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Autumn Night (ver. L)

〜twins〜

「それで、話の続きなんだけど」
姫は安堵の表情で王子を見る。
一方で、僕は脱力しきっていた。
あれほどの不審な言動のあとで、王子は姫を追求しないのか。真意はなんだ。まさか本当に気づかなかったのか? もしそうだとしたら、この国は指導者に恵まれていない。
「兵達はとりあえず、リオウを王宮内に運びこんだ。病を顧みず自分から出向いてきた以上、なにか大切な話があるんだろう――そう考えたらしい」
気を取り直して様子を窺えば、姫は真剣な顔で王子の話に聞き入っていた。僕の具合が悪かったのは薬のせいで、あれは芝居だった……なんて今さら知られたくない。
「でもあの日、ヴィンセントはアーデンにいたんだ。リオウが意識を取り戻すまでは、どのみち面会も叶わない。だからその場の判断で、アーデンへの知らせは出さなかった。ヴィンセントは夜遅くに戻ってきて初めて、リオウのことを知ったんだ」
王子は肩を竦めて苦笑いした。その仕草が、知らせを出さないと決めた者の処遇を窺わせる。
「ヴィンセントは結局、リオウに会えなかった。引き継ぎの兵から事の次第を聞いている最中に、あの騒ぎが起きたんだ。そしてリオウは消えた。……いつ消えたのかもわからなかったそうだよ」
というわけだったんだ、と王子が締めくくる。昼間じゃ誰に聞かれるかわからなくて、なかなか話せなかった、ごめん、と。
姫は王子の謝罪に対して首を振り、礼の言葉を口にする。ずっと知りたかった、ありがとう、と。
僕は口元を歪める。こんな話を、姫は本当に知りたかったんだろうか、と。
僕にしてみれば、気を失っている間、自分がどう扱われたかという部分は、それなりに興味深いものだったが――大筋で、ジーンの目論み通りに事が運んだらしい。
誰に聞かれるかわからなくて、という王子の弁解には心当たりがあった。王宮の上層部は、僕の脱獄の噂を封じようと必死だ。頃合いを見て獄死扱いとしよう、などという話もあるくらいだ。もしあの晩、僕と姫が顔をあわせず、姫には僕が獄死したと伝わったら……姫はどんな顔をしただろう。
ふと、背中を丸め泣いていた姫の姿を思い出した。――なにを夢見てるんだか、僕は。そういえばあの涙の原因、解決したんだろうか。
沈黙が不思議なほど柔らかい。緊張が続いて、感覚が麻痺したのかもしれない。
二人がどちらからともなく夜空を見上げる。倣って僕も顔を上げれば、月の位置がわずかに変わっていた。
「どこへ行ってしまったんだろうね、彼は」
まるで雲の行方を語るような、ふわふわとした口調。姫も同じような調子で相槌を打つ。
ここにおります、先程からずっと、あなた方の会話を盗み聞きしております――胸の内で答えれば、その薄汚さに嫌気がさす。だがおかげでいろいろとわかった。
姫の様子がおかしくなったのは、僕が捕まったあの日から――王子はそう言っていた。ずっと一緒にいる弟君が感じたことだ、信用できる。そのあたりを指摘されたときの姫の反応も尋常ではなかった。
……とするとジーンの冷やかしを、ただの戯れ言と片付けることができなくなる。――姫は僕との取引を諦めていなかったのだ。
今夜の会話で、王子は少なからず姫の言葉に不信感を持ったはずだが……彼が大切な姉君を厳しく追求することはないだろう。かわりに、別の方法で探りを入れるかもしれない。注意が必要だ。
どれもこれも、僕が姫に姿を見せなければ回避できたこと。本当にあれは、失敗に失敗を重ねた、悪夢のような夜だった。
……いや、夢はまだ終わっていない。後始末をしなければ。
「ずっと考えていたんだけど……」
しばらくの間をおいて、王子が再び話しはじめた。
「賊の首には針が刺さっていた。リオウは消えていた。……この二つは、つながってるのかな」
姉上はどう思う、と悪びれた風でもなく王子は問いかける。
先程の姫の受け答えから、そんな推察をしたのだろうか。甘言をもって、姫の自白を引き出したいのだろうか。
姫はうっすらと笑みを浮かべた。頭を振りながら、小さく呟く。聞き取りづらかったが、わからない、と答えたようだ。
その様子が苦しげで、僕は罪悪感を覚えた。
僕があそこでなにをしていたのかわからない――それこそが、姫の一人歩きの原点。姿を見せてしまった以上、取引でもなんでもいいから、姫を安心させるべきだったのだ、あのときに。
姫の反応に心を痛めたのは僕だけではなかった。
王子が表情を曇らせ、肩を落とし……すぐに顔を上げ、労るような微笑みを姫に投げかける。
「姉上は、リオウを信じているんだね」
詰るような口調ではなかった。でも姫は頭を振りながら、逃げるように王子に背を向けた。
「いいじゃないか、信じていたって」
「わからないもの」
「わからないうちは疑っても仕方がないよ」
「だって建国祭では……」
「あれは驚いたね」
「カイン」
姫が王子に向き直る。初めて声を荒げた。飄々としている弟を叱りつけるような、嗚咽を堪えているような声。
当然だ。僕だって今、王子の言葉に眉をひそめている。あんな形で剣を合わせた僕に、いったいなにを期待しているというのだ、この王子は。
「僕だって、あのときは悲しかったよ。裏切られたと思ったし、なぜ狙われたのかわからなかったし……」
でもね、と王子は続ける。
「僕はリオウのことを、実はなにも知らなかったんだ。どこでどんなふうに、なにを見て、なにを目指して生きてきたか……ロデルとはそういう話、良くするんだけど、リオウとはそれがなかった。そう気づいたら、裏切られた気もしなくなったよ。僕が知らなかっただけなんだ。だからもしこの先、機会があるなら、リオウとはもっと話してみたい」
これは……やんごとなき方々の戯れなのだろうか。眩暈のするような茶番劇。なのにこの双子が演じると、まったく違和感がない。
「半年間、いろいろと丁寧に教えてくれたしね。あれは全部、正しかっただろう?」
王子の言葉が僕にとどめを刺す。……つきあいきれない。
「ねえ姉上」
こつりと足音が響いた。王子が立ちあがり、うつむき加減の姫に一歩近づく。
姫の顔はほとんどが、前に落ちた髪に覆い隠されていた。王子はそれを一房とって、後ろに流す。露わになったのは、固く閉じられた目蓋だった。
「僕は姉上の味方だよ。わかってくれてるよね?」
息苦しさを覚えて、僕は二人から目を背けた。姫が頷くのを、見たくなかったのかもしれない。
「困ったときは僕のことも頼ってほしい。きっとなんとかしてみせるよ」
なにもできるもんか、僕がここに潜んでいることだって、気づいていないくせに――堰を切ったように溢れ出てきたこの気持ちは、いったいなんだったのだろう。
「そろそろ休もう、姉上。明日は帝王学だから、気合い入れていかないと」
王子のおどけた口調に、姫が幾分、明るさを取り戻した声で応じる。なにを言ったのかは、水音のせいだろうか、聞き取れなかった。


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捏造の旋律

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