01梅雨に濡れる女と恋を信じられない男

 美露と俊司が出会ったのは、本当に最近の事である。
 ちょうど、平年並みのうっとおしい、じめじめとした梅雨の季節が到来した頃合でもあった。
 おおよそ夕方の五時頃か。雨というのもあってか、いつもはまだ誰かいるこの公園に全く人影はない。ただ、俊司の湿った足音と雨が地面を穿つ音だけが淋しく響いているだけ。
 俊司は帰る途中にいつも大きな公園を横切っていた。そっちのほうが家への近道だからだ。特にその日は雨だったから、寄り道する気分になれず、彼はそのままとっとと家に帰りたかった。
 そんな時、俊司は一人の女。を見つけた。
 彼女は一人、傘もささずにベンチに座ってうつむいていた。
 ウェーブのかかった黒い髪はすっかり雨水をかぶっていたし、着ているブラウスやスカートの布地も多分に水を含んでいた。そのせいで、女の着けている白いブラジャー……いやそればかりでない、上半身の肌が濡れきった布地がすっかり纏わりついた形でくっきりと透けてしまっている。その肌の透けた肩に、ウェーブの髪が艶やかに被さっていた。
 すっかり俊司の目は釘付けになっていた。濡れた髪の先の一本一本、濡れたブラウスの白いボタン穴の一つ一つ、果ては透けて見えるブラジャーのレース柄の隅々まで、今そこのベンチに座っている女の細部が俊司の目に飛び込んで来た。
 女の背筋は緩やかだが官能的な曲線を控えめに描き、体前面の女性的な凹凸と見事に調和していた。しかも雨水に濡れているせいで、服を着ているのにそのプロポーションが余計に際立つ。
 俊司は数歩だけ歩みを戻すと、今度は濡れた髪に隠れた彼女の顔を覗き込んだ。
 大理石の彫像のようにどことなくシャープな印象を感じるが、顔の真ん中にすっと線を引いたような鼻筋と薄い唇からはどことなく知的な印象を覚えた。
 だが、アーモンドを思わせるその目は縁を赤く火照らせて涙で潤んでいる。他のパーツは大人のそれなのに、目の辺りだけは泣いてたたずむ少女の面影をたたえていた。
 俊司はどきりとした。熱い胸の高鳴り。
 ――今自分の目の前で、女の人が泣いている。放っておけない。しかし一体どう声をかけたらいいのだろうか?
 考える俊司、だが彼の身体は前へと動いていた。ただベンチにじっと座っている女のもとへと。
 女は自分の側までやってきた俊司の方に振り向いた。首を傾けたせいで。目にたまっていた涙がこぼれて頬を伝った。すっかり梅雨に濡れているのに、涙の筋だけははっきりと見える。
「あ……あの……どうかされましたか?」
 おそるおそるだが、俊司は勇気を振り絞って彼女に話しかける。
 女はただしばらく俊司の顔を見ていただけだったが、すっと涙目の顔を隠して受け答える。
「すいません……何でもありませんから……」
「でも、ずぶ濡れじゃないですか」
「いえ、これは――」
 すかさず俊司は女の上に傘をやった。
「送りますよ」
 女は俊司の言葉に少し困惑したようであった。
「送らせて下さい」
 言った後で、俊司は自分の言葉に少し違和感を覚えた。なんだか自分から強引に誘っているような言葉遣いだ。弱い語調であったとはいえ、俊司は相手の反応を心配した。
 女はゆっくりと立ち上がる。
(しまった、逃げてしまう!)
 俊司は心の中で舌打ちをした。
 が、女は彼の予想に反して、逃げようとはしなかった。どころか彼女は彼の顔を見上げて、縁を赤らめた目をあらわにした。
「……いいんですか?」
 弱々しい声であった。泣いたせいでかすれているのか、濡れて寒くなったせいで震えているのかすらわからない。
 俊司は力強くうなずいてみせた。
 女は浅く一礼をして、俊司に一歩踏み出す。
 目の前に彼女の濡れた頭が来る。花のいい香りがした。雨ですっかり濡れているのにこれほど匂いたつのはどういうわけなのだろうか?
 そればかりでなかった。すぐ側の距離まで寄り添ってきた彼女を見ると、さらに俊司の胸はばくばくと高鳴った。女はさっきまで雨に打たれていたせいで一段と縮こまって、やもすればそのまま寒さに震えながらどんどん小さくなって消えてしまいそうに弱々しい。
 そんな姿を見て、俊司は他人であるはずのこの女をそばから離したくなくなった。震えているならばしかと抱き着いて自分の体温で温めてあげたい、悲しいことがあったのならばそれを聞いて一緒に泣いてあげたい――俊司自身、初対面の異性にこれほどまでの恋の感情を持つのは初めてであった。
 二人はゆっくりとした足取りでようやく動き始めた。
 女は透けた胸が気にかかるのか、両腕を組んで前屈みに隠すようにしていた。ややうつむいて歩く彼女の姿は憂鬱そのものであった。俊司は何か話した方がいいと考えるのだが、いい言葉が思い付かない。
 結局、彼の口から出た言葉はストレートなものだった。
「どうか、されたんですか?」
「……捨てられちゃったんです、私」
 どこか鬱っぽい言葉の響きを持たせながらも、彼女は率直に答えた。
「初めての男の人だったんです。だからだったんでしょうね……彼を満足させられなかったんだと思います……」
 半年ぐらいつき合った彼氏に、今日突然別れ話を持ち出されたと言う。悪いが、君以外に大好きなコができた。今度からはそのコとつき合うつもりだ。いろいろ考えもしたが、正直のところ君とつきあっていても面白くないんだ。すっかり醒めきっちゃったんだ。本当にごめん、もうこれで終わりにしよう――
 そのことを話しているうちにまた悲しくなって来たのか、彼女の声が鼻に詰まったようになる。
「私、なんだか自分から一方通行に彼にいろいろ求めてばっかりで……何一つ彼に尽くしてあげられなかった……」
 うつむいた顔にますます影をさす女。歩調も止まりそうなくらいに遅くなる。
 彼女が傘の外に出ないようにしながら、俊司はかける言葉を考えた。
「……歩きましょうよ。とにかく歩きましょう。あんまり後ろ向きに考えても先には進みませんよ」
 なんともクサい言葉であった。俊司自身自分で言っておいてひどく恥ずかしく馬鹿らしく思った。
「――何言ってるんでしょ、俺」
「う、……ううん、ありがとうございます。私も、初めて会う人に何話してるんだろ? ごめんなさい」 
 そんな台詞を言葉にする彼女がものすごく可愛く思えた。俊司はさり気なく女の肩に手を回したくなった。
 正直彼自身も、女の身体に触るのが初めてであった。実際にやろうとすると腕がびくびく震え、かえって女が怖がるのではないか不安に思った。
 しかし彼は自分の欲求のおもむくまま、その震える手を女の肩に置いてさらに自分の身体に女を抱き寄せてしまった。
 これにはさすがに女もびっくりした様子だ。うつむいていた顔をぱっと彼の方に向ける。
 それを見て俊司もとっさに手を離した。
「す、すいませんっ! あ、あの……その、寒そうにしていたから……」
 苦し紛れの言い訳であった。それが通じたのかどうかはわからなかったが、女は逃げなかった。俊司が再び歩き始めると、彼女もまた彼についていった。
「すいません、こちらこそ……気を遣っていただいて……」
 それだけ喋ると彼女はすっかり黙ってしまった。
 俊司も、さっきの行動に対する後悔と罪悪感で彼女に話し掛けられなくなってしまった。
 二人の間に重い沈黙が漂う。合間合間に「あ、あっちなんです」「このまままっすぐ行って下さい」と女が道案内する以外は、特にこれといった会話はかわされない。
 公園から離れ、一戸建ての立ち並ぶ界隈に入っていく。公園同様、雨が降っているせいか人通りは少ない。しかしそれがかえって、二人の事を完全に黙殺しているような寒々しい印象をさらけ出す。
 無口ながらも俊司は女の方を見やる。
 彼女はやはり寒そうに身体を時々震わせながら、小さな顎や髪の先から小さくて透明な雫を落としていた。見つけた時よりは少し明るくなっているようだが、どこか見えない影を引きずっているかのような面持ちはそのままだ。だが俊司は彼女のそんな顔についつい見とれてしまう。
 やっぱり俺はこのコが好きなんだ、と再認識する。
 彼女も男にフラれたばかり。いっそこの場で「つきあってくれ」と言えば彼女はいい返事をくれるだろうか?
 ……だが俊司は自分の推測を否定した。
(馬鹿な、覚悟なくしてそんなことできるか!)
「あ、あの……?」
 女の声に俊司は我に返った。彼女の所在が分からずにあたふたと辺りを見回すと、当の本人はすっかり俊司の傘の外にいて、今彼のいる場所の後ろ数歩先の小路を指差している。
「ごめんなさい、こっちなんです。分かりにくいんですけど……」
「あ、すいません。つい考え事してて……」
 慌てて俊司は女の上に傘を持っていく。
 二人は再び歩き始めた。ようやく俊司は話すネタを見つけた。
「しかし随分奥まったところに家があるんですねぇ」
「いえ、ただの近道ですよ」
「結構歩くんですね」
「ええ、まぁ……」
「通勤の時とか大変じゃないですか? もうここくらいだと駅から遠いし」
「そんなことないですよ。自転車もありますし」
 心なしか彼女の声が明るくなったような気がした。俊司はさらに話を盛り上げようとさらに彼女と話し込む。
 ようやく名前も聞けた。美露というらしい。すごく彼女に似合っていると俊司は思った。
 なんでも、オートロック付きのマンションの最上階に住んでいて、夜には街のネオンが遠くに見えて雰囲気が最高だとか。話はそこからいろいろと盛り上がる。
 しかし楽しい時間も束の間。
「あ、あそこです。あれが私の住んでるマンションなんです」
 黄色いレンガ調のタイルがびっしりとはめ込まれた、数階建てのマンション。そこいらのマンションやアパートより、造りはしっかりしていそうだ。
 それじゃ私はこれで、本当に助かりました、と美露はそのままマンションのガラス戸を開けて中に入ってしまった。入ってまた深くおじぎしてそのまま奥へと行ってしまった美露と俊司の間で、ガラス戸の鍵が自動的にカチャリと閉まった。
 俊司にはその鍵の閉まる音がどこか不快に聞こえた。
(終わらせる気なんて、ないぞ)

 俊司は文化部系の人間だった。とはいえ、高校や大学に在学していた時は部活らしきものは全くしていない。
 彼の課外活動は学校の外、街中にあるこじんまりとしたゲームセンター。最初はただアーケードゲームで一人楽しんでいただけであったが、そこに備え付けてあったコミュニケーションノートがきっかけで知り合いを増やし、いつしかちょっとしたサークルを形成していた。
 最初は当時大ブレイクした対戦型格闘ゲームで遊び倒してお互いの技を競い合っていただけだったのだが、次第にそれに飽き足らなくなっていった。誰かが面白いものをみつけると、みんながそれに飛びついていった。タバコやカクテルの味を覚えたのも、このサークルにいた頃の話だ。
 マニアックな世界、アブノーマルな世界、サブカルチャーの世界……俊司はサークルを通していろんなことを見聞きした。もちろん、みんなでおもしろおかしく遊ぶのを前提に、だ。
 年数が経つにつれてサークルに所属する人数はますます増え、最終的には正確に把握できないほどの人脈ができあがっていた。
 事件はそんなときに起きた。
 サークルの中心にいたのは俊司ではない。彼よりも数歳年上の男がリーダーとなってみんなを取り仕切っていた。彼はフリーターで、早朝から夕方の間は牛丼屋でアルバイトをしていた。
 ある日、彼がそのバイト先で知り合った女の子をサークルに連れて来た。
 男性比率の高いサークルではあったが、彼女以前にも何人か女性はいた。だがリーダーの連れてきた女の子は誰よりも見栄えが良かった。服のセンス一つとってみても誰にもかなわなかったし、何よりサークル全体とは違った魅力的な雰囲気を持っていた。チカチカしたゲーム機が余裕なくびっちり並んでいる薄暗いゲーセンよりむしろ昼間の繁華街をウィンドウショッピングしている方が似合っているような子であった。
 実はリーダーあのコに気があるんじゃないの? と俊司は他の何人かと一緒になってからかったものだが、実際のところは何人か実際に感付いていたようだ。どうやらリーダーは本当にその気らしい。しかし俊司は、問題が勃発するまでそれがわからずにいた。
 問題とはこういうことだ。女の子を誘い込んでからしばらくの間は、リーダーも彼女とともに長いことゲーセンで時間を潰し、サークルの活動にもすすんで参加していた。だが、いつからかだんだんと、リーダーのゲーセンにいる時間が短くなっていった。サークルの活動にもあまり参加しなくなっていったのである。
 ちょうどサークルも大きくなり、内部でも幾つかの派閥が出来始めて、数年の在籍でありながらサークル黎明期からの古株でもある俊司にもすこし居心地が悪くなっていた頃だ。サークルに熱心な一部の人間はリーダーの消極的な態度に不平を言い始めた。そしてそれはリーダーの連れて来た女の子にまで飛び火する。その時点で俊司はようやくリーダーの思いを理解したのである。
 とりあえずその場は、「リーダーの恋くらい暖かい目で見守ってやろうよ」ということでとりあえず落ち着いた。
 しかし、サークルの総意とはうらはらに、リーダーはみんなの見えないところで迷走を続けていたのである。
 ある日、悲しい知らせが人づてでサークルに届いた。
 ――リーダーがストーカー容疑で逮捕。
 ある日突然手のひらを返したように醒めた態度で接してくる女の子に、リーダーが二人きりの時間を増やして機嫌をとろうとしたらしい。だが結局女の子はリーダーを捨ててしまったという。牛丼屋も辞め、別の職業にうつってしまった。おまけに、教えてもらった携帯電話の番号も使えなくなっていた。諦めきれなかったリーダーは、女の子を血眼で探し、見つけたらその後を追って話し合いの機会を持とうとしたという。
 しかし、それがまずかった。
 女の子は警察にリーダーのことを訴え、彼に対して刑事告訴で臨むと言ったらしい。それで結局リーダーはその両手首に手錠をはめられる羽目となってしまったのだ。
 だが俊司が腑に落ちなかったのは、リーダーが女の子にした行動に関してであった。
 リーダーは後をつけるだけに留まらず、彼女の住む部屋のドアを荒々しく蹴り上げたり、ネコの死骸を置いたりしていたというのだ。サークルの黎明期以来リーダーと付き合いの長い俊司には信じがたかった。確かに、主にゲーセンでのプレイを中心とした、はたから見たら不健康そうなサークルのリーダーだから、どことなく彼自身が陰湿そうなイメージを持つかもしれない。だが実際は非常に陽気で、少なくとも人見ぬ陰で悪口を言ったりいやがらせをしたりする人間ではない。だからこそ俊司はずっと彼と仲良くやってきたわけだし、信頼もしていたのだ。
 しかし結局容疑を覆せるわけでもなく、リーダーは判決で執行猶予付きの懲役刑が言い渡されてしまった。
 あれほどたくさん人がいたサークルはまるで砂山が崩れるように自然消滅してしまい、その因果かどうかはわからないが活動拠点だったゲーセンまでも再開発の名目で閉鎖されてしまった。
 事の真実は、それから暫く経った後に耳にすることになる。
 俊司が一人、ファーストフードショップでハンバーガーセットを食べていると、隣の席に一組のカップルが座った。彼は女の方を見て驚いた。リーダーのかつての彼女だったのだ。
 そして、彼女は男と楽しそうにこんなことを話し始めた。
「やっぱさぁ、しつこいモトカレときっぱり縁を切るためには、やっぱりケーサツに相談行った方がいいよねぇ」
 話はこうであった。ヨリを戻そうと言い寄るモトカレは正直ウザい。いっそストーカーということで警察に捕まえてもらって二度とツラ顔合わさないようにしたいが、ただ後ろをつきまとっている程度では警察もヌルい対応しかしない。だから多少頭を働かせて、ストーカーと認定されるような言動を作り出してしまう。ゴム手袋はめてしまえば猫の死骸くらい造作ないし、誰か男の人に手伝ってもらって自作自演で何か叫びながら扉蹴っていればいやでも有利な証言を導き出せるわけで。
 さんざんそんなことを話しておいて、最後に彼女はこう締めくくった。
「私思うんだけどさぁ。身分不相応にアタックするようなブ男はさぁ、一度ブタ箱に放り込んでしっかり身の程わきまえるべきだと思うのよねぇ」
 俊司は怒りの余り、目の前の机を返す勢いで立ち上がって店を出た。店を出た後で、彼は彼女の言葉に恐怖を覚えて足早にその場を走り去った。
 走る俊司の頭に、ニュースで見たストーカーの映像がよぎる。しかし思い出した映像の中の犯人の姿に彼を重ねることなど、長い時間リーダーを信頼し続けてきた俊司には到底できなかった。
 考えていくにつれ、ニュースで見たストーカーの何人かは彼のようなでっちあげなのかもしれない。自分達の気に入らぬ相手に言い寄られた彼女達は、一番惨たらしい手段で彼らを突き放そうとしたのだ。
 ひどすぎる。リーダーだって最愛の女と別れるのがいやだったから話し合おうとしていただけじゃないか。気持ちくらいわかってやれよ! こんなの、許されてたまるかっ!
(そうか、そういうことだったのか……)
 随分走って俊司は立ち止まる。そばを通る女という女を敵意のこもった鋭い目で睨み付けながら、彼は心の中で選手宣誓のように叫ぶ。
(畜生、恋は犯罪なのか……)

 サークルが解散してしまったあと、俊司はすっかり家にこもって成人向けのパソコンゲームをするようになった。いろんなソフトハウスのものを買ったが、そのほとんどのゲームのパッケージに破廉恥なボンテージ衣装を着て手枷を掛けられた少女の絵が書かれていた。
 ひたすらに俊司はゲームに登場するヒロインを肉奴隷に墜とすことに専念した。幸せな生活を送る彼女たちを非合法な手で闇の世界に引きずり下ろし、レイプと凄惨な調教の末に従順な仔猫同然にしてしまう。その過程を美麗なCGで見て、彼は硬くなった肉棒を必死にしごく。
 妄想の中で悩ましく蠢く肉奴隷たちに性欲を満たしながら、彼はゲーム上の犯罪的行動を正当化していく。仮想と現実の区別かつかなくなったわけではない。「恋は犯罪」という彼の感情的な持論が、ゲームをすることによってなお肉付けされ、発展されていったのだ。
 美露に会ったのは、ちょうどその頃であった。
 しかも、俊司は彼女に恋心を抱いてしまった。
 恋をすれば、かつてのサークルのリーダーのような末路を辿ってしまうに違いない。忘れることができるのなら、すぐにでも忘れるべきなのかもしれない。
 だがどれだけ苦労しても、俊司は美露のことが忘れられないでいた。背後にのしかかってくる罪悪感。じわじわと押し寄せる焦燥感。
 恋心が覚悟になるまで、俊司は数日間もの時間を要した。
 理性との葛藤の末、彼は犯罪者になって彼女を有無言わさず心身共に屈服させる決心をした。凶器は自分の身体一つ。

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