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Autumn Night (ver. L)

〜consequence〜

残照は消え失せ、僕達が好む時間が訪れようとしている。
姫の部屋のそば。バルコニー周辺を見渡せる屋根に上がった。
あたりに異常がないことを確認し……開け放たれた窓を認めて肩を落とした。
部屋の主は窓辺の長椅子に腰掛け、書類に目を向けている。時折、外を気にする素振りを見せながら。
夕べ王子に見咎められたばかりだというのに、やはり今夜も、姫は僕を待つ気らしい。
長椅子の足元には燭台。ご丁寧に、替えの蝋燭まで用意されている。
長丁場になるな――溜息をつき、その場に腰をおろした。
姫が手にしている書類の束は、ずいぶんと分厚い。彼女の隣には、その倍以上の量が鎮座している。政務の資料か、あるいは王子の教育資料か――表情から察するに、楽しい読み物ではなさそうだ。
弟君のためとなると姫は必死だ。一日のすべてを捧げていると言っても過言ではない。ああして僕を待っているのだって、弟君を案じればこそ。
だが王位の継承に関してのみ言うなら、彼女を動かしているのは肉親の情だけではない――そんな気がする。
姫に伴をするよう求められ、何度か二人だけで王宮の外に出た。彼女は随伴者を過分なほど気遣う一方で、たまに足を止め、街中の些細な光景をじっと見つめていた。あれはきっと、一国を預かる者の目だった。
弟君を立ち直らせ、即位させたい。亡き国王陛下の直系でありながら王位継承権のない姫にとって、王子の復帰を支えることが、この国を導く最善の策なのだろう。軍事色の強いジペルディ家の手法を、彼女は好ましく思わないようだから。
僕らにとっては、次期国王がカイン・マクリールだろうがエドガー・ジペルディだろうが、あまり影響はない。もともと堂々とこの国の民を名乗れるような立場ではないし、姫が理想とする国に、僕らの居場所がないこともわかっている。
だから彼女が王女としてなにを目指そうが、なにを成そうが、僕には関係がない。でも――。
真摯な眼差し。強い思い。地道な積み重ね。あのすべてを、僕は一瞬で壊そうとしたんだ……。
不意に姫が書類から顔を背けた。続いたのは、くしゅっという小さな音。
鼻をすすり、額に手を当て……しばらくすると、姫は再び書類に目を戻した。
王子も心配していたが、やはり姫は体調を崩しかけている。
毎晩のように、寝る時間を犠牲にして冷たい夜風に当たり続けているのだ、身体に良いわけがない。ましてや今の彼女は、薄そうな寝間着に肩掛け一枚という姿。帰結は見えている。
「会ってやりゃあいいのに」――ジーンの軽口が、ずしりとのしかかってきた。
姫が僕と会うためにあんなことを続けているというのなら、僕があそこへ出ていけばよいのだ。姫の身体のため、安全のため。あの無茶を止める、一番手っ取り早い方法――今の僕にできること。
もちろん、危険と引き替えだ。
万が一にでも、僕が姫と言葉を交わす現場を、何者かに目撃されれば――それが一族に伝われば――長老達は即座に僕を裏切り者と見なし、姫をその原因と考えるだろう。世代交代の内紛が一族を呑みこむまで、極力、接触は控えるべきだ。
そうしているうちに、いずれ姫は諦めるかもしれないし――慎重論の影で、本音が蠢く。なるべく姫と会わずに済ませたいという本音が。
そうだ。僕は姫と顔をあわせたくない。あの清らかな唇からどんな言葉を聞かされるか、わかっているから。
取引。薄汚い暗殺者のものになっても構わないから、王子を殺さないでほしい、守ってほしい――そんな願いを、彼女から直に投げかけられることを、僕は怖れている。一族に気づかれる危険性など、半分は言い訳だ。
あの夜、交わした言葉も、僕を臆病にしている。取引を望んだ姫に、僕はずいぶんとみっともないところを見せてしまったから。
そんな理由で、姫をあのままにしておくのか? ――腹の奥に、石の塊が沈みこむ。
守るから……絶対に。だからどうか、安心して……。
窓を閉めて、暖かくして、作業が終わったら、ちゃんと眠って……。
思うだけで叶うなら、この世に苦労など存在しない。
城の窓辺が次々と暗くなり、あたりは静まりかえっていく。
やがて、王子の部屋からも明かりが消え……一段落したのだろうか、姫は書類を脇に置くと、バルコニーへと出てきた。
弟君に心配されているとわかっていても、やはり彼女は夜歩きを止めてはくれないらしい。すでに着替えている以上、夕べほどふらふら出歩いたりはできないはずだけど。
木々がざわめき、枯葉が屋根を転がっていく。夜風は冬の気配を孕んでいる。
やはり、このままにはできない――重い腰をあげる。
もっとも、姫に顔向けできる自信など、ひとかけらもありはしなかった。


この前と同じように、二人の部屋の間に降り立ち、壁に身を寄せる。
姫は自室からの明かりを背に、夜空を見上げている。
あたりに不審な人気はなく、今なら比較的安全に、姫を訪ねることができそうだ。
さて、どうしようか――足元に目を落とした。
気持ちの整理がつかないまま、ここまで来てしまったが、はずみで飛びだすわけにもいかない。前回と同じ轍は踏めない。
まずは僕から声をかけるべきだろう。なにを言えば良い? 「こんばんは」……「ご機嫌いかがですか」……そのあとは……?
姫に無茶を止めてもらうために会うのだ。僕は、彼女が安心するよう、満足するよう振る舞わなくてはならない。
弁明が中途半端だと納得してもらえないだろう。かといって、僕の裏切りや一族の内情を、事細かに説明するのは気が進まない。彼女が嘘や隠し事をいかに不得手としているかは、夕べ思い知らされたばかりだ。なら、どこまで話す?
……いや。話さずに済ます方法もある。取引ということにすれば良い。「君が僕のものになってくれれば」――あの日、言えた言葉だ。今夜だって言えるはず。
それで、その始末をどうつける? 本当に僕のものにしてしまうのか?
思考はそこで途絶える。何度、考えても同じことだ。
視線をめぐらせれば相変わらず、すぐそこに姫。こんなときでもしゃんと背を伸ばし、顔を上げている。
姫、そこは君が、つい一週間前、襲われかけた場所なんだよ? ――凛とした姿に目を奪われながらも、溜息を禁じ得ない。
やはり取引が一番だろう。暗殺者が見返りを得て王子王女を守るというのは、説得力のある話だ。便乗していろいろ要求することもできる。無理なく口止めできるし、姫に自重を求めることができる。あるいは。
手荒に扱えば、姫は二度と僕を捜し回ったりしないだろう。辱められれば、名誉にかけてその事実を隠そうとするだろうし、弟君にも絶対に明かせまい。すべてが好都合だ。
まあ、まずは彼女の話を聞いてみないことには――静かに深呼吸する。くしゅっという音が二回、重なった。
無茶をするからだ……――姫を見やれば、両手で口元を覆っている。精一杯、くしゃみの音を漏らすまいとしたのだろう。その甲斐あってか、王子が起き出してくる様子はない。
王子の部屋だけでなく、辺り一帯の気配に意識をめぐらせ……依然、姫に接触しやすい状況が続いていることに落胆する。
観念して一歩を踏み出し――そこで異変に気づいた。
姫は、上体を折り曲げたまま、動かない。いや違う。全身が、ゆらゆらと揺れはじめている。方向性の見えない足踏みが、二度三度。
焼け落ちる樹木のようだ――なりふり構わず飛びだしながら、頭のどこかでそんなことを考えていた。


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捏造の旋律

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