしっかり刻み込まれていく。それが彼女の頭の中で鈍いピンク色をした燃えたぎる男根のイメージを思い起こさせる。
「ぁあ……」
目の前の緑の電話器に体をもたれて、レミは喘ぎのようにとれる小声を漏らす。その顔は桃の実の肌さながらに赤く染まっている。
「いいぞぉ、ようやく感じ出て来たな。これが本来のお前なんだ。な」
「いや、違う……ひゃあっん!」
ささやいた耳朶を、男は前歯で甘く噛んでみせる。ルックスに合わない男の仕草に、レミは子猫の鳴き声のような小さな悲鳴を上げる。
レミのGストリングを引きちぎり、男は彼女の片脚の太ももを抱え上げた。
薄い陰毛の茂みの下で、縦布にかぶっていたレミの赤く濡れそぼった陰唇が叫ぶようにその口を開く。
「あ、や、いやぁ」
顔を隠すようにすくむレミ。しかしその悲鳴は恥じらいの中に埋もれて遠く響かない。
「ほおら、ぱっくりマンコが丸見えだぞぉ。レミはインランなんだ。外でこんな格好平気で見せて……ほらほら、もうビラビラが濡れそぼってるじゃないか」
電話ボックスは、公園に立っている。深夜なので、付近の家の明かりは既に消え、後は暗闇の中に二、三の街灯の真下を頼り無く照らしているだけだ。おそらくは誰も二人のいる電話ボックス付近を歩くことはないだろう。
しかし外で自分の恥ずかしくも大事な部分をさらけだしているということだけでも、レミの胸中に羞恥の炎をともらせるには十分であった。
「お願いします……もう止めて下さい、許して下さい……」
「遠慮なんかすんなよ、もうここもいっちょ前にデカくなってるじゃねぇか」
無骨な男の手指が、レミの恥裂を掻き乱していた。そのうちの一本が、ぷっくりと肥大した肉豆に触れる。
「あひっ」
「ここがいいんだろ? ほら、気持ちよかったら腰振ってよがってみ」
ぐりぐりと指がクリトリスを撫で回し、くねらせ、押し込む。
「あぁあ、い、ひぁ、ぐぅう、……い、いやです! もう許して!」
「あーもーしょうがねえな、――ほらっ!」
思いっきり男はクリトリスを弾く。
電気ショックでも受けたかのように体をビクンと硬直させ、かすれた悲鳴をあげるレミ。
それからゆっくりと男の体にもたれかかり、開かれた恥部から液体をほどばしらせる。にわかに湯気をともなったその液体は、電話ボックスのコンクリートの床に砕けて水たまりを作っていく――。
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本当のところ、レミは十九才という年齢の問題から戸籍上では結婚したことになっていない。彼女の夫である藤吾(とうご)が「駆け落ち」の言葉のもとに嫌がるレミを強引にを家族のもとから奪ったのだ。
一目会ったときからずっと肉体関係を強要され、藤吾の肉根にひざまづく生活を強いられ、レミはいつも何かに怯えるようになってしまった。そのせいで彼女は家に引きこもりがちになった。それでも日々の必要なものや食べ物は藤吾が仕事の帰りなどに代わりに買っていたが、藤吾が死んだ後、彼女は週に一度だけ買い物のために外に出るようになった。しかしレミにとってそれは苦痛以外の何ものでもない。これほど外の世界が辛くなったのは、藤吾に恫喝されて親に駆け落ちの電話をして以来である。
そんなレミが、心を許すものが二つある。
一つは、通信販売で買った水子地蔵。もう一つは、近くの墓場に立つ観音菩薩像だ。
人目を避けるように足早に買い物に行った後、レミは同じ調子で墓地に向かう。人気のない墓地では、彼女はまるで公園を散歩するかのようにゆっくりと歩く。墓地の真ん中に立つ観音菩薩像にやってくると、彼女は静かに手を合わせて長いこと目をつむって祈り続ける。自分の心の平安を祈っているのか、あるいは堕ろした子供の冥福か。
幸いにも、藤吾の死後は彼の残していった貯金や保険金があったため、仕事をしなくても当面はなんとかやっていけた。しかしその生活もずっと続くわけではない。いずれは彼女も仕事をして口を糊していかないといけない。だが彼女はぎりぎりまで仕事をしないで自分の心のケアにつとめることにした。
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