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Autumn Night (ver. L)

〜deal〜

愚図坊はただの肉塊となり、もはやなにも語らない。
王子暗殺は困難な状況になってしまったが、すぐそこに王女がいる。
彼女の命だけでもとって帰れば、愚図坊のことはなんとでも言い訳できるだろう。首の針を回収していないことを考慮しても。
だからまだ間に合う。僕はまだ、一族のもとへ戻れる。
逆にもし戻らないのであれば、それは一族すべてを敵にまわすことを意味する。愚図坊程度の相手なら何人いても構わないが――情にほだされるな、と聞き飽きた声が囁いた。
姫が、辺りを見回してから部屋に戻ってきた。静かに窓を閉めて、僕に向き直る。
鍵はかけなかったな――彼女の行動を観察する冷静さを、高まる鼓動が嘲笑っていた。
仄暗い室内。張りつめた空気。こんなふうに彼女と向き合うのは、これで二度目……いや、三度目だ。
本当に美しくなった。厳しい表情で見つめられても、そう思わずにはいられない。
情にほだされるな――警鐘の音が絡みつく。ジーンがしばしばこの言葉を口にするのは、あいつ自身が情の怖さを知っているからだろう。人から教えられたのか、あいつが自分の身をもって知ったのか――僕にはどうでもいいことだけど。
情――ただの情なら、まだ打つ手もあっただろうに。
攫われて、怯えきっていた少女。僕が初めて、自分の意志で助けた人。あのときから特別な存在だった。拒まれてなお、それは変わらなかったということなのか。このまま僕は、すべてを捨ててしまうのだろうか。
姫が、ためらいがちに口を開いた。
「……私達を、助けてくれたの?」
暗殺者を前に、ずいぶんと大胆な発想。だが、否定のしようがない。
当初の目的とはあまりにかけ離れた結果。僕の答え――彼女に用意された人生ごと、彼女を守りたい。
……容易いことではない。待っているのは、これまでになく危険な日々だ。裏切り者として命を狙われながら、依頼を阻止し続けるなど――、一族全員の抹殺を考えた方が早い。僕一人では成し遂げられないかもしれない。
でも、姫の命が失われるのは耐えられなかった。彼女に害をなそうとした愚図坊が許せず、僕自身、彼女を手にかけられなかった。死なせたくないのだ、絶対に。守りたい――。
見返りもなしにか? ――追いすがる声が、あの夜の苦い記憶を克明に掘り起こす。生かしておいてもなんの得にもならないぞ、と揺さぶりをかける。
蝋燭の明かりが頼りなく揺れる。僕を見つめる姫のまわりで、闇が蠢く。
身体の中がぞわぞわして気持ちが悪い。彼女には日だまりの中で笑っていてほしい。そのためにできることがある――ならば僕は、なにを捨てても……。
辿りついたのは、諦めと決意。どう足掻いても、これ以外の結論は受け入れられそうになかった。
それに……見返りならあった。彼女はどうやら僕の身を案じていてくれたようだし。匿うくらいには僕を信じてくれたようだし。――十分だ。
もう行かなくては――。姫の無事を望むなら、長居は好ましくない。僕と彼女がひとつの部屋に二人きりでいてなにも起こらなかった、などということは誰にも知られてはならない。特に一族の連中には。
黙って僕の返答を待つ姫の向こうに、夜の闇。僕が帰るべき場所。誰にも見られることなく、あそこへ溶けこまなくては――視線を姫から逸らし、窓辺へと急ぐ。背中から制止の声がかかったが、振り払った。
質問を無視し無言で立ち去ろうとは、無礼な話だ。だが僕は一族を敵にまわすと決め、すでに一人、殺している。姫を関わらせたくない。
バルコニーは静かだ。調査がここまで及ばないうちに出ていこう。
あ、でもその前に――ひとつだけ、言わなくてはならないことがあった。窓を開けようとした手を止める。と同時に、姫が思いがけない言葉を放ち、僕の目の前をどす黒く染めた。
「あなたはもう、私との取引を望んではくれないの?」
「……皮肉のつもりですか」
らしくない動揺が全身にひろがり、伝えるべき言葉を脇へ押しやった。


少しのぼせあがっていたのかな……あんなに間近で姫を見たのは、久しぶりだったし。
思い返すと、桶一杯の水を腹に流しこまれたような感覚まで蘇る。溜息をつけば薄ら笑いが浮かんだ。
なにをがっかりしているんだか。先にあれを言いだしたのは僕だろうに。
必死な表情で、声で、僕を匿い、呼び止め、彼女が望んでいたのは取引。僕が見返りなしに人を助けようとするなんて、思いもしないらしい。彼女にとって僕は、そういう種類の人間なのだ。異議の唱えようもないじゃないか。
……まぁいい。今さら僕の決意は変わらない。
姫を守る、彼女に用意された人生ごと。
その片隅で、僕が朽ちて埋もれることになるなら、それが僕の人生……、――などということを考えるのはよそう。まだなんの成果もあげていない。
アーデンからは離れているが、程良く辺鄙で人が寄りつかず、一族の人間もさして興味を示さない雑木林。そんな場所に笛を隠した僕は、こうなることを予感していたのだろうか。
夜明けが近づく薄闇の中。あえて目印は残さなかったが、樹木の数と形ですぐにそこは見つかった。大木を大人の背丈二つ分ほど登り、覆いごと枝に縛りつけておいたそいつを取り戻す。
まったく。これがなかったからすべてが狂ったのだ――姫に大切なことを伝えそびれた。僕と会ったことを、口止めしなくてはいけなかったのに。
「『皮肉のつもりですか』だと? 馬鹿か……」
かわりに置き捨ててきたのは、惨めったらしい言動。筋違いな質問を返されて、姫は慌てた素振りを見せていたけれど、実際のところさぞかし呆れただろう。
取り繕う時間はなかった。侍従の少年がやってきたから、すぐに姫の部屋をあとにした。……そうでなくても僕は、逃げだしていたに違いない。
本当に馬鹿だ、僕は……あそこで頷いて取引ということにしてしまえば、話も早かったろうに。こちら側の事情をあれこれ説明するまでもなく、簡単に口止めできただろうに。
少し様子を見なくては――姫が今夜のことをどう処理するか――もし僕の名を出せば、依頼とは関係なしに狙われるかもしれない。
笛を懐に収め、草地に飛び降りる。
物思いに耽りすぎていたことに気づいた。


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捏造の旋律

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